第67話 『最後の仲間 前編』
目指す王都まで間近に迫っていたキラ達。
だが崖に挟まれた裏道へ入ったところで、一行は待ち伏せにより道を塞がれ、完全武装の兵士に左右を囲まれる。
突然のことに他の仲間が騒然となる中、すぐさまルークは抜刀し、ユーリと共に馬車から降りた。
「私も……!」
続いてキラも聖剣を抜いて応戦しようとするが、ルークが止めた。
「キラさんは中に居てください!」
謎の魔術師の件でも分かった通り、敵の狙いはキラだ。
最近はこちらの情報を盗み見て襲ってくる敵の驚異を感じなかったが、ここに来て急に待ち伏せされてしまう。
来た道も同じように丸太で塞がれ、Uターンして引き返すこともできなくなった。
メイとエドガーもそれぞれ武器を構えて下車し、まだ右腕の骨折が治らないギルバートも戦列に加わろうとする。
「ジジイは寝てな!」
怪我を案じたディックは、それを遮るように先行する。
「矢避け程度にはなる!」
弟子の厚意をありがたく思いつつ、緊急事態のためギルバートは負傷を押して出撃した。
まだ利き腕は添え木を巻いて三角巾で吊るしている有様だが、味方の盾になる分には問題無い。
ソフィアも杖と魔導書を取り出し、馬車の近くに陣取る。
レアはと言うと、ヤンと一緒に馬車の中で震えていた。
一行が戦闘態勢を整えているその間に、両脇の崖の上には甲冑を着込んだ兵士達が姿を現す。
その部隊の中に、豪華に装飾された鎧とマントを羽織った、一際体格のいい男が居た。
「はじめまして。ようこそお戻り下さいましたなぁ、殿下」
口髭を生やした厳ついこの男こそ、間違いなくこの集団の指揮官だった。
「大臣の手の者ですか?!」
飛び道具の警戒しつつ、ルークが尋ねる。
端から問答などするつもりは無く、逃走経路を探す間の時間稼ぎである。
(どうする?! 左右は崖で、敵は高所を取って挟撃。前後は道を塞がれて通れない……)
敵部隊の中には弓兵も構えていた。
もし下手に動けば、馬車など簡単に矢に貫通され、中のキラ達ごと蜂の巣にされてしまうだろう。
「いかにも。申し遅れたが、私はガストン・ボウマン。バルバリーゴ様の守護騎士です」
ルークを挑発するように一礼するガストンは、勝利を確信して余裕を見せていた。
(騎士ボウマン……あれが……!)
森中に響き渡るような野太い大声を聞いたキラは、馬車の中で戦慄した。
そんな彼女の動揺を知ってか知らずか、ガストンは嫌味な笑みを浮かべながらルークに話しかける。
「お前がルークだな? 知っているぞ、殿下の”今の守護騎士”殿?」
「私は騎士と言う程大層な地位ではありませんが……」
ルークも平静を装って答えつつ、内心はかなり焦っていた。
(私のことを知っている? どこで知った? 他の仲間のことも知っているのか?)
どこかからキラの正体や目的、現在位置が流れていることは把握していたが、まさか個人の名前まで知れているとは読めなかった。
「奥に居るのは、賢者ソフィア嬢。怪我で調子が優れないかな、ギルバート殿? この距離で槍は当たらんよ、猪武者のディック君」
ガストンは次々と、まるで旧知の仲のように面々の名前と特徴を言い当てていく。
「な、何で俺達のこと知ってるんだ?!」
ディックも今すぐ突撃したいのは山々だが、そのためには崖を駆け上がらないといけない。
やむを得ず、言葉で噛み付くディック。
そんな彼が何もできないことを熟知しているガストンは、実に楽しそうに語り始めた。
「知っているとも、全てな。殿下とその取り巻きの動向は、完全に筒抜けだった……」
ガストンの横に現れたのは、いつの間にか姿を消していたオーウェンだった。
「私の忠実な部下によってな」
涼しい顔でルーク達を見下ろすオーウェンの肩を、薄ら笑いを浮かべたガストンが軽く叩く。
オーウェンもまた、今までの彼からは想像もつかないような冷たい眼差しで一行を見つめた。
「君達との仲間ごっこは……まあ、楽しかったよ。少なくとも退屈しのぎにはなった。それも、今日までだ」
「オーウェン、やっぱてめぇ!」
堪忍袋の緒が切れて強引に突撃しようとするディックを、ルークが制止する。
やはり、パーティの中にスパイは居た。
「……大した演技力ですね。負傷してまで信用を得るとは」
そう言って、ルークはオーウェンを睨みつける。
思えばオーウェンは旅の途中、何度も伝書鳩を飛ばしていた。
協力者との連絡と彼は説明していたが、中身を確かめようにも暗号文で読めなかった。
あれも全て、ガストンと名乗る上官へ向けての手紙だったのだろう。
オーウェンが案内を買って出たのも、この致命的な罠へ誘い込むための方便だ。
だがそれならば謎の魔術師が襲ってきた時に、一緒にキラの謀殺を試さないのはおかしい。
ルークは時間稼ぎとして、その矛盾点を指摘していた。
「いやぁ、あの時は本当にどうなるかと。ボウマン様、あの妙な魔術師は何だったんです?」
呆れたように半笑いで肩をすくめるオーウェン。
「バルバリーゴ様が雇った傭兵の一人だ。だが協調性が無くてな、勝手に単独行動をしおった」
どうやら、あの魔術師の動きは二人にとっても想定外だったらしい。
「困ったものです。おかげでここに誘導する前に、自分はスパイ疑惑をかけられました」
危うく計画がオシャカになるところだった、とオーウェンは鼻で笑う。
予定外の事故ではあったものの、彼はそれを逆手に取ってキラの信用を勝ち取った。
二人共余裕の構えだが、いつでもキラ達を始末できるよう弓兵が待機中だ。
(まずい……話が終わってしまう。まだ活路を見出だせていないのに……!)
敵部隊は左右の崖の上から馬車を狙っている。
ギルバートとエドガーに左右を固めて貰い、その間にソフィアが魔力障壁を展開すれば第一波は凌げるだろう。
運良く初手を運べたとしても、問題はその後。
相手側の手勢は100人以上居ると見てよく、ほんの数人の旅人の戦力で迎え撃つには無理な数だ。
逃げようにも、道を塞ぐ丸太をどかすか、崖を駆け上がって敵中を正面突破するしかない。
キラが聖剣を起動し結界の防御力で押し通れば可能かも知れないが、要人そのものを盾とする戦法は最終手段である。
(ここで”詰み”なのか? たった一人のスパイのせいで?)
ルークの額を冷や汗が伝う。
「いくら足掻こうが無駄だ。今投降すれば、命だけは助けてやってもいいがな?」
そう言ってガストンは笑うが、誰もが大人しく白旗を揚げたところで生かして帰すつもりはないのだと知っていた。
この状況で、何を思ったかキラは馬車から飛び出し、敵の前に姿を晒す。
「ガストン・ボウマン! あなたですね、父王を殺害したのはっ!!」
「キラさん?!」
慌てて彼女を馬車の中へ戻そうとするルークだったが、キラは強い決意を秘めた眼差しを向けてうなずいた。
(いや、これは――)
「ようやくお姿を拝見できましたなぁ、キラ殿下」
一族の仇である自分を前に、我慢できず感情的になったのだろうとあざ笑うガストン。
「いかにも、陛下を手に掛けたのは私です。正確には、私とその騎士団ですが。手柄を団長だけで独り占めしては悪いからなぁ!」
森の中を、ガストンの下品な笑い声がこだまする。
一通り笑い終えた後、彼は薄ら笑いを引っ込めて冷酷な眼差しで部下に号令をかけた。
「あの世で再会を喜ばれるとよいでしょう。放てーっ!」
左右から弓兵の矢が一斉に降り注ぐ。
「皆さん、固まってください!」
既に聖剣を抜刀していたキラは、結界を展開して備える。
だが結界が覆える範囲は、あくまで彼女一人分のみ。
それで十分だった。敵は、キラ一人に狙いを絞っていたのだから。
キラが自身で守りを固めたのと同時に、ギルバートとエドガーも仲間を挟むようにして矢の前に立ちはだかる。
危険だがキラを囮にしつつ、流れ矢は二人が受け止めて仲間の損害を最小限に抑えようという試みだ。
小声で呪文を詠唱していたソフィアの魔力シールドも、それに加わる。
何とか弓兵の第一波を防げるかと思いきや、硬質化したギルバートの身体を数本の矢が貫く。
「な、何じゃと?!」
今まで矢を通さなかったギルバートが、屈した。
血を流し、地面に膝をつくギルバート。
ソフィアは慌てて彼の周囲を障壁で囲むが、その間にも敵側は次の矢をつがえている。
「ギルバートさん!」
矢が飛び交う中、うずくまったギルバートに駆け寄るルーク。
まさかの事態にディックも突撃を忘れ、ルークに続いた。
「爺さん、やっぱ本調子じゃねぇから……!」
「いや、違う……」
ギルバートはまだ息はあり、脇腹に浅く刺さった矢を左手で引き抜く。
「これは、付呪(エンチャント)?!」
抜いた矢を手に取ったルークは、鏃に幾何学模様の刻印が刻まれていることに気付いた。
通常の武具は魔力を持たないが、それに魔力を定着させる魔法技術が付呪と呼ばれていた。
これにより、古代の魔剣程でなくとも魔力を帯びた武具を作り出すことができる。
本来、高価なエンチャントを消耗品の矢に使うということは無かったが、財力に物を言わせれば不可能ではない。
そしてギルバートの最大の弱点は、魔力。
魔力を帯びた武具には硬質化は完全に機能せず、殺傷力を軽減させる程度で留まってしまう。
「まさか……あの兵士全員が、エンチャント装備を?」
目を凝らして見れば、甲冑にも似たような刻印がある。
矢だけでなく、全員の鎧にまで魔法的な細工がされているようだった。
魔力を帯びている影響か、ソフィアの魔力シールドも持ちが悪い。
普通の矢では考えられないような速度で障壁にヒビが入り、次々と割られては補充を繰り返している。
「中々粘るじゃないか。さて、いつまで持つかな?」
ガストンは眼下の光景を悠々と見物していた。
「もうじき限界でしょう。文字通り、『王手』をかけていますから」
同じようにオーウェンも、必死の抵抗を続けるキラ達をせせら笑う。
ソフィアは仲間と馬車を何枚ものシールドで覆うが、付呪された矢の雨に晒されて防戦一方だった。
一枚ではそれ程広範囲をカバーできない障壁を複数展開しているため、常にどのシールドが耐久力の限界なのか把握しておかなければいけない。
割れそうなシールドは張り替えなければ、防御に穴が空いてしまう。
そのせいでソフィアは舌を噛みそうな程ひっきりなしに呪文を唱え続けており、魔法の矢で反撃する猶予が無い。
ユーリもシールドの隙間から弓で応戦するが、普通の矢では付呪された鎧に対して通りが悪かった。
(成金め……!)
何人かは射殺したが、まだまだ数は減らない。
「おい、まだ突撃したら駄目なのか?!」
メイに腕を掴まれているディックは、焦って不満を漏らした。
味方の前線が伸びれば、その分魔力シールドで覆う部分を増やさなくてはいけなくなる。
現状でもソフィアに余裕がない以上、防御範囲から飛び出るのは自殺行為だ。
エドガーは大盾を構えて待機しているが、鉄製の盾には第一波の矢が突き刺さったままだった。
普通の矢なら鉄の硬度で弾き返せるはずだが、付呪された鏃は浅くとも大盾に食い込んだ。
仮にエドガーを先頭に崖を駆け上がったとして、接近戦で鉄の武具がどこまで有効かは保証し切れない。
何とか初手は防いだものの、その次をどうすれば危機的状況から脱せられるのか、答えが見えずルークも焦りが見え始める。
(こんなところでキラさんの旅を終わらせるわけには……! だが、どうすれば?)
ルークは無意識に、ギルバートから抜いた付呪矢を握って眺めていた。
「気付いたか……? タイミングはもうすぐじゃ」
ギルバートは膝をつきながらも、ルークを見上げてそう言った。
(そうだ、矢は無限じゃない。こんな高価な矢ならなおさらだ)
弓兵用に矢のストックを持ち込んでいたとしても、森の中という地形上それ程多くは運べないはずだ。
いくら潤沢な予算があると言っても、こんなに盛大に一斉射を繰り返していれば、弾切れは近いとルークは読んだ。
「ソフィアさん、シールドは何分持ちそうですか?!」
「後10分が限界よ!」
ルークの問いに、ソフィアが必死の様子で答える。
「それだけあれば十分です!」
むしろ、これだけ頻繁に障壁を張り替える防戦を10分も続けられるのかと、ルークは内心驚いた。
「エドガーさん、合図と同時に先陣をお願いします。敵陣を突破します!」
「分かった!」
続けて、ルークはユーリにも声をかける。
「ユーリさん、煙幕はまだありますか?」
「ある」
弓兵に矢を撃ち込みながら、ユーリは短く答えた。
普段なら鎧を貫通して人間はほぼ一本の矢で倒せるのだが、付呪された甲冑が固く何本も必要なため、残弾は僅かとなっている。
「キラさん、カルロさん達も、聞いてください」
ルークの作戦はこうだった。
敵の矢が切れた瞬間、大盾を持つエドガーを先頭にして、全員で一斉に片側の崖を駆け上がる。
肉弾戦に入る直前で、ユーリの煙幕を使って敵部隊を撹乱、できるだけ戦わずに包囲の外へと脱する。
後はしんがりが敵兵を食い止め、なるべく遠くへキラを逃がす考えだ。
「キラさんは、エドガーさんのすぐ後ろについてください」
重傷のギルバートは、力持ちのメイに担いで貰うことにした。
カルロとヤンの非戦闘員はキラの側に置き、肉弾戦が苦手なソフィアとレアもその近くで一緒に走る。
「ディックさんは先鋒を、ユーリさんは煙幕を撒いた後は私としんがりを」
できればメイも先陣を任せたかったが、ギルバートを置き去りにするわけにもいかない。
エドガーの防御力と、ディックの突破力を信じて先鋒を任せる他無いだろう。
「ルークの作戦、信じてるからね」
不安も多い作戦だが、今はこれしか無い。
キラは固唾を呑みながらも、ルークを見つめてうなずいた。
「必ず守ります。あなたは、こんなところで倒れてはいけない人です」
ルークは、何としてもキラだけはこの場から逃さなければいけないと考えていた。
今はただ、弓兵隊の矢切れを辛抱強く待つのみだ。
To be continued
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます