第69話 元最強騎士と船づくり


 陽も真上に昇り、朝食ではなく昼食の時間帯になった頃──

 パチパチパチ……!

 ガレイトたちは砂浜の上で、ひとつの焚火を囲っていた。

 焚火からは時折り火の粉が爆ぜ、その周りにある四匹の魚に当たり、消える。

 その魚たちは口から棒を入れられ、砂浜の上に固定され、じっくりと焼かれている。

 すでに魚の皮、尾びれや胸びれにまぶしてあった塩が、軽く、薄茶色に焦げてきており、それを見ていたガレイトが、待ちきれないと言った感じで、口を開いた。



「そろそろ、頃合いでしょうか……?」


「そうですね。もう十分かな……」



 ブリギットがそう言うと、ガレイトは砂浜に刺さっている棒を引っこ抜き、他の三人に手渡していった。



「いただきまーす」



 四人が口を揃え、一斉にその焼き魚にかぶりつく。

 バリッ!

 景気の良い音とともに、焦げ目の付いた魚の皮が破ける。

 そしてそこから、ほくほくとした湯気とともに、魚の綺麗な白身が現れた。

 はぐはぐはぐ……。

 四人は一言も喋らず、一心不乱にその魚を平らげていった。



 ◇



「──ごちそうさまでした」



 最後までゆっくりと食べていたサキガケが、そう言って手を合わせる。

 ガヤガヤガヤ──

 そして、いつの間にか辺りは、流され島の住民やら、船の乗組員や乗客たちやらが入り混じっていた。

 飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。

 さきほどまで、外から来た人間に興味なさげだった住民たちも、今や赤ら顔で乗組員たちと笑い合っている。



「それにしても……真っ昼間から、だいぶ賑やかになってきたでござるな」



 その騒ぎを尻目に、サキガケが呟く。



「イケメンさんたちが船からお酒なんかを持ってきたからでしょうね。最初は少し無愛想かとも思いましたが、そんなことはなさそうです……」


「う~ん、たしかに毎日がこんな感じなら、天国・・と呼べるかもしれぬでござるな」


「……はい。毎日、魚ばかりを食べるのはどうかな、と思いましたが、やはり美味しかったですね。これなら焼き魚以外の食べ方も試してみたいです」


「うん……私も、いっぱい釣ってよかった……」



 ブリギットはそう言うと、空になったクーラーボックスを見て言う。

 船上にて釣り溜め・・・・していた魚は、今回の食事で、すべて食べてしまっていた。



「……それにしても、いるざあど殿は綺麗に食べたでござるな」



 感心したようにサキガケが言う。

 サキガケの言う通り、イルザードは魚の骨や、頭どころか、魚に刺さっていた棒ごと、すべて丸ごと平らげていた。



「いや、というかもはや、悪食の類でござるが……そんなの食べて大丈夫でござるか?」


「ああ、心配無用だ。私は基本、無機物以外はなんでも食えるのだ」


「いや、あの棒もほぼ無機物だと思うでござるが……」


「まあ、ガレイトさんとは違い、体はひ弱だが、胃は頑丈らしい」


「たわけた事を……」



 ガレイトが呆れたように、吐き捨てるようにツッコミを入れる。



「頑丈どころのさわぎではないと思うのでござるが……」


「あまり深く考えないほうがいいですよ、サキガケさん。こいつは本当に、なんでも食べてしまうので。おそらく、頭もよくないのでしょう」


「ゲ~ップ!」



 ガレイトの言葉を聞いたイルザードは、これみよがしにゲップをしてみせた。



「……さて、そろそろ情報集めを再開しましょうか」



 ガレイトは何事もなかったかのように立ち上がると、すっかり島の住民たち打ち解けている乗員乗客たちを見た。



「皆さんのお陰で、住民たちの警戒心もそれなりに解けているでしょうし、今なら──」


「おーう、あんたら、楽しんでるかーい?」



 イケメンが酒瓶片手に乱入してくる。

 その顔はすっかり上気しており、すでに出来上がっている・・・・・・・・感じだった。

 イケメンは、フラフラとした足取りで焚火の前まで行くと、わざわざイルザードの胸にもたれかかるように、ドサッと座り込んだ。──が、すぐに避けられ、右頬と左頬を強めにはたかれた。



「楽しんでいるものか。おまえのせいで、まだヴィルヘルムに着けていないんだぞ。どう責任を取るつもりだ? ここで死ぬか?」


「ごめんなさい……」



 イケメンは途端にシュンとなり、俯きつつも、ぐびぐびと酒を呷った。



「……そういえば、イケメンさんはこの島の存在は知らなかったんですか?」


「いや、知らなかった、というか、まぁ……ただ、伝説だけは聞いたことがある」


「伝説……?」


「ああ。ある海域に、流れの複雑な所があるんだ。んで、そこは普通は船で通らないところにあるんだが、もしそこを通っちまったら、もう二度と出てこられねえってやつだな」


「ほう、知っていてこの体たらくか。よほど死にたいように見える」



 ガシッ。

 イルザードはイケメンの頭を鷲掴みにする。



「ひぇっ!?」


「やめろイルザード。……ちなみに、その海域とはどこにあるのでしょう?」


「そこまではわからねえ。そもそも帰ってこれねえっていう伝説だからな。情報も何もあったもんじゃねえ」


「なら、俺たちは今、その伝説の中にいる……と」


「そういうこったな。……だが、ガレイトの旦那」


「旦那……?」



 聞きなれない呼び名に首を傾げたガレイトだったが、イケメンはそのまま話を続ける。



「酒を酌み交わすついでに、ここの住民たつから色々話を聞いてきたけどよ、最初、俺たちの前に現れたあの、坊主、いただろ? そこの嬢ちゃんより、すこし年下くらいの……」



 イケメンはそう言うと、ブリギットを指さした。



「ああ、あの長髪の……」


「そうだ。あの坊主だが、どうやら自分で船を作ろうとしているらしいんだよ」


「船を……ひとりでですか?」


「ああ。ここの住民がぼやいてたよ。あの坊主が木材やら工具やら、この島に漂着したもんを勝手に持っていくから迷惑してるってな」


「ということは、最初に会った時、俺に色々訊いてきたのは……?」


「まあ、十中八九、あの坊主はここから脱出しようとしてるんだろうな」


「……そういう事だったんですか」


「ああ、あとはもうひとつ。伝えとかなきゃならねえ情報があったんだ」


「なんでしょうか?」


「この島の中心部──見えるか? あの密林が」



 イケメンが指さした先──

 ぐるりと島の外周を取り囲んでいる砂浜から、島の中心部に目を移すと、そこには深緑色の植物の群生地帯があった。

 中心へいくほど木の枝葉が陽を覆い隠し、日中でも夜みたいに暗くなるほどである。



「はい。見えますけど……あれは?」


「『よほどのことがない限り、入らないほうがいい』……とのことだとよ。住民たちが言うには」


「入らないほうがいい・・・・・……?」


「俺も詳しくは知らねえが、あそこに入って、生きて帰ってきたヤツは今まで一人もいないらしい」


「ひとりも……ですか」


「そうだ。ただでさえ出られねえ島の、出られない密林だ。何が待ち受けているかすらわからねえ魔境だな。噂に聞くと、凶暴な魔物がいるって話なんだが……いくら旦那でも、立ち入るのは止めておいたほうがいいと思うぜ」


「……わかりました。極力、立ち入らないよう心がけます」


「ああ。それが賢明だな。……それに、つい最近、俺たちと同じように、ここへ流れ着いてきた人間がいたらしいんだが、そいつは住民が止めたのを無視して、あの密林に入ってったんだと」


「それで、その人は……?」


「知らねえ。……ただ、一度だけ悲鳴のようなものが上がって、結局帰って来てない、とだけ言っていたな」



 ゴクリ。

 ブリギットとサキガケがその話を聞いて、生唾を飲み込む。



「──とまぁ、俺が新しく仕入れた情報はこんな感じだ」


「ありがとうございます。助かりました」


「ああ、気にすんな。こうなったのは俺たちの責任だからな。とりあえず、ここを出たいのなら、まずはあの坊主の所へ行くといいぜ。少なくとも、俺らなんかよりは、ずっとここについて詳しいだろうしな」


「……イケメンさんたちはどうするんですか?」


「俺らか? ん~……、まだここに来て数時間しか経ってねえけど、急いで脱出するほど悪い所でもねえと思うんだよ、俺は」


「なんだ、おまえはもう、ここで永住するつもりか?」



 イルザードがそう訊くと、イケメンはまんざらでもなさそうな顔で答えた。



「永住は……まだわからんが、実際、あのひげ面のおっさんも言ってたろ? ここは〝天国〟だって」


「……言っていたな」


「魚も果実も取り放題。なんなら娯楽も時々海から流れ着いてくるしな。ちぃっとばかし退屈ではあるが、それを補って余りあるほどの魅力がある。俺たちはたぶん、もうしばらくここにいると思うよ」


「そうか……」



 イルザードはそう呟くと、頬を緩め、俯いた。



「おいおい、ネーチャン、そんな寂しそうな顔すんなって。もしも、こっから本当に出られたとしても、生きてりゃまたどっかで会え──」


「いや、もうその、憎たらしい顔を見なくて済むのだと思ってな」


「あるぇ?」

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