新9話 突然ですが、唯花さんのめやすばこー!
俺は今、スマホを片手に学校の廊下を歩いている。
時刻はすでに放課後。
昨日言っていた通り、優愛は生徒会の手伝いにいった。
一方、俺は朝からずっとスマホとにらめっこしている。
「……短期間で高収入……週5から……ダメだ、学校あるからシフトに入れない……ん、土日のみ? 治験? これなら……! って、20歳以上からかっ。くそ……っ」
本当は歩きスマホなんてよくないんだけど、今はどうしても画面から目を離せなかった。
なんせ時間があまりに足りない。
条件に合うバイトを見つけて、出来るなら今日からでも働きたかった。
「約束した日まであと10日……」
昨日、俺は優愛に『大事な話があるんだ』と切り出した。
しかし話の内容についてはまだ伝えていない。
代わりに11日後……一夜明けたから正確には今日から10日後のある日に話をするための時間を作ってほしいと頼んだ。
優愛は不思議そうな顔をしながらも快諾してくれた。
なので、その決戦の日に向けて、俺は諸々の準備をしなくてはいけない……のだが。
「くっ、やっぱり時間も資金も圧倒的に足りない」
相手は
彼女に見合うだけの準備をしようと思ったら、10日じゃ何もかも足りない。
自分で切り出したことだけど、かなり厳しい戦況だった。
しかし泣き言なんて言ってられない。今はとにかく行動することだ。
そうして検索を続けながら歩いていると、いつの間にか昇降口とは逆方向にきてしまっていた。
顔を上げ、辺りを見回す。
「あれ? ここは……」
馴染みはないけど、なんとなく見覚えがある。
ああ、そうだ。
入学初日に優愛ときた生徒会室近くの階段の辺りだ。
と思っていたら。
突然、どこからともなく、やたらと楽しげな歌声が聞こえてきた。
「ふんふふ~ん♪ めやすばこ~、めやすばこ~♪ 初代はあたしがテンション高く放り投げ~、二代目は会長さんがコーヒー噴いて汚しちゃって~、おかげでこれで三代目のめやすばこ~♪ だけど出来はカンペキ、ゆーちゃんも大絶賛~! ふふふん、あたしってば天才なのです~♪」
思わず視線を向けると、『生徒会室』というプレートが目に入った。
歌っていたのは黒髪の女子生徒。
生徒会室前の棚へ、小さいポストのような物を設置しようとしていた。
ポストは段ボール製らしく、勢い重視な字で『めやすばこー!』と書かれている。
目安箱……ということだろうか?
「およ?」
俺の気配に気づいたらしく、女子生徒が振り向いた。
途端、圧倒されてしまった。
ちょっと信じられないくらい、途方もない美人だった。
長い黒髪は艶めいていて。
肌は陶磁のように白く。
大きな瞳は吸いこまれそうなほど美しい。
俺は優愛こそがこの世で一番の美少女だと思っている。
だけど目の前の女子生徒も優愛とは違う方向性で、尋常じゃない美しさを誇っていた。
唖然としてしまう。
思わず思考が停止してしまうほどの美少女だった。
その美少女が「ふむ?」と小首をかしげる。
「君、ひょっとして一年生クン?」
「え、あ……はい」
尋ねられ、反射的に背筋が伸びた。
リボンの色で相手が三年生……先輩なのだと気づいた。
「ふーむ……」
「え、あの……」
ポストを抱きかかえ、先輩が顔を覗き込んでくる。
「何やら浮かない顔だね?」
「え?」
「何かお悩みの顔だ」
「えっ」
確かに目下、悩んでいることはある。
いきなり言い当てられて、ちょっと驚いた。
だけどここで、はいそうです、と頷くほど、俺も無警戒なタイプじゃない。
「えーと、なんの話でしょうか? たぶん俺はもとからこういう顔だと思うんですが……」
「否!」
「否っ!?」
一撃で否定された。
「一年生クンのその憂いを帯びた表情……これはお悩み真っ最中の顔なのです!」
きらん、と瞳を光らせて断言する先輩。
さらにはブンッと音が鳴りそうな勢いで、ポストをこっちに向けてくる。
「そこでこの『めやすばこー!』の登場!」
「め、めやすばこー……?」
「これはね、お悩みのある人がいつでも生徒会に相談できるための『ばこー!』なの」
「ば、ばこーとは一体……」
「あたしのお気に入りの漫画を真似したんだ。すごいでしょ?」
「は、はぁ……」
「じゃあ君もこの『めやすばこー!』にお手紙を出してみよう。紙とペンは持ってる?」
えーと、どうやら悩みごとのある生徒がそれを投書する、というシステムらしい。
名称はともかく、やはり目安箱なのだろう。
紙とペンなら通学鞄に入っている。
しかしここで流れに身を任せると、何かとても面倒なことになる予感がした。
「えっと……あ、なんか書く物なさそうです。すみません」
「ノープロブレム!」
「え!?」
上手いこと誤魔化そうと思っていたら、間髪を入れずキメ顔をされた。
「書く物なくても問題ナッシング! 『めやすばこー!』の口に手を入れてみて?」
「く、口に……?」
ポストをずいずいと差し出されて断り切れず、ローマの観光名所でするような感じでポストの投入口に手を入れてしまった。すると、
「受付完了シマシタ」
しゃべった。
先輩が。
「ふっ、まさか素手で『めやすばこー!』の承認を得るとは。やるね、一年生クン」
「意味がわかりません、すごくわかりません……」
「あ、申し遅れてた。あたしは三年生の
「えっ」
如月……唯花?
聞き覚えのある名前だった。
視界の端に映る『生徒会室』のプレートも重なり、俺はようやく気づく。
最近、優愛はよく『生徒会の先輩』の話をしていた。
その先輩の名前が確か『唯花さん』だったはずだ。
となると、今目の前にいるこの人が……あの『唯花さん』か。
「さて、『めやすばこー!』が承認したので、これで君のお悩みは生徒会が解決することになりました。なりましたよー?」
強調するように二回言われた。
「いやどういうシステムなんですか、それ?」
「そういうシステムなのです」
ドヤ顔された。
すごい、一から十まで問答無用だ。
え、ちょっと待ってほしい。
これ、いつの間にか俺が生徒会に相談をする流れになってる……?
「あの、すみません、如月先輩。俺は相談するつもりなんて――」
「安心したまえ」
断ろうとしたところへ、如月先輩の言葉がカットイン。
「あたしたちは君の味方だよ。学校生活の小さなことから人生懸かった大きなことまで、そばに寄り添って一緒にとことん付き合ったげる。どーんと任せなさい!」
艶やかな黒髪が舞って。
ビシッとポーズをつけて。
やたらと頼もしい笑顔で宣言。
「君のお悩みは、ウチの生徒会長さんがぜっーたい解決してあげるから!」
…………。
…………。
…………ん?
あまりにも当然のように言われて、一瞬、脳が追いつけなかった。
「えっと……生徒会長が解決するんですか? 如月先輩じゃなくて?」
「うん、解決するのは生徒会長さんのお仕事だよ?」
「ん? んん? じゃあ如月先輩は何を……?」
「よくぞ聞いてくれました」
突然、しゃきーんっ、と格好良いポーズ。
「あたしは月の如き花として、
……。
……。
……。
すごい。
意味がわからない。
何一つわからない。
でも物凄い自信だ……!
あまりの意味不明な自信っぷりに思わず尊敬してしまいそうになった。
如月先輩にはそんな凄みがあった。
「ふっ、わかったかね? 一年生クン」
「は、はあ……わからないけど、わかりました」
ああ、なるほど。
優愛が言っていたのはこういうことか。
彼女の言っていた通り、如月先輩は……よく分からないけどすごい人だった。
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