第27話 事情説明と釈明とお守り

「我が娘カサブランカが大変ご迷惑をお掛けしました。既に嫁に出したミモザも我が娘ではございますが、この様な真似をするとは……カサブランカの方はまだ、体調がすぐれぬようです」


「そのようですな、ノートン子爵。王城の夜会で飲み物を掛ける……正常な淑女のすることではありません」


 お父様とパーシヴァル様はグルの筈だが、パーシヴァル様の言葉は鋭い。何より、困っているのが、控室に居る私の肩を抱き胸の中に収めながら会話されていることなのですが。


 しかし、大丈夫ですよ? とはとても言えない。今のカサブランカが何をするのか、私にもちょっと図りかねる。遅れてきた恐怖が、私の身体を小刻みに震えさせている。


 怒りのあまり興奮に息が荒くなり、顔を歪めているカサブランカの事をお母様が宥めるように隣に座り、私たちの間にはテーブルがあり、お父様は一人掛けのソファに掛けて真ん中に位置どっている。


「ミモザはもう私の妻です。結婚式はまだですが、書面上は。ちゃんと式を挙げ、教会に契約書を納めてから、ミモザはシャルティを名乗る事になりますが、身分の上ではすでに次期伯爵夫人……伯爵家の人間です。その彼女に、カサブランカ嬢はどうやら、夜会の席で……この盛大な夜会の席で、酒をかけようとしたと」


 本当なの? とお母様がカサブランカに訊ねている。カサブランカは奥歯を噛んで更に表情を歪める。


「そうよ?! 私が、姉が妹の不躾を躾直そうとしたに過ぎないわ。そんなに大ごとじゃないわ!」


「黙りなさい」


 お父様が今までになく厳しくカサブランカの言葉を否定し、パーシヴァル様と私に向き直って、深く頭を下げた。


「まだ、家から出すには早かったようです。せっかく誘っていただいたのに、シャルティ伯爵家、及び、王室の夜会でのこの無様……どのように詫びればいいか、暫く考えさせてください。今は、どうか、私の謝罪で一時お怒りを収めていただければ……いえ、子爵である私の謝罪でなど何も償えはしないと承知しております。それでもどうか、この通りです」


「……謝罪を受け容れましょう。ただし、後日正式な話し合いの場を設ける事。王室の方は父が事情説明をしているのでどうとでもなるでしょう。しかし、女性であろうと酒を相手にかけるなどというのは暴力行為です。近衛騎士団の一員として、以後カサブランカ嬢の王室に関わる社交場への出席の禁止を今ここで申し渡します」


「そんな権限……!」


「黙りなさいと言っているのが聞こえないのか。……近衛騎士団の最優先事項は陛下の、王室の身の回りの危険を排除することにある。お前はそれだけの事をしたのだとまだ認識できないのか? 彼は近衛騎士団の所属だ、権限はある。私の方でも、病状が安定するまで家から出さぬようにいたします。正式な謝罪は後日……本日は、捕らえることなく恩情を掛けてくださったこと、心より感謝いたします」


 パーシヴァル様とお父様の話のやりとりには納得がいった。生家の姉が嫁いだ妹に、という事でシャルティ伯爵も事を大きくせずに控室へと言ったのだろう。本来、王室の夜会での暴力沙汰など即座に捕らえられる。



 お父様の評判はまた下がってしまうだろう。それなのに、頭を下げている。パーシヴァル様と私が浮気ではなく本人であることを姉に知らしめてこれ以上恥を広めないように、という目的は達成されたが、余計に恥をかかせてしまった。


 私は、守ってもらうばかりで、弱い。なんと弱いのだろう。ロートン伯爵令嬢に守られ、今はお父様とパーシヴァル様に守られている。ロートン伯爵令嬢を守って夫人は彼女を送っていった。暴力を受けた人にハンカチを差し出す事しかできない。


 情けなさに泣きそうになった。だけれど、パーシヴァル様が私の肩を強く抱き寄せる。


「ノートン子爵、貴方は信頼に値する方だ。残念ながらご令嬢は状況が分かっていないようだが、それは『病のため』という事にしましょう。――私は近衛騎士団の一員であると同時に、ミモザの夫です。ミモザの騎士です。彼女を守るためならば……カサブランカ嬢? あまり、出過ぎた真似はしないように」


 私ははっとした。ハンカチと一緒にドレスのポケットに入れていた昨夜の紙片。


 守るべき者がいるから騎士であると。なら、私がいる事で、パーシヴァル様は『騎士』でいてくれている。


 今日は近衛騎士団としての参加では無いから、私の騎士として、夫としてこうして言葉で守ってくれている。私をこれ以上怖がらせないように。事が大きくならないように。ノートン子爵家に対して、騎士として振舞っている。


 カサブランカはパーシヴァル様の声の温度の冷たさにようやく感情を飲み込んだ。ぞっとするような冷たさがあったが、そこまでしなければ逆上し続けているというカサブランカもどうかとは思う。


 お父様は立ち上がってお母様とカサブランカを促すと、また深く頭を下げて裏口から帰っていった。


「……ごめん。君の騎士になる、守ると……昨夜誓ったというのに」


「謝らないでください、パーシヴァル様」


「しかし……」


「今、私を守ってくれました。……ロートン伯爵令嬢も確かに守ってはくれましたが、この場に一人では、お父様と私では姉の逆上は止められなかったでしょう。……パーシヴァル様は剣が無くとも、騎士として私を守ってくれました。お父様のこと……ノートン子爵家のことも。ありがとうございます」


 私はそのままパーシヴァル様の首に腕を回して思い切り抱き着いた。心音が早くなるのが聞こえて、なんだかそれが、逆に落ち着いて。


 こわごわと彼の大きな手が背に回されると、暫くそのまま、落ち着くまで腕の中に収まっていた。

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