第20話 【幸せ結び編④】アルバム


 晩ご飯を食べ終え、少しの間ゆったりとした時間を過ごす。俺はぼーっとテレビを眺め、結は洗い物を済ませている。

 飯を作ってもらったからそれくらいやるぞと申し出たが、好きでやってるから大丈夫だと断られた。好きで洗い物やるって何だよと思った。


 結は家に帰ってきてからもずっと制服だ。適当な部屋着を貸そうかとも言ったが遠慮された。

 これくらいなら無理に着せるほどでもないので、結の好きにさせているが制服の女の子が自分の家の中にいるという状況は何だか不思議な感じだ。

 膝上丈のスカート、カーディガンは脱いでおり今はカッターシャツの袖を捲っている。胸元のリボンが緩められているのが何かちょっとだけ俺のフェティシズムを刺激した。


「ねえねえ」


「なに?」


 俺はソファに寝転がっていた。結はその横にある棚を覗きながら俺に声をかけてきた。


「アルバム見ていい?」


「……別にいいけどそんなに見たいか?」


 幼少期の頃の写真にはお前も写ってるだろうし、見る意味あんまりない気がするが。


「人の家に来たときの鉄板でしょ。それにわたしと別れてからのこーくんがどんな生活を送っていたのか気になるし」


「……なら好きに見ろよ。別に面白いもんはないぞ」


 わーい、と喜びながら結は棚にあるアルバムを物色し始める。

 うちに置いてあるアルバムの数は中々多いほうだと思う。小さい頃には既に父親はいなかったので母さんと二人で過ごしていたが、母さんは仕事をこなしながら行事ごとには必ず顔を出してくれた。

 幼稚園ならお遊戯会や親子遠足、小学生の時は運動会や授業参観、中学生になっても体育祭や文化祭。

 その全てに必ずといっていいレベルで参加し、大量の写真を撮っていくのでアルバムが溜まる一方なのだ。

 俺の友達で母さんのことを知らない人はいなかったくらいだ。


 中学生くらいになると母さんと一緒にいるところを見られるのは恥ずかしい、という思春期の思考に至るがキツく言うと凹むので諦めていた。軽く言ったことはあったけど聞いてくれなかった。


「ねえねえ」


「ああ?」


 寝転がる俺のそばに座り込んで、テーブルの上でアルバムを開いた結は暫く黙々と見ていたが、振り返って俺に声をかけてきた。


「一緒に見ようよ」


「なんで今になって」


「やっぱり寂しくて」


 そんなこと言われると断れない。暇していたのでそもそも断る理由もないのだけれど。

 一応客人だしな。適当にもてなすとするか。


「これいつのやつだ?」


「中学生の時のだね」


「割と最近だから思い出に浸るほどの懐かしさはないなー」


「こーくんはどんな中学生だったの?」


 言われて考えてみるが、今と微塵も変わってない気がするな。


「どんなと言っても、今とさして変わらないと思うけど」


 人間そう簡単に変わることはない。それはいい意味でも、悪い意味でも言えることだが。

 中学生くらいで人間性の地盤が生成され始める。それを元に性格が作り上げられ、固まっていくものだと思っている。


「一応確認しておくけど、彼女さんとかいなかったよね?」


「……ああ、いなかったよ。彼女は」


 ふと、俺の脳裏に蘇ったのは一人の生徒の顔だった。今でも忘れることのない、もう会うこともないであろうあいつの顔。


「その言い方、彼氏はいたみたいな感じに聞こえるんだけどこーくんってそっちもいけちゃう人なの?」


「勝手に飛躍して勝手にヒイてんじゃねえよ!」


「だだだ大丈夫だよ。わたしはそれでもちゃんと受け入れる所存だし」


 声を震わせながら結が親指を立てる。さすがに何でもかんでも許すのは良くないと思うな。


「違うよ、そんなんじゃねえ」


 ふうん、とこの話を切るように小さく返事をした結はアルバムのページを捲る。

 中学一年生のものから二年生の時へと切り替わる。中学生はクラスも少ないからクラス替えがあってもそこまで憂鬱にはならなかったな。

 仲の良し悪しはあれど、全員の顔は知ってるようなもんだったしな。


「この人、よく写真に写ってるね」


 結がとある写真に写ってる生徒を指差した。その写真は二年生の体育祭のものだ。

 体操着の俺の横でニカッと笑いピースをしている茶髪ショートの生徒。


「ああ、宮乃ってんだよ」


「……男の子?」


「宮乃湊。胸はぺったんこだが、一応女の子だ」


「それ、本人の前では言わないほうがいいよ?」


「言ってねえから心配すんな」


 懐かしい顔だ。

 といっても、こいつの顔を忘れたことなどないのだけれど。


「ずいぶん仲良さそうだね?」


「まあ、中学時代に仲良かった連中の中でも一番だった。親友と呼んでもいいと俺は思ってたよ」


 宮乃湊は中学一年生の時に同じクラスだった女の子だ。小学校は別だったので、教室の中で初めて知り合ったのだ。

 いろいろあった結果、気兼ねなく話せる相手になった。


「親友、か。相手が女の子でもこーくんはそう思えるんだね」


「どういう意味だ?」


 結が少し表情を翳らせて言うものだから、俺は思わず聞き返してしまう。


「よく言うでしょ。男と女の友情がどうとかってやつ」


 ああ。

 男女間の友情が成立するか否かという論争か。どこででも耳にする話ではあるが、答えは定まらず人によると言わざるを得ない。

 だからこそ、その人はどう思っているのかを聞くことはできるわけだが。


「お前はどう思うんだよ?」


 俺が結に聞き返すと、少し難しい顔をする。この話題を振ってきた時点で返されることは予想できただろう。


「わたしは、やっぱり難しいのかなって思っちゃうな。だって、どれだけ仲が良くても、どうしても異性として意識しちゃうと思う」


「はあ」


「極端なことを言うと、裸を見られて恥ずかしいと感じている時点で平等じゃない。それが差別か区別かって話は置いておくとしても、そう意識しちゃう時点でそこに男女間の友情はないんじゃないかな」


「そういうもんか?」


「んー、分かんないけどね。よく言われるのは、二人でいて間違いが起こらないかどうかって話だけど、そうやって意識しちゃってると間違いは起こりうる。起こる可能性があるなら、やっぱり平等な友情っていうのは難しいと思うな」


 男と女の友達はたくさんいる。

 けれど今言っている男女間の友情という話になると話は少し変わってくる。

 結の言うように、間違いが起こらないくらいにお互いがお互いに異性として意識していなくて、初めてその友情は成立すると言える。

 性別の垣根を超えた平等な男女の親友というのは、やはり難しいのかもしれない。


「こーくんは?」


「……今は、概ねお前と同じ意見だよ。やっぱり男と同じように女の子に接することはできないな」


「じゃあ以前は違ったんだ?」


「まあ、そうだな」


 言いながら、俺は宮乃湊の写真に視線を落とす。

 俺は、少なくとも俺の方は親友だと思っていた。誰になんと言われようと男女間の友情は成立すると信じていた。


「そっか。こーくんも大人になるにつれていろいろと考えたんだね」


「……それどっからの意見だよ」


「あはは」


 なんて話をしながらアルバムを捲り、中学三年生のものへと切り替わる。

 三年生になると受験とか意識しなければならないから勉強とか大変だったな。

 その分、修学旅行とか楽しいイベントも多かったけど。残された時間があと僅かだと思うと、名残惜しく、しかし一層楽しく感じた。

 この辺になると最近の記憶なのでより懐かしさはない。

 結局卒業してからは中学の奴らと会うことは全然ないが、元気にしてるだろうか。


「あれ」


 アルバムを見ていた結がふと声を漏らす。


「みやのさんが見当たらないんだけど?」


 二年生までの写真には必ずといっていいほどに一緒にいた宮乃の姿が三年生になって消えている。

 その違和感に気づいたようだ。


「何かあったの? ケンカしたとか?」


「そういうんじゃないよ。ただ、三年生になる前に宮乃が転校してったんだよ」


 つまり、中学二年生までしかあいつとは一緒にいなかったということだ。

 今どこにいて、何をしているのかは知らないが、元気にやっていてくれればそれでいい。


「連絡取ったりしてるの?」


「いや。その頃は携帯も持ってなかったし、今となっては連絡の取りようがない」


 まあ、連絡先を知っていたとして、連絡を取るかと言われるとそれはまた難しい話だが。


「そっか。今もどこかで元気にしてるといいね。偶然会っちゃうかもしれないしね」


「結と再会するくらいだしな。神様の気まぐれは何が起こるか分かんねえもんだ」


「それを運命と呼ぶのかもしれないよ?」


「……運命、ね」


 中学時代のアルバムを見終えた結は別のアルバムを持ってきた。

 黄緑色のアルバムだ。

 母さんは大雑把な性格だが変なこだわりを持つ傾向にある。それに関係して、アルバムは時代ごとに色分けされているのだ。

 中学時代は青色。

 小学生時代は桃色。

 それ以前のものが黄緑色。


 つまり、そのアルバムには俺と結がまだ幼い頃の写真が入っている。

 俺と結が出会い、知り合い、仲良くなっていくその全てが詰まっているのだ。

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