第47話


 「そんなにぐいぐい引っ張らなくても自分で歩けます!」


御当主様との謁見が行われた曼珠沙華の間から連れ出されて紫苑は夢幻楼の廊下を歩いていた。


正確には歩いているというより極夜によって引きずり回されていると言った方がいいのかもしれないが……。


「あ、そう」


紫苑が極夜に批難めいた視線を送ると極夜はあっさりと紫苑の両腕を自由にする。


紫苑は捻りあげられて拘束されていた両手をさすると、自分の前をすたすたと歩いていく極夜に慌ててついていく。


「これから私はどうなるんですか?幻灯楼へは戻れるんですか?」


前を歩く極夜に思ったことを全てぶつけてみるが何も聞こえていないかのように紫苑のことを無視してずんずん前へ進んでいく。


紫苑は仕方がないのでぶつぶつ文句を言いながらも極夜から離れないように後ろについていくと、一つの部屋の前で歩みを止めた。


廊下に面している障子には大きく月光花の紋様が描かれており、どうやら目的地はここらしい。


「入れ」


極夜は振り返るとぶっきらぼうに紫苑にそう言って障子を開け中に入るように促す。


紫苑は渋々従い部屋の中に入るとそこには身の回りに必要なものは全て揃っており、衣桁には以前呉服屋で宗介と選んだ振袖がかけられている。


「え!?これって……」


紫苑が極夜にこの着物はどうしたのか聞こうとするが、極夜はすでに部屋から出て行こうとしており紫苑のことなどどうでもよさそうだ。


「ちょっと待ってください!少しは説明していただけないと何もわからないのですが!」


流石にちょっと腹が立って極夜に強くいうと極夜はひどく面倒そうな表情をしてから深くため息をついて紫苑のそばに戻ってくる。


「今日からここが貴女の住む部屋だ。必要なものは全て揃っているし、何か用があればそこに置いてある鈴を鳴らせば側使えの者がくる」


「御当主様は私に一体何をさせるつもりですか?」


「それは月天様がきた時に直接聞けばいい。話は終わりだ、くれぐれも許可なく屋敷の中を出歩かないように。……これはお前のために言っているのだからな」


極夜はそこまでいうと今度こそ振り返ることもなく部屋を出て行った。


◇◇◇


 夢幻楼の中で紫苑が極夜と言い合っている頃、小雪たちが戻ってきた幻灯楼は慌ただしく見世の者たちが行き交っていた。


小雪は紅を抱えて自室まで戻ると凛に布団を敷かせて紅を横たえる。


「姉さん……紅は……」


凛が瞳に涙を浮かべてそういうと小雪は何も言わずに凛を抱きしめる。


凛が小雪の胸で声を殺して泣いていると、部屋に張った結界が揺らぐのを感じる。


簡易的なものとはいえ小雪が張った結界を壊してこの部屋に上がり込んでくるなど、かなり上位の妖怪だ。


小雪が素早く凛を後ろに庇い結界が大きく歪んだ場所を見つめると、徐々に裂け目のようなものができてそこから陽乃穢と見たこともない橙色の髪をした男が現れる。


「いやあ、急に来ちゃってごめんね」


橙色の髪の男は人懐っこい笑みを浮かべると遠慮することなく横たわる紅の隣に腰を下ろす。


「なるほどねぇ〜、月天もひどいことしやがる……いくら俺ら妖猫の一族は命が複数あると言ってもこんなに小さな子の命を一つ奪うなんて大人のすることじゃあないよね」


「琥珀様……小雪が困惑しています……まずは御身の紹介をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


琥珀と呼ばれた男はきょとんとした表情を浮かべると、悪い悪いと言って改めて小雪の方を見る。


「小雪、こちらは妖猫の一族の御当主であられる琥珀様です。先ほど夢幻楼であったことをお話ししたら力を貸してくださるというのでお連れしました」


小雪は訝しげな表情を浮かべつつも琥珀に軽く頭を下げると布団に横たわる紅のことを琥珀に聞く。


「紅は助かるのでありんしょうか?」


「あぁ、幸運にもこの子は俺の血を濃く継いでいるようだからね。見たところ幼いながらも三つの命を持っている。月天に討たれたのはその内の一つだから死んだ訳じゃないから安心してよ」


小雪は琥珀の言葉を聞きその場にへたり込む。


「……良かった……。本当によかった……」


小雪の後ろに隠れていた凛も話を聞いて思わず小雪に抱きつく。小雪と凛が抱き合って喜んでいると琥珀は少し気まずそうに話しかける。


「あの……喜んでるところ悪いんだけど、この子が俺の血を強く継いでいると分かればこのまま幻灯楼に置いておくことはできないんだよね〜もちろんすぐにとは言わないけど、この子の体調が戻ったら妖猫の里に引き取らせてもらうよ」


あまりにも急な話に小雪はなんて返せばいいのか言葉を失っていると、それを察してか陽乃穢が二人の間に入りとりあえずは紅のことをお願いしますと琥珀に言う。


「とりあえず、今の紅ちゃんの状態は仮死状態に近いから同じ妖猫である俺の妖気と神通力を分けて失われた命の代わりになる二つ目の命を繋ぎ直す。この処置が無事に終われば明日の今頃にはいつもと変わらず元気に走り回ってるよ」


そう言って笑うと琥珀は早速布団の上に横たわって冷たくなった紅の小さな手を握り呪文を呟きだす。


呪文とともに紅の身体の周りに小さな金色光が無数包み込むようにふわふわと漂いだす。


琥珀は最後に紅の体の上に呪印を刻むと先ほどまで紅の身体を包み込んでいた温かな光が紅の体の中へと吸い込まれるようにして消えていった。


琥珀の術が無事に終わると先ほどまで冷たく息をしていなかった紅の顔に血色が戻ってくる。


「うぅ……」


布団に横たわったままの紅は時々苦しそうに唸っているが、新しく繋ぎ直した命が体に馴染むまではどうすることもできないと琥珀が心配する小雪たちに言う。


「それで、夢幻楼では何があったのか聞いてもいいかな?」


琥珀は本題とばかりに小雪の方を向くと先ほど夢幻楼であった事の顛末の詳細を聞かせてほしいと言う。


小雪は気は進まないが紅の命を助けてくれた恩もあるのでできるだけ手短に夢幻楼であったことを琥珀に教えた。


「……ふーん。あの月天がねぇ〜……。ま、何があったかは分かったよ!教えてくれてありがとう、明日紅ちゃんが起きたらこの薬を飲ませてあげると良い、回復が早くなる」


琥珀はそう言って小雪に小さな包みを渡すと陽乃穢に曙楼の座敷に転移門を開くように命じる。


先ほどと同じように空間に亀裂が入るとその裂け目は大きくなり琥珀は振り返ることもなく転移門へと進んでいく。


「この度はありがとうございんした」


小雪は去っていく琥珀の背に再びお礼を言うと深々と頭を下げる。


琥珀は少し足を止めて親しい人に挨拶をするかのように片手を上げるとそのまま転移門へと姿を消した。


「小雪、分かってはいると思うけど今動くのは危険よ。時を伺って動きなさい、必ず機会は訪れるわ」


陽乃穢は小雪の瞳を真剣に見つめそういうと転移門の中へと消えていった。

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