第6話


無事モンスターに遭遇することなく洞窟にたどり着いた俺は、来た道を引き返して地上にある自宅へと戻った。


「なんだか全部嘘だったみたいだ…」


自宅に戻ってみると、当然だがこっちは完全に夜であり、時計の針は午後10時を指し示している。


なんだか先ほどまで自分が体験したことが、全て夢のように思われた。


だが、いまだに視界に表示されている半透明のウィンドウが、異世界の存在が決して夢ではなかったことを証明している。


「とりあえず、換金した千円札が使えるかどうか試すか」


俺は異世界の【換金】システムによって手に入れた千円札が、こちらの世界で使えるかどうか試すことにした。


外に出て、自販機に千円札を突っ込んでみる。


ウィーンと、魔石との交換で手に入れた千円は機体に吸い込まれていき、ボタンが点滅を始めた。


「本物かよ…」


偽札であれば、機体に入れた時点で吐き出されるはずだ。


使えるということは、本物であるということである。


俺はコーラを購入して、飲みながら家に帰った。



その日の夜のこと。


「眠れねぇ…」


俺は毛布にくるまりながら、冴え切っためで天井を見つめていた。


眠気が全然やってこない。


眠ろうと努力してみても、どうしてもダイニングテーブルの絨毯の下にある異世界のことを思い出して眠気が飛んでしまう。


「はぁ…」


経験上、こういう時は寝ようとすればするほど目が覚めてしまうものだ。


俺は一旦寝るのを諦めて、ベッドを抜け出た。


財布を手にして、家の外に出た。


そのまま徒歩数分の距離にあるコンビニへ向かう。


異世界でモンスターと戦闘したからだろうか、小腹が空いたのだ。


「久々にデブカツでもするかぁ…」


炭酸飲料片手に、ポテチでも食べてればそのうち眠くなってくるだろ、と夜道を歩きながらそんなことを考えていた矢先のこと。


「あー、退屈〜」


「なんか面白いことねーかなー」


「おい、お前!!ズボンの尻破けてんぞ!!」


「え、まじで!?」


「ギャハハハハ!!!」


深夜の静けさを破るような、大きな笑い声が聞こえてきた。


「うわぁ」


見れば、コンビニの入り口付近に、数人の男たちがタムロして大声で喋っていた。


男たちの見た目は、髪を染めていたり、ピアスをしていたり、腕に刺青が入っていたりと、完全に不良のそれである。


近くを通って店内に入ろうとすれば、絡まれてしまうかもしれないかった。


「やっぱ、やめようかな」


俺が入店を躊躇していると、地面に座り込んでいた一人と目があった。


「あ?てめ、何見てんだ?」


「え」


不良の一人がギロリと睨みつけている。


あたふたと戸惑っているうちに、あっという間に男たちに囲まれてしまった。


「何見てんだ?」

「見せ物じゃねーぞ?」

「文句あんのか?」

「お?こら」


俺を取り囲んで、小突いたり軽くパンチしてきたりする男たち。


不良に絡まれたのが初めてだった俺は、怖すぎて完全にすくみ上がってしまう。


「なんかこいつの顔、ムカつくなぁ。殴っていいか?」


そうこうしているうちに、俺の正面にいた男がそんなことを言い出した。


「いんじゃね?誰も見てねーし」


コンビニの周囲には、深夜だからか、男たちと俺以外には人っ子ひとりいなかった。


俺は助けを求めるようにコンビニの店内を見つめるが、店員はちょうど品物を並べている最中で、こっちには気づいていない。


「ふぅー、最近人殴ってなかったからなぁ。ここらでいっちょ、感覚取り戻しとくか」


物騒なことを言い始めた男が、ぐっと拳を引いた。


殴られる。


そう思った俺は、ぐっと目を閉じる。 


ゴン!

ボキィ!!


「ぎゃああああああああ」


鈍い音と主に、悲鳴が上がった。


何かが折れるような音も聞こえた。


ゆっくりと目を開けると、俺を殴った方のはずの男が、自分の拳を抑え、絶叫している。


「え?ええ…?」


俺は何が起きたのか分からず、戸惑う。


殴られたというのに、痛みは特に感じなかった。


軽く小突かれた程度の印象だ。


「は?どういうことだ?」


「おいおい、お前何やってんだよ?」


「え、これ、演技だよな?」


不良たちが、拳を抑えて蹲っている男と俺を交互に見ながら首を傾げている。


「ぐぅ…くそぉ…折れた…俺の指が…折れたぁああ…」


「ええ!?」


地面に蹲った男が涙を流している。


見れば、中指と人差し指がありえない方向に曲がっていた。


根本の当たりが赤黒く腫れ上がっている。


本当に骨が折れたようだ。


「おいおい、まじで折れてんじゃねーか!!」


不良たちが騒ぎ出す。


「てめぇ、どんな小細工しやがった!!」


胸ぐらを掴まれ、問い詰められる。


「いや、俺は何も…」


本当に何もした覚えはない。


自分でも何が起きているのか理解できていない。


「まぁいい。お前ら、こいつボコすぞ」


「ああ」


「殺す」


そうこうしているうちに、残る三人が完全に喧嘩モードに入ってしまった。


「ちょ、本当に俺は何も…!」


俺が弁明をしようとするも、男たちは聞く耳を持たず、問答無用で殴りかかってくる。


俺は3方向から同時に迫ってくる拳や蹴りを、必死に躱した。


「おらあ!」

「死ねぇ!」

「殺す!」


三人は次々に鋭いパンチや蹴りを放ってくる。


だが、なぜか俺にはその全てを見切ることが出来て、結局一発も貰わずに避け切ってしまった。


「はぁ、はぁ…」

「あたらねぇ…」

「なんなんだこいつ…」


気づけば不良たちが俺を睨みながら、肩で息をし始めた。


俺は異変に気づく。


「ひょっとして…レベルアップの効果か?」


運動神経のそこまで良くない俺が、明らかに喧嘩慣れしている不良たちの攻撃を避けられるのは、普通に考えておかしい。


おそらくレベルアップの効果で、俺の身体能力が上がっているのだ。


「うおおおお!!」


やけくそになった不良の一人が、隙だらけの動作で殴りかかってきた。 


もはや避ける必要を感じなくなった俺は、男の拳を避けつつ、今度は自分の拳を男の顔面に叩き込んだ。


「ぶへっ!?」


男が吹き飛んだ。


そのまま地面に叩きつけられ、気絶してピクリとも動かなくなる。


「は…?」

「へ…?」


残る二人の口から間抜けな声が漏れた。



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