第59話 【夏合宿編⑦】おんぶ


 合宿三日目。

 海の家の営業に関しては二日目であり今日が最終日でもある。

 昨日の評判もあるのか、あるいは序盤の客引きが上手くいったからか今日は朝から盛況だ。


 昨日で経験値を稼いだということもあって、俺達も上手く立ち回ることができていた。


 あと、先生が参戦してくれたことも大きい。昨日倒れていた分、今日は頑張ってもらわなければ。


 そんな中。

 どうしてもこの時間に撮影しておきたいシーンがあると栄達が切り出した。


 昼過ぎでお客さんの数も落ち着いてきたということもあって、俺を含めた白河、結、栄達の四人が一度店を空けることに。


 涼凪ちゃんと李依に店を任せるのは少し罪悪感があったけど、先生もいるから恐らく大丈夫だろう。


 栄達の指示で撮影を進める。


「これで一通り終わりか?」


 おおかたの撮影を終えた栄達はカメラの撮れ具合を確認していた。


「そうだね。あとは明日、少し撮れば問題なく終わりだよ」


「じゃあ海で遊ぶ時間あるってこと?」


「十分あると思うよ」


 栄達の言葉に結がはしゃぐ。

 海めちゃくちゃ楽しみにしてたからな。水着も買って、ウハウハ気分で、でもここまでしたことといえば海の家のバイトだけ。


 そりゃあはしゃぐか。


「やったー! ねえ、こーくん、明日はいっぱ――いッ」


 ぴょんぴょんと跳ねながら喜んでいると、結は思いっきり足を挫いてその場に倒れる。


「結!?」


「大丈夫?」


 すぐに駆け寄ったのは一番近くにいた白河だった。

 少し遅れて俺と栄達も駆け寄る。

 一瞬だったけど、結構しっかり挫いていたように見えたぞ。


「い、たた」


 結は足の痛みに表情を歪めていた。

 泣き叫ぶほどの痛みではないということは、恐らく折れてはいないと思うけど。


「少し腫れてるわね」


「ああ」


 白河が腫れた部分に触れると、結はぴくりと足を反応させて涙を浮かべた。


「捻挫とかだと思うけど、無理はしない方がいいと思うわよ?」


「そっか。まあ幸い撮影は終わってるし、ゆっくり帰ればいいんじゃねえの?」


 俺が言うと、結と白河の表情が暗くなる。何だろうと思い、横の栄達を見るとやれやれという顔をしていた。うぜえ。


「もうすぐ店が混み始める時間よ。夕方前の最後のラッシュが来る。それを三人で捌くのはちょっと厳しいかもね」


 ああ、確かに昨日もこれくらいの時間に混んできたな。お昼というよりはおやつの時間として、かき氷とかそっち系が売れたんだ。


 あれだけのお客さんを相手するのは、先生がいるとはいえさすがに厳しいか。


「しゃあない。白河と栄達は先に帰っててくれ。俺は結を連れて戻るよ」


「サボりたいだけじゃなくて?」


 白河がからかうように言ってくる。

 しかし、今回に限ってはちゃんとした理由があるのだ。


「そんなんじゃねえよ。この状態の結じゃ一人で歩くのは難しいだろ? おんぶするのが手っ取り早いけど、白河の力じゃ厳しい」


「そうね」


「栄達ならおんぶはできるだろうけど、結的にどうなのって感じ」


 言いながら結を見る。

 その視線を受けて、結は栄達を見た。

 結と栄達は決して仲が悪いわけじゃない。普段から仲良く話しているしノリも合う方だろう。


 しかし、それとこれとは話が別だったりするじゃん?


「うん。嫌だね」


 結はめちゃくちゃ笑顔でそう言った。

 さすがにそこまでハッキリ言うと栄達が可哀想な気もするけど。そう思い、栄達の様子を伺う。


「すごいハッキリ言うじゃん。いや別にいいけども」


「傷ついた?」


 淡々と言う栄達の傷を抉ろうとしたのは白河だ。しかし、その質問にも栄達は動じていない。


「いや、僕は自分のキャラクターも立ち位置も扱いもわきまえているからね。ぶっちゃけ予想してた」


「悲しい……」


 俺ならとうぶん結の顔見れないけどな。

 こいつのメンタルどうなってんだろ。鋼通り越してダイヤモンドメンタルじゃねえか。


「ということで、消去法で俺じゃん」


 何だか悲しい空気になったので俺は話を戻す。


「コータローが受け入れられる前提で話が進んでない?」


「え」


「いつ、結がコータローにならおんぶされてもいいと言ったのかしら?」


 確かに。

 白河に言われて初めて気づいた。

 勝手に結なら俺は受け入れてくれるだろうと思い込んでいた。


「おんぶとなれば、好意はあってもよほど気を許してないと受け入れられないわよ?」


「……ど、どうなんだよ、結?」


 もしも栄達みたいに満面の笑みで断られたら俺は立ち直れないかもしれない。

 全力ダッシュでここを離れてしまう。


 俺は恐る恐る結を見る。

 結は俺の顔をじーっと見つめてくる。その表情から彼女の心情は把握できない。

 何を考えているのか全く分からない。


 すると。

 次第に結の表情が笑顔に切り替わっていく。

 笑顔といえばポジティブなイメージがあるけど、さっきの栄達のパターンを見ているので油断はできない。


 俺は緊張のあまり、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「こーくんなら大歓迎だよ」


 そう言われて、ほっと胸を撫で下ろす。

 その横で白河がくすりと笑う。


「……お前」


「ばかね。あの結がコータローを拒むはずないじゃない」


 その後こみ上げてきた笑いを抑えきれずに白河は楽しそうに笑いだした。ほんといい性格してるよ、こいつ。


「ま、そういうわけだから戻るわよ、小樽。結はコータローに任せましょ」


「そうだね。邪魔者はさっさと退散するとしますか」


「お店の方は何とかしとくから、旅館に戻って応急処置でもしてあげなさい」


「ありがと、明日香ちゃん」


 結のお礼ににこりと笑って返した白河は栄達と先に言ってしまう。結め、いとも簡単に白河の微笑みを引き出すとは恐るべし。


「……それじゃあ行くか」


「うん。ごめんね、迷惑かけちゃって」


 改めて向き合うと少し照れるな。


「いや、慣れたよ」


「むう。その言い方はいじわるだな」


 むくれる結の前でしゃがんだ俺は背中を差し出す。受け入れ準備が整ったので、結に搭乗許可を出す。


「乗れるか?」


「うん。大丈夫」


 そう言って、結はゆっくりと俺におぶさってきた。

 結をおぶるのなんて、小学生の時以来だ。当然、あの頃とはいろいろと違っている。


「行くぞ」


「ねえ、こーくん」


 よっこいしょと呟きながら立ち上がると、背中の結が申し訳無さそうに声をかけてくる。


「なに? 言っとくけど、乗り心地悪いとかいうクレームは受け付けないからな」


「あ、や、そうじゃなくて……その、重たくない?」


 あー、そういう。

 もちろん小学生の頃に比べればいろいろと成長しているので重たくなっている。


 でもそれはあの頃と比べればの話であって、一人の女子とすれば全然軽い。


 が。

 素直にそう言うのも何となく面白くない。


「まあ、子供の頃に比べると重たくなったな。立ち上がった瞬間にずしりと感じた」


 俺が笑いながら言うと、結がガーンとショックを受ける。


「こーくんがいじわる言うよ!」


 そして、じたばたと背中で暴れてくる。


「おい、よせ! 怪我人は大人しくしてろよ!」


「うー! だめなんだよ? 女の子に重たいとか言っちゃ!」


「聞いてきたのそっちだろ!?」


「あそこは重たくないよって言葉をかけて安心させてあげる場面でしょうが!」


「ああ悪かった! ほんとは重たくないけどちょっとからかってみました!」


 俺がそう言うと、結の動きがぴたりと止まる。とりあえず暴れるをやめてくれた。それだけでだいぶ楽である。


 何ならさっきまでの重ささえなくなったので軽いと思えてしまう。


「ほんとに?」


「俺がお前に嘘ついたことあるか?」


「ううん、ない」


 いや、多分あるよ。

 かぶりを振る結に俺は心の中でツッコんだ。記憶にはないけど、嘘は多分ついている。


「そういうわけだから、出発するぞ」


「はーい」


 ようやく大人しくなった結をおぶり、俺は歩き出す。ここから海の家までは少し距離がある。


 このペースで向かえば、到着する頃には店も落ち着いているだろう。全うな理由があるしこれはサボりではない。


 例えサボりだとしても、善なるサボりだ。善なるサボりってなんだ。


「明日までに治るかな」


「さあな。安静にしてればもしかしたら治るんじゃないか?」


 骨折じゃないし、少し安静にしてれば治りそうなものだけど。詳しくないから適当なことは言えないけど。


 しかし。


 結は水着の上からシャツを着ているだけなので、柔肌を直に感じてしまう。

 太ももの柔らかい感触や、背中に当たる控えめな胸の膨らみが、結が女の子であることを意識させてくる。


「……なんか失礼なこと考えられてる気がする」


「気のせいだよ」


 そんなことにドキドキしてしまう。

 意識していることがバレるといろいろと良くないので俺は平然を装っている。


 バレてないよな?


「こうしておんぶしてもらってると思い出すなあ」


 俺が密かに煩悩と格闘していると、結がぎゅっと抱きしめてくる。そして、そんなことをしみじみと呟いた。


「何かあったっけ?」


「覚えてない? 子供の時、わたしがこーくんにおんぶしてもらったこと」


「覚えてないよ」


 小学生とかだろ。

 よほど鮮烈でない限りはそんな記憶上書きされるだろ。


「わたしが転けて足を擦りむいた時に、こーくんが今みたいに格好良くおんぶしてくれたんだ」


「へー」


 全く覚えてないな。

 日常の些細なワンシーン過ぎて。


「結局途中で力尽きて、歩いて帰ったんだけどね」


「ダサいな……子供の俺」


 美談じゃないのかよ。


「ていうか、よくそんなこと覚えてるな」


 そのダサさは些細な記憶ではないけど、忘れたくて記憶の片隅に追いやったんだろうな。

 普通に思い出したくもない記憶だ。


「こーくんとのことは何でも覚えてるよ?」


「さすがに何でもは言いすぎだろ。特別な日とかじゃないと無理だ」


「んー、だってこーくんと一緒にいた日は全部特別だったし」


「……言ってて恥ずかしくないのかよ」


 俺は照れ隠しでそんなことを言う。

 よくもまあそんな恥ずかしいセリフを堂々と言えたもんだ。


「恥ずかしくないよ。あは、今のはちょっとポイント高かった?」


 にへへ、と笑う。

 どうやら照れてはいるらしい。が、ここで追求するのもどうかと思うので俺も深く触れないことにする。


「んー、どうだろな」


 二人して笑いながら、ゆっくりと旅館に戻る。

 

 時に思い出を振り返りながら、あるいは互いの成長を感じながら、それでも俺達は変わらず笑顔を交わしていた。

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