ランドで起こった事件をリディアから教えられる
推測を求められて言えるのは同僚の下級官吏が口に出した話題のみ。
でないと変だからね。
「そう仰いましても……何も情報が無いのでは推測のしようがありません。三度の早馬で最終的には明るい話題だと誰もが話していますが、早馬が出たのは日数的にトーク様がランドに到着してすぐでしょう? 帝王に拝謁して覚え目出度く、何かを頂戴したとかでしょうか?」
会津藩の
「―――信用頂けませんか。仕方ないお話ししよう。一度目、ランドで十官が先帝王陛下の側室ハリに兄であるザンザとの争いに仲裁を。と、偽りの嘆願をし、ハリの要望に応えて王宮に来たザンザを十官が暗殺したとの早馬でした」
リディアの視線を特別強く感じる。
頭を下げても……不自然じゃないはずだ。衝撃的な話じゃないか。自分の考えに集中するかのように、顔を伏せて表情を隠せ。ああ、拳が震えそうになっている。抑えろ。
本当に、そうなったか。
愚かな、そして哀れな奴だザンザ。
大した奴なのは間違いない。
肉屋から大将軍となってある程度成功を収めたのは偉業。
しかし身の程知らずだったな。
もしかしたら成り上がり者であるお前を疎んだ部下の群雄貴族たちが、きちんと止めてくれなかったのでは? とまで私は疑っている。
例えば、世が乱れれば乱れる程に力を強めそうなイルヘルミが。
「……二度目、ザンザを殺され怒り心頭に達したビビアナ・ウェリアが王宮に攻め入り官僚を皆殺しにしようとしたのです。実際に数千人が殺されたと報告が来ております。
しかもこの混乱の際にハリとその息子にして現帝王陛下であったシテイが死亡。誰が殺したかは分からず、王都では責任の押し付け合いが発生しているそうで」
残る帝王候補はただ一人。
そしてそれ程の混乱ならば大事な帝王候補を外に逃がそうとして当然だろう。
何だったら盾にしても良いのだ。有用性は比類ない。
そんな時、やっとランドを視界に収めた女とその軍が居た。という訳か。日数的にはそうなる。
大混乱してる王都に居らず、冷静に外から見られるそいつは他の奴等より三手早く次代の帝王を探せる。
見つけられる可能性は高い。
そして、恐らくは見つけたのだ。
この時カルマはどう思ったのかな。自分がこの世で最も幸運な人間と感じてそう。
金とダイヤで装飾されたレジェンドなババを引いたというのに。
「三度目。混乱の中、先々帝ホフ陛下の息子ケント王子を連れて逃げていた十官二位アルタ様をカルマ殿が保護されました。カルマ殿は新帝王にお着きになるであろうケント王子の御信任を得たそうです」
……終わった。
笑える位に見事な天国から地獄へのドラマが始まる。
哀れだなカルマ。今人生最高の喜びを感じてるであろう女。
そして、私はこれを考えて動いてきた。
特に真田が居ると聞いてからは。
私にとって後はカルマからどれだけ絞るか。そして、カルマが私の手を取るかの話になる。
カルマが本当の意味で成功するのは在り得まい。
世の中そんなに上手く行く訳が無い。
ま、例えカルマが私の手を取らなくても諦めきれる。
確実にケイ帝国が終わるのに比べれば、小さな話だ。
地獄のような戦乱が始まる。
こうなるのを―――待っていた。
だが今は目の前のリディアに集中しなければ。
私は庶人、何も知らなかった庶人。
あ、違う。
以前リディアに予想してもらったのを忘れるな。
「―――それは、凄まじい事件です。つまり、ほぼ一晩の内にでしょうか? 権力者が二転三転し、最終的にカルマ閣下が勝たれたと……?」
「はい」
何時もより更にこっちを観察してるように感じる。
……こいつには勝たなくていい。勝てる訳も無い。ただ、分からないようにすれば良いのだ。
落ち着いていけ。
無駄な口を開かなければ何も分からない。
―――うん? 無駄な口? 何か……あったような。いや、考えるのは後でいいだろ。
「体が震えます……。つまりは以前リディア様が教えてくださった通りになった訳で。敬服の至りです。ただそうなるとこのトーク領も不味いかもしれませんね。逃げ出す用意をするべきでしょうか」
「……
一つ、カルマとザンザの間に縁が生まれるか。
一つ、カルマが衆目を集める為にはザンザが除かれなければならなかった。
一つ、ザンザが居なくなった時、カルマが位を得られるかは分からなかった。
考えて尚それでしたのに貴方は、四年前カルマの出世について
「私は自分の人生経験に基づいて、カルマ様に起こり得る事態を妄想しただけです。その妄想を現実に起こる話として教えて下さったのはバルカ様でしょう」
そういう事で納得して貰いたい。
実際八割はこの解釈で合ってるだろう。
条件的に董卓とそっくりだったからこそ気付けたのは間違いないが、それも二割程度だ。
とは言えその二割が異常性を出してしまうのは否定しきれんな。
……異常性? あ―――――――――。あ、ああぁっ! やっべえええええ!?
「? 如何されたダン。何か、驚くような事でも」
あぎゃっ! 驚愕の余り隠しきれなかった。しかしマジやべーよ。いやいや、そもそもマジなのか? か、確認を……。
「確認を、取らせて頂きたいのです。王都ランドに向かっていたカルマ閣下は、到着する直前くらいに事件を知り、王都の外を逃げてさまよっていたアルタ様とケント陛下を他の領主たちに先んじて保護なされた。更にケント陛下から特別のご信頼を得られた。で宜しいでしょうか」
「そう、申し上げたつもりでしたが。何か分かり難い所でも?」
あびゃー。マジだった。やべー。洒落を越えてしまった。早く帰って対処を考えないと。
「いいえ。どうも驚きで頭が回ってないようで。ご面倒をかけました。バルカ様のお話しに含まれる範囲と言っても、余りに劇的で」
少し訝しんでおられる。気にしないでお願い。
「……どちらの意見かと押し付け合いをしても仕方がありませんな。とにかくカルマは
流してくれたか。よし退散だ。有難うリディア良い情報だった。早く帰って頭抱えるとするよ。
「恐ろしい話です。やはり逃げた方が良さそうですね……それでバルカ様が呼んで下さったのは、この話を教えて下さる為でしょうか? でしたら失礼しようかと思います。今この大事件で相当に忙しいでしょうから。お時間を取って下さり誠に有難うございました」
そう、リディアは今極まって忙しい筈だ。
情報の確定と、この後どう動くべきか。私的にも公的にも時間が足らないだろう。
なのに全然帰そうという雰囲気じゃない。
まだ何かあるのか。
全く想像がつかんぞ。帰らせてお願い。
「お待ちあれ。まだ本題が残っている。しかしその前に幾つかお答えを。それと、手をお貸しいただく」
あの、私許可。いえ、拒否できないですけど。でも触らないで欲しいんです。
美小女の滑らかな手で握られてるというのに、欠片も嬉しくない。
冷や汗が出てないかが心配なの。
言い訳は……美女に触られて緊張した、だな。
とりあえずこっそりと指が動脈に触られないようにずらす。
流石に脈拍で相手の心理を探る。何ていう発想は無いはずだけど……。
「
―――は?
えーと、これは……私が驚天動地の自己過大評価野郎であると思われてるのか?
「質問の意図が把握できません……当然バルカ様です。バルカ様よりも私が勝っている物なんてありません」
頭脳、容姿、産まれ、身体能力、精神的円熟性まで。全てにおいて劣っている。
彼女に限って自慢したい訳でも無いだろうし……。
「そう感じておられるのなら、
あーん?
普通は……そうかもしれない?
ただ、此処までの有能さは浮いている。
決していい方向にばかりは向くまい。しかもこんな世の中だ。
それこそ主君や同僚から嫉妬されたりして大変だろう。
二十一世紀なら嫉妬されない場所を探して転職して行けば良いだけ。
しかし今からこの国での嫉妬は命を失う危険が常に付きまとう。
そこまでの有能さを羨まない程度には世間を知ってる。むしろ同情ものよ。
「いえ。全く」
「……本当だとすると珍しいお人だ。次に、
上位者にこれを聞かれて『はい』って答える奴居る?
わけわかんねーな。
元から持ってないし、素直に答えておけば良いから楽なんだけどさ。
「いいえ、一度たりともございません。むしろお世話になりましたし恩を感じております」
本当世話になった。
リディアの家でゆっくりさせて貰えなければ、かなり計画が遅れていたはずだ。
だからこそ、余計な親切というか欲が出た訳だが。
「……分かりました。それでは、ダン。
「はぁ、私に出来る物事であればよろしいのですが」
無理そうだったらあっさり断る。
無茶はしないのが私のポリシー。てか帰らせて。
「
………………。
あいべっぐゆあぱーどん?
僕、リディアさんの頭が良すぎて何を言ってるか分からない。
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