戦乱の帝国と、我が謀略 ～貴族の悩みと根回し合戦～

十官第二位に売り込む1

　バルカ家のお世話になってからは毎日獣人の皆さんを連れて観光案内である。

　遊牧民を宿に閉じ込めるのは拷問。ブッコロされても文句は言えない。

　加えて今後彼らがお茶を運ぶのだから、ある程度王都を歩けるようになって欲しい。

　そう思って日差しの強い中、長袖に帽子と日焼け対策をしてランドを案内した訳だが……。

　どうにも人々の視線がキツイ。トーク領とは対応が違う。

　これで獣人の皆さんが開久高校に所属してるプッツン系だったら、チビ猿と呼ばれる人ポジションな私にはどうしようもなかった。

　お茶を売る時はごく事務的に出来るようにしないと。

　人選してくれたオウラン様に感謝の念が募るね。

　そんな日々の中、ティトゥスから十官に売り込む機会が来たと待っていた連絡を受けた。

　一人で向かうのも心細いな……。

　とティトゥスをチラ見する感じでお願いに行くべきか迷っていると、続けて使者の方から丁度ご機嫌伺いの時期なのでリディアと三人で行くとのお言葉。

　当日、安心して向かった待ち合わせの場所には少しでも涼しいようにか天蓋付き(絹っぽいので触るのが怖い）の四輪箱馬車が鎮座しておられた。

　まさかの相乗りである。正直身の置き所が無い。

　せめてこの機会を活かして十官と会う時の礼儀を教えてもらおう。

「ティトゥス様、お伺いするアルタ・カッチーニ様について教えて頂けないでしょうか。それと、気を付けるべき礼儀についてもお願いします」

　私がそう尋ねると、ティトゥスはこちらを見たまま悩み始めてしまった。

　何を悩むことがある？

　今は悪魔が……違った。

　事実をそのまま教えてくれれば良いと思うのだが。

　まさか私が教えを守れるか悩んでたりして。

「アルタ様は王宮の料理人だった方だ。ホフ・ケイ帝王の信任により十官第二位まで出世し、今はホフ様の口に入る物一切を取り仕切っておられる。

　それだけに茶葉へご興味がある様子であったし、庶人だろうが隔意を持つ方では無いので礼儀に気を使わずとも良い方なのだが……さて、どういったものか」

　完璧じゃん。何も問題無いじゃん。なのにどうしたの？

　この人がこんなに言葉を選ぶなんて不吉である。

「そして……特殊な嗜好をお持ちだ。他の人に蔑まれるのをお喜びになるのだ。だから礼儀に関しては本当に気にせずともよい。

　言うまでも無いとは思うが、ホフ様についてだけは気を付けよ。真に命を掛けて忠誠を誓っておられるからな。

　最後にご本人を見れば難しかろうが油断をしてはならない。かの方がこのケイ帝国最上位の権力者だと忘れないように」

　？

　料理人　OK　十官二位　OK　庶民に寛容　I Love IT　蔑まれるのを喜ぶ　Pardon？

　何時の世も政治中枢は魔境だの腐界だの言うが、そういう意味ではありませんよね。

　私も罵らないといけないのだろうか。

　何だか分からないのでご教授願おう。先達はあらまほしきことなりって中学校で学んだ。

　しかもこれは少しの事じゃない。

「ティトゥス様、私も機会を見つけてアルタ様を罵った方がよろしいのでしょうか？　無礼打ちされて当然と思えますが……」

「さて、どうしたものか。……こうせよ。周りに人が居ればへりくだるが無難。しかし人が居なければ、何も気にせずとも良い。悪くとも無礼打ちにはならぬ」

　大概な質問に酷い答えが返って来た。

　立場を悪くしなければ本当によろしいの？

　ティトゥスがこういう冗談を言う訳はないけど……。

「分かりました。実際の場でもよろしくご指導をお願いいたします」

　会う前から混乱する話である。やっぱり二人が付いてきてくれて良かっ……あ。

　衝撃的な話で忘れていたがここには潔癖症なお年頃、十二歳のお嬢様が居たのだった。

　不適切な会話をしてしまった……。

　ほら、表情に不快感が……出てねぇ。

「リディア様、アルタ様の話はご存じだったのですか？」

「ええ。王宮では有名です。それにアルタ様の料理は素晴らしい。あの料理を思えば何も問題ありません」

　気に入った料理店のちょっとした欠点のように仰います。

『それに』の前後が全く繋がってませんが、それだけどうでも良いんでしょうね……。

　私がどうしたものか悩んでる内にアルタの屋敷に付いてしまい、直ぐに私室らしき所へ案内された。

　殆ど待たずに部屋の奥から誰かが来る気配。

　もはや悩んでも仕方が無い。

　ティトゥスに全てを任せ、顔を見るのも恐れ多いと頭を下げて示す。

「アルタ様、暑い中ですがご壮健そうで何より。ご機嫌伺いに参りました」

「態々有難うございますティトゥス殿。リディア殿。今日は珍しい茶葉を紹介して頂けるとか。楽しみにしておりますのです」

「お茶についてはこちらの者から話をさせましょう。名をダンと申します」

　よし、私の出番だ。

　まずは落ち着け。

　さっきまでセールストークを延々脳内で繰り返したんだ。間違えようがない。

　行くぜ。

「ダンです。ご尊顔を拝し光栄に思いますアルタ・カッチーニ様。こちらが北方に住む草原族が作りました新しいお茶で御座います。飲み方としては、まずはお湯のみを注ぎ十分ほどお待ちになった後お試しください。その後、お湯に茶っ葉を付ける時間をお好みで変えて頂ければ、と」

　と言いつつ出来るだけうやうやしく茶壺を一つアルタに差し出す。

　ここでようやっと顔を上げる事が出来る。

　あー……胸でっかいっす。

　……最初がこれかい。

　いや、その、お美しい金髪のロングヘアや、ちょっとポチャっとした肉体労働してませんと主張する腕だの色々あるんですが……どうしてもね。服装がね。痴女なんだよね。

　なんでそんな服装なの。もしかして……ティトゥス狙い？　この岩に？　あ、でもこの厳格そうな人、八人以上子供が。

　……成程。深いな。胸と足のスリットと同じくらいに。

「うん、葉だけでも良い匂い。では早速お茶を入れてみますね」

　おや？　自分でお茶を入れるのか？

　流石元料理人、手慣れている感じはするが。

　御付きのお茶を入れる人とかは……あ、この部屋私達四人だけだ。

　……先程の会話が思い起こされる。

　別に罵らないといけない訳じゃないよね？

「ダンさんでしたか。このお茶、確かに良い香り。何のお茶です？」

「柿でございます。それにひと手間加えたもので、美容、健康に良い物となっております。飲み続ければお肌の染みができ難くなり加えて健康増進、特に高齢の方がかかりやすい体の中に悪い物ができて、それが体中に移り激しい痛みがある死病を少しですが予防できるでしょう。治療は不可能ですが、気休め以上にはなると保証いたします」

「あらー、あの病をですか。それは凄いですね。ふーん。柿の葉のお茶……。薄っすらと甘い……これに合う甘味もありそう。新しい物が作れるかも。

　そうしたら、もしかしたらホフ様がお喜びになって、ついに私を……。はぁ、はぁ、そ、そんな、このお茶はまだ……熱くございますぅ！　で、ですがお望みならもっと熱い物が欲しいです！！」

　……。

　全力を振り絞って気にしないよう努力していたが、この人の、その……一部に大人気であろうだらしない胸を殆どさらけ出した格好は、やはり、こうオープンであるという宣言だったのか。

　それだって妄想をオープンにするのは酷く珍しいと思う。

　どう反応しろと？

　バルカ家のお二人は動かざるごと山の如しといった風情。

　呼吸以外で体が動いて無いよこの人たち……。

　あ、なんかエロイ人の体が震えた……。

「……はふぅ、良かったわ……。あっ。いえ、良く分かりました。良いお茶だと思いますです。まずは私の方で色々試した後、もしかしたらホフ様にも供されるかもしれません。品質には十分注意してくださいね？」

「おお……それは末代までの誇り。作っている草原族もケイ帝国へ一層の忠誠を誓うでしょう！」

　もう、何でもいいっす。

　とにかく高く買って頂けるなら、顧客がどんな方でも問題ありません。

〔変態御用達の店〕なんてツイッターで拡散されたりはしませんから。

　私は悟りを開いた気分である。

　アルタは賢者になってたし、私が悟ってもおかしくあるまい。

　それともこれは精神攻撃の一種なのか。

　故事で言うと淀殿が石田のミッチーをお色気で誑かせて、関ケ原合戦させたみたいに。捏造ドラマで見たな。

「しかしバルカ家が十官である私にこのような物を紹介して下さるとは思いませんでした。しかも庶人の望みで。もしかして、何か弱みを握っているのですか？」

　おやぁ。半分冗談、半分本気というご表情だぞ。胸の強調も激しい。

　やっぱり熾烈な政治闘争があるのかな？

　これが油断しないようにと言われた理由だろうか。

　ま、根も葉も無い疑い。否定するだけだ。

「いえいえ、私ごと」「はい。そうなります。大きな物を」「え、リディア様？」

　おま、それどういうパス？

　私にどうシュートしろっていうの？

　足が届く範囲に入ってねーよ？

「なっ……！　そ、それはやはりリディア様が……」

　え、本気にしちゃう？

　この石膏像みたいな顔を見ても尚？

「はい。不覚にも」

　貴方が不覚という言葉を知っていたとは不覚にも知りませんでしたよ。

　他のすべての言葉を知っていても不覚だけは知らないとばかり。

　って、おいおいおいおい。目の前のアレな人の表情を見るに真に受けてんぞ。

　あれか、ポーカーフェイスだから本当かどうか分からないってか？

「ちょ、ちょっと考えさせてくださいです！」

　待って。何を考えると言うのですか。

「ここで恩を売れればバルカ家が味方に……、そうすれば私を馬鹿にしていた人たちも……ああっでも、政敵になじられるのも気持ちいいですしっ」

　って、聞こえてますよ。いや、聞かせてるんですかねこれは。

　恐ろしく突っ走ってるけど誰か止めなくていいの？