第42話


 花車に揺られて大門の前までやってくるとすでそこには見世の者たちが準備に追われており、この日のためだけに用意された特別な引手茶屋のような見世が用意されている。


この見世は夢幻楼に登楼する際に必要になる様々な儀礼をまとめて取り行ってくれる所で、登楼する見世の数だけそれぞれ大門近くに妖狐の術によって姿を見せている。


「数日前にきた時には違う見世が並んでいたのに……」


すっかり様変わりしている大門付近の見世の様子に驚き紫苑は思わずあたりをきょろきょろと見回してしまう。


紫苑たちがいる幻灯楼用の見世は大門のすぐそばにあり、他には月紗楼と曙楼用に二つ同じような大きな見世が通りを挟んで建っていた。


「観月、あれをご覧」


小雪にそう言われて通りの向かいにある見世の方を見るとそこには仲之町張りのごとく禿二人を従えて優雅に煙管をふかす月紗楼の静那がいた。


「ふん、さすが夢幻楼への登楼も二回目となると余裕ってかい」


小雪がちらりとこちらを見て妖艶に微笑んだ静那の様子を見て少し苛立ちを表す。


「姉さん、月紗楼の静那花魁は夢幻楼へ行くのは二回目なんですか?」


「あぁ、そうさ。一昨年にも一度登楼しているが御当主様の顔すら拝めずに挨拶もそこそこに帰ってきたった話だけどね」


正直、ここから見るだけでも十分にその美貌がわかるのにこんな美女ですら袖にするとは妖狐の御当主様は一体どんな女性が好みなのだろう……。


小雪は静那のどこか挑発するような仕草に感化され見世の前に用意された座敷に腰をかけて通りを見やる。


「観月姉さん!小雪姉さんの後ろに控えるでありんす!」


凛と紅はすぐに小雪が静那に対抗して同じように通りに面した外の座敷に座ったのがわかるとすました顔で小雪の後ろに控える。


紫苑もすぐに凛と紅と一緒に小雪の後ろに控えると月紗楼の控える見世の前にできていた人集りが小雪に気付きあっと言う間に通りが妖たちで埋め尽くされる。


「見ろよ!幻灯楼の小雪花魁だ、いつもは仲之町張りなんてしないのに今日は俄初日だからか?」


「あっちは月紗楼の静那花魁だ!曼珠の園きっての花魁を拝めるなんて妖狐の御当主様には感謝だな」


 一目見ようと集まってくる妖たちは普段は滅多に見ることができない花魁たちの姿に感嘆を漏らしたり、目に焼き付けようと身体中の目を見開いたまま動かない者など多種多様な者が溢れている。


「幻灯楼の小雪花魁の禿は今年は三人か……なんでも一人は人の子だとか……」


「あの後ろにいるのがそうじゃないか?」


道に溢れる妖たちは小雪だけではなく後ろに控える紫苑たちにも興味があるようで思い思いの言葉を発している。


「月紗楼の禿は相変わらず愛嬌はないが美しい顔立ちをしてるな。あれは将来静那花魁を超える花魁になるかもしれないぞ」


「いやいや、幻灯楼の凛も負けてない。整った顔立ちと愛嬌があるからな」


 夢幻楼への登楼が始まるまではこうして一般のお客たちが一目上位の花魁たちや将来の花魁候補である引っ込み禿である凛や紅、紫苑たちを見ようと入れ替わり立ち替わり見世の前にやってくる。


しばらくすると向かえの月紗楼の一軒隣にある曙楼用の見世から陽乃穢花魁が禿を引き連れ姿を表す。


「そろそろ始まるね」


 時刻は逢魔時にさしかかりあたりは青白い空と血のような夕日が混ざり合い不気味な雰囲気を放ち、気づけば通りにはいくつもの玉菊灯籠が灯りを放ち仲之町はすっかり夏祭りのような雰囲気が漂っている。


曙楼の花魁達を眺めていると見世から錫杖を持った者と花魁道中で先頭を歩く者が出てくる。


先ほどまで小雪や静那の姿を一目見ようと人集りを作っていた妖達はすぐに曙楼の花魁道中が始まるのを察していい場所を取ろうと仲之町の両脇に列をなす。


「いよいよ始まるね、曙楼の陽乃穢花魁が出発して姿が見えなくなったら次は月紗楼の静那が出ていく。最後を飾るのがわっち達ってことさ」


小雪はいつも熱の籠らない冷めた瞳を珍しく爛々と輝かせて自分たちがこれから歩く通りを眺める。


「しかし、どの見世もここぞとばかりに良い着物や簪、帯を揃えてきたね」


小雪にそう言われて改めて他の見世の花魁達の装いを見てみると確かに遠目でもわかるほど豪華絢爛な打掛と帯を纏っている。


「宗介様には感謝だね。観月は一応禿とはなっているが年齢的には引っ込み新造でもおかしくはないからね、凛たちと同じ振袖じゃあ他の見世に見劣りしたかもしれないよ」


他の見世の花魁達に付き従うようにいるのは両見世とも人の年齢で言う六歳前後の禿だ。


もちろんどの子も恐ろしく顔立ちが整っており、着ている振袖もこの日のために特別に仕立てられたのが分かるほど上等なものだ。


曙楼の花魁達が太鼓の音に合わせて優雅に外八の字を踏み出し夢幻楼へと出発する。


(どうしよう……あんなに美女ばかりの中に私が混ざるなんて)


他の見世の花魁はもちろん禿たちも紫苑が今までの人生の中で見たことがないほどの容姿が整った者ばかりだ。


そんな美形の集団の中に自分のような凡庸な女が混ざっても許されるのかと今になって不安になってくる。


そんな不安に駆られている紫苑に気づいたのか凛と紅が紫苑にコソッと耳打ちする。


「姉さん、大丈夫でありんす!今日の姉さんは特別綺麗に仕上げてもらいんしたから決して見劣りすることはありんせん」


にかっと笑って紫苑を見る二人の笑顔に勇気づけられて気を取りなおし通りを見つめる。


しばらくすると月紗楼の花魁達が出発し、大門前の見世には幻灯楼を残すだけになった。


「よし、行くとするかぇ?凛、紅、観月。今宵の道中気張りなんし」


通りに出る前に見世の者による最後の確認がされて着物や化粧などおかしなところがないが入念に見られる。


全員の確認が終わる頃には通りに月紗楼の面々の姿はなく次の道中を飾る小雪達の出番を待つ妖達の視線だけがこちらに向けられていた。


先頭を歩く者が歩き出すと凛と紅がその後に続きその後ろに紫苑が並ぶ。


紫苑の後にはお付きの肩に手を置いて優雅に外八の字で歩く小雪の姿が続き、さらに道中傘、見世に所縁のある芸妓や舞妓が続く。


道中を飾る三味線や鼓の音色に合わせて一歩つづ紫苑達は進み、それにつれて道の両脇に集まる様々な妖達の話声が聞こえる。


「こりゃあ、今年は幻灯楼の仕掛けが一番見事だな」


「小雪花魁のあのすまし顔が堪らねえな。今年こそ御当主様も側女を召し上げるかもしれねえな」


傍から聞こえてくる様々な声などまるで聞こえないかのように小雪は一点、道の先にある夢幻楼だけを見つめ歩く。


紫苑は振り返って小雪の姿を確認したい気持ちになるがなんとか堪えて自分の前を歩く凛と紅の後ろ姿に集中する。


「あの禿は誰だ?」


「あぁ、ここ最近小雪花魁が禿にした人の子で観月というらしい」


「へぇ、随分度胸のある人の子だ。並の妖だって臆するこの場で堂々としてやがる」


歩いていると聞こえてくる自分を品定めしようとする複数の視線や声に思わず反応してしまいそうになるが、出発する前に小雪に言われたことをを思い出し気を張り俯きそうな顔をあげてまっすぐ前を見据えて歩いて夢幻楼を目指す。

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