「シーリングファンと霧の海」

 深夜3時、暖房が静かな風を送る、メグの部屋。ベッドに横たわる私達の裸を、橙色の、ろうそくみたいな形のペンダントライトの光が照らす。天井には、学生向けアパートには不釣り合いなシーリングファンが、ゆっくりと回り続けている。

 隣で横たわる彼女は、すっかり疲れてしまったのかそれとも酔ってしまったのか、目を閉じて、そのスタイルのよく出来上がった身体を寝息で上下させている。少し栗色の髪は、きれいにウェーブしていて、貧弱な語彙丸出しの直喩をするなら、まるでモデルと大して変わらないくらいには、彼女はきれいだ。

 当の私は、貧弱なバストに、骨ばった身体、そばかすだらけの顔に、バサバサの髪。比べるのも恥ずかしいくらいに、出来損ない。自分のどうしようもなさを、どうすれば良いのかという考えが、まるで天井のシーリングファンみたいにグルグルと頭の中で回る。頭の中で回りに回り続け、眠れなくて、ただシーリングファンを見詰める。

 私達が大学生で居られるのも、もう10ヶ月しかないのだ。


 「あたし達、これから先どうなっちゃうんだろうね」

 缶のカクテルを飲みながら、今日、メグがそんな事を言った。その時、4年近く付き合って来て、初めて彼女にムッとなった。

 彼女とは大学で初めて出会い、そして急激に仲良くなった。今の、つまり裸で2人で寝るような、こういう関係に最初に誘ったのはメグの方だ。彼女は甘えるのが得意で、その上酔うと脱ぎ癖が有ったのだから。でも、この半ば肉体関係のような物を求めるようになったのは、私の方が先だった。

 私はもともと、何事も要領は悪いし、頭も容姿もさっぱりだ。だから自分のこれから先に、霧がかかっているような不安を感じてばかりいる。大学を卒業した後、社会に出て働く自分なんて、到底想像出来ない。だから、私より優秀なメグに誘われるというのは、それだけでも自分が認められたような、そんな気になった。そしてそのまま、深みへとはまっていった。


 だけど結局、私と彼女とは違うのだ。私が未だに内定もなく、単位を取るのも苦労している一方、彼女はいち早く内定は出ているし、順調に授業もこなせている。それなのに何が『これから先、どうなっちゃう』だと。

 結局、始まりのある関係には終わりがあるだけなのかもしれない。そもそも、ずっとムッとはしなくても何だかわだかまりは感じていたような気がする。それこそ、就活の始まった時から。


 部屋の窓は崖に面していて、下に広がる街の景色が一望出来る。その中に、点滅する赤い光が、ここだよ、ここだよと言っているかのように鋭い光を放つ。もう深夜で、家の灯がすっかり減ってしまっている時間だから、余計目立つ。

 私はカーテンを薄く開けて、僅かな灯が照らす街の景色を裸で眺める。よく考えると、私はあの点滅する赤い光に見覚えがある。すぐ近くに、私のアパートがあるからだ。だけれど、ほとんど意識することはない。あまりにも近くで、普段じっくり見る事なんかないからだろう。

 私も一緒だ、と思う。メグに心も体も近付きすぎてしまったから、逆にお互いの色々なものが見えなくなってしまった。少し離れたところでお互い想い合うくらいが、ちょうどよかったのかもしれない。


 脱ぎ捨てたデニムとモッズコートを着直す。体は汗まみれだし、髪もいつにも増してボサボサだ。帰ったらシャワーを浴びなきゃな、と考える。

 「おやすみ」

 別れは、いつもシンプルでドライになるようにしている。

 「おやすみ……しばらく鍵開けてるから、忘れ物あったら戻ってね」

 流石にメグも、服を着直したようだ。私はドアを閉じる。「しばらく鍵を開けている」なんて言ったことは、これまでなかった。


 彼女のアパートを出て、角を曲がると、急坂の向こうに私の住むアパートがある。


 その時、私の目に飛び込んできた風景。低い霧に下の街並みがすっぽりと隠され、離れ小島のように、ぽつりぽつりと少し高めのビルや、学校が顔を出している。私のアパートも、霧の海に沈んでいる。夜明け前の空の鈍い色を写して、うねっている。やがてどこかから上る朝日で、目を射るような橙色に、あるいは元の色と混じった紫色に、照らされていくことだろう。

 私とメグのこれからも、行く末も、これと同じように霧の中に覆われて、どうなっているか分からないのかも知れない。そんな考えがよぎった。でも、今のような関係は終わっても、2人で仲良く居続けることは普通に出来るかも知れない。


 でも今はただ彼女と、この夢の中みたいな景色を見たい。一緒に眺めて、もうちょっと、時間が許す限り長く、居たい––

 そして私は来た道を戻り始めた。

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【短編集】心象風景、そして 下松回応(しもまつ・かいおう) @kaiou_gumi

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