第86話 見習い料理人と阿鼻叫喚の港


 ゲイル大陸の玄関口でもある、ボトリング港。

 ……からすこし、離れた場所にあるボトリング港。

 毎日、明け方から昼頃にかけて市場が賑わうこの港に──



「うわあああああああああああああああ!!」

「海賊だあああああああああああああああ!!」

「海賊が来たぞおおおおおおおおおおおおお!!」

「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 人々の悲鳴と怒号が飛び交っていた。そんな人々の視線の先にはガレイトたち。

 一行はそんな人々を尻目に、申し訳なさそうに、阿鼻叫喚の港へ降り立った。

 やがて、ガレイトたちは振り向くと、船を見上げ、ソニアの顔を見る。



「な、なんか、すまんな」


「いいんだよ。港湾じゃ警備が厳しいから、近くの漁港に停泊しようと提案したのはあたいらだからね」


「そうか……」


「……ま、けど、そのお陰で……」



 ちらり。

 ソニアがガレイトの近く──

 魚のエラに引っ掛ける道具、手鉤を構えていた男を見る。



「ひ、ひぃぃいいいいいいいいいぃぃぃ!?」



 男はそんな声をあげると、持っていた短剣を放り捨ててそのまま逃げ去った。



「なんだか、えらい騒ぎになっちゃったねぇ……」


「なんというかまあ、ここの人たちの反応も、大袈裟な気がするがな……」


「なに言ってるんですか、ガレイトさん。海賊なんて、どこ行っても歓迎されませんよ。こうなってしかるべきです」


「ふむ、そういうものか……」



 イルザードがそう言うと、ガレイトが小さくうなずく。



「やれやれ。ほんとは美味い魚でも食べて、観光でもしたかったところだが……こりゃ、早く帰ったほうがよさそうだ」



『そ、そんなあ』

『新鮮な魚、食べたかった……』

 ソニアの後ろから、団員たちの落胆の声が聞こえる。



「……そうだな。助けてもらっておいてなんだが、せめて帆だけでも普通の物に変えたほうがいいかもな」


「はぁ……もうやめようかね、海賊」



『えええええええええええええええ!?』

 ソニアの後ろに控えていた海賊たちが、驚きの声をあげる。



「それもいいかもしれん。目的はあくまで、奴隷エルフの保護なのだろう? なら、べつに海賊にこだわる理由もない気がするが……、事実、やっている事自体は素晴らしいし、それに賛同してくれる人もいるだろう。ここか、セブンス王国にかけあえば、それなりにいい待遇ももらえるんじゃないのか?」



『たしかに』

 ソニアの後ろに控えていた海賊たちが、納得したような声をあげる。



「ちょいと、なに納得してんだい、あんたら。さっきのは冗談だからね?」



『ほ……』

 ソニアの後ろに控えていた海賊たちが、安堵の息を漏らす。



「……だが、なにか、海賊にこだわる理由でもあるのか?」


「いや、そりゃあ、ほら、あるに決まってるじゃないか」


「……ちなみに、その理由を訊いていいか?」



『カッコイイから!!』

 ドン!

 今度はソニアを含めた、海賊全員が声をあげた。



 ◇



 ボトリング漁港。

 その船着場から、ソニアたちが乗った船がどんどんと遠ざかっていく。

 ひととおり挨拶を済ませた一行は、人っ子ひとりいなくなった港に目を向けた。



「さて、拙者たちも早速、向かうでござる」


「そうですね。では、行きましょうか……」



 ガレイトはそう言うと、全員(イルザード以外)分の大荷物を担ぎ、先導するように歩き始めた。



「……たしかこの近くに、定例会に使用される議事堂があるのでござろう?」


「はあ?」



 それを聞いた途端、イルザードは眉を顰め、口を半開きにして、心配するようにサキガケを見る。



「な、なんやねん、その顔……」



 サキガケが口を尖らせて、恥ずかしそうにイルザードを見る。



「さっきまで何を聞いて……いや……なんというか、よかったな、私たちがいて……」


「ぐぬっ!? ……ま、まあ、それについては、感謝してるでござるが……」


「──イルザード。いくらサキガケさんが方向音痴だからって、言い方があるだろ」


「さーせん」


「がれいと殿ぉ……、ふぉろーになってないでござる……」


「す、すみません。……話を戻しますが、サキガケさん、ここはまだヴィルヘルムではないのですよ」


「あ、そうなのでござる?」


「はい。ここはゲイル大陸の玄関口、そしてヴィルヘルム帝国の隣国であるミラズール、そのボトリング領内の漁港なのです」


「ふむ、ミラズール……あっ、なんか、聞いたことがあるでござる!」


「いちおう、ミラズールもそれなりの国なのだがな……」



 イルザードが小さく、誰にも聞こえないようなトーンで呟く。



「俺たちはこの国を突っ切って、ヴィルヘルムへと向かう……のではなく、国境沿いをぐるりと回るようにして、ヴィルヘルムを目指します」


「ニン? なぜ、そのような面倒を?」


「あー……」



 ガレイトが言いづらそうに、イルザードに目配せをする。

 イルザードはそれに対し、軽く肩をすくめてみせた。



「言っても問題ないでしょう。有名なことですし」


「……じつはですね、サキガケさん。仲が悪いのですよ」


「仲?」


「ヴィルヘルムとミラズールの仲です」


「あっ……隣国特有のいさかいってやつでござるな?」


「い、いえ、国民同士はそうでもないのですが……」


「うん? どういうことでござる?」


「国王……ミラズール王側から、一方的に目の敵にされていているんですよね」


「……なぜでござる?」


「それは理由があって言えませんが……加えて、俺の……俺の……」



 ガレイトが言いかけて、カミールを見る。



「おじさんが、どうかしたの?」


「あー……いや、俺ではなく、イルザードはヴィルヘルム・ナイツの隊長格だろ?」


「そうでござるな」

「そうだね」



 サキガケとカミールが同時にうなずく。



「隣国ということもあり、面も割れているので、無用ないざこざが起きるのを避けるために、あえて我々は目立たない陸路を往くのです」


「なるほど。でも、陸路……国境沿いのほうが、色々と厳しいのでは? 警備とか……」


「それは問題ありません」


「ん? そうなのでござる?」


「はい。さきほども言いましたが、国民自体はそうでもないのです。ただ、国の中央へ行けば行くほど、その……なんというか……」


「──面倒くさいやつ・・・・・・・も増えてくるんだ」



 ガレイトの言葉を代弁するように、イルザードが言い放つ。

 ガレイトはため息をつくと、イルザードをなじるように見た。



「おい、イルザード、おまえはもう少し、歯にを着せろ……」


「周りにミラズールの人間はいませんし、大丈夫でしょう」


「あのな……俺が言っているのは──」


「ふむ、なるほど。つまり、国境警備をしている者は話が通じるので、国をまっすぐ突っ切るよりも、すんなり移動できる……と」


「は、はい。……理解がはやくて助かります」


「なにやらのっぴきならない・・・・・・・・事情がありそうでござるな」



 サキガケがそう言うと、ガレイトは苦々しく笑う。



「そ、そうですね……色々ありますね……」


「ん、承知したでござる」



 理由を話さないガレイトを見て、サキガケはそれ以上何も尋ねずにうなずく。



「ですから、道はわかるので、はぐれずについてきていただければ……」


「ニン。……まぁ、最初からのそのつもりでござるが……ははは……」



 こうしてガレイトたちは、ゆっくりとミラズール国境沿いを北上していった。

 ガレイトの言うとおり、ミラズールの端。

 そこの役人や領主、警備兵のほとんどは友好的で、とくに大きな問題は起こらなかった。

 道順も熟知しているということもあり、一行はやがて、ヴィルヘルムの国境付近。

 その検問所にたどり着いた。

 そして──

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