キリの祝福
フィオが扉を開き、オウランさんたちがご入場。してテスト結果はどうなのでしょ。読み書き計算が余りにも拙かったら、慣れつつ勉強という感じで雇うよう提案する予定だが……。あ、何か懐かしい感じと思ったら、学生の頃の緊張だこれ。
「結果を申し上げますカルマ様。三人でもばらつきがあり確かとは言えませんが……今なら、何とか雇っても良い程度はあると考えるっス。それと……カルマ様とオウラン殿に提案しても良いでしょうか」
「良い。言え」「はい。聞かせてもらいます」
「では。俸禄を最初は七割とするのがお互いに良いと考えるっス。トークに余裕がないのと官吏としては何もかも足らないので、教える者の不満を宥める為に」
「それもあったわ。―――オウラン、この者たちを雇うならお互いの安全の為、彼女たちだけの部屋を……兎に角色々掛かると思うの。それもあって俸禄は安くなる。もしかしたら半年以上かも。貴方はどう考えるかしら?」
「どうと言われても……。官吏として働いてる方が言うのだから、そうなのだろうとしか。勿論、安い下僕として出す気はありませんが、当の本人たちもケイで働くのをどう感じるか。わたしとしては若者に違う経験と、羊を増やす以外の収入を持って欲しいのです。兎に角やってみてお互いの意見を調整するしか無いと考えています。それで、我らの提案を受け入れる。と考えて良いのですか?」
「もう一つ尋ねる。ワシはお前たちが我らの領地を中から攻撃し、兵を殺した後好きなように土地を使うのでは。という疑いを捨てきれぬ。この考え、どう思う?」
「カルマ殿は、疑い深くなりましたね。いえ、分かりますが」
「ヌァーッ! 面倒くさいのう小娘! お前らとトークの民を殺しつくして死体の上に良い草が生えても、何年かしたらビビアナが攻めてくるじゃろうが! 己の国の土地を取り戻せと大喜びでな! ならお前が死ぬまでは中途半端にしてやろうと言うておる。
下らぬ心配より儂らに面倒な思いをさせ過ぎて皆殺しにされないよう考える方が先じゃろ! 第一奇跡が起こって生き残り強くなったら、どれだけ恩があろうと我らを追い出すつもりなのに良く言うわ! 死ぬか、追い出す前に今回の援軍分くらいは羊を増やさせろよ小娘ども!!
それとも儂らでお前たちの食い物を集めた方が良いか? ついでにお前らの民を集めてこの尻を洗わせれば尚良いかもしれんの。どうせトークごと死ぬのじゃしな!」
やはり恫喝は筋肉だな。様になる。
私は慣れてきて筋肉よりも意図不明の方が恐ろしく感じ……いや、ケイに来て最初の恐怖な人が十歳児だったから単なる刷り込みかも。
兎に角カルマー。妥協しちゃえって! 教えられないけどオウランさんの顔に泥塗る真似は、想像の数十倍不味いぞー。仲良くしてたら良い事が起こる可能性もあったりなかったりするから!
「ゲイエス殿は実に変わらぬな。……良かろう。オウラン、要求を全て受けよう。細かい数字は調べてから伝える。しかし……このような提案が北の者から出るとは未だに信じられぬ。
お前は変わった。随分賢く……長らしくも。何かあったのか?」
「父の後を継ぎ、それなりの季節が過ぎました。嫌でも成長します。それにケイが騒がしいお陰で、こちらでも面倒が増えて。色々と悩まされてるんですよ。
ではカルマ殿、こちらで調整する者が彼です。挨拶なさい」
「ジンと申します。今後トークで世話になる者たち全体の……あー、長を、して此処レスターで治安の維持。出来れば官邸内に置いて頂ければ。と考えております。
教えられないままが一番悪いと考えますので、何でも言いつけを願います」
「分かったわ。ジン、少しずつ受け入れる人数を増やして様子を見るつもりだけど、最初の受け入れ場所を決めるだけでも十日は見て。それと……こちらでの生活の細かい疑問とかは、取り合えずダンに聞いて書き残して。読んで間違ってそうなら直ぐ連絡するから」
お、イイヨー有能兄ちゃん。その嫌そうな顔。私でしょ? 私が嫌と不仲主張してくれるんだよね?
「やっぱり、この男ですか。……正直、誇りの欠片も無い男は気持ち悪いのですが」
ハイイィ! アイイィ! それそれー。細かく主張して皆の常識になるようご協力お願いします♪
流石のオウラン印。有能で結構毛だらけよ。本当に嫌われて仕事に問題が起こると困るが……仲が良いと思われるよりは遥かにマシ。今後もよろしくお願いします。
「……。嫌いな者とは組めない? あたし達、貴方が想像する倍は大変なの」
「いいえ。つい、愚痴を申しました。ただ……おい、仕事なら仕方ねぇ。使ってやる。だが外で名前を呼ぶのは許さん。名が傷つく。分かったな?」
あー、良いでっス。醜い者を見る感じ好き。腰の低め方にも気合入るわ。
「はい。お言葉の通りに」
実際必要が無い限り関わらないのが一番だね。さーて終わったかな。お偉い方々もそんな雰囲「少し、気になっただけなんスけど……」気?
「そちらの、娘さんたちはダンをどう思うっスか? 場合によっては近づかせない方が。と、思うんスけど。時に……キリ、みたいな娘さんだと」
おわっ!? てめぇフィオ。終わりそうな時に無用な面倒起こしやがる。若い娘に突然な質問して、正しい返答なんて期待出来んのに。
しかもキリさんに! も、もし昨日みたいなのが少しで「その男、ですか?」も、モモモ? キリさん? 本日、幾つも見たこちらを軽蔑するお顔の中で一等のような……いや、何処かで見た、か?
「どう思うも……来る途中オウラン様から教えられて思い出したのですが、その方お会いした事は無くても、氏族中で軽蔑……でも足りなくて、何と言ったら良いか分かりませんが、噂になっていた方です。
まともに馬に乗れず、羊の放牧さえ出来ない。しかも狼が出たらすぐさま誰かの背中に隠れるような臆病者。幼子より役立たずだと。
――――――そう。そんな噂になってたの。思い出した。その視線、私がヘマした後の若い娘さん達のだ。男じゃないわね。的な。
「―――――――――。うぶっ…………。ふふふふははははははッ! うひっ、うひひひひぃ! ふっ、ふ、うぅぅ……だ、駄目っス。人が愚弄されてるのを見てこんな笑うのは、貴族として問題ありっス。ふ、ふぃぃううう……」
大口開けて笑ってから良く言うよ。他の面々は必死になって我慢してるぞ。私の自称配下様たちの『良く分かんない』。顔を覆ってる。「ふむ」。くらいに留めても良いのに貴族な「そ、それでキリ殿。実際に見てどう感じたっスか?」は? て、てめぇまだ続けるのか。滅茶苦茶嬉しそうだなお前よぉ。
あ、又見て下さって嬉しいですキリさん。わ、わー。凄い目ね。鼻の皺は臭いのでしょうか? 私、無臭で有名なんですが……魂の腐敗臭でも匂いました? なんてね。演技、ですよね。昨日のような様子だと困ると分かってくれての。…………本当に演技?
「入って、えっと拝謁? した時から何というか……素晴らしい駿馬の群れに一頭毛並みの悪い痩せたロバが居る感じはしたんです。それにしても、こんなみっともない人が居るなんて……ケイは聞いた通り色んな人が生きているのですね。
他に頼れる方が居ないし、文字と計算は知っているそうですから何か出来るのだろう。とは、あても分かりますが……正直このような男らしき者とお話ししなければならないトーク閣下と皆様方に、同じ女として申し訳なさと同情を感じます」
『『ブフゥッ!』』
「うはっうはははあっ! しょ、小職は知らなかったっス。うひゅっ。人の散々に貶されるのを聞いて、これ程喜ぶ下種な人間だったとは……ひっーひぃーっ。だ、駄目っス。ここ数年、こんなに楽しオモシロ爽快な事っー!!」
「ふ、ふひゅっ。ちょ、ちょっと。フィオ。笑ったら悪いわよ。うふゅっ。こんにゃのでも、オウランとの繋ぎを作った。う、うひゅっ。人物なのよ」
「お、お前達……クッ。いい加減にせぬかふッ! す、すまぬなダン。余りに……その、時に横柄に振る舞うお前が、この様に言われて……ぐっ! くっ、くっくっ」
……別に我慢しなくてもイイデス。
近頃ストレス溜まってそうなカルマが、お座りの椅子殴って笑ってくれるなら……本望ですから。
「どうぞ思いっきり笑ってください……。仰る通りあちらでお世話になった時に色々と手伝おうともしたんですが、壊滅的でしたから……」
情けなさと、何より昨日結婚を考えた相手からステンステンの事実を言われて……夢が遠くなった実感で、鼻がツーンとしてくる。
あ、違う。我慢すべき時じゃない。泣け、泣くんだ私。そうすべきだ。実際遊牧民のお嬢さんからこう言われてしまう以上、私ののんびり家庭の夢は無理となった。泣いて当然だよ……。
「そう、そうよね。草原族とあたし達では生活の仕方も違うしね。う、うふふっ。ダン、貴方も落ち、こ……む……ちょ、ちょっと貴方、泣いてるの?」
「ぐ、ぐひゅっ。だ、駄目っス。流石に、我慢しないと……駄目っスうううううっ! 面白すぎるっス! 近頃やたら偉そうなこの者が、十五程度の小娘にケチョンケチョンに言われて泣くなんて! ち、違うっスよアイラ殿、小職は人の不幸を喜ぶような……ぐひゅっぬほほほー!!」
……楽しそうで良かった。はぁ。ケチョンケチョンて……貴方和歌山県民なの?
「だ、だめ! やめてよフィオ! 人が泣いてるのに、笑うような事、したっく……なっ。だ、だめ。我慢できないわ。あはははははははっ!」
「お、おぬしらっ! や、やめ……ぐっくくくぅっ。痩せても、枯れても、一領主として人の不幸をっ!……くっ。くははははははっ!!」
近頃苦労が多かった皆さんに、笑える出来事があって私も嬉しいなドチクショウ。
はー……さて、客人の皆さんはどうしてるんだろ。
キリさんは、「あらまぁ」という感じですか。不自然さが全く無い……やっぱ、昨日のは本当は嫌だったのかなー。
オウランさんは……ゲッ。不味い。先ほどまでの表情が剥がれてる。
って、何か言おうと!
「オウラン様、出来ましたらこれ以上はお許しを……。己の情けなさは身に染みておりますので」
深く頭を下げる。だけで分かってくれるはず。
頼むよオウランさん。キリさんは一応最高の援護をしてくれた。ご心配には及びません。……喜怒哀楽を他人に見せた挙句、共感して欲しいのは自分の今しか見てない小人だもの。私、違うし。何か望みがあったり理知があれば、感情なんぞ意に介さないのが人物……今をそーなる練習にするんだ。
「は……う、うむ。ならば良い。まぁ、我々とカルマ殿の橋渡しとして力を尽くしなさい。よく働けば、わたしとカルマ殿からもそれなりの褒美があるでしょう。食わせられればこの者程の器量よしは無理でも、嫁に来てくれる者も居るはずですよ」
「はっ。分かりましたオウラン様。お二方が共に繁栄できるよう忠勤に励みます」
うん……当意即妙よオウランさん。
ま、今の給料でも家庭持ちはいっぱい居るんですけどね……。
オウランさんついさっきまで完璧だったのに、何か焦ってたな。不思議だ。何も焦る事無いのに。
はぁ……鼻水も出て来た……手布をきちんと持っていて良かった……チーンとな……。
「わははははははっ! ダーン! お前意外に面白い奴よなぁ! 泣くのは情けないが同じ男として気持ちは分かるぞ! そうだ。共に鍛えるか? 誇りはまず力だ!」
そうだね。筋肉は自己評価を増やすね。でも私その考えアメリカ的だから嫌い。この距離でも不意打ちの可能性が凄く薄そうで不安を感じないガーレさんは好きだけど……。それと肩叩くの止めて。貴方手加減下手。
「お気遣い有難うございます。でも、ガーレさんと一緒に鍛えたら私潰れてしまいますから。で、あのー。確かオウラン様たちは早くお帰りになりたいのでは? 何かあるのなら先に済ませた方が」
「あ、ああ。く、くくく。いや、そうだな。うん。うふんっ。トークからはもう無い。細かい所はジンと協議しよう。それも後の事だ。
オウラン、ゲイエス殿。この話し合いがお互いに良い結果となるよう願うぞ」
「そうなるよう努力するのじゃなカルマ様よ」
「はい。わたしもそう期待しています。では失礼しますカルマ殿」
オウランさんの言葉と同時に、全員で一礼。そして去っていく。何とか、終わったか。小麦と金の尻尾がもう見えない。……次は何時会えるんだろう。寂しい。
どうも余計に感傷的な気がする。キリさんの余韻か。
有難う、キリさん。演技でも、本心でもどっちでも良い。結果は一緒だ。
貴方の
もしかしたらイラッとしてる私をコテンコテンにした貴方をきっかけに、カルマたちはこれから来る若い方々の面倒をしっかり見ようという気になるかもしんないし。
カルマたちの心も少しは安らいだはず。内助の功と言えるような……うう、やっぱり昨日の熱烈な申し出は、嫌々だったんでしょうかね……御免なさい。
はぁ。サクッと心を元に戻さないと。顔で笑って腹で泣くのでは漢にしかなれない。顔で泣いて腹で笑えるようになってこそ、戦える強さを持った人物だ。
全部無表情なリディアでも良いけ、
「我が、ご主君」
ひょっ! おやぁ? ラスティルさん、両肩掴んで何をお怒り?
「ご主君が上手く事を運ぶ為に最初に誇りを捨てるのは良く知っている。しかし、だ。人として当然の物まで捨てるのはどうであろうか? 拙者は、今まで生きてきて。此処まで恥ずかしい思いをした事は無いぞ。まだ少女とも言える娘にあそこまで愚弄され、情けない……」
へーん。誇りなんぞこっちに来て一年で全て投げ捨てると決めましたっつーの。第一誇りなんて物は狡猾な大金持ちが他人を騙す為に作った単語だと、前の人生で学んでますからー! 肌の色とかの差別で誇りを刺激して争わせつつ、気づかない範囲で健康、時間、金を吸い上げるんだぞ。私見たんだエグイんだ。
「嫌な思いをさせて御免なさいラスティルさん。誇りを持てるよう頑張ります」
「あからさまな嘘だな。拙者はこれから仕事が終わるまで、我が主君にどうやったら誇りの大事さを教えられるか考えて過ごす。我が主君は親切な配下の喉が枯れないよう酒を用意して待っていろ。
小娘から罵倒された分を、美しき配下が慰めようと言うのだ。嬉しいだろう?」
「……はい。有難うございます。お待ちしております」
ヴァーメンドクセー。有難くはあるけどさー。
退室しようとしてたカルマたちが又楽しそうだし。へぇへぇ。幾らでもざまぁ味噌漬けしてください。私も説教漬けの夕食と覚悟決めました。
言われてみれば皆さんがどう感じるか全く考えてなかったし、自業自得でしょ。
……キリさん。どうかお幸せに。貴方に助けてくれた分以上の幸運がある事を祈って今夜は寝ます。
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