第2話 首狩り

 深夜、トモグイはクビガリが現れる場所まで移動し、隠れていた。

 その場所は小さな公園だ。

(本当にこんな場所に現れるのか?)

 オトサタが一体どこから情報を集めてくるのかトモグイは知らないが、オトサタの情報が偽りだったことは今のところない。

 しばらく待っていると、日本刀を持った和服の老人が姿を見せた。

(あいつがクビガリで間違いなさそうだな)

 出て行こうとすると、先に全速力でクビガリに向かって行く集団があった。

(警察か?)

 連続殺人鬼が多いこの世界にも当然警察はある。だが、連続殺人が可能な連中は、大体警察から隠れるのが上手いか、逆に警察を敵に回しても問題ない奴らと言うわけだ。

 トモグイは素早く警察官の人数を数え、武装を確認する。

(全員で五人。武装は拳銃が一丁と警棒)

 普段通りの武装ではあったが、それで勝てるほど、連続殺人鬼は甘くない。

「発砲許可も出ている。殺す気で行け!」

 一番先頭にいた警察官が拳銃を構えるが、その場所はもうクビガリの間合いの内側だ。

 発砲する前に警察官の首が落ちる。

「うわっ⁉」

 ほかの四人が慌てて銃を構えるが、引金を引く前に首が飛ぶ。

 クビガリは日本刀を血振りすると、トモグイの方を向いた。

「そこにいる者、出てこい」

「バレてたか」

 トモグイは観念して出て行く。

「ほう。刀持ちか!」

 トモグイが握っているのが刀だと分かると、クビガリは嬉しそうな表情を浮かべた。

「別に普段から使ってるわけじゃねえよ。あんたに合わせただけさ」

「ということは、お主がトモグイじゃな?」

「ああ、その通りさ!」

 トモグイが鞘から刀身を引き抜き、踏み込もうとしたところで、首筋に強烈な寒気が走る。

 直感に任せて刀を振ると、ガキン! と金属音がしてクビガリの刃がトモグイの眼前で止まる。

 示現流には「一の太刀を疑わず」「二の太刀要らず」という言葉がある。これは一撃で仕留めるという意気込みだ。

「ほお。お主、中々やるのお」

(さっきクビガリの技を見といて助かった)

 一旦距離を取ろうとするが、トモグイが下がれば下がるほど、クビガリは距離を詰めてくる。

「お主、さては素人じゃな」

「いいや、剣道初段だよ!」

 思い切り刀を振ると、クビガリは大きく下がった。

「剣道は叩く剣。日本刀は引く剣じゃから、少し勝手が違うぞ」

「ご高説をどうも」

 トモグイは警察官時代に空手、柔道、剣道で初段を貰っていた。

「どれ。儂に合わせてくれた礼に、見せてやるかな」

 クビガリは、居合の構えをとった。

 示現流の名手、中村半次郎は軒先から落ちる水滴が地面に落ちる前に、これを三度斬ることができたという。

 トモグイは一の太刀を避け、二の太刀を刀で受けた。だが、ここまで。

 三の太刀がトモグイの腹部に入る。

「ほお。今のを防ぐか」

(全然防ぎきれてねえよ……)

 刀を右手で握り、左手で腹部を押さえて止血する。

 刃が腹部に当たり、これをクビガリが引く瞬間、腰を回転させることで刃の動きに合わせ、致命傷を避けたが、それでも斬られたことに変わりはない。

(さっきのご高説が役に立ったぜ……)

 腹部の血が止まり、トモグイは刀を両手持ちに戻した。

「奥義を見せてくれた礼だ。俺も見せてやるぜ」

トモグイは刀を構えたかと思うと、居合の姿勢をとる。

一の太刀がクビガリの刀と打ち合い、二の太刀が避けられる。

 三の太刀は再現できなかったが、それはまさしく先程クビガリが見せた剣技に他ならない。

「チッ、やっぱ付け焼き刃じゃ駄目か」

 トモグイは刀を肩でトントンと遊ばせながら、悪態を憑いた。

 だが、クビガリからしてみれば気が気ではない。自分が何十年もかけてやっと習得した技を、少し齧っただけの人間に初見で再現されたのだから。

(どういうことだ? 一度見ただけで再現したのか⁉)

 それは、トモグイの才能と言っていいもの。相手の技、技術を盗み、自分のものとする能力。

 これによって、トモグイは今まで相手の連続殺人鬼を同じ武装で殺すことができたのである。

 これによって、クビガリはトモグイに対し、安易に技を出せなくなってしまったのである。

「……いいだろう。認めてやる」

 クビガリは再び居合の姿勢をとる。

「また居合か? 打ち合う気があんのか⁉」

「お前はもう、儂の剣を見ることは出来ん」

「はあ? 何を言って――」

 ゾクリ――とトモグイの首筋に鳥肌が立つ。トモグイの経験上、これは命の危機が訪れているということだ。

 トモグイは直感に任せ、刀を首に持っていきつつ頭を下げる。

 トモグイの頭上で金属音が響き、トモグイの刀とクビガリの振るった刀が衝突する。

(見えなかった……。今のは感覚で避けただけだ)

「ほう、流石だな」

 クビガリはトモグイへ賞賛の言葉を贈るが、トモグイは内心冷や汗を垂らしていた。もちろん、クビガリには悟られないようにしていたが。

「確か、示現流にあったな、不可視の魔剣――雲耀」

「知っていたか」 

雲耀とは示現流における剣速の単位である。二万分の一秒。真面目に計算すればおよそ〇.〇〇〇〇五秒のことを言い、稲妻と同じ速さであることから名付けられた。そして、これを習得できるものは一握りだけであり、習得できなかったものは、二度と剣を握れない程に身体を壊す。

「なんでそんな一流の剣士が、人斬りなんて始めたんだ?」

 トモグイがそう問うと、クビガリは鼻で笑う。

「考えたことはないか? 自分の技は本当に人を斬れるのかと。自分の技は武器を持った人間相手に通じるのかと」

 剣術は、元を辿れば戦場で生き抜くための技である。つまり、対人間を想定して作られたということだ。

 だが、科学技術は進歩し、銃という最強の対人間兵器が生まれた。それにより剣術は趣味や武術に追いやられ、戦闘術ではなくなった。

 だが、クビガリは剣術を極め、拳銃に勝った。

「話は終わりじゃ。そろそろ決めるぞ」

「ああ、そうだな」

 お互いに居合の構えをとる。

 純粋な剣技の勝負になれば、トモグイに勝ち目はない。だから、そこでは戦わない。

 トモグイの首に刃が迫るがトモグイはそれを直感で察すると、身体を捻じり、自分が刀を出すのに支障が出ない程度に傾けると同時に刀をクビガリの首に向ける。

 これにより、自身の剣速は落とさぬまま、相手の刃との距離を離せる。

 トモグイの首に刃が触れるが、その時には既にクビガリの首は宙を舞っていた。

「見事」

 クビガリの飛んだ首が最後に放った言葉であった。

 前述したとおり、示現流には「一の太刀を疑わず」「二の太刀要らず」という言葉がある。


 残ったクビガリの身体は、トモグイに向かって倒れ込んできた。

 前述したとおり、日本刀は引くことで斬る剣である。

 そして、その刃は今、トモグイの首に当たっている。

 シュパッ! と音を立てて、トモグイの首が切れた。

「痛ってえ‼」

 解説するまでもなく、首は人体の急所である。太い血管が集まっている首は、僅かに傷ついただけでもかなりの大量出血となる。

 トモグイは慌ててハンカチを首に当て、止血しようとするが、そんなものでは首の出血は止まらない。

 トモグイはいざという時の為に持っていた薬箱から、止血剤を飲む。

(血が止まったら縫合しないと不味いな……助けを呼ぶか)

 トモグイは朦朧とした頭でスマホを取り出し、電話帳を見る。現在、トモグイの電話帳に名前が載っているのは二名のみ。ハコビヤとオトサタだけだ。

(……ハコビヤだな)

 ハコビヤなら医療キットも素早く用意できる可能性が高い。

 ハコビヤに電話をかけると、ワンコールで繋がった。

「ハコビヤ、悪いんだが――」

『喋らないでください』

 ハコビヤは全力疾走しているようで、息も絶え絶えであった。

『医療キットも持ってます。急ぎますね』

 それだけ言うと、ハコビヤは一方的に電話を切った。

(また見てたのか)

 トモグイは上着を脱ぎ、真っ赤に染まったハンカチの代わりに首に押し付け、縛る。

 横になろうと、近くにあった滑り台に寝ころんだ。

 血が足りなくなると人は眠くなるものだ。トモグイの思考も睡魔の海に沈んだ。


 トモグイが眠ってからどのくらいの時間が経っただろうか。

「トモグイさん! 起きて下さい‼」

「ん? ああ、ハコビヤか」

 ハコビヤはすごい剣幕でトモグイに迫る。

「何で寝てるんですか! 死んだかと思ったじゃないですか‼」

 ハコビヤはトモグイの肩を掴むとガクガクと揺する。

「おい、揺らすな。止血中だ」

「あ、すみません!」

 ハコビヤは慌ててトモグイの肩から手を離すと、持ってきたトランクから医療キットを取り出す。

「では縫合しますので、傷を見せてください」

 トモグイは大人しく首を縛っていた上着を解く。

(血は……止まったみたいだな)

「麻酔は?」

「持ってきてますよ。部分麻酔ですけど」

「やってくれ」

 滑り台では手術しにくいということで、ベンチに向かう。

「じゃあ、頼むわ」

 トモグイが寝転ぼうとしたところで、ハコビヤがベンチとトモグイの顔の間に自分の膝を挟ませる。早い話が膝枕だ。

「どういうつもりだ?」

「この方が手術しやすいんですよ」

 ハコビヤはニコニコした笑みで大嘘を吐く。

「そんなわけ――」

「医者の言うことが聞けないんですか?」

 ハコビヤの瞳は笑っていなかった。このまま膝枕を断れば、手術をしないかもしれない。

 トモグイにとってそれは死を意味する。

「……分かった」

「そう。良い子ですね~」

 ハコビヤはご機嫌で部分麻酔をトモグイの首に注射した。

 数分経って、首全体の感覚がなくなり、ジンジンとしてくる。

「効いてきた」

「はい。じゃあ縫合しますね」

 ハコビヤの仕事は素人にしては中々のものだった。

「一つ聞いていいですか?」

 素早く縫合を続けながらハコビヤはトモグイに問いかける。

「何だ? 話しかけたせいでミスるなよ」

「何で闇医者に行かないんですか?」

 犯罪者や極道などの闇に生きる人々は、人に言えない怪我をすることもあるため、医者に行くのを嫌がる。

「知り合いの闇医者はいないし。それに闇医者は高いからな」

 基本的に闇医者は医師免許のないものがしていることが多い。そして、報酬が高額になることが多い。

 加えて、情報が洩れる心配もあった。

「でも、首は危ないですね。大きい血管が破れていたら、私みたいな素人じゃ無理でしたよ」

(まだ死ぬわけにはいかないからな)

 トモグイには目的がある。それを達成するまでは、死ぬわけにはいかなかった。

「はい。終わりましたよ」

 ハコビヤは手術道具を片付け、トモグイを開放する。

「世話になったな」

「ところで、クビガリの死体はどこですか?」

 トモグイも忘れかけていたが、クビガリの死体の回収もしなければならなかった。

「あそこだ」

 トモグイが指差した先には、首が飛んでもなお刀を握ったままのクビガリの死体があった。

「中々良い刀ですね」

 ハコビヤはトモグイが止血に使っていた血塗れのハンカチで刀身の血を拭う。

「首が飛んでますから頭と心臓は売れませんね。それ以外は売れると思いますよ」

 そう言うとハコビヤは以前も使った小型の鋸でクビガリの死体の解体を始めた。


 十分ほどでクビガリの解体は終わり、残った頭は殺した証拠に新聞社にでも送り付けることになった。

「では、毎度あり」

「ああ、お疲れさん」

 トモグイは今回使った刀を杖代わりに夜道を歩く。上着は首に巻いて止血していたため、血で真っ赤に濡れていたので、脱いでいる。

 血が足りないせいで意識が朦朧としてくるが、それでも何とかマンションまで辿り着いた。

(今日は、もう動けんな)

 血塗れのまま、シャワーも浴びずにベッドに倒れ込む。

 そこで、トモグイの意識は完全に落ちた。


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