閑話 蛇と魁と魃


 あたり一面、見渡す限りすすきが群生している、秋の野。

 そこで同じような背格好と顔つきの幼女が二人。

 なにかを取り囲むように、その場に座り込んでいた。



「なぁなぁ、ひでり。これなんやったっけ?」



 つんつん。

 幼女のひとりが木の枝で、靴ひものように小さく、細く、白い蛇をつつく。



「それ、あんまさわらんほうがええよ、さきがけおねえちゃん」



 もうひとりのほう、ヒデリと呼ばれた幼女が、心配そうに答える。



「なんで?」


「なんでって……おねえちゃん、これ・・しらんの?」


「この、にょろにょろ~ってしとるやつやろ? ムシ……かなぁ?」



 サキガケはそう言うと、手に持っていた木の棒に蛇を巻き付ける。

 そして、ゆっくりとそれを掲げると、太陽に透かすように見た。



「ひゃっ!? ちょ、なにやってんの、さきがけおねえちゃん。あぶないって」


「なんや、あぶないやつなんか、これ?」


「うちにもおるやろ? それ、ヘビやで」


「へぇ~……ふぅん、これもヘビなんかぁ……」


「だからほっとこ。あっちであそぼうよ」


「でも、これ、なんかちっちゃない?」


「うん。たぶんまだ、こどもやとおもうで、そのヘビ」


「へー、そうなんや」


「たぶんね。だって、うちでかってるヘビってみんな、すごくおっきいやんか。だから……」


「だから、べつにかまれても、だいじょうぶってことやな」


「えー、なんでそうなんの……」


「なぁ、ひでり、きょうはこれであそぼや。ちっちゃくてかわいらしいし。ええやろ?」


「か、かわいい……かなぁ? でも、ヘビやから、どくとかあるんちゃうの? うち、こわい……」


「ひでり、あんたそんなんいってたら、かあちゃんみたいなマモノゴロシなられへんで?」


「うち、べつにならへんでええもん」


「なんや。いくじなしやな。こんなんへいきやって」


「ええ……」


「みといてみ……ほれ、ヘビ、かんでみぃ。ほれほれ」



 ひらひらと棒を振り回すサキガケ。

 蛇はチロチロと赤い舌を覗かせながら、サキガケの顔を見ている。

 そして──

 シャー!!

 蛇が口を開き、サキガケに襲い掛かる。

 が、サキガケはそれよりも速く、棒を明後日の方向へ投げ捨てた。



「ま、まあ、ちょいビビったけど、こんなんはヨユーや」


「おおー……さきがけおねえちゃん、かっこいい……」


「わっはっは! マモノゴロシなめとったらアカン──」



 投げ飛ばしたはずの蛇が、サキガケの鼻頭に噛みついた。



「でぇぇぇええええええええええええ!?」


「さ、さきがけおねえちゃん!?」



 蛇はすぐにサキガケから離れると、そのまま、すすきに紛れて、消えていった。

 サキガケは顔を抑おさえながら、その場でうずくまっている。



「……だいじょうぶ? お姉ちゃん?」



 ヒデリが心配そうに助け起こそうとするが、サキガケはすぐに立ち上がった。



「な、な~んてな。いたいフリや。どうやった? ビビったやろ?」



 ヒデリは強がっているサキガケの顔を、ポカンと見つめる。



「エンギってやつやな。おねえちゃん、ジョユーになれるんとちゃう?」


「ぷ」



 ヒデリは吹き出すと、そのまま堪えるように小さく笑った。



「な、なんやねん。なにがおもしろいんや」


「だ……だって、さきがけおねえちゃん、はなが……」


「はなあ?」



 ヒデリが楽しそうに指をさす先──

 そこには、提灯のように鼻を赤くさせているサキガケがいた。

 サキガケはおそるおそる、自身の鼻に触ると──



「なんじゃあ、こりゃああああああああ!?」



 と叫びながら倒れてしまった。



「おねえちゃん……? お、おねえちゃん!? ど、どうしよ……おかあああさあああああああ!!」



 ヒデリは大声で泣きながら、どこかへ走り去ってしまう。


 こうして、サキガケはしばらくの間、臭いを感じることも、鼻をかむことも出来なくなってしまった。

 やがて、それから何日目かの朝。

 鼻の腫れが引いた頃。

 サキガケは実家で飼っている蛇に顔を舐められ、また気絶してしまう。

 結果、サキガケは蛇がトラウマになってしまったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る