第61話 元最強騎士と特殊調理食材


「お~い、こっちだ。あげてくれ」



 水面からバシャバシャと手を振るガレイト。

 その背中には、白目を剥きながら気絶している、ブリギットを背負っている。



「お疲れさまでした、ガレイトさん。今、梯子を下ろします」



 イルザードはそう言うと、手近にあった梯子を船のへりに立てかけた。



「ああ、助かる」



 ガレイトはイルザードに礼を言うと、そのままペタペタと梯子を昇り、船に戻った。

 船に戻るとそこには、ビッチビッチと元気よく跳ねるセブンスカジキの姿と、それを見にやって来ていた乗員乗客が集まっていた。

 集まっている人々は皆、物珍しそうに、興味深そうに、あらゆる角度からセブンスカジキを見ていた。



「おう、ニーチャン。無事だったか」



 ガレイトに気が付いたのか、カジキを見るのを止め、イケメンが近づいて行く。



「ええ。なかなか手強い相手でしたが……」


「ん? その嬢ちゃんは……?」


「ああ、ブリギットさんはすこし気絶してしまっていますが、怪我はないと思います」


「ニーチャンは、どっか怪我とかしてねえのか」


「はい。とくにどこも刺されていません」


「いや、セブンスカジキ相手にそんな蚊みたいな言い方……でもまさか、ほんとうに釣り上げちまうとはな。大したモンだぜ」


「いえ、俺の力というよりも、ブリギットさんのお陰でしょう。あのまま、糸を垂らしているままだと、一生釣れなかったと思います」


「へっへっへ。釣りには運も大事ってか……ん? いや、ちょっと待てよ。あれは釣りだったのか?」



 イケメンはそう言うと、ひとりでぶつぶつと呟き始めた。



「──それにしても、びっくりしましたね」



 梯子を元の場所に戻し終えたイルザードが、会話に参加してくる。



「ああ。まさか、釣り竿を渡した瞬間に、ブリギットさんが持っていかれるとはな」


「いえ、そういう事ではなく、まさか、海のど真ん中でさえも、ブリギット殿を気絶させるなんて」


「……おい」


「なんだあ? ニーチャン、そんなちっこい子がタイプなのか?」


「ほらみろ、イルザード。おまえのせいでイケメンさんが勘違いしているだろう」


「あっはっは。まったく、何を仰るのやら」


「いや、何を笑っとるんだおまえは」



 イルザードはわざとらしい笑いを引っ込めると、イケメンを睨みつけた。



「……いいか、おっさん。ガレイトさんこのかたはな、こんなにセクスィ~な私が、あれやこれやと挑発しているのに、まったく靡かないのだぞ?」


「靡かないって……そんなにスタイルいいのにか?」


「ああ、こんなにスタイルがいいのにも関わらず、だ」


「……自分で言うのか、おまえは」



 呆れたような声と顔で、イルザードを見るガレイト。



「おいおい、マジか! ニーチャン、○○○ついてんのか?」


「──ブッッッ!?」



 イケメンの発言を聞いたガレイトがあまりの事に吹き出す。



「いや、大きい○○○付いているのは間違いないが、もうひとつの可能性も最近、私の中で考えられているんだ」


「な、なんだってんだそりゃあ……」


「もしかしたら、ガレイトさんは○○かもしれないという可能性だ」


「○○ォ!? ダメダメ。そんなの生産性がねえよ」


「いや、私が言いたいのはそういう事じゃなく、これからは十分、背後に気を付けろ、という事だぞ、おっさん」


「ひぇっ」



 イケメンはイルザードにそう言われると、自身の尻を恥ずかしそうに手で隠した。

 相変わらず、男子中学生のような、くだらない会話を繰り広げるイルザードとイケメン。

 それに対し、心底面倒そうな顔で長いため息を吐くガレイト。

 ガレイトはその二人を無視すると、ちょうど船の日陰になっているところまで歩いていき、ブリギットを静かに寝かせた。



「……っと、わりぃわりぃ、冗談が過ぎたな。──て、ああ、そういえば……」



 悪びれるようにガレイトの元へ駆け寄るイケメンだったが、何か思い出したのか、そのままガレイトに質問をした。



「なあ、ニーチャン。このセブンスカジキのくちばしはどうした?」


「くちばし……ですか? 危ないので折りましたが……」



 キョトン。

 会話がそこで途切れ、イケメンは二度まばたきをする。



「……へ? いまなんて?」


「折りました」


「どうやって」


「素手で」


「……なんで?」


「なんでって……あのまま放置していたら、船底に穴をあけられると思ったからですが……」


「だからってあんな硬いくちばしを──まあ、この際、それについてうだうだ言っても仕方ねえか……でも、問題は……」


「……しかし、そこまで気にすることですか?」



 ガレイトがそう言うと、イケメンは驚いたように目を丸くさせた。



「いやいや、ちょっと待ってくれ。……さっきはたしかにセブンスカジキが高値で取引されているって言ったが、その理由も知らねえのか?」


「肉が美味しくて、あまり市場に出回らないから……ではないのですか?」


「ちげぇよ! あのくちばしが一番高ぇんだよ!」


「そうなんですか?」


「いや、あれは武器の材料になったり、美術品としても価値があってだな。状態の良い物はそれだけで買い手が……つーより、そもそも毒があって、昔はそのまま──」


「おいおっさん。ひとりで勝手に盛り上がるな」



 イルザードにそう告げられると、イケメンはハッとなり、頭を下げた。



「わ、悪い……元海賊の性分で、価値のあるものを見ると、つい……」


「次からは気をつけろよ」


「ああ……」


「おまえが言うな」



 ガレイトにそう強く言われると、イルザードはあからさまに不機嫌そうに口をすぼめてみせた。



「まったく、元海賊のほうがおまえよりもしっかりしてるって、どういうことだ……」


「──あ、ガレイトさん……」



 床で寝そべっていたブリギットが、小さく声を上げる。

 ブリギットはまるで明るい物を見るように目をしぱしぱ開閉させると、床に手をつき、体を起こそうとした。──が、力が入らないのか、すぐに倒れそうになる。

 ガレイトはすかさず、ブリギットの背に手を当て、それを補助した。



「大丈夫ですか、ブリギットさん」


「えっと、私……なんで……」


「気絶しておられました。気分が悪かったり、どこか痛かったりは……?」


「あ……うん。大丈夫で……そ、そうだ。カジキは……?」



 ビタンビタン!

 まるで自己主張でもするように、船に打ち上げられたセブンスカジキが、豪快にその場で跳ねた。



「わぁ……やっぱり大きいんだね……」


「はい。くち先まで含めると、俺の身長二つ分くらいはあったかと」


「そうなんだ……でも、あれ? あのカジキ、それがないような……」


「ああ、折りました」


「折……え?」


「はい」


「でも、硬……聞……あ……うん。あ、危ないもんね」


「はい」


「えっと……じゃ、じゃあ、早速料理を……て、あれ?」



 ブリギットが言いかけて、首を傾げる。



「どうかしましたか?」


「が、ガレイトさん。セブンスカジキって、最初からあんな色してた……?」



 ブリギットが指さした先──

 そこには、無くなったふんからエラにかけて、紫色に変色しているセブンスカジキの姿があった。

 さらにその紫色の部分は、現在進行形でじわりじわりと広がっている。



「あ……あれ、なに?」


「さ、さあ……俺も今気が付いて……何がなんだか……」



 ガレイトとブリギットがその光景を前に狼狽えていると、船内から赤いエプロンをつけて、身の丈ほどある包丁を持った、中年の男性が現れた。

 二人がぽかんとそれを眺めていると、その男性は手にした包丁を振りかぶり──


 ザン!

 一太刀でカジキの頭を落とした。



「な、なにを……!?」



 ガレイトが声を出すと、男性は静かにガレイトを睨みつけた。



「なんだ、文句でもあるのか」



 男性の不遜な物言いを受け、ガレイトの目も鋭くなる。



「そのカジキは俺たちが釣ったものだ。勝手に触るんじゃない」


「……なんだ。おまえら、このカジキを食べるつもりだったのか?」


「ああ」


「この、毒に侵されたカジキをか?」


「ど、毒……?」


「……やはり知らなかったようだな。いいか、セブンスカジキは特殊調理食材・・・・・・だ。知識のないやつが調理したものが食えば、最悪死ぬ」


「死……!?」



 狼狽えるガレイトを嘲笑うかのように、男性はフッと頬を緩ませると、くるりと二人に背を向けた。



「来な。俺がセブンスカジキの調理法を教えてやる」



 男性はそれだけ言うと、そのまま船内へと戻っていった。

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