19. 『動く金鉱』

「勇敢な冒険者諸君! 本日よりダンジョン『動く金鉱』の毒ガス浄化作戦を開始する!」


 ダンジョン『動く金鉱』は、ファーストの町を南下した箇所にある。

 数年前に探索済みだった筈のエリアだったのだが、つい先日近辺で大地震が発生、震源を調査していた冒険者によって発見された。今現在も余震は発生しており、その影響かダンジョンの位置が少しずつ動いている。

 その名称『動く金鉱』の由来はそこにあった。


「我々ギルドの招集に馳せ参じてくれた、有能で勇猛な術師諸君には、まず最大限の感謝を!」


 ダンジョンの入り口にて、色黒の健康的な中年の男が、堂々とした演説を披露していた。冒険者ギルド、『ファースト』支部の支部長であるイタカと言う元冒険者だ。

 シムリは知らなかったが、冒険者と言うものは無秩序ではなく『冒険者ギルド』と言う組織によりその活動を管理されているらしい。

 主な活動は冒険者の身分管理と、公共事業や仕事依頼の斡旋。報酬金額や、冒険の成果物の市場価格の調整なども行っている。冒険者からは「厄介なお上」と言う認識をされつつも、世話になる義理として渋々ロイヤリティを払っている状況なのだとか。

 シムリも、今回の仕事を受ける上で冒険者としてギルドに身分登録をおこなった。身分保障やら共済費用やら雑費やら、登録料金として合計5万タリもふんだくられたには納得いかないが、これも必要経費だと諦めた。この仕事で十分カバーも出来るだろう。


「有能で勇猛な術師……ねぇ……」


 ギィは周囲を見回してそう言って、訝しんでいる。結局招集にやってきたのは、合わせて十人程の術師と、その護衛である冒険者達同じく十数人。

 その出で立ちは千差万別で、黒い尖り帽子を被った女魔術師や、薄いローブを身に纏い獣の骨を被った見るからに怪しい呪術師。ただ、如何にも『らしい』格好の者が多い。しかしギィ曰く、『そう言う奴は大体半人前』との事。


「魔術師がローブやら魔術の杖やらを身につけて魔術師らしい格好しなきゃならん理由は、一体何だと思う?」

「ああやって身につける事で、魔力が強まる、とかですかね?」

「そう言う装備は大体高級品で、ペーペーは手を出せねぇ。あれは、一種の自己暗示なんだよ。『自分はこんな魔術師らしい格好をしているんだから、素晴らしい魔術師に違いない!』ってな」

「……それ、効果あるんですか?」


 眉をひそめるシムリ。ギィの格好を見る。以前見たのと同じように、黒いジャンプスーツ姿で、革の帽子とゴーグルを身につけている。

 どうやらギィのお気に入りの装備らしい。しかし、彼女の格好は、魔術師と言う出で立ちからはほど遠かった。


「由緒正しき魔術の基礎なんだよ。魔術を使うっていうのは、自分に取ってそれが雑作も無い事だとってのが重要なんだよ。だから、どっからどう見ても魔術師! って格好してる奴は、大抵が自己暗示が無いと、魔術の行使にムラが出ちゃう奴」


 熟練すれば不要だけどな、とギィはどこか得意げに胸を張った。

 そう言う意味では、自分も熟練者に入ってしまうのだろうか。

 ふと、シムリは自分の姿を見下ろしてみた。

 上下焦げ茶色の分厚い作業服。靴は鉄板入りの作業靴。フードを目深に被り、作業用メガネとマスクを装備している。上から羽織ったジャケットには黄色い蛍光色が使われており、暗い場所での作業もお手の物。

 どこからどう見ても下水清掃員です、と言わんばかりのその服装は、間違っても魔術師のそれではない。ジャンプスーツ姿のギィと揃って、配管工ですと名乗った方がまだそれらしいかもしれない。


「お前の実力は、アタシもちゃんと把握してる。それにしちゃ、なんて言うか……大丈夫かお前?」

「これ、現場の作業着なんですよ。仕事をするなら、この格好が落ち着くんです」


 事実、下水作業で魔術を使用する際には、この作業服姿なので、この格好がシムリに取っての魔術装束だった。

 もちろん、彼自身自分がどう映っているのかは認識している。周囲の術師から少し距離を置かれているのはひしひしと感じている。聞き耳を立てると、「ねぇみてアレ……」「あれが噂のクソ野郎よ……スカの者なんだって……」「なんだか不思議と臭いような気がするわ……」と噂話が聞こえてきた。

 今更そんな事で、と思いつつも、ふと自分の手を見ると少し震えていた。


「魔術に支障はねぇんだろうな?」

「も、もちろんですとも」


 シムリはサムズアップしてそう言った。声は裏返ってしまい、ギィには細い目で睨まれたが、今更周囲の評判に折れてしまうような心ではない。

 視線を支部長のイタカに戻すと、間もなく演説を終えるところであった。


「『動く金鉱』からは、希少金属であるマグタイトを含有した鉱石が大量に発掘される。高硬度合金鋼の添加物としてはもちろん、数多の自動機械や魔術機構に利用価値があり、我々にとっても非常に重要な採掘場となるだろう。術師諸君の活躍による、一刻も早い復旧を期待する!」


 以上、と右手を上げて恭しく挨拶をすると、線の細い実務担当者が、説明を引き継いだ。


「このダンジョンの中層にて、所々、毒ガスの噴出箇所および毒沼が見られます。強烈な鉱毒により、モンスターの除去作業、次層への道の発見や鉱石の発掘が進みませんので、本日は浅い階層の無毒化をお願いいたします。判明しているエリアの広さからして、作業工程は三日程の予定となります。報酬は先日のおふれの通り、日当は3万タリ。無毒化したエリアの広さ、毒ガス噴出箇所の数につき、報酬は上乗せされます。では、隊列について説明いたします……」


 ギルド側が参加メンバーの能力を判断して、最適な隊列を組む。これも冒険者を管理している組織ならではのノウハウだろう。

 前列と最後尾に重装備の戦士達、後列に配備されるのは、荒事慣れしている魔術師。シムリ達解毒専任の魔術師達は、中央に集められ、まさに護衛対象と言わんばかりだった。

 シムリは解毒担当の中でも前列付近、ギィは後列の配置となってしまい、少し離れてしまった。ギィは周囲の魔術師と打ち解けたように笑い話を繰り広げており、気楽なものだった。


「……あなた、凄い格好してるのね」


 ダンジョン突入直前に、隊列の隣にいた若い女魔術師が顔を引きつらせながら声をかけてきた。

 色白で、背筋が伸びている。纏った緑色のローブもきめが細かい高級品だ。穏やかな垂れ目でシムリを見つめている。

 どことなく品のいいお嬢様と言った雰囲気がある。

 声をかけられたシムリは、自分に言ったのか分からずに一度周囲を見渡してから、改めて自分を指差して首を傾げた。女魔術師が苦笑いをしたので、慌ててシムリは取り繕った。


「あ、あぁ。この格好は、普段の仕事着なので……」

「え? 冒険者じゃないの?」

「は、はい。違うんですよ、ははは。それで、貴方は冒険者なんですか?」

「……この仕事、冒険者ギルドから出てるし、そりゃそうなんだけど……」

「あ、そ、そうですよね全く……はは」


 会話が途切れた。それきり二人は黙り込んでしまい、気まずい雰囲気が流れた。ふと後ろを振り返ると、ギィがこちらを睨みつつ、口の前で手を閉じたり開いたりしていた。

 もっと喋っとけクソ野郎! そう怒られている気がした。


「あ、あ! 貴方は普段、どんな仕事をしてるんですか?」

「え? だから、その冒険者……」

「そ、そう、冒険者でしたよね……解毒の魔術は得意なんですか?」

「得意って程でもないわ。でも、で基礎は一通り勉強したからね」

「……本土?」


 首を傾げるシムリに、魔術師は「あぁ」と声を上げた。


「あなたエルフなんだっけ。無限大陸……この大陸の出身?」

「北の方にある森から……」

「それなら知らないのは無理ないかもね。エルフって閉鎖的だし、町に出て来るのは変わり者ばかりだもん。私達が『本土』って呼んでるのは、ここから北東にあるもう一つの大陸、ソー国って言う大陸の事。この大陸に来てる人間の殆どはこの『本土』出身なの。で、エルフやゴブリンやオークは、こっちの『無限大陸』に居た人種。まぁ、あなた達にしてみれば私達のような人間が侵略してきたってイメージかな」


 『本土』と言う言い回しを、シムリは初めて知った。そうすると、人間種族以外は全てこの大陸に住んでいた、と言う事なのだろうか?


「……もしかして、フェアリーもこの大陸の出身ですか?」

「フェアリー? さぁ……たまに『本土』にも無限大陸の町にも現れるらしいけど、彼らがどこから来たのかは誰も知らないわ。無限大陸のどこかに、フェアリーが集まって国を作ってる、なんて話も、うわさ話程度にはあるけど……」


 なるほど、とシムリはギィを振り返った。今は周囲の仲間とまた談笑している。

 ギィが探しているのは、自身のルーツ。片やゴブリン、片やフェアリー。いずれにせよ、この無限大陸に手掛かりがあるのは間違いない。黙り込んでしまったシムリを見てどう思ったのか、魔術師は首を傾げていたが、やがてシムリの肩を叩いた。


「そう言えば、名乗っていなかったわね。私はカバリ。勉強熱心なせいか、『ガリ勉のカバリ』なんて呼ばれている。風と地の魔術、それから占いを得意とする冒険者よ」


 言いながら、カバリは小さくウィンクをした。


「私の占いによれば、この仕事、あなたの近くに居るのが吉って出たの。短い間だろうけど、よろしくね」

「は、はい……」

「さて、ダンジョン突入の準備が整いましたよ。皆様、行きましょう!」


 先頭付近を歩いていた冒険者ギルドの職員が振り返って言った。

 なるほど、とシムリは密かに気を引き締めた。シムリの目の前に広がる広い鍾乳洞の入り口からは、既に汚染された空気が溢れ出していた。

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