第33話

 極夜に位置を教えてもらい急いで合流すると視線の先には上手く気配を消して妖の行き交う通りに身を隠して大門に向かう蒼紫の姿が見える。


このまま大門を出て行かれると面倒なことになる、白夜は蒼紫に対して幻術をかける。


「もし本当に奴が蒼紫ならば幻術はすぐに破られる、二人で一気に仕掛ける」


 白夜がいつもより低い声でそういうと隣に潜んだ極夜と視線を合わせて頷きあい、表通りから外れて何もない園の片隅へと消えた蒼紫を追う。


□□□


 すっかり妖たちの姿もなくなりあたりには稲荷神社の朱色の鳥居がいくつも立ち並ぶだけの園の中でも寂しい場所にいつの間にか蒼紫は立っていた。


幻灯楼に白夜と極夜の気配が近づいているのがわかり、気配を消し大門を目指していたのだが……どうやらまんまと狐に化かされたらしい。


「狐は化かすのが上手いとよく言いますが、青鬼である私を化かすとはただの雑魚というわけではないようですね」


いつの間にか蒼紫の背後に立つ二つの影にそう言い振り返る。


「まさかこんなところで憎き宿敵の蒼紫殿と会えるとは、これも月天様のお導きかな?」


 極夜が皮肉を込めてそういうと蒼紫は小さくため息をついてまだあの事を根に持っているとはさすが妖狐の一族と言ったところかな……と呟く。


その呟きを聞いた途端、白夜と極夜の殺気が先ほどと比べられないほど膨れ上がる。


「あの事……だと?その減らず口ここで聞けぬようにしてやるわ」


 白夜がそういうと極夜はすかさず手元で呪印を結び使役する呪詛を呼び出す。白夜は言い終わると同時に火力を増した狐火を蒼紫を取り囲むように放った。


蒼紫は自分を取り囲むように燃え上がる狐火と背後から忍び寄る禍々しき闇を纏ったおぞましい姿の呪詛をちらりと視界に入れるとすぐに変化を解き懐から呪符を取り出す。


「やれやれ、あまり派手に暴れるなと言われているんですがね」


 蒼紫はそのまま呪符に一滴自分の血を落とすと口に咥えて素早く印を結ぶと札が勢いよく燃えあがり蒼紫の背後に迫る極夜の呪詛の前に立ちはだかる。


「あれは、牛鬼……」


「よりにもよってこんな街の近くに牛鬼を呼び出すなんて相当イカれてるね」


 冷静に蒼紫の呼び寄せた妖の正体を見据えた白夜に対し、極夜はこのまま交戦が続くと園全体に被害が出てしまうと思いどうにか牛鬼を滅する方法はないか辺りを見回す。


極夜の使役する呪詛と牛鬼は激しくぶつかり合い、牛鬼の撒き散らす毒液で神社の鳥居はじゅうじゅうと音を立てて腐食していく。


蒼紫はその隙に狐火を自分が放った鬼火で一部相殺させると白夜と極夜目掛けて太い針のようなものを投げつける。


間一髪で蒼紫から放たれた針を避け立ち上がると針は白夜と極夜を取り囲むように円陣を描き地面に突き刺さっており二人が円を出るよりも早く呪術が発動する。


「すまないね、ここであまり時間を取られるわけにはいかないんだ」


蒼紫が地面に描かれた呪術の効果でその場より動けない二人を横目に大門の方へと駆け出すが目の前の通りにゆらめく影を見つける。


「参ったな……月天様が出てきたとなると私も本気を出さないとまずいですかね」


 月の光を反射して煌めく瞳には苛烈なものが宿り、今にも目の前の蒼紫を切り裂かんばかりの殺気が辺りに漂う。


「久方ぶりだな蒼紫。あの日以降お前の事を考えない日はなかったよ」


ゆっくりと歩み寄ってきた月天の顔を見て流石の蒼紫も背中が泡立つのを感じる。


 月天がゆったりとした仕草で右手で軽く空を斬るように左から右へと動かすとほぼ同時に蒼紫の体に鋭い痛みが走る。


痛みを感じた腹部の辺りを見るといつの間にか切り裂かれたように腹部から血が滲み出てくるのが見える。


(呪印はおろか術を使った様子さえ分からなかった……神通力を呪印で抑えられているにも拘らずにこの力……やはり私ごときでは敵わないか)


 月天が今度は左手を目の高さほどに持ち上げるのを見て蒼紫は白桜から万が一の時に渡されていた呪符を発動させる。


その瞬間蒼紫の足元が強く光ったかと思うと大量の桜吹雪が巻き起こり蒼紫の身を包み込む。


月天が忌々しそうに桜吹雪に対していくつか術を打ち込むが桜吹雪は勢いを緩める事なく天高く舞い上がる。


桜吹雪が収まると先ほどまで目の前にいたはずの蒼紫は既にそこに姿はなく地面に桜の花びらだけが残っていた。


蒼紫が消えると同時に白夜と極夜を足止めしていた術が解け、二人は急いで月天の元へ駆け寄り跪拝する。


「月天様、申し訳ございません。御身にこのような場まで足を運ばせるとは」


 白夜は苦しそうな表情をして深々と月天に頭を下げるが、月天は二人を気にする様子もなく白夜と極夜二人の背後に迫る牛鬼に視線をやると手に持った扇子を開き扇子に乗せるように一息牛鬼に向けて言の葉を放つ。


月天が扇子を閉じるのと同じくし、こちらに迫っていた牛鬼の体に無数の目が浮かび上がると同時に断末魔をあげて牛鬼は滅せられた。


白夜と極夜は頭を下げたまま動かず月天の言葉を待つ。


「もうよい。上ノ国に戻るぞ、話はそこで聞く」


 月天がそう言うと月天たちを覆い隠すように靄がかかりはじめ辺り一面を覆い隠す。


靄が晴れるとそこには倒壊したいくつかの鳥居が転がるだけで既にそこには何者の姿もなかった。

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