第17話 エピローグ:生徒会室より愛を込めて

 プロポーズから数日後。

 俺と優愛ゆあは生徒会室に呼ばれた。


 執務机には三上みかみ会長が座っていて、窓からは明るい陽射しが差し込んでいる。


「さて、今日お前たちを呼んだのは他でもない。俺の生徒会もそろそろ役員メンバーを揃えなきゃと思ってたところなんだ」


 執務机の前に並んで立っている俺たちを、いつもより威厳のある視線が見つめる。


「役員は会長――つまりは俺からの指名制だ。で、今日は庶務と副会長を選出する」


 副会長、という響きに隣の優愛が『来た!』と沸き立っているのが気配で分かった。

 三上会長が厳かに口を開く。


「まずは藤崎ふじさき――いや優愛、お前に庶務を任せる」

「はいっ! 任せて下さ……えっ」


真広まひろ、お前は副会長だ」

「あー……はい、了解です」


「ちょっと待ってぇ!?」


 会長の言葉を聞いた瞬間、そうなるだろうなと思ったけど、案の定、やっぱり優愛が叫んだ。


「わたしが庶務ですか!?」

「ああ、お前が庶務」


「それで真広が副会長!?」

「おう、真広が副会長」


「どうして!? なんでわたしじゃなくて真広が副会長なんですか!?」

「気に入ったから」


 気に入られてた。

 初対面の時にもこの生徒会室で『気に入った!』とは言われていたけども、正直だいぶ嬉しい。


 身も蓋もない選出理由に優愛はもはやなんと言ったらいいか分からないらしく、お怒り顔のまま固まって『……っ』と口をパクパクさせている。


 一方、俺は控えめに挙手。


「ええと会長、質問いいですか」

「いいぞ。なんでも言ってみろ」


「俺が副会長っていうのはありがたいですけど……」

「……!」


 ギンッ、と優愛に睨まれた。

 こわっ。


 とりあえずスルーで続ける。


「副会長は如月きさらぎ先輩じゃないんですか?」

「あっ、確かに」


 睨むのをやめて、優愛も今気づいたと言うように目を瞬く。


 三上先輩が生徒会長で、如月先輩が副会長。

 この生徒会はそういうメンバーなのだと俺も優愛も思っていた。


「ん? 唯花ゆいかは別に生徒会のメンバーじゃないぞ?」

「「えっ」」


 メンバーじゃない?

 副会長以外の役職というわけでもなく、そもそもメンバーじゃない?


 呆気に取られていると、会長の後ろに立っていた如月先輩がひょっこりと顔を出す。


「あたしはね、奏太そうたがここでお仕事してるから一緒にいるだけだよー?」

「い、一緒にいるだけ……?」


 優愛が茫然とつぶやき、直後にハッと声を上げる。


「そういえば唯花さんが仕事してるとこ見たことない……!」


 なんということだろう。

 今まで当たり前のように生徒会室にいた如月先輩だけど、別に生徒会のメンバーじゃなかったようだ。


 が、当のご本人はなぜか自慢げ。


「強いて言うならば、あたしは会長を超えし者。超会長ってところかな! みんな、敬っていいよ!」


「いや敬うかどうかはともかくダメですよ、唯花さん! 生徒会室は一応生徒会が運営するものなんですから、部外者が当たり前に居座ってたら他の生徒に示しがつきません!」


「んー、別にいいんじゃないか? 唯花がいた方が俺も仕事がはかどるし」

「そーそー。むしろあたしが奏太のエネルギー源になってあげてるんだよ、ゆーちゃん」


 そう言って、三上会長に後ろからぎゅーっと抱き着く如月先輩。

 で、会長は『というわけだ』という顔でサムズアップ。


 問答無用のイチャつきぶりに優愛は再び口をパクパクさせて言葉が出ない。


 しかし。

 思い出してみると、俺が悩んでいる時、見つけてくれたのは如月先輩だった。

 

 三上会長と俺がプロポーズにパレードなんかをしようと考えた時、止めてくれたのも如月先輩だった。


 仕事をしてるところを見たことがない、と優愛は言ったけど、如月先輩は要所々々で大切な動きをしてくれていた気がする。


 生徒会に出入りしつつも自由に動き、時にはストッパーにもなってくれる如月先輩の存在は組織的にも結構重要なのではないだろうか。


 色々と規格外な三上会長を止められるという意味では『会長を超えし者』というネーミングも間違ってはいない気がする。


「俺はいいと思いますよ、超会長」

「まーきゅんが一票入れてくれた!」

「ふっ、さすが俺の見込んだ男だな」

「う、裏切り者……!?」


 愕然とした顔で優愛がこっちを見る。

 こわっ。普通にこわっ。


「ちょっと真広っ、どういうつもり!? なんでわたしに賛成しないの!?」

「や、よく考えたら如月先輩のポジションはこの生徒会に必要だと思ったから」


「そういうことじゃないの! 真広はいつだってわたしの味方でいるべきなのよ! 違う? 違わないわよね? はい、訴訟!」

「理不尽過ぎない!?」


 ジャイアニズムのごとき強引さだった。

 まあ、優愛はガキ大将というより女王様といった感じだけれども。


「というわけで副会長の座はわたしに明け渡しなさい。代わりに庶務をやらせてあげるから」

「だから理不尽過ぎない!?」


「いいのよ。わたしの物はわたしの物、真広の物はわたしの物なんだから」

「やっぱりジャイアニズムだった!」


 そもそも役職は会長の指名制なんだから勝手に取り替えられるものじゃないと思う。

 それに。


「俺、副会長やりたいから取り替えてはあげられない。ごめんね」

「な……っ」


 生徒会に入りたいなんて思ったこと、俺は一度もない。


 でも今日、優愛と一緒に三上会長に呼ばれた時、なんとなく入れられるのかなと思った。


 そして、もし誘われたらやろうと決めていた。

 なぜなら。


「俺、三上会長みたいになりたいんだ」


 憧れの人に近づきたい。

 そのためならなんだってしたかった。


 しかし次の瞬間、優愛と如月先輩が同時に激しく反応した。


「やっぱり浮気ーっ!」

「ゆーちゃん、ステイ! それは浮気とは違うから!」


 男子たちは『え、浮気? なんで?』と首をかしげるばかりである。


 優愛に襟首を掴まれ、俺はがっつんがっつん揺すられる。


「なんで三上会長なの!? なりたいのなら、わたしにしときなさいよ! 真広はわたしになりたくなりなさいよーっ!」

「どういうこと!? 俺が優愛になるの!? なんかそれ違くない!?」


「違くなーい! だいたい三上会長みたいになりたくて副会長になるって、それってつまり将来的に生徒会長の座も見えてくるわよね!?」


「……あ、うん、見えてきてるかも。三上会長の背中を追って、俺も生徒会長になりたくなってきてるかも」


「裏切者ーっ! 真広の裏切者&浮気者ーっ!」

「だから浮気者っていうのはなんなのさ!?」


 一年生たちは叫び続ける。

 その前では先輩たちが涼しい顔。


「まったくもう。奏太は罪作りな男なんだから」

「はっはっは。いやー、照れるぜ」


 一方、優愛は猛然と俺に詰め寄り中。


「だいたいわたし、生徒会長になれないと跡継ぎの権利剥奪なんですけどぉ!? その辺ちゃんと分かってる!? ねえ分かってる!? 責任取れる!?」


「ああ、大丈夫。それなら問題ないよ」

「えっ」


 襟を掴んでいる優愛の手をすっと握る。


「俺は全身全霊であらゆる責任取るつもりだから」

「あう……っ」


 そうでした、という顔で勢いを失くす優愛。


 プロポーズの後、俺は優愛と一緒に正式にご両親に挨拶にいった。

 

 おっとりしたお義母さんは『まあままあ、おめでたいわぁ』と歓迎してくれて、お義父さんも『分かった。今日から君は私の息子だ!』と許しをくれた。


 ただ、実を言うと、まだ籍を入れる段取りはついていない。

 優愛は以前に権力でどうにでも出来ると言っていたけれど、それ以前の問題が発生してしまった。


 ウチの母親だ。


 優愛の両親に挨拶をした後、もちろん俺の方の親にも報告をした。

 離婚して別居している父にはまた後日言うことにして、まずはウチの母親に二人で報告したのだけど。


『あなたたちはまだ学生でしょう? まずはちゃんと学校を卒業すること。結婚については成人して仕事にも就いて、ちゃんと生活基盤を整えてから考えなさい』


 まさかのド直球な正論で止められてしまった。


 いつも『早く優愛ちゃんにお嫁にきてほしいわぁ』と冗談めかして言っていた母なので、いざこうして真面目な大人の対応をされると、さすがに俺も優愛も大人しく耳をかたむけざるを得なかった。


 それに離婚を経験している人の含蓄というのもある。


 結果、俺と優愛はまだ結婚には至っていない。

 でもお互いの両親には報告済みなので、婚約者だとは胸を張って言える。


 だから責任は取れる。

 全身全霊で取れる。


 生徒会長の件もそうだ。


「俺が生徒会長になって、そのせいで優愛が跡継ぎの権利を剥奪されちゃったら、俺が藤崎グループの会長になるよ」

「会長!?」


「うん、それで優愛に社長になってもらう」

「そ、そんな無茶苦茶なこと……っ」


「やってみせる」

「今の真広なら本当にやりそうで怖いわね、もうーっ!」


 俺がお義父さんに認めてもらえたことが、優愛のなかではだいぶ大きいらしく、おかげで色んな発言に説得力を感じてもらえるようになった。


 手を握られたまま、優愛は「う~っ」とうなる。


「じゃあ、ライバルよ! 言っとくけど、わたし、真広のおこぼれで社長になる気なんてないからねっ。あなたが生徒会長を目指すのは結構だけど、このわたしに勝てるなんて思わないことね!」


「分かった、じゃあライバルだ。口に出してみて実感したよ。やっぱり俺も三上会長の跡を継いで、生徒会長になりたい。優愛にだって負けないから!」


「ハッ、いい度胸ね! 掛かってきなさい! このわたしの才能に触れ伏すといいわ!」

「望むところだ! 圧倒的な個だけが力じゃないことを俺が証明してみせる!」


 火花のように視線が交錯。

 握った手を間に挟んでお互いに睨み合う。


 ……と、顔を近づけ過ぎた。


 唇が。

 気になる。


「「……!」」


 二人同時に意識してしまった。


「ど、どこ見てるのよ……っ」

「い、いやどこって言うか……っ」


 艶めいた唇。

 間近で見て、リップを塗っているのが分かった。


 優愛は元の顔がいいからこれまで化粧っけは少なかったはずだけど……。


「リップなんて今まで塗ってたっけ……?」

「……っ。そ、そういうことは気づかなくていいの……っ」


 唇を隠すようにうつむく。

 でも手を握っているから距離はそのまま。


 優愛は視線をさ迷わせ、やがて逃げられないことを悟ったのか、小さな声でつぶやいた。ほのかに頬を染めて。


「……だって、いつそういう雰囲気になるか分からないし……準備ぐらいするわよ、女の子だもん」

「……っ」


 可愛すぎてクラッときた。


 両親への挨拶などで忙しかったこともあって、プロポーズの日にキスして以降、俺たちは恋人らしいことを何もしていない。


 でも意識してなかったわけじゃない。

 晴れてまた恋人になれたんだ。

 俺はずっと優愛とそういうことをしたかった。


 そしてそれは優愛も同じだったらしい。

 嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。


「えっと、あのさ……優愛」

「……っ、な、なによ」


 名前を呼ぶと、ビクッした。

 そんな反応がまた可愛かった。


 どう言えばいいだろう。

 お互いの気持ちはもう分かっている。


 でも変に直接的な言い方をしたら、優愛を照れさせてしまってあらぬ方向にいってしまうかもしれない。


 慎重に言葉を選び、俺は口を開く。


「また、甘えてほしいな」

「…………」


「ダメかな?」

「…………いいけど」


 予想外に素直な言葉。

 優愛は照れくささを隠すように身じろぎする。

 そして。


「真広……」


 上目遣いで見つめてくる。

 明るい髪が頬のそばでさらりと揺れた。



「……キスしてほしいの」



 もう瞬時に体が動いた。

 手を引っ張り、腰を抱き寄せる。


 優愛の髪が宙を舞い、俺たちは――唇を重ねた。


 窓からの陽射しが暖かい。

 カーテンを揺らし、柔らかな風が吹き込んでくる。


 思い浮かべるのは、以前の自分。

 両親の離婚を経験し、一度は優愛と別れることになり、俺はずっと思っていた。


 大切な想いは風化し、やがては錆びついてしまう、と。

 永遠なんてどこにもないんだ、と。


 だけど、今だからこそ思う。


 この手には無限の可能性がある。

 多くの仲間と力を合わせ、強い意志で踏み出せば、必ず道は拓いていく。


 想いが風化するかも、錆びついてしまうかも、すべては自分たち次第だ。

 永遠は俺たちの手で作るんだ。


「優愛、クリスマスイブの夜、言ってくれたよね。俺を絶対幸せにするって」


 指と指を絡ませ、俺は心から笑みを浮かべる。


「なれたよ。俺、幸せになれたよ。君がここにいてくれるから、幸せになれたんだ」

「真広……」


「だから今度は俺が君を幸せにする。一生掛けて、絶対幸せにしてみせるから」

「……生意気」


 彼女からもこぼれるような笑み。


「言っとくけど、あなたはもーっと幸せになるのよ? わたしの本気はまだまだこんなもんじゃないんだから」


 絡めた指先がきゅっと握られる。


「だから勝負よ。どっちが相手をより幸せにできるか、一生掛けて勝負してやるわ」

「じゃあ、この件でもライバルだね。負けないよ」

「ええ、見てなさいよ」


 微笑みながら見つめ合う。

 またキスしたくなってきた。


 今度はどっちも言葉を発さない。

 自然に瞼を閉じ、どちらともなく唇を近づけていく。

 そして――。


 先輩カップルが超ニヤニヤしていた。


「おいおい、若人たちよ。生徒会室でイチャついてんなよー?」

「やれやれ、これだから最近の若者は、だねー」


 うわしまった先輩たちがいたんだ、と焦る俺。

 恥ずかしさで大爆発する優愛。


「ああっ、この世で一番『どの口が言ってんの』的な人たちにからかわれたーっ!」


 頭を抱えて、盛大に身をよじるウチの婚約者さん。

 先輩たちがいるのを忘れてイチャついてたとか、さすがに俺も恥ずかしい。顔から火が出そうだ。


「あー、気にしないで続けてくれ。なんなら俺と唯花は外に出てるぞ?」

「あとはお若いお二人で、って奴だねっ。がんばれ、まーきゅん!」


「いや頑張りません。何も頑張りません。……ほら、優愛も床に突っ伏してないで立ち上がろう」

「うぅ、このわたしが揚げ足を取られるなんて。まるでポンコツになったみたい……」


 ……や、君はちょいちょいポンコツだよ?

 というのは火に油を注ぎそうなので黙っておいた。


 まあ、そんなこんなんで。

 俺と優愛は正式に生徒会の一員となった。


 ちなみにこの日から数か月後。

 彩峰高校初のダブル生徒会長が誕生するのだけど、それはまた別のお話。


「……あ」


 突っ伏した優愛を引っ張り上げようとすると、その指先が陽射しのなかできらりと光った。


「なに?」

「いや……」


 あの日からいつも付けてくれていることを実感してつい口角が緩む。


「似合うなぁ、と思って」

「あら、当たり前でしょう?」


 優愛も頬を緩めた。


「あなたが贈ってくれた物だもの。わたしに似合わないわけがないじゃない」


 暖かい生徒会室のなか。

 唇に弧を描いて。

 先輩たちには聞こえないような小声で。

 彼女は囁く。


「ありがと。大好きよ、真広」


 その薬指には俺が全身全霊であらゆる責任を取るという証――ダイヤの指輪が輝いている。



 ………………。

 …………。

 ……。



 また会えたら結婚しよう。

 そう約束して一週間でバッタリ再会しちゃった俺たちは。


 未来の結婚に向け、今日も肩を並べて歩いています。

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また会えたら結婚しよう、と約束した元カノに一週間でバッタリ再会しちゃった件 永菜葉一 @titoku

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