第50話
昼休み。
俺が食堂に足を踏み入れた瞬間、空気が変わったような気がした。
「あっ、西野さん、こんにちわっす」
「西野さん、どうぞどうぞお先に」
「西野さん、一番前どうぞ」
「人気メニュー一通り残ってますよ、西野さん、どうぞ」
今の今まで昼食の争奪戦をやっていた連中が、一斉に傍にどいて俺に順番を譲る。
「…」
皆、俺の一挙手一投足に気を使い、ちょっと目があうと、びくりと体を震わせてビクビクとしながら会釈をする。
怖がられている。
明らかに。
そして原因は考えなくとも明らかだった。
「…カツサンドひとつ」
俺は複雑な気持ちになりながら、カツサンドを購入したのだった。
「はぁ…どーにかしなきゃな」
その日の放課後。
俺は一人、ため息を吐きながら帰路を歩いていた。
今朝のことがあってから、ますます俺は学校内において怖がられるようになってしまった。
嘘告の様子を掲示板に晒された直後のように、皆から笑われなくなったのはいいことだが、悪目立ちしてしまっていることに変わりはない。
しかし、なんとかしたいとは思っているものの、一度ついてしまったイメージを払拭するのは至難の業だ。
「それもこれも、鮫島が喧嘩をふっかけてくるからだ…」
俺としてはただ降りかかる火の粉を払っただけなのだが、それで学校生活に支障をきたしていては溜まったものではない。
今度鮫島を見かけたら、2度と喧嘩を売ってこないよう言い含めておくか。
そんなことを考えていた矢先。
「おいおい、鮫島!お前こんなガキに負けたってのかよ?」
前方から数人の集団が近づいてきた。
明らかに普通の通行人ではない。
鼻ピアス、刺青、ドレッドヘア。
典型的不良の見た目の男たちが、俺へと向かって歩いてきていた。
三人が三人とも、金属バットや鉄アレイ、スタンガンなどで武装している。
また、そんな三人の後から鮫島が怯えるようにしてこちらを見ていた。
「鮫島先輩…何か用ですか?」
俺は鮫島を睨む。
ビクッと鮫島の体が震える。
「よおよお、こんにちは。西野君?だっけ」
「俺ら鮫島の先輩」
「哀れな鮫島ちゃんのケツ、拭きにきちゃった」
鮫島に状況を聞くまでもなかった。
三人がわかりやすいセリフで、何をしにきたか話してくれる。
早い話が、鮫島が自分の知り合いに敵討ちをしてくれと泣きついたようだな。
「いやー、しかし、鮫島がやられたって聞いてどんなやつかと思ってきてみたら、ただのガキじゃねーか」
「こんなガキに鮫島やれんのか?おい、鮫島。てめー、嘘ついてんじゃねーだろうな?」
「流石に何も関係がねーガキをボコるほど俺らも腐ってねーぞ?鮫島、本当にこいつであってるんだろうな?」
どうやら俺が鮫島をやり込めたことが、三人には信じられなかったらしい。
振り返って鮫島に確認をとっている。
「そそそ、そいつですよ!間違いないですっ!!そいつ、見た目は弱そうですけど化け物みたいに強いんですっ!!信じてくださいっ!!」
鮫島は必死になってそんなことを言う。
「こいつがねぇ」
「どーなの、君。本当に鮫島お前がやったわけ?」
「正直に話してよ。やってないんなら、俺ら何もしねーから」
俺はどう答えるべきかしばし迷った。
しかし、わざわざ嘘をつく必要もないかと思って、正直に答えた。
「鮫島先輩は弱かったですよ」
その瞬間、三人が殺気だつ。
「へぇ、本当にこいつが鮫島を」
「面白そうじゃん」
「格闘技経験者?わかんないけど、ま、関係ないか」
男たちが武器を構えたまま、ジリジリと近づいてくる。
俺は周りをぐるりと見渡した。
幸いなことに、周囲には人気がなかった。
これなら存分に戦えそうだ。
俺は鞄を下ろし、制服の上着をゆっくりと脱いだ。
「ねぇ、鮫島先輩」
「…」
「鮫島先輩!」
「…ひゃぃ」
俺の呼びかけに鮫島が弱々しい声で応える。
鮫島の顔は、何度か俺に殴られたせいで腫れ上がっていた。
意識が朦朧としているのか、目の焦点があってない。
軽く殴ったつもりだったが、鮫島は気絶寸前だった。
俺はグイッと胸ぐらを掴んで、鮫島の体を、すでに気絶して動かなくなった三人と同じ場所に投げつけた。
「いだぁっ!?」
鮫島が悲鳴をあげる。
俺は上着を身につけ、鞄を背負い直しながら言った。
「力の差は分かったと思います。もう喧嘩を売ってこないでくださいね?」
「…」
「わかったんですか?」
「はぁい…すみませぇん…」
鮫島が涙声でそう言った。
完全に心が折れたようだ。
これで、今後無意味に突っかかってくることもないだろう。
俺は満足してその場を後にした。
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