1章24話 それは全てサンタのせい
「はぁ、憂鬱だ」
ベットに腰かけながら溜息を吐く。
今日もこの後はダンジョンへ行かなければならないらしい。半ば命令だとはいえ、伊藤さんのこともままならない状態で行くのは気が引ける。朝食の時だって伊藤さんは来ていなかったし。……残っていれば来たのかもしれないけど大袈裟なメサリアの演説なんて価値がないからなぁ。自分に酔っている奴の話なんて時間の無駄にしかならない。
まぁ、いざという時の指輪だ。
あの指輪が活躍してくれれば俺も勝手に行動が出来るからね。さて、二人で城を抜け出せるのは何時になるのやら。俺としては二週間以内が目安かな。少なくとも王国が画策している異世界人奴隷化計画とやらが行われる前、情報曰く俺達が最下層で戦えるようになったら腕輪で奴隷に近い状態にするらしい。それだけは避けたい。
仮にこの命令が下されてしまったら……。
その時はまたガチャ頼りかな。伊藤さんに関しては幾らか手はあるし。例えば刻印を打ち込むとかも一つの手かな。昨日のダンジョンの本で知った情報なんだけど奴隷は誰かの物であると他が奪えなくなるらしい。それこそ、奴隷化の腕輪なんて物を伊藤さんが付けたとしても元から俺の物、王国の物へ変わるなんてことはなくなるって感じかな。
まぁ、この本で一番に驚いたのはダンジョンから出る宝箱の中に奴隷があるからなんだけど。そのせいでダンジョンの本の中でも奴隷に関する話だけはハッキリと覚えている。……この世界だと人権も糞もあったものじゃないな。つまりは人として生きるのなら俺は奴隷にされないように努力しなければいけないみたいだ。弱肉強食なのは学歴社会の日本と変わらなさそうだね。
「おい、ショウ。いるか」
「はい、いますよ」
荒いノックが響いた。
うるさいノックと声からして……誰かはすぐに分かるな。というか、俺の部屋を訪れる人なんて3人くらいしか思い浮かばないし。伊藤さん、フィラ、そして……。
「おう、元気そうだな」
「それだけが取り柄なんで」
俺が元気じゃない理由なんてあるのか。
元気でもなければ本なんて読みにも行かないだろうに。本を読むのだって頭も体力も使うんだ。元気じゃなければ無理だね。即刻、俺はもう寝るって体を横にしている。それに読んでいた本だって学者が纏めた本だったし。読む難易度は普通より上だからな。
「何か用ですか」
「ああ、お前が喜ぶ報せがあってだな」
そう言ってグランが部屋から出た。
こんな時に鍵が付いていればかけていたものを。まぁ、付いていたら昨日の伊藤さんの寝顔だって見れなかったか。……ただ今更になって鍵がないのは怖いな。寝ている伊藤さんが襲われることはないのか。新島や池田が……いや、でも、今は取り巻きという贄がいるから大丈夫か。もし襲ってくるのであれば、その時は何も考えずに殺してしまおう。そっちの方が早い。
「おはよう、もう大丈夫そうなのかな」
「……はい、半日は寝ましたから」
静かなノックと共に人が入ってきた。
その子の目は未だに少し眠そうで、俺を見た瞬間に嬉しそうに笑みを浮かべている。気を抜いたら昨日の寝顔が思い浮かんで目を離せなくなってしまいそうだ。……髪をストレートにして眼鏡を外せば完璧だったね。そうなっていたら俺は多分だが残機を一つ減らしていた。
「……朝食……済ませました。ショウさんの言っていた通り早く食べ切りましたよ」
「別に俺がいない時くらいはゆっくり食べればよかったのに」
「一人で食べても楽しくないです」
なるほど、一緒が良かったと。
それは悪い事をしたな。待っていれば二人で談笑しながらの食事が出来たわけか。いやでも、それで赤鳥とかから何かされたら溜まったものじゃない。ゆっくり出来る部屋の方が談笑するには向いているかな。
「あの」
「うん?」
「怒って……いないですか」
怒る……って、何に対してだ。
俺が伊藤さんを怒る理由なんてないしな。怒る相手がいるとすれば数値だけを重視して、人の心を見ないようにしている王国のやり方だ。戦うことを強制された伊藤さんに対してあーだこーだと文句を言うつもりは無い。
「伊藤さんには怒っていないよ」
「でも、私……口だけで……」
「俺からすれば女の子らしくて好きだよ。これで最初から魔物を素手で殺していたとしたのなら多分だけど引いているかな」
そんな女の子がいてたまるか。
あ、いや、いてもいいんだよ。ただ伊藤さんのルックスや性格からして暴れ回っている方が合わないんだよ。こうやって徐々に徐々に戦えるようになっていく方が不思議じゃない。というか、守りたいだって俺がワガママを言っているだけだしね。意見で対立することはあっても口にした人を否定する気はサラサラない。
「人には人の成長があるんだよ。それを否定出来る人がいたとしたらそれは神様くらいかな。だってさ、人が過ごしてきた環境次第で成長の仕方は変わってくるじゃん。その環境を変えられもしない人が否定するなんて無理だよ」
つまり俺に否定する権利はない。
権利はないが……対立する権利はあるかな。いくら仲が良くても対立しないのは見せかけの友情でしかない。恋人でもそうだ、対立しないってことは相手のことを知ろうとしていないってことと同義だし。俺は伊藤さんを知りたいから幾らでも喧嘩するだろう。それで悪くなる関係ならゼロに戻した方がいい、足枷にしかならないからね。
「何度でも気になったら聞いてきていいよ。その度に同じことを言うから。俺は伊藤さんとパーティを組みたくて誘ったんだ。誘った本人が無理に誘われた人を悪く言うなんてある訳ないだろ。そんなことで怒っているのなら元より伊藤さんを守りたいだなんて言わない」
ということで暗い話は終わり。
これ以上、怒っているだのなんだの言われたら同じことを言うだけだ。女の子として好きなのかは分からないけど、少なくとも俺は伊藤さんを人として好きだ。……まぁ、この気持ちが好きなのか分からないだけで多分、俺は伊藤さんが大好きなんだと思うけどね。小説とかの表現通りの気持ちを俺は抱いているし、一緒にいたいとも思っているわけだからさ。
「分かってやれ、あれが男としての強がりだ。男は本当の気持ちを隠したがるんだよ」
「えっと……それは……」
あらら、何を想像したんだか。
伊藤さんの顔がボンッと真っ赤に染まっていた。何を頭に思い浮かべたんだろうね。恐らくは俺とは違って純粋な考えなんだろうけど……その相手は果たして俺なのだろうか。ううん、そこだけはすごく気になるな。もし相手がグランだったとしたら絶対に殴ってしまうな、うん。
「そういえば、これ……」
「えっと……綺麗な指輪だね」
「はい、目が覚めたら指に付いていたんです」
よかった、気がついてくれていたみたいだ。
刻印を打って中指にハメていたからね。さすがに気が付かない方がおかしいか。面と向かって渡すのは気が引けたからなぁ。それに女性にプレゼント自体、ってか、指輪を渡すこと自体に恥ずかしさを覚えてしまうからさ。こんなやり方をとってしまった。
「この指輪ってショウさんが……?」
「さあ、俺は知らないかな」
「……薄らとショウさんが見えた気がしたんですよ。悪夢を見ていた時に……誰かが優しく手を握ってくれて……その時に……」
おっと、それでバレていたのか。
確かに昨日、渡し方を考えている時に伊藤さんが魘されていた時間があったんだよね。その時に柄にもなく手を握ったりして……あー、ヤバイヤバイ。寝ているって思ったから大胆なことをしたっていうのに……いや、こうなったら奥の手だ。
「きっと頑張っている伊藤さんにサンタさんがプレゼントしてくれたんだよ」
んなわけあるか、と俺でも思う。
でも、良い感じの言い訳が思いつかなかったんだよね。薄らと見ていたのなら俺の顔も見ていただろうし……伊藤さんも軽く苦笑いしているから嘘だってバレバレだろうなぁ。あー、あんなことしなけりゃ良かったよ。
「サンタの割に……真っ黒な格好をしていますけどね」
「それもきっと夢だったんだよ」
「そういう事にしておきます」
そう言って伊藤さんは優しく笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます