第13話


「ここが私たちの村です。小さいですが、いいところですよ」


ニーナが目の前の集落を示しながらそう言った。


「おぉ…まさに異世界の村って感じだな…」


それに対して俺はそんな感想を漏らす。


盗賊から助けた女性、ニーナの案内で草原地帯を1時間ほど歩いた俺たちは、数十の家屋が立ち並ぶ集落へと辿り着いていた。


村の見た目はまさに、地球でいうところの中世ヨーロッパの辺境の村と言った感じだった。


住居は茅吹、もしくは木造であり、家と家の間には畑や水路がある。


畑作業をしていた村人の何人かが、こちらに向かって手を振っていた。


「私の家は少し奥の方にあります。行きましょう」


「おう」


ニーナとともに、村の中を進んでいく。


余所者だからか、俺はすれ違う村人たちからかなりジロジロとみられた。


「きゃっ…見てあの人…」


「わっ…すっごいかっこいい…」


「ニーナと一緒に歩いているけど…ボーイフレンドかな?」


「いいなぁ…ニーナ美人だからなぁ…お似合いカップルね…」


村人たちが並んで歩く俺たちを見て、ヒソヒソと噂している。


特に、若い村の女性たちが奇妙な反応を見せていた。


俺とニーナを交互に見て頬を赤らめたり、俺と目が合うとさっと目を逸らしたりするのだ。


「なんかすごい注目されてないか、俺たち」


「それはニシノ様がかっこいいからだと思います」


「は…?かっこいい…?」


ニーナの言葉に思わず聞き返してしまった。


「ええ。そ、その…こういうのは恥ずかしいのですが…私もニシノ様ほどの美貌の男性に出会ったのは初めてで…その、隣を歩くのにも緊張してしまいます…」


なんとニーナまでもがそんなことを言って頬を赤くしている。


「いやいや、俺がかっこいいって冗談だろ?」


「謙遜なさらないでください。ニシノ様はとても魅力的な見た目をしておいでです。もちろん、内面も同じぐらいに素敵ですが」


歯の浮くようなセリフを平気で言ってのけるニーナ。


全然お世辞を言っているようには聞こえない。


「うーん…美的センスが地球と異なるのかな…?」


日本では、俺の顔は平凡のそれで、異性からはたいして相手にされなかった。


だが、この世界では違うようだ。


俺の外見の何らかの特徴が、この世界でのイケメンの条件に当てはまっているのだろうか。


何にせよ、男として女性にモテるというのは気分の悪いものではなかった。


やがてニーナが足を止める。


「ここが私の家です」


村の中では比較的大きな住居。


ニーナが戸を叩くと、中年ぐらいの男性が中から出てきた。


「ああ、ニーナ!!お帰り!!帰りが遅くてし心配だったんだ!無事でよかった!」


男はそんなことを言いながら、ニーナをぎゅっと抱きしめる。


「ただいま、お父様。今日はお父様に紹介したい方を連れてきました」


「紹介したい方?」


「はい、こちらのニシノ様です」


ニーナが俺を手で指し示す。


「こんにちは」


俺は会釈をした。


「あぁ、はい。こんにちは。ええと…ニーナ?こちらのイケメンの方は…?」


「はい。実は私、ニシノ様に命を救っていただいたのです」


ニーナが、盗賊に襲われた時のことを手短に話す。


話を聞き終えたニーナの父親は、感極まった表情で俺に近づいてきた。


「そうでしたか…あなたが私の娘を助けていただいたのですね!本当にありがとうございました。私は父のアルドラと申します。以後お見知り置きを」 


「俺は西野壮平だ。西野でいいぞ」


「ではニシノさん、と呼ばせていただきますね?」


「おう」


「では、ささ、ニシノさん、どうぞ上がってください」


俺はニーナの父、アルドラに招かれて彼らの家に足を踏み入れた。


「見窄らしいところですが…自分の家と思ってくつろいでくださいませ」


「ありがとう」


俺はぐるりと家の中を見渡した。


そこにある家具や料理器具などは、やはり中世ヨーロッパレベルの文明のものであり、冷蔵庫とか電子レンジとか掃除機とか、そういう文明の利器は一切存在しなかった。


異世界の民家、といった様相を呈している。 

中心にはダイニングテーブルがあり、湯気を立てたたくさんの料理が並べられていた。


どうやらちょうど飯時にお邪魔してしまったらしい。



「そうだ、ニシノさん。ちょうどニーナが帰ったら昼食を取ろうと思っていたのですが、ぜひ一緒にどうですか?」


アルドラさんがそんな提案をしてくる。


「いいんですか?」


「もちろんです」


「ではご相伴に預かります」


異世界の料理とやらを食べてみたかった俺は、お言葉に甘えさせてもらう事にした。


「わかりました。では、今ニシノさんの分も用意しますね」


間も無く三人分の食事がダイニングテーブルに並んだ。


「ニーナを助けていただいたお礼は食事の後にしましょう。よろしいですか?」


「ええ、大丈夫です」


「では、食べましょうか」


俺はニーナとアルドラさんとともにダイニングテーブルを囲む。


「お父様の料理の腕は村一番とも言われています。ニシノ様、どうか楽しんでください」


「こらこら、ニーナ。そういうことは進んで人様にいうものじゃないよ」


ニーナとアルドラの微笑ましいやり取り。


確かに、テーブルに並べられた料理はどれも美味しそうだった。


「いただきます」


手を合わせた俺は、フォークとスプーンに似た食器を手にして、早速料理を口に運ぼうとする。


…っと、その前に。


「すみません。手を洗わせてはもらえませんか?」


俺の手は戦闘ですっかり汚れてしまっている。


このまま食事を取るのは不衛生だろう。 


そう思って言い出したのだが、二人はなぜかキョトンとしてしまった。


やがて、アルドラさんが言った。


「所作や佇まいからなんとなくそう思っていたのですが…やはりニシノさん…いえ、ニシノ様は貴族だったのですね」


「はい?貴族…?なぜ俺が貴族なんです?」


突然そんなことを言われ、俺は聞き返す。


「隠さなくても結構ですよ、ニシノ様。だって、食事前に手を洗うなんて、それこそ貴族の方以外にするわけないじゃないですか」


ニーナまでもがそんなことを言い出した。

どうやら、この世界では平民は食事前に手を洗わないらしい。


「ニーナ。ニシノ様のために水を汲んでおいで」

「はい、お父様」


なぜかアルドラの呼び方まで敬称になってしまった。


まぁ、異世界人ですと言い出すわけにもいかないし、俺は二人に勘違いさせておく事にした。


しばらくして、ニーナが桶に水を汲んで持ってきてくれる。


そうか。


異世界だから水道とかはなく、手を洗うというと桶の水で洗う事になるのだろう。


「ありがとうニーナ」


俺はニーナにお礼を言いながら、亜空間から収納しているリュックを取り出した。


「ええっ!?収納スキル!?」


ニーナが声をあげて驚いた。


「珍しいか?」


「はい、初めてみました…すごいです…」


目を丸くするニーナ。


収納スキルに驚く異世界人。


うん、異世界モノラノベの典型と言えるな。


俺はちょっとした感動を覚えながら、リュックの中から石鹸を取り出した。


そして桶の水とともに、手を洗う。


「せ、石鹸!?」


今度はアルドラが驚いた。


「流石貴族様です…まさか石鹸をお持ちだとは…」


「…」


あー、この世界では石鹸は高級品のパターンか、と俺は察した。


「よかったら使ってみます?」


「「いいのですか…!?」」


ニーナとアルドラの興味津々といった視線が石鹸に注がれる。


その後、俺はニーナとアルドラとともに、仲良く桶の周りに並んで石鹸で手を洗うのだった。


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