第62話 元最強騎士とダグザの意思を継ぐ者
スー……。
すでに半身になっているセブンスカジキの肉に、ブリギットが包丁を入れていく。
ブリギットはカジキの肉を丁寧に、短冊形に切っていくと、それを皿にのせ、炊き出しのような列で順番待ちをしていた乗客の男性に渡した。
「おぉ、こいつはうまそうだ。ありがとう、お嬢さん」
男性はブリギットに軽く会釈をすると、そのまま自身の竿が置いてある場所まで移動し、座って刺身を食べ始めた。
「──次の人どうぞ」
ブリギットの横で、その手伝をしていたガレイトが声を上げると、今度は、赤いエプロンを着た、さきほどの中年男性が、息を切らせながら列に割り込んできた。
当然、列後方からはブーイングがおきていたが、ガレイトは冷静に男性の所へ行くと丁寧にその男性を誘導しようとした。
「すみません、カジキの肉はまだまだあるので、後ろへ並んで待──」
「いや、来いよ!!」
男性の声が辺りに響き渡る。
「え?」
「『え?』じゃねえよ。来いよ!」
「来いと言われましても……」
「知らない人にはついて行くなって……」
ガレイトの後ろで話を聞いていたブリギットが、困ったような顔をする。
「いや、たしかにまあ、知り合いではないけど、セブンスカジキの捌き方をタダで教えてやるってんだから、来いよ」
「いえ、でも、もうブリギットさんは問題なく捌いていますし……」
「あらほんと。なんて綺麗なお刺身なんでしょう。──って、アホか!」
男性の未熟なノリツッコミが船上に轟くと、さきほどまでのブーイングも一層苛烈なものになっていく。
「すべってるぞー!」
「下手くそー!」
「引っ込めー!」
「覚悟ないやつがノリツッコミすんじゃねー!」
「死ねー!」
様々な怒号や罵詈雑言が飛び交い、次第に中年男性の顔も赤くなっていく。
「あ、ありがとうございました」
ぺこり。
そんな中、突然、ブリギットが男性に向け、お辞儀をする。
「……え? なにが?」
毒気を抜かれてしまった男性が、驚いたようにブリギットを見る。
「あ、あの、毒があるという事を教えてくれて……そのお陰で、その部分だけを取り除いて、食べることが出来ました」
「あ、そうね。うん」
「だから、もう大丈夫です。このままさっさと消えるか、大人しく列後方に並んでください。もしくは船から飛び降りてください」
「……へ?」
突然の暴言に男性もぽかんと口を開ける。
──ガツン。
ガレイトが、ブリギットの真後ろにいたイルザードの頭を殴る。
「な、何するんですか、ガレイトさん!?」
「ブリギットさんはそんなこと言わん」
「──それにしても、ティムさん。あんたが他人にそこまで肩入れするのは珍しいな」
ふらりと、どこからともなくやって来たイケメンが、ティムと呼ばれたその男性に声をかける。
「何か訳ありなのか?」
「いや、なんつーか……」
ティムはしばらく考えた後──
ブリギットを指さして言った。
「チラッと耳に入ったんだが、あんた、ダグザさんのお孫さんなんだろ?」
◇
ガレイト、ブリギット、イルザードの三人は場所は移し、船内にある厨房へ。
そこはオステリカ・オスタリカ・フランチェスカの厨房とは、比べることがおこがましいほど、雑多で、物にあふれていた。
厨房内のいたるところに鍋や、フライパン、おたまなどの調理器具が散乱している。
「
イルザードが臆面もなく言うと、ティムが小さく、皮肉るように鼻を鳴らした。
「……まあな。元々、ここは
「
「ああ、俺はここの乗員じゃねえ。俺は、雇われ
「雇われ
「そうだ。聞いてなかったか? いつか、船でとれた魚を、そのまま船で食えるようにするって」
「聞きましたが……てっきり、もうそのシステムは完成されているものと」
「はは。見ての通り、まだだよ。だがまあ、この状態でもなんか作れって言われたら、それなりのもんは作るけどな……」
「あの……ティムさんは、その、おじいちゃんとお知り合いなのですか?」
ガレイトの陰に隠れながら、ブリギットがティムに質問する。
「ん? ああ、まあ、あの人の知り合いなら世界にかなりの数いそうだけど、それでも知り合いかって言われれば、知合ってはいるよな」
「……どうしましょう、ガレイトさん」
こそこそと、イルザードがガレイトに小さく耳打ちをする。
「……なにがだ」
「これは、面倒くさいタイプの人間です」
「いや、おまえのほうが面倒くさいだろう」
「ええ~……」
「それで、ティムさんはダグザさんとはどこでお知り合いに……?」
ガレイトはイルザードを無視すると、ティムに質問を投げかけた。
ティムはそれを聞くと、ガレイトとブリギットの二人をじっと見た後、気が抜けたように肩をすくめてみせた。
「──いや、あんたらが期待してるほど、ドラマチックな感じでもねえよ。……ただ、あの人のお陰で、料理とまた真摯に向き合えるようなったってだけだな」
「な、なるほど……」
「だから、わざわざ取り立ててここで話をするまでもねえんだ」
「そうなんですね……」
「そう。いまはただ、ダグザさんは俺の恩人だということだけ知ってくれればいい」
「わかりました……」
「そう。……俺は、まだ未熟だった頃の俺は、今と同じように、船上を舞台に食材どもと死闘を繰り広げていた」
「いや、するんかい。話」
イルザードが珍しく、素早いツッコミを入れるが、ティムの口は止まらなかった。
「俺は前まで、この船よりももっと小さなところの船で料理人をやってたんだ。それまではそこそこ有名な店で長い間、料理の修業しててよ。そこで働くのが決まったときはすげえ嬉しかったんだ。ここから成り上がってやる。ビッグになってやるぞってな。けど、そこのクルーも客も本当にどうしようもないくらい、食に興味がなかったんだ。こっちがいくら繊細で、奥深い味つけの料理を提供してやっても、すぐにテーブルに備え付けられてる、濃い味の調味料けで上書きしてきやがる。挙句の果てに、味が薄いだの食った気がしないだと厨房にまで怒鳴り込んでくる輩も出る始末。俺も、ひどいときには客と殴り合いの喧嘩をした時もあった。でも、あの時の馬鹿な俺は信じていた。いつの日か、俺の料理の味をわかってくれるだろう。いつの日か、俺の料理を認めてくれるだろうとな。だが、現実はそう甘くはなかったんだ。ある日、魔が差して俺は手抜きをした。いつも真剣に作っていた料理に対して手抜きをした。そんな日々が続いたんだ。心がすれちまう日だってある。わかりやすい味付け、わかりやすい香り付け、美味とはとても言えないような、そんな料理を提供した。だが、結果、あいつらは満足しやがったんだ。しょうもない料理で。いくら俺が修業時代に培った技術を使っても、美味いと言わなかったやつらが、また食べたいと言ってきた。ここで馬鹿な俺は目が覚めたよ。そもそもこの船には食事を楽しもうという人間は乗らないんだとな。普通に考えれわかる事に気が付いた時には、もう取り返しの付かねえ年齢になってた。そっからはもうただ無心だ。無心で不味い料理を、わかりやすい料理を提供し続けた。来る日も来る日も……そして、そんな荒んだ日々の中、
ティムが一通り語り終えると、イルザードは閉じていた目をゆっくりと開けた。
「ごめん寝てた」
「おい」
「──おっと……!」
ティムのツッコミに、うつらうつらと船を漕いでいたガレイトも目を覚ます。
ガレイトは、隣で同じように寝かけていたブリギットを優しくゆり起こす。
「ぶ、ブリギットさん……!」
「え、あ……」
ごしごしと目をこするブリギット。
ガレイトは申し訳なさそうな顔で、ティムの顔を見た。
「──と、いうわけだ。私も、ガレイトさんも、ブリギット殿も、どうやらうたた寝してしまっていたらしい。わるいが、もう一度、最初から話してくれないか?」
「なんでだよ!」
「ならもう十文字で要約してくれないか」
「は、はあ!? じゅうも……!? てかなんで話を聞いてなかったほうがイライラしてんだよ」
「はいスタート」
「……おりょうりてつだうよ」
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