第50話 彼と私の過去

 月天と紫苑の出会いは今から百三十年ほど前に遡る。


紫苑はもともと幽世にある鬼の一族の姫としてこの世に生を受けた。鬼の一族は種族の特性上、知性を持った上位の女鬼が生まれにくく当主直系となると数百年に一度生まれるかどうかだ。


紫苑は貴重な当主の血を引く女鬼だったが、母が人間ということで屋敷の中では侮蔑の目を向けられ母屋から遠い離れ座敷に母とともに幽閉にも似た環境で幼少期を過ごした。


紫苑には腹違いの兄がおり、その者の名前は白桜と言った。


 鬼の当主直系の血族のみに出る混じり気のない純粋な白髪はくはつに血を滴らせたような深紅の瞳を持ち、生まれてすぐに先祖返りの強大な力を授かった優秀な兄だ。


兄の母は紫苑の母とは違い純粋な女鬼であり、人間の分際で由緒正しき鬼の一族の当主の側室となった紫苑の母を目の敵にしており顔を合わせば力の弱い紫苑のことをなじった。


そんな冷え切った屋敷の中でただただ過ぎ去る日々を過ごしていたある日、紫苑の運命を変える出会いが訪れす。


それは紫苑が人の年齢でいう六歳前後の時に行われた白桜の七妖参ななようまいりの時だった。


◇◇◇


 紫苑と白桜はこの時はまだ似た容姿をしており、外部の者が見れば双子と見間違うほどだった。


唯一の違いはその瞳の色だ。白桜の瞳の色が全てを飲み込むような深い赤とするなら紫苑の瞳は儚くすぐに汚されてしまいそうな薄紅色の瞳をしていた。


この瞳の色の薄さこそ半妖の証拠と鬼の屋敷では紫苑のことは穢らわしい出来損ないの半妖と言われて育ったのだ。


しかし、兄である白桜だけは他の者と違い口数は少ないながらも紫苑のところに時折きてはお菓子をくれたり外の話を聞かせてくれた。


そんな白桜が神通力を高めるために妖狐の里に七妖参りを行うことになった。


 当初は白桜一人で妖狐の里の御当主の屋敷に行くことになっていたが、白桜が父に頼み込んで紫苑も一緒に連れて妖狐の里に行くこととなったのだ。


 妖狐の屋敷について七妖参りが始まると紫苑は屋敷で与えられた部屋から出ずに過ごしていたが、流石にそうずっとは部屋にこもってられずに白桜との約束を破り中庭を散策することにした。


中庭で見たことのないような美しい蝶を見かけ夢中になって追いかけているうちに紫苑は自分の与えられた部屋からかなり離れたところまでやってきていた。


「君……こんなところで何をしているの?」


そう言って現れたのは黒髪に黒曜石のような瞳をした月天だった。


月天は妖狐の御当主の側室の子として生を受けたが、熾烈な女たちの争いに耐えきれなかった月天の母は自ら屋敷の奥にある蔵に引き篭もりそこで月天を産んで生を終えた。


妖狐の当主の息子といえど、母に似て黒髪、黒い瞳と人間のような容姿をした月天はすぐに世継ぎ候補から外され役立たずの出来損ないとして蔵に閉じ込められていた。


そんな月天にとって生まれて初めて見た紫苑の容姿はとても眩しく、色褪せた月天の世界に色を与えてくれた。


 月天はすぐに紫苑のことが気になりとにかく少しでも長く一緒にいれるようにと紫苑が妖狐の屋敷に滞在する間、屋敷の者の目を盗み逢瀬を重ねた。


紫苑と月天はお互い似た境遇で育ったせいかすぐに打ち解け、二人で過ごす時間がこのまま永遠に続けばいいとさえ願った。


しかし、そんな幸せな日々は長くは続かず終わりを告げる。


当初の予定よりかなり早く七妖参りを終えた白桜と月天が中庭で出会ってしまったのだ。


白桜は激怒し自分の言うことに背いて月天と会っていた紫苑と、紫苑に好意を寄せる月天に術をかけたのだ。


結末は火を見るよりも明らかであり月天は白桜の術によって瀕死の状態に陥った。


しかし、月天のことを好いていた紫苑は月天をなんとか助けたいと強く願う一心で自分に宿る特別な力を使い月天を助けた。


紫苑の術によって命を助けられた月天は、術の作用のせいで大きく時が遡り妖狐の一族では珍しい先祖がえりの力を得て目を覚ます。


強大な力を持った月天と白桜の争いは当時の妖狐の当主であった天狐によってその場を収められた。


紫苑は月天を助けるときに今まで眠っていた本来持つ力を目覚めさせたため、その反動で深い眠りについたまま妖狐の里を去ることとなった。


◇◇◇


 妖狐の里での出来事を知り紫苑と月天を取り巻く環境は一変した。


月天は黒髪に黒い瞳だった容姿が変わり、妖狐の初代当主と同じ白銀の髪に黄金の瞳という妖狐らしい容姿へと変わった。


力も以前のような脆弱なものではなく強大な力を手に入れ、すぐに他の世継ぎたちを抜いて妖狐の次期当主として認められるようになる。


紫苑はというと、母の持つ特殊な力と鬼の当主が持つ力の一部を覚醒させたことで一部の重役たちから白桜の妻にと声が上がった。


 二人の環境が急激な変化を見せ始めた頃、紫苑の母はこのままでは紫苑がいいように利用されてしまうと危機感を感じ白桜の次期当主襲名披露が開かれる日に自分の残された力を使い紫苑とともに幽世から脱出することを決める。


白桜の襲名披露には各里の当主やその世継ぎが集まり、その中には月天の姿もあった。


月天は紫苑をどうにかして鬼の里から連れ出し二人でしがらみの無い穏やかな所に逃げようと期を伺っていた。


しかし、月天の計画は悲しいかな紫苑の母の計画により失敗に終わる。


月天が披露宴の宴席を抜け出し紫苑の幽閉されている離れに行った頃にはすでに紫苑の姿はなく、母とともに異界渡りをするために山にある神社へと向かったあとだった。



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