第二章 Who is a monster?

第5話 -×××-

 お母さんは、本当に私のお母さんなの?


 んー? なんか日本語が破綻してる感じがするねその質問。


 あなたは、本当に私のお母さんなの?


 自分の娘にあなたなんて呼ばれちゃあ、少し寂しいけど。急にどうしたの? あたしはあんたが生まれたときからずっと、あんたの母親やってるよ。


 お母さんとわたしは、顔が似てないから。


 あんたまだ中学生でしょ? これからもっと大人になって、色々なことを知って色々なことに挑戦して色々なことを諦めたら、それなりに顔つきも変わってきて、私とうり二つの顔面に成長するよ。


 ……それは、ちょっと嫌かも。


 私と似た顔になりたくないの? 次世代世界三大美人の候補に挙がったとも称されるこの私の顔に、似たくないの?


 わたしはお母さんみたいな人にはなりたくないよ。


 それはどうして?


 だってお母さんって、友達いないじゃん。わたし以外の人と喋るときはずっと、建前と愛想笑いが欠かせないでしょ。わたしは、これからもっと友達つくって、恋人もつくって、家族も増やして、たくさんの人と支え合いながら残りの人生を歩んでいきたいから。


 あのねぇ。私の娘だから特別に教えてあげるけどさ、確かに今の私には友達が一人もいないよ。親しい人が一人もいない。だけどね、だからっといって私が寂しい人生を送っているかというと、それは違うんだよ。


 どういうこと? お母さんには友達も恋人もいないし、家族もわたししかいないんだから、寂しいでしょ?


 それが寂しくないんだなぁ。もしあんたが明日交通事故か何かで死んじゃったとしても、ものすごく悲しいとは思うけど、寂しいとは思わない。


 唯一の家族が死んじゃっても、寂しくないの? そういうの、天涯孤独って言うんだよ。


 傍から見れば私は天涯孤独に見えるのかもしれないけど、私は自分のことを天涯孤独だとは思っていないからね。


 ねぇ、さっきから全然話の中身が見えてこないよ。お母さんって、友達いないだけあって話の組み立てが下手くそだよね。


 話すのが下手なのは友達がいなかったからじゃなくて今までほとんど本を読んでこなかったせいだよ。じゃあもう結論を言っちゃうとね、実は私の身体の中にはたくさんの魂が宿っているんだよ。私自身の魂だけじゃなくて、色々な生き物の魂がこの身体には宿っているんだ。だから私は、ただっ広い空間に身一つでも、寂しくないんだ。


 ……ますます話が見えなくなっちゃったんだけど。


 えー? でも、他に言い様がないからなぁ。私自身の内部に私以外の他者が存在しているから、私がどこにいても何をしていても、ずっと他者と共存している状態が続いてるんだ。だから、私は身体がひとつでも寂しくない。


 ……ねぇ、でも、普通の人の身体には、魂は自分の分のひとつしかないよね? 私の身体の中にも、魂はひとつしかないし。それは、ちゃんとわかってる?


 もちろんわかってるよ。大丈夫、私は別に気が狂ったからこんなことを言っているんじゃないし、変な宗教団体に洗脳されているわけでもない。こんなことを言ったらあんたが混乱するだろうことも、ちゃんと想定していたよ。


 お母さんはどうやって自分の体の中に他の生き物の魂を取り込んだの?


 それはあんたにはまだ早いよ。


 どういう意味?


 中学二年生の幼気な女の子に教えられるような方法じゃないの。口にするのも憚られるような内容だから。


 ……そ、そう言わずに教えてよ。唯一の家族なんだから。


 家族なんて言っても、結局他人は他人だよね。私とあんたじゃ考え方も感じ方も違う。私とあんたじゃ内部の構造の何もかもが違う。私はあんたがいつどこでどんな風に何を感じて何を考えたのかを把握することはできないし、逆にあんたも私の全てを把握することはできない。そういう意味では、家族も友達も恋人も赤の他人も、それほど差異はないよね。


 急に何の話?


 さっきの質問でさ、もし私が、本当はあんたのお母さんじゃないんだよって答えていたら、あんたはその言葉を信じてた?


 ……わ、わかんない。


 たぶんあんたは私の言葉を信じていたんじゃないかと思うよ。自分の生後数か月の間ことなんか普通の人間は記憶していないし、あんたは自分がどんな風にしてこの世に生まれてきたのか、何も知らないでしょ。私が今までそこら辺の事情を話したことがなかったからね。あんたはどうしてこの家で私と二人で暮らしているのか知らないでしょ。当たり前のようにこの家で暮らしている。当たり前のようにご飯を食べて、当たり前のように学校へ行って、当たり前のようにこの家に帰ってくる。その当たり前がどうやって成立しているのか、あんたは知らないでしょ。ああでも、小学一年生くらいのころに、どうしてうちにはお父さんがいないのーって訊いてきたことはあったか。


 お父さんは、お母さんが妊娠してたときに事故で死んじゃったんでしょ?


 そうだよ。それは嘘じゃない。


 じゃあ、逆に何が嘘なの?


 私の身体の中にたくさんの魂が宿っているっていうのも、嘘じゃない。


 ……わたしの本当のお母さんは、今目の前にいる、あなたのことだよね?


 うん。あんたは私の子宮から生まれてきた。


 ……もういいよ。お母さんと話してると話題がものすごい勢いでころころ変わるから、頭がおかしくなりそうになる。


 じゃあお母さんがわかりやすくまとめてあげる。つまりね、私は昔からずっとあんたのお母さんをやっていて、私の身体の中には生き物の魂がたくさん宿っているから天涯孤独になったとしても全然寂しくない。だからあんたはいつでも好きなときに死んでいい、そんで、家族とはいっても私とあんたは結局は他人同士で、あんたはお母さんのことを何もわかっていない。こんな感じかな。どう? わかった?


 ……いまいちよくわかんない。


 だーからつまり、こんな会話には何の意味もないのでしたー! さ、今日は久しぶりに焼肉でも食べに行くか!


 お母さんってお肉大好きだよね。

 

 んっふふ。まあね~。

 

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