第67話 元最強騎士、漂流する
「──どこだ、ここは」
セブンスカジキフェアの翌日。
ガレイトたちの乗っていた船は、ひとつの島──その海岸、真っ白な砂浜の上に
空は気持ちがいいほどの快晴。
砂浜には、透き通ったエメラルドグリーンの波がザザーン……ザザーン……と寄せては返している。
島の周りには、大量のヤシの木が、ぐるりと取り囲むように群生しており、さらに島の中心部は、鬱蒼とした草木が生い茂るジャングルのような密林地帯があった。
島の外に目を向けても、そこには大陸や島の影はなく、ただ水平線が望むのみ。
「もしかして、おれたち、遭難したんじゃねえの……?」
イケメンが船の後方──水平線を、薄目のまま睨みつける。
その瞬間、それを聞いていた乗客から、どよめきが起こった。
「遭難……なぜ、こんなことに……? 嵐などはなかったはずですが……」
ガレイトがイケメンに尋ねる。
「いや、わからねえ。たしかに嵐は起こってねえし、波もそんなに立ってなかった。風も特別強かったわけじゃねえし……航行自体は順調だったはずなんだ」
「では……」
「……そういえば、ロスの野郎を見てねえな」
「ロス……どなたですか?」
「ああ、いつもそこで船の舵輪を握っていたやつなんだが──」
「あいててて……頭が割れるようだ……飲みすぎちまったか。……あれ?」
頭を抱えながら船内から出てきたのは、マドロスハットをかぶった壮年の
ロスはハッとなって、キョロキョロと辺りを見回すと、その場にいる全員の視線が自分に集まっていることに気が付いた。
「……もしかして俺、なんかやっちまったか?」
ボコボコボコ。
突然の暴力がロスを襲う。
殴っているのは乗組員たち……だけではなく、事態を飲み込んだ乗客たちもそれに参加していた。
ガレイトは最初は呆れたように頭を抱えていたが、やがてそれを止めに入った。
ロスはあざだらけの顔で、ガレイトに泣きながら感謝すると、現状について大雑把に説明した。
「わりぃ、飲み過ぎた。酒」
十分過ぎるほどの説明に、その場にいた全員がまた頭を抱えると──
バチャン。
ガレイト先頭を切って船から降り、その島へと降り立った。
「ガレイトさぁん!」
「おーい」とブリギットが声をあげ、ガレイトが振り返り、船を見上げる。
そこには、ガレイトに向かって手を伸ばすブリギットの姿が。
ガレイトはその手を取ると、ブリギットの体を抱えながら、ゆっくりと船から降ろした。
そしてそれに続くようにして、イルザードとサキガケとロスが船から降りてきた。
「……大丈夫ですか?」
ガレイトが心配そうにロスに尋ねるが──
「おう。二日酔いを覚ますにゃ、もってこいだな」
ロスは案外、ポジティブであった。
「そ、そうですか……。さて、どうしましょうか……」
「そうだなぁ……」
ガレイトとロスの二人が、船を見ながら唸る。
その横でイルザードが暇そうに爪を眺め、ブリギットとサキガケは、楽しそうに水遊びをしている。
「──なぁ、ガレイトのニーチャン」
ロスが口を開く。
「なんでしょうか」
「あんたロロネー海賊団の船をぶっ飛ばしたんだってな? 生身で」
「はい」
「ならよ、この船もいっちょ、ぶっ飛ばしてみてくれねえか?」
「ぶっ飛ばす……ですか?」
「ああ、
「そうですね……」
「満潮を待つって手もあるが、思いのほか、深くまで乗り上げちまってるからなぁ……」
「……ですが、いいのですか?」
「ああ。派手にやってくれて構わねえ……と、言いてえところだが、やっぱりその前にこの船がどれくらい耐久が残ってるか、確認していいか? もし乗り上げた衝撃で穴が開いてたり、こすれてたりしたら浸水しちまうからな」
「わかりました」
「おし、じゃあニーチャンは後方を頼む、俺は前方な。……んで、おまえらは船内を見てくれぇー!」
ロスが声をあげると、乗組員たちは頷いた。
◇
「──よお、調べ終わったよ」
ロスが、ヤシの木にもたれかかり、腕組みをしていたガレイトに話しかける。
「船の後方は……問題らしい問題はありませんでした。多少古くなっている部分もありますが、軽く叩いてみても大丈夫でしたので、耐久面では問題ないかと」
「そうか。ちなみに前方も特に何も問題なかった」
「では──」
「だが、船内はダメだった。船底がこすれて摩耗しているうえ、なにより船首から船尾にかけて船を支える木材にヒビが入ってやがった。短い距離ならいいが……とてもじゃねえが、長距離の航行は無理だ」
「そうか。──で、どう責任をとるつもりだ?」
いままで横で、黙って話を聞いていたイルザードが、ロスを見る。
「うぐ!? そ、それは……」
「おい、よせ、イルザード。誰が悪いかよりも、これからどうするかが先決だ」
「……なら、ここで二人、仲睦まじく暮らしますか?」
「話を飛躍させるな馬鹿者め。俺が言っているのは、この窮地をどう脱するかだろ」
「……泳ぎます?」
「無茶を言うな。ここからヴィルヘルムのあるゲイル大陸まで、どのくらい距離があるというんだ」
「どのくらい距離があるんですか?」
「……どのくらい距離があるんですか?」
イルザードからガレイトに。
ガレイトからロスに、質問が回される。
「さ、さあ、俺にゃあここがどこかさえわからねえが……昨日、俺が舵輪を握っていた頃は、まだ四日以上かかる計算だったな。……そっから考えてみても、どうやったって泳いでいける距離じゃねえだろ」
「──なら、この船を直すか、新しく船を拵えるしかないでござろうな」
突然、顔面に赤い
それを見た三人は、ギョッと目を見開き、後ずさる。
「さ、サキガケさん、顔……! 顔……!」
ガレイトが慌てた様子で指摘すると、サキガケは海星をベリベリと顔面から剥がし、笑った。
「あっはっは。びっくりしたでござる?」
「ビックリするも何も、大丈夫なんですか……?」
「全然問題ないでござる。千都では普通に食べてたでござるし」
「た、食べれるん……ですか?」
「実際はこの触手の中にある、茶色いものを食べるのでござるが、
「う、ウニ……」
「おお、そういえば、あちらのほうでぶりぎっと殿が──」
ばちゃばちゃばちゃ。
波を蹴り上げ、水に濡れた服でブリギットが近づいてくる。
その腕には鯖ほどの大きさの魚が抱かれていた。
「ぶ、ブリギットさん!? その魚は……?」
「ガレイトさん、イルザードさん、ここすごいんだよ! こんな浅瀬にまで魚が来てるんだ……!」
「浅瀬って……」
「──おい、おまえたち」
不意にその中の誰でもない、聞きなれない声が響く。
ガレイトたちがその声のほうを見ると──
そこには、肩にかかるほどの長く、黒い髪に、小麦色の肌の少年が立っていた。
その見た目はグラトニーよりもすこし年上で、ところどころほつれている半ズボンのようなものを穿いていた。
少年は物怖じすることなくガレイトにずんずん近づいて行くと、
「おまえがボスだな」
「……俺のことか?」
困惑するガレイトに対し、少年が続ける。
「このふね、のれるのか?」
「いや、もう乗れないと思うが……」
「なんだ」
「少年はここの住み──」
「じゃあ、このフネのざいりょう、もってっていい?」
「……なんのために?」
「いいの? ダメなの?」
ガレイトは困ったように皆の顔を見たが、そこにいる全員、ガレイトと同じように困惑しているような顔をしていた。
「……いや、持っていくのはダメだが……」
「そう、つかえないね。ばいばい」
少年はそれだけ言うと、プイッと目をそらし、来た道を帰っていった。
「……なんだったんだ」
「知り合いだったんですか?」
イルザードが尋ねる。
「いや、知らん」
「なんか、船の素材を欲しがってましたけど……」
「船が珍しいのか……?」
「珍しいから、材料が欲しいんですかね……?」
「……ああ、たしかにそれは考えにくいな」
「それよりも、こんなところにも人間が住んでいるのでござるな」
「……あ、また誰か来た」
ブリギットが指さした先──
そこには髪や髭をもじゃもじゃと生やし、ボロボロの腰布を巻いた、初老の男性の姿が。男性はゆっくりとガレイトたちに近づいてくると、やがて口を開いた。
「あんたらも、外から流されて来たのか?」
「……外?」
「……あんたら
ガレイトとイルザードが同時に疑問を口にする。
「……ああ、ここは〝流され島〟何らかの理由で漂着した者たちが、身を寄せ合って暮らす、島だ」
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