第13話 スマホで作戦会議をしてみよう

 生徒会室にいるところを優愛ゆあに見られてしまった俺なのだけど、幸いどうにか誤魔化すことができた。


 具体的には『なんで真広がここに?』という優愛に対して、如月きさらぎ先輩と三上みかみ会長がすかさず、


『あたしが見つけて!』

『俺が拾ってきた!』


 とワケの分からないことを言ってくれたので、戸惑いつつも俺も乗っかり、


『ひ、拾われてきた……』


 と言ったところ、


『生徒は雨の日の捨て犬じゃないんですよ!? 用もないのにほいほい拾ってきちゃダメでしょう!?』


 と優愛がお説教を開始し、なんとか有耶無耶にできたのだ。


 まさかあの藤崎ふじさき優愛をコントロールできるなんて。

 先輩たちの手腕には脱帽だった。


 いやまあ単純に優愛のお説教を聞かされ慣れてて、それを活用しただけなのかもしれないけれども。


 そして夜。

 こっそり連絡先を交換しておいたので、メッセージアプリにグループを作って先輩たちが作戦会議をしてくれることになった。


 自室のベッドに座り、俺は三上会長と如月先輩とやり取りをしている。


『とりあえず藤崎の誕生日が10日後か。決行日はそこで決定なんだな?』

『はい。先延ばしにはしたくないんです。今の俺の気持ちを今の優愛に真っ直ぐ伝えたい』


『いいねいいねっ。くくく、ゆーちゃんの幸せ者めー。うらやましー!』

『なにっ? 待て待て、俺だって唯花ゆいかのことをいつも想ってるぞ!』


『えっ。な、何言ってるのよもう! ……そ、そんなの分かってるし』

『お、おう。そうか』


『そうだよー』

『な、ならば良し!』

『……ばか』


 ……なんだろう。

 先輩たちが勝手に脱線して、勝手にイチャつき始めた。


 えーと、俺もいるんですが?

 スマホの画面から砂糖がこぼれてきそうなんですが?

 こんな時、後輩はどんな顔してればいいんですか?


 悩んだ末、とりあえず優愛みたいにツッコむことにした。


『あのー、先輩方、そういうのは家でやってもらっていいですか?』


『ん? 俺たちは同じ家にいるぞ?』

『あたし今、奏太の部屋にいるよー。家族公認だから寝るまでに帰ればいいの』


 いや家にいるんかい!

 っていうか、家族公認て。


 どういうカップルなんだろう、この人たち……。


 もしかして優愛は生徒会室にいる間、ずっとこの無自覚なイチャイチャにさらされてるんだろうか。


 なんて過酷な環境なんだ。

 生徒会長への道はこれほどまでに厳しいのか。


 ……うん、とりあえずこっちで話を戻そう。


『10日後に優愛に時間をもらってます。でも色々準備をしようにも資金も時間も足りなくて……』


『確かにな。10日じゃパレードも出来ないし、街をショーアップするのも難しいな』


 会長のそのコメントにハッとなった。

 俺は高速で返信する。


『やっぱりパレードをやったり、ショーアップで街ごとエレクトリックにしたりって必要ですか!? 必要ですよね!? 俺もそうだと思ってたんです!』


 相手はあの藤崎グループのお嬢様だ。

 ただのプロポーズでいいはずがない。


 たとえば大勢スタッフを集めて豪華なパレードで優愛を迎えたり、街を丸ごとショーアップして特別な雰囲気を演出したり、俺のような一般人にはちょっと理解できないようなプロポーズをする必要があるのかもしれない。


 そんな危惧を俺もずっと抱いていた。

 今の三上会長の言葉はまさしくそれを肯定するものだった。


真広まひろ、お前の考えは正しい。プロポーズは一生に一度のことだ。俺たち男にはそれをフルスロットルでやり遂げる責務がある。パレードやショーアップはマストで必須だ』


『くっ、分かっていたことだけどハードルが高いです……!』


『分かるぞ。でもやらなきゃならない。じゃなきゃ、一生を添い遂げるって覚悟を示すことが出来ないからな』


『確かに……! やっぱりパレードやショーアップはマストで――』


『必須だ』

『必須ですね』

『ちょっと待ったー!』


 謎のキャラクターがコークスクリューパンチを放ってるスタンプと共に、如月先輩がカットインしてきた。


『止まりなさい、男子たち! 揃いも揃って何を言ってるのかね!?』


 お怒りのスタンプと一緒に如月先輩のコメントが連投されていく。


『パレードってなに!? ショーアップってなに!?』

『そんなことしなくても気持ちと覚悟は伝わるから!』

『ちゃんと言葉で言ってくれれば分かるよ、人間だもの!』

『普通でいいから普通で! 普通にして!』


 男子たちは戦慄した。

 まったく予想外のお言葉だった。


『なん、だと……!?』

『ふ、普通でいいんですか……!?』

『いいよ!? むしろ普通じゃないプロポーズなんて軽くトラウマになるよ!?』


 い、言われてみれば確かに……っ。

 しかしまだ納得しきれない。


『でも如月先輩、優愛は大企業の社長令嬢なんです。プロポーズにもきっと相応の豪華さが必要だと思うんです』


『不安な気持ちは分かるけれども! でもね、お聞きなさい、まーきゅん』


 まーきゅんって誰だ。

 あ、俺か。


 真広でまーきゅん。

 優愛がゆーちゃんみたいなものだろうか。


 三上会長が俺を身内認定したらしいので、それにによって如月先輩のなかでも俺は身内になったらしい。


『あたしね、実はゆーちゃんとおしゃべりしたことあるの。プロポーズされるならどんなシチュエーションがいいかなぁ、って話題で』

「――本当ですか!?」


 勢い余ってビデオ通話のボタンを押してしまった。

 トークゾーンから切り替わり、私服の如月先輩が画面に映る。


「うむ、本当だよ」


 とくに驚くことなく、先輩は厳かに頷いた。


 着ているのは学校のジャージだった。

 でもサイズが合ってない。


 全体的にちょっとダボっとしていて、袖からも指先がちょこんと出ているだけ。

 あと名札に『三上』と書かれている。


 ……彼氏ジャージだった。


 すぐ真後ろに三上会長っぽいものが見える。

 つまり画面に映り込むくらい密着していた。


 どうやらこの人たち、後ろ抱っこ状態で後輩とメッセージしていたらしい。


 優愛、君の日々の苦労が分かった気がするよ……。


 次々とイチャイチャをぶつけられ、ちょっと気が遠くなりそうだった。

 ビデオ通話のボタンを押しちゃったのは俺なんだけども、それにしてもである。


 しかし折れている場合じゃない。

 頑張れ俺、と自分を叱咤し、先輩に尋ねる。


 ちなみに三上会長は「パレードもショーアップもいらないのか。将来のために町内会に根回ししといたのに、どうしよう……」と放心していた。


 うん、ちょっとそっとしておこう。


「如月先輩、優愛はどんなプロポーズがいいと……?」

「それは言えないよー」


 ほにゃっとした笑顔で言い切られた。


 そんな。

 せっかくの値千金の情報なのに……!


「あたしから言えることは一つだけ」


 そう囁き、きれいな黒髪がさらりと揺れる。

 とても優しい眼差しだった。

 

 後輩の俺を導こうとしてくれている。

 その意志が瞳から伝わってくる。


 旅人を照らす月のように柔らかく、如月先輩は微笑む。


「君が一番してあげたいことをしてあげて。それがゆーちゃんにとって一番嬉しいことのはずだよ?」

「俺がしてあげたいこと……」


 言葉が素直に胸に沁み込んできて、俺は自分の心に目を向ける。


 優愛と出逢って。

 付き合って。

 別れて。

 でもこうして再会できて。


 そんな今日までのことを想う。


 すると、自然に一つのことが浮かんできた。

 それはとてもありきたりなことだけど、俺たちにとっては大切なことだと思えた。


「決まった?」

「はい」


 先輩の問いかけに深く頷いた。


「俺、ちゃんと形にして贈りたいです。だから――」

「なるほど」


 三上会長が復活してきた。「およ?」と言う如月先輩の横から顔を出し、画面を覗き込んでくる。


「形にして贈る、か。じゃあなんにせよ、まとまった資金が必要だな? それもあと10日のうちに」


 だったら、と会長。


「俺がバイト先を紹介してやる」

「――! 当てがあるんですか?」


「おう。上手くやれば、ちょっとした物が買えるぐらいは稼げるはずだ。ただし」


 画面越しに、にやりと笑みが浮かぶ。


「えげつないくらい厳しいぞ?」

「望むところです!」


 前のめりになって画面を覗き込む。


「どんなに厳しくてもやります! 優愛にちゃんと気持ちを届けたいんです! ぜひ紹介して下さい。お願いします!」


 スマホにぶつかりそうな勢いで頭を下げた。

 任せとけ、という会長の言葉がすぐに聞こえた。


 そして翌朝。

 夜明け前に校庭で会長と待ち合わせし、プロポーズに向けた俺のバイトが始まる。

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