第18話 【幸せ結び編②】ちょっとエッチな


 自分の家だというのに、妙にそわそわして落ち着かないのは、家の中の雰囲気がいつもと比べて異様だからだろう。

 昔からそうだが、我が家にはあまり人を入れないようにしている。友達を招待することは極々稀な話で、それは家が狭いということもあるが母さんが家にいるからというのもある。

 子供の頃に、母さんのいない夜の時間に人を招き入れることなどなかったしな。


 そんなことが続いてきた中で、今はこんな夜に人を招き入れている。しかもそれが、幼馴染ではあるものの女の子となれば落ち着かないのは当たり前だ。

 耳をすませばシャワーの音が聞こえてくる。それがまた、俺の中の妙な気持ちを増幅させるのだ。


 結の家に行き、びしょ濡れの結に「家に入れない」と言われた後、とりあえずうちに呼んだ。

 よくは分からないがあのままにしておくなど論外だし、他にいい案も思いつかない。

 幸い母さんがいないので許可も何も必要ないのだ。まあ結のことは知ってるから言ってもダメとは言わないだろうけど、結の方が遠慮してしまう。

 あの状況で、俺に気を遣って連絡をしなかったくらいだからな。


 理由とかは後で聞くからとりあえずシャワーでも浴びてこい、という感じで今に至る。

 びしょ濡れなのは俺と別れた後に家まで走ったときに濡れたからかもしれない。あの状態であれだけの時間外にいれば体は冷える。

 自分が辛くても人に迷惑をかけたがらない奴だ。うちの家庭状況も知ってるだけに頼りづらかったのかもしれない。


「……」


 シャワーの音が止み、バスルームの扉が開く音がした。別に俺達が使う分には慣れ親しんだ場所なので困ることはないが、人に貸すには少し狭いと思われるかもしれない。

 バスルームの前に脱衣所的なものはなく、カーテン一枚だけで遮っているだけなのだ。

 その横にキッチンがありリビングが隣接している。

 俺はリビングにいて、キッチンとのドアを閉めているので見えることはないが、それでもそこに結がいるのかと思うとドキドキする。

 それも、一糸まとわぬ姿でだ。

 クラスメイトがそんな姿で横にいるのだから、思春期男子なら誰だってこうなるよ。

 これが正常な心理状態だ。


「……お先でした」


「お、おう」


 お風呂上がりなせいで体が火照っているのか、頬が上気している。髪がしっとりと濡れているのを、バスタオルで拭き取りながら結はリビングに入ってくる。


「服、それでよかったか?」


「あ、うん。それは全然」


 あいにく女性用の服のストックは我が家にはなく、母さんの服でも着るかと提案したらそれは申し訳ないと断られたので、一応俺のはどうだと聞くとそっちのがいいと言われたので、俺のシャツを貸した。

 シャツと、下は適当に半パンを出しておいた。シャツが大きめのサイズなので下まで隠れるだろうが、俺に変な性癖があると思われたくなかったので用意した。


「ただね……ううん、やっぱいい」


 言おうとして、もじもじと言いづらそうに身をよじる結。


「何だよ、言いたいことあるなら言えよ。こっちがモヤモヤするだろ」


「うん。あの、下着なんだけど……」


「……ああ」


 下着までぐっしょり濡れていたらしく、あれをそのまま穿くのは困難だった。

 なので引き出しを漁り何かないかと探してみると未開封の下着を見つけたのだ。

 母さんのものであることは間違いないので理由を話せば咎められることもないだろうと、タオルと一緒に置いておいたのだが。


「何か問題あったか? 大きすぎたとか?」


「あ、いや。そうじゃなくて……でも、上はサイズが合わなかったから着けなかったんだけど。幸子さん、お胸大きいんだね」


 笑っているつもりなんだろうけど、目が全然笑ってないぞ。

 え。

 ていうか、ちょっと待て。

 今この子なんて言った?

 サイズが合わなかったから着けなかったとか言わなかった?


「……」


 ごくり、と生唾を飲み込み俺は恐る恐る視線を下にズラす。今目の前にいる結はノーブラ……いや、考えないでおこう。何もいいことはない。

 俺はぶんぶんと頭を振って邪念を振り払う。そんな俺の様子を結はおかしそうに見ていた。


「つか、それじゃ何なんだよ?」


「んー、まあどうしようもないことだから言うとね、用意された下着がちょっとエッチなやつだった」


「どう転んでも嫌な情報にしかならねえな」


 下着がどんなものなのかは覚えていない。適当に見ただけだから。

 ちょっとエッチな下着を結がつけているのかと思うと変な気分になるし、実の母がちょっとエッチな下着をつけてるという情報も欲しくなかった。


「それは、その、すまん」


「いやいや、すごくありがたかったんだよ? ただ、ちょっとエッチだっただけで」


「……とりあえずアイスでも食えば?」


 空気を変えるために俺はそんな提案をした。

 結はそこまで異様な空気を感じてはいないのだろう、普段と変わらない調子で冷蔵庫を漁りフルーツアイスを取り出した。


「で、落ち着いたところでようやく話を聞こうか?」


「あ、うん。そだね」


 ペロペロとアイスを舐めながら結がこちらを向き直る。


「確かおじさんが出張で家を空けるんだったよな。それにおばさんもついて行くから少しの間、結が家に一人になるって」


「そうなの」


「じゃあなんで締め出されてたんだよ?」


「うう」


 俺が言うと、結はバツが悪そうに小さく唸る。まあだいたいの予想はつくけどな。


「鍵を家の中に忘れちゃってたんだよね」


 あはは、と頭をかきながら結はわざとらしく笑ってみせた。


「……よりにもよってこんな日に忘れなくてもいいだろうに。まあ失くしたってわけじゃないのは不幸中の幸いか」


「うん。今日に限ってカバンを替えたのがよくなかったんだよね」


「おばさんに連絡はしたのか?」


 俺が聞くと結はこくりと頷いた。


「ただ、どうしてもすぐには帰れないみたいで」


「帰っては来てくれるのか?」


「うん。えっとね、明後日になるって言ってたかな」


 何かしらの事情があるというのならそれは仕方ないな。

 つまり、その間結は家には入れないということだ。


「宛てとかあんのか? 明後日までは家入れないんだろ?」


「えっと、それは、まあ」


 今日、家の倉庫の中にいた時点でお察しだが、親戚とかは近くにいないのか。


「友達の家とかはダメなのか?」


「うーん。何というか、あんまり迷惑とかかけたくないっていうか」


「別に事情が事情だし、迷惑とか思わねえだろ。そもそも友達が困ってんだから助けるのは当たり前じゃねえの?」


「そうなんだけど」


 こいつの中にはこいつなりの考えがあって、こだわりとかルールめいたものが存在して、考えた結果やはり友達を頼るのは気が引けるのか。

 考えなしに物事を行う奴じゃないからな、そう言うのであればその意見を尊重するのが幼馴染の役割だ。

 そして、幼馴染としてもう一つするべきことがある。


「そういうことなら、とりあえずうちにいるか?」


「え?」


「母さんは数日は帰ってこないし、俺になら迷惑かけても問題ないだろ。まあ、お前も年頃の女の子だし、無理にとは言わないけど」


「いいの?」


「ダメならこんな提案しねえよ」


 申し訳無さそうに聞いてくる結に少しだけ安心する。

 こいつに気を遣ってほしくなどないからな。わがままだって何だって、受け入れてやるのが幼馴染の役割だ。


「ありがと、こーくん」


 いつものようなハイテンションではなく、妙にしおらしい様子に俺は一瞬ドキッとしてしまう。


「……俺も風呂入ってくるわ。気とか遣わなくていいから、遠慮とかすんなよ」


「うん。そうさせてもらうね」


 何となくこの空気感に耐えかねた俺は立ち上がってバスルームの方へと向かう。

 結は俺に好意を持っている。

 けれど、俺はまだその好意に応えることはできない。

 それは俺の中のこの気持ちが、結と同じものであるという確証がないからだ。

 まあ、理由はそれだけではないのだけれど。


 もし万が一、俺が理性に勝てなくて襲いかかりでもすれば、結はどう思うのだろうか?

 そんなことは万に一つもありえないし誓ってないと言い切れるが、もしもの話だ。

 受け入れるのか……?

 そもそも、そういうことを理解しているのだろうか。高校生だし、それなりに知識とかはあるよな?


「なんだかさっきのセリフ、新婚初夜みたいだね。どきどきしちゃう」


「そういうこと言うな!」


 ふふ、とおかしそうに結が笑うものだから、俺はそうツッコミを入れてリビングの扉を閉めた。

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