テリカ・ニイテの逃亡先は

***


 アタシにもまだ運がある、ようね。誰も欠けず集まれたのだから。

 次は何処へ逃げるべきか。これだけの英才たちが力を発揮できる場所……とにかく話し合いを。


「皆、元気そうで嬉しく思う。山賊同然となったアタシに付いて来てくれた事、生涯忘れないと父の名において誓おう。……ま、報いるには立身が必要だから、皆の働きに期待してるわよ」


「ふん。落ち込んでおらず結構。高祖アーク陛下も山賊であらせられた時期がある。これは悪くない予兆だろう。等と面倒な慰め方をせずに済む」


 この方も相変わらず。高祖陛下を使っての揶揄は偏屈の度を越えてるでしょうに。


「ショウチ先生、来てくださり心より感謝申し上げます。でも良かったのですか?

 先生でしたら何処の豪族領主だろうと喜んで迎えますし、江東に留まるのも十分可能では」


「……お前の父は儂を兄として扱ってくれたからな。そも人の心配をする余裕があるのか未熟者め。江東で兵を集める準備はともかく、乱を起こそうとするのは危険と言ったであろう愚か者」


「一言も御座いません。今後ともご指導をお願いします」


「……。儂も策に乗った以上―――いや、よい。実のところ儂はまだ信じられんのだ。マリオはどうやって我等の動きを察知した?

 一番あり得るのはこちらで使った者たちの内通だが、逃げるように言った時も全く裏切りの気配は無かった。ここに居るのは過剰な真似に感じて仕方がない。そちらでも思い当たる失策は無いのだろう? 答えよリンハク」


「無かったと思うぜ。って、痛ぇ! 何なんだよ爺!」


「お前の産まれを忘れた言葉遣い、叩かずおられようか。直すのは諦めているゆえ気にするな。だが時と場を弁えるのを忘れれば、見捨てるぞ」


「糞偏屈、って止めろ! 今そんな余裕ねぇだろ。え~と、何処まで。ああ、

 思い当たる節が無くてもマリオの警護が増えていた。我等の暴発に備えてと見るべきだろ」


「すまねぇ。多分オレの動きでバレたんだ。江東に行く形跡を消しそこなった気がする。シウンの手下がほぼ江東から消えて油断……してた、んだろう」


「ネイカンで知られるならそもそもすべきじゃなかったのよ。密使の役割を任せた事に後悔は無い。これから更に貴方が頼りなのだから。そんな顔しないで」


 何もかも失った今、正確な情報は何にも勝る生命線。もしネイカンに見捨てられていたらある意味一番頭を抱えたでしょうね。


「……ああ、そうだな。任せてくれ」


 なのにやはり気負い過ぎてる。……後でビイナに話を聞くよう言っておきますか。


「次はこれからの話。アタシは又誰かの配下になるしか無いと考えてる。

 今から独立できそうな地があるとすれば西のムティナ州。でも遠すぎるしマリオへの献上品にしようと道々の領主から狩られかねないから諦めたわ」


 あそこ以外は力ある領主が近い。直ぐ潰されてしまうでしょう。

 江東であれば誰も想定出来ない速さで成長できたけど……つくづく残念だわ。


「ワタシもそう思う。選択肢はイルヘルミ、トーク、ビビアナ、スキトか。マリオと同盟関係にあるイルヘルミは論外。ビビアナは何とか受け入れられる目がある。しかし先の戦でどれ程我らを恨んでるか分からん。運任せは最後にしたい」


 何とか、ね。玉璽を渡すという事でしょうけど、ビビアナは情の多い性質と聞くから確かに博打。


「我はサナダが良いと考える。あそこの主だった将皆と手合わせしたが、サナダ殿を初め皆気持ちのよい武人であった。直ぐにでもマリオと戦えそうなのもよい。

 出る時はまだ道づくりをしていたが、今頃はオラリオから町を預かっているかもしれん。調べてみてはどうだ?」


 ……。この戦馬鹿カーネル。グローサ、代わりに説明して。


「……野心があり吝嗇では無いとも聞くゆえ、共に大きくなり功を上げれば領土をもらえそうではある。

 しかしそもそもオラリオ配下の又配下になるのだぞ。間に人を置こうと仇は仇。

 マリオと戦いたいだけの意見を言う気なら黙れカーネル」


『やはり駄目か』みたいな顔を……。なんで戦いの時だけは賢いのかしら?


「わしの長年の経験によるとスキトも良くないぞ。次期当主であるメリオは戦だと頼りになるが、まつりごとは全くじゃろう。ああいうのが自分の上に立つと苦労するんじゃ……あと、辺境も辺境の西北には行きたくない」


 ジャコとメントの年長組が仲良く頷いてるけど……それは長年の経験が無くても直ぐ分かるから。

 最後の願望も当然。アタシだって嫌。下手したら天幕生活じゃないあそこ。


「残るはトークか。しかしビビアナが隣だ。直ぐに滅ぶような所はどうじゃろう」


「イルヘルミと同盟を組み、サポナが耐えてる間にどう戦うかですね。ただトークのしぶとさはご存知でしょう。先に会ったレイブンから絶望は感じませんでしたし、期待出来ると考えます。

 逆に好機とも言えますよ先生。アタシたちは正に垂涎の人材でしょう」


「けどカルマの人品に関する噂じゃねぇか。レイブン殿とトーク兵は真逆を言ってたけどさ。

 あそこ滅茶苦茶探り難くて何も確かめられてねぇし。やはり博打になっちまう。下手すると滅亡必死の戦いでトークを数日生き残らせる為にビビアナ相手に肉壁だぜ」


「角が生えてて脂ぎった初老の男に見える二十代の女。なんて噂よりはレイブンの方が信頼できると思わない? リンハクは彼と酒を飲んだ時に嘘を感じた?」


 マリオから流すよう渡された噂の時点では一応女だったのに、何時の間にか魔物になったのよね。貴方も承知でしょう。


「そらな。すっげぇ単純だけどカーネルよりは賢い武人と俺っちも見ましたが」


「リンハク、反論するなら良案を出せと言うておるじゃろうが。儂の意見はトークといたそう。ビビアナの方が今は無難かもしれぬ。しかしあ奴は血族に甘く将来マリオの降伏を認めかねん。その時は儂らを勝者が見せる誠意の証とされては愚かしい」


「分かってるさ先生。ただなぁトークだって酷い辺境じゃん。行きたくねぇよ。一方でビビアナの都は今じゃケイ全ての文化が集まる夢の街。何とか向こうの方が良い理由を考えて……って、木の棒は洒落にならないからお止めください!」


「先生、お分かりでしょうがソレはあえて反対意見を考えているのです。どうかそのままで。

 ワタシも数十年後を考えればトークだとは思う。しかしかのグレース・トークが問題だ。成して来た事を見るに異様なまで用意周到な女と言える。臣下となってしまえば勝ちを諦めた方が良い。独立しようと思うなら子の代になりかねんぞ」


「魔術を使える相手では勝てないわよねぇ。そもそも独立出来る目があるというのが驚きなのだけど?」


「カルマの野心がケイの何処まで及ぶのかさえ分からぬ今、夢想の類だが。

 まずビビアナをトークとイルヘルミで潰すとして、やがてトークはイルヘルミかマリオと争う。この時注目すべきは両者が江東と隣接している事。

 カルマの人物次第ではトークの臣として戦功を上げ、その報酬として江東の地を平定する兵を借りる。独立、と言えるほどになるかは状況次第だな。

 もう一つは、今は考えるべきでさえ無いが。

 敵対してる相手に話を通して江東まで通してもらい、戦いが終わる前に我等の土地とするのを目指す。

 これにはマリオかイルヘルミが、何としてでも我らをトークから追い出したいと考えるまでにトークで戦功を積む必要がある」


「成る程。……夢のある話。ま、決定ね。

 ビイナ、今話あった内容を心に刻みなさい。アタシに何かあれば貴方が志を継がなければいけない」


「はいお姉さま。でも、何かあったらなんて仰らないでください。ワタクシはまだ初陣さえしていない。ご自分を大事にしてくださるのが皆の望みなのです」


「はいはい。分かってるし、まだまだ可愛い妹に当主の座を譲る気なんてあると思わないで。さて最後に。フィリオ、こちらへ。

 皆、今後この者をフィリオ・ニイテと呼ぶのを禁ずる。この少年はネイカンが拾った子。フィンである。

 アタシかビイナの命あるまで撤回は無い。今後この者とネイカンは別行動をとる。ニイテ家に男子は居ないと銘記せよ。会う時があっても下僕として扱うように」


「姉さま、ボク……そんなのヤダよ」


「フィリオ。当主の決定に従えないと言うつもり?」


「う、わ、分かった。言う通りにする」


「仰る通りにしますニイテ様、よ」


「……おっしゃるとおりにします。ニイテ様」


 はぁ……。忙しく教育を怠っていたのがこんな風に響くなんて。


「さてネイカン。フィンの髪を奴隷のように短くしろと伝えたはずよね?」


「―――。申し訳ねぇテリカ様。余りに可哀想で……」


「理由が分からない訳じゃないでしょう? 貴方が頼りなの。信頼を裏切らないで」


「分かった。情に流された愚かさを謝罪する」


 これでよし。

 ごめんなさいねフィリオ。アタシとビイナだってどうなるか分からないの。

 でも貴方と、この臣下たちさえ残れば我がニイテ家の大業は十分見込める。

 アタシもビイナも大きな荷物を背負わせないよう頑張るから、どうか許して。


「……テリカ、これからワタシがカルマの所へ赴き受け入れを請うてこよう。そして同時にネイカンをレスターの近くに住まわせ、街の様子を探らせたい。我ら一団となって入るより賢かろう」


「うん、それはいい策。ああ、例の物はカルマが受け入てくれれば渡すつもりだから。何だったらそう約束してきていいわ」


「今使ってしまっていいのか?」


「今より危険な状態なんて無いわよ。追われる身のアタシたちが受け入れられるには土産が必要でしょ」


「我等が持つ水軍の技はトークにとって至宝なのだが……河に接した領土を持たなかったカルマだと理解されない可能性も在るか。分かった。吉報を待っててくれ」


「そんなに構えなくてもいいんじゃない? どうしても駄目ならスキトの所があるもの」


「無用な心配だ。今度こそ失敗はせん。ワタシを甘くみないで欲しい」


「うふっ。そうね、頑張って。頼りにしてるわグローサ・パブリ」


「お任せあれ我が主君」


 後はグローサの帰りを待つのみ。

 カルマ。レイブン殿の言葉通り、人品卑しからずであるよう祈りましょう。

 天下最高の軍師と言われるグレースであれば、アタシたちの有用性を理解出来るに決まってる。

 そもそも皆天下に恥ずるところの無い英才。領地を数倍としたトークは人材に飢えてる。

 

 戦功を立てたら気前よく独立を認めてくれるような奴なら嬉しいのだけど。

 ま、それは望み過ぎか。

 まずは安全を得る。大望を考えるのはそれから。

 何とかしてみせようじゃないの。

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