気付きと恐怖

 ティトゥス様の部屋を出たのでやっと考え事が出来る。


 さて……。

 俺の知ってる通り肉屋の娘が最高権力者の妻となった。

 ならば、その兄も大出世するのではあるまいか?

 帝王の親族を肉屋のままにはするまい。

 ……つまり、俺の知識は予知能力となる?

「先生」

 見た目エルフであったり、文化が違ったりと色々変化があるしその影響は全く計算できないけど……。

「師よ」

 一度自分の知識を総ざらいしつつ今出ている情報を並べて、今後どう動くかじっくり考えた方が良いな。

「ダン殿」

 戦いの時代が来るかもしれないのだ。

 きちんと考えて動かないと、後悔なんて生ぬるい言葉では済まされ


 ドスッ!


 い、痛! 尻が車に乗ってて後ろから追突された時のように痛い?!

 後ろを見ると、リディア様が無表情のまま足をこちらに向けて綺麗に伸ばしておられた。


「師匠、弟子は省みるべきかと」


「弟子と言うのなら、師に対する敬意を蹴り砕かないで頂けませんか? しかもお尻の骨まで」


「それよりも師よ。私からも感謝をお受け取り下さい」


「出来れば流さないで頂けないでしょうか……。それで、感謝とは先程の話ですか?」


「はい。私も父を悩ませていると存じてはいたのです。しかし、解決の仕方が分からず、今思えば一年前は少々鬱屈した日々を送っておりました。なのにかの父があのように喜ぶとは。私としても望外の喜び」

 感涙にむせぶとは正にこの事。と続けて仰られはしました。

 しかし、その表情は……。


「弟子よ。あ、いえ、リディア様、本当に喜んでおられます?」


 リディア様の表情は上げていた足を直線的な動作で下ろしてる間から今この瞬間まで、欠片も変わっていない。


「勿論。心から。何故お疑いに?」

 喜びの舞を踊りましょうか。

 と湖面のような表情で言われても……。


「ま、まぁ分かりましたリディア様。九割以上貴方ご自身で成長なされたのだと思いますが、少しでも役立てたなら私も嬉しく思います。所で……幾つかご家族など私的な事をお尋ねしても宜しいでしょうか」


 何とか思い出した。

 先ほど聞いた八人の子供について尋ねないといけないのだ。


「何なりと」


「リディア様は他に七人のご姉弟をお持ちなのですか?」


「はい。上に姉が二人。下に弟と妹が五人です。ちなみに上は少し離れていますが、残りは母親が違うので大よそ同年齢です」


「もしかして、皆さま優秀であると世に名高かったりします?」


 実は、俺が直接知っているバルカ家の人間はリディア様だけである。

 外で情報収集してる時、姉弟が居るらしいとは聞いていたがそれだけだ。

 八人もいるとはさっき初めて知った。

 家庭教師となった以上、わざわざ外でバルカ家の情報を集める必要を感じなかったもので……。

 家政婦の人達も俺の目の前で噂話とかしてないし。

 ……ハブにされてる訳じゃないと思いたい。


「さて……世に名高いとはどの程度で言った物か。ただ、皆若さから考えれば聡明かつ優秀であると言われております。肉親の情を抜きにしても悪くはありません。皆励んでおりますので」


 姉弟八人、全てが優秀。

 滅多にある話ではない。

 少なくとも、俺は世界史全てを含めて一つの家族しか知らない。

 いや、あれは男をカウントしただけで、記録に残らない娘が何人か居るかもしれないが。

 ……段々心臓の鼓動が激しくなってきた。


「……一番優秀と名高いのは、上から二番目の方だったり?」


「いえ。それ程では。一番上の姉の方が図抜けた人品によって名を馳せているかと。最も優秀と言われる者が居るとすれば、恐らくは私になりましょう」


 ……え。


「リディア様が、ですか」


「はい。言うまでもない事ながら年齢にしては、の文言を入れればですが。十一歳の時点で出した結果が最も優秀に見えるのが私。これだけの話なので。

 実の所それが父の悩みでもあったでしょう。王宮で働く父が子供たちの中で唯一私を王都に連れて来たのも、優秀と言われている私に大海を見せ、身の程を教えようという親心。と、推察しております」


 だけってあんた……。

 十一歳で、自分が優秀ですと言いながら全く気負いも自慢も見えないって何。

 今日は晴れております。と言った時と口調が全く変わってないぞこの娘。

 ティトゥス様や、貴方の娘井の中の蛙になる要素あったんですか? いや、父親の欲目的な何かか? 逆の意味だよ欲目じゃ。


 それにしても、もしや……この家……いや、まだだ。

 ここだけじゃないかもしれない。


「あの、突然ですが他にも八人の兄弟が居て皆優秀だと言われてる家をご存じではありませんか? 八人以上でも良いのですが」


「ふむ。……いや、存じ上げません。私が知らぬ以上、この国にそのような貴族は居ないでしょう。元より八人以上子供が居て八人も優秀という評判を得るのは中々困難なので。付け加えると、我が家の姉弟仲は非常に宜しい。優秀という意味の中にはそれも入っております」


 そらそーですな。

 八人も子供が居たら普通不出来と言われる奴も出る。

 しかし、これで幾つか違いはあるけど、大よそ予想通りになってしまった。

 つまり、マジで、この家は……司馬家なのか?

 八人の子供たちすべてが優秀で、司馬八達と言われた規格外家族。

 その血統は三代で中国に産まれた国を二度滅ぼした……。

 更に、この目の前の少女が……。


「リディア様、街の治め方、軍の率い方、つまり軍師や将軍となる為の勉学で、苦手な物はありますか? それと……ご家族の中で一番忍耐力がありそうなのは誰でしょうか」


「机上で宜しいのなら特には。実地となれば又変わるでしょう。実際、私は人望において長姉に大きく劣っています。それにしても忍耐力とは又……さて……下の者は皆若くまだまだこれから。ですが……私が姉弟全員から折に触れ、良く耐える人間だと言われてはおりますな」


 全部、出来る、と。

 そして、姉弟からの評判だけじゃない。

 俺はこの娘の忍耐強さを良く知っている。

 今もこれだけ質問攻めにされてるのに、不満を全く見せていないのだ。


 冷や汗を背中に感じる。

 この子は……三国志の人物が当てはまるとすれば……。

 司馬仲達しばちゅうたつかもしれない。

 数十年続いた戦乱の、最終的勝者。

 司馬八達で最優秀の中心人物。

 欠点の無い完全な能力と、人外の忍耐力を備え、イザとなれば何一つ躊躇しない決断力を持つ人間。

 最も考えが読めず、最も恐ろしい人物。

 ……洒落にならん。完全に当て嵌まってる。


 十一歳という年齢は流石におかしいけど、異常なまでに明晰なのも、この年齢で成熟し切ってるように感じるのも、直接の戦いでさえ強いのも、全てが『司馬仲達だから』の言葉だけで俺は納得してしまう。


 ……俺は、今までこの子に何をしてきた?

 最も怒らせてはいけない人物に対して、不味い事をしてはいないか?


「先生、どうかされましたか。突然顔の色が真っ青になりました。人の顔色がどれだけ急に変わるのかを教えて下さっているのなら、中々興味深い授業です」

 

「リディア、様。私は貴方を不快にさせてはいませんでしたか? 何か謝罪すべき事はありませんか?」


「……授業というのは不謹慎な冗談だったか。本当にどうなされた。先生は奇妙な振る舞いもありましたが、それも含めて興味深い方です。

 不快な思いというのなら……今先生が私を見る目が今までで初めて不快、という程でもありませんが、あまり心地よくない思いを感じている位で」 


「私は、どんな目で貴方を見てますか?」


「恐ろしい魔物を見るかのような目を。多くの方が私をそのように見ますが、ダン先生から見られたのは初めてでしょう。何かリディア・バルカの悪い話でも聞きましたか」


 魔物? 確かに司馬仲達ならば魔物よりも恐ろしい……。


 ………………。

 いや、違う。

 そうだ、何を考えてるんだ。

 違う世界の、人となりを確かめようのない1800年前の人物と十一歳の少女を同一視するなんて。


 大体、万が一考えが全て合っていたとしても俺は馬鹿だ。

 俺が知ってる司馬仲達は、戦乱の世を生き抜く為に多くの事を行い、その結果を俺は知ってるだけ。

 七十歳になった時の人物像を、十一歳の少女へ当てはめるとは。


 はぁ……。

 落ち着け。

 まずは謝ろう。


「リディア様、申し訳ありませんでした。悪い話を聞いた訳ではありません。馬鹿な妄想をしていました。お許しください」


「ほぅ。その妄想の中身に興味があります。……残念ながら代償としては金銭しかありませんが、それで如何」


「ご勘弁ください。というかですね。若いお嬢さんが、男性の妄想に興味を持っているなどと口に出すべきではありませんよ。面倒な誤解を産みます」


「……まぁ、何時も通りに戻られましたし、お許ししましょう」


 これはまた、俺とは器の大きさが違うね……。

 大分凄い眼つきで見たはずなのに、あっさりだ。


「有難うございます。……頭に触らせて頂いても宜しいでしょうか?」


「ふむ……。許可を求められたのも初めてです。お求めならどうぞ」


 やっぱり、小さい。

 まだ150も無いだろう。

 十一歳ならば当然だ。


 ……さっきの俺は自分を見失い過ぎだな。

 肉屋の娘が帝王の妾になると聞いて、自分の知識を妄信し始めてたかもしれない。

 危ない思考だった。

 俺の知識なんて、本人を見た事も無い人による妄想が九割の代物を読んだだけ。

 絶対妄信してはいけないし、人の人品に関しては全く頼りにならないに決まってる。


 今考えを正せたのは、非常に運が良かった。

 ……俺がこの子に授業料を払わないといけない位だな。


「落ち着かれたようで何より。何か結論でも出たので?」


 頭を撫でられながら、こっちを何時も通りに見ている。

 この安定感、見習いたいものだ。


「そう、ですね。リディア様と良い関係を築けるように努力したいな、と」


「それは、将来私に出世の手助けをしろという暗喩あんゆでしょうか」


「え゛。……そういうの、よくあるんですか?」


「それなりに名の知れた貴族であれば普通では。数が多いため基本的にはお断りしております。……面白い顔をなされる。ご安心を。おおよそ冗談です」


 幾らかは本気なんかい。


「そういうつもりでは、無かった、と思うんですけど。いや、でも、将来的に文無しになって腹が減ったら泣きつく可能性も……」


 自身の性格を考えると、可能性所か確実に泣きつく気がしてきた。


「今日は本当に防御が緩い。まぁ、食べるのに困れば頼って頂いて結構。これ程長期間教えて下さった方は希少です故。今と同じ程度の扱いで良いのなら客人として受け入れましょう」


 おうふ。

 十一歳に、生活の保障を頂きました。

 嬉しいっす。

 プライド? 何ソレ? 魚の餌?


「それは有難うございます。では、その際の食事に一品付けて貰えるように、より分かり易い話が出来るよう頑張らないといけませんね」


「うむ。そこで『小娘が』と怒らない当たり流石はダン先生」


「……怒らせようとしてたのですか?」


「まさか。九割の人間は怒りますが、先生は気にもなさらないと知っておりました」


『知っておりました』と来ました。

 俺と言う人格が解析されてるという意味かしら?

 やっぱり、この子怖い。

 こっちの世界の仲達とか抜きに、リディアっていう個人が怖いわ。

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