第61話 『スピードアタッカー 前編』
レアスープ事件も何のその、キラ達はすぐに日常を取り戻し、今日も何事もなく夜が明ける。
朝日に照らされて順番に起き出したキラ達は、今日もまた王都を目指すために出発の準備を始めた。
一番の早起きはカルロとヤンの二人で、カルロは馬の世話と馬車の点検、ヤンは朝食の準備をしておいてくれる。これもいつもの光景だ。
逆に一番の寝坊はやはりディックとレアで、『あと5分』と5分置きに呟いては寝返りを打って惰眠に入ってしまう。
エドガーはレアから毛布を取り上げ、メイは軽い蹴りでディックを叩き起こす。
出発が遅れれば、その分旅のスケジュールが狂うからだ。
「うー、寒っ! おっさん、毛布引っ剥がすのやめてくれない?!」
秋の朝ともなると気温は結構低い。
毛布無しではとても寝ていられない。
「嫌なら自分で起きろ。ほら、朝食だ」
取り上げた毛布を畳みながら、エドガーは半分冷めたイノシシ肉の残りを差し出す。
一方、蹴って起こされたディックも脇腹を抑えながら毛布から這い出していた。
「いてて……。も、もうちょい優しい起こし方をだな……」
抗議するディックに、エドガーと同じくメイも夕飯の残りで作られた朝食を渡した。
「はいこれ」
「あんがと」
いつもと同じ、仲間と過ごす旅の風景だった。
(今日も平和だなぁ……)
朝食を食べ終えて水を飲みながら、キラはそんなことを思っていた。
朝の支度を終え、今日も順調に旅が進むと思われたが、馬車に乗り込む直前でユーリが叫ぶ。
「待て!」
自分達に近付いてくる生命反応を感知した彼は、素早く弓を構えた。
「よせ、王国軍かも知れない。あまり刺激するような動きは……」
「軍の兵士が、一人で単独行動するか?」
止めに入ろうとしたオーウェンに、ユーリは鋭く言い放つ。
そう、反応はたった一人。軍の巡回ならば最低でも3~4人は居るはずだ。
「陣形を組め。来るぞ!」
一行に緊張が走り、戦闘態勢に入る。
ルーク、ギルバート、ディック、メイ、エドガー、そしてオーウェンがキラを庇うように前に出て、その後ろからソフィアとレアが援護の準備を行う。
戦闘員ではないカルロとヤンは、馬車の影に隠れて様子を伺った。
「動くな、そこで止まれ!」
ユーリはなおも接近してくる相手に威嚇射撃を放つが、全く動じる様子が無い。
「やはり敵のようですね。キラさん、前に出ないようにしてください!」
「えっ、でも私も……!」
ルークは後方に控えるよう言うが、キラはようやく戦闘でも仲間の役に立てると思い、勇み足だった。
「キラ、あなたに何かあれば国を救うこともできなくなるわ。今は堪えて」
ソフィアの言葉に、キラは素直にうなずいた。
その間にもソフィアは魔力で杖を浮かせて魔導書を開いて戦闘態勢に入り、短縮した呪文で素早く指向性防壁を前面に展開する。
やがて一人でやって来た敵は、キラ達を一瞥すると鼻で笑った。
「ふん、あれが噂の王女か。まあ、そっちはどうでもいい」
姿を現した敵は、フード付きのローブを羽織った典型的な魔術師だった。
ただひとつ、杖や魔導書と言った魔法の制御に使う道具を一切持っていないという点だけが、魔術師としては異様である。
フードの奥に見える顔は、髭を生やした50歳近い男のように見える。
「何だと……?! ば、馬鹿な……!」
その姿を見たオーウェンは、かなり驚愕した様子で狼狽えた。
謎の魔術師は、鋭い眼光をキラから、その隣で魔導書を構えるソフィアに向ける。
「君が、現在最年少の賢者、ソフィア・カーリン・リリェホルムか……。思ったより小さいな」
「だったら、何だと言うの?」
背の低さを笑われたこともあり、ソフィアは怒気を含んだ声で言い返す。
「若造とは言え、賢者を倒したとなれば私の株も上がる。仕事ついでに、踏み台になって貰うぞ!」
魔術師が呪文を唱え始め、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。
相手側からわざわざ近付いて来てくれたならと、ディックは突撃で先手を打とうとするが、魔術師の詠唱は恐ろしく早かった。
見る見るうちに男の前方に巨大な氷の塊が作られ、ディックの槍が届くよりも先に射出体勢に入る。
「ディック、危ない!」
メイは慌ててディックを防壁内へと連れ戻し、ソフィアも敵の一撃に対処すべく、シールドをもう一枚追加した。
「来るわよ、気をつけて!」
だが氷塊はキラ達目掛けて真っ直ぐには飛ばず、斜め上、陣形を取る一行の頭上へと発射される。
(しまった! 上から……!)
放物線を描いて飛んでくるとは予想しておらず、ソフィアは慌てて仲間の頭上に防壁を展開しようと次の詠唱に入る。
一方、謎の魔術師も素早く次の呪文を唱え、これまたキラ達に直接は攻撃せず、彼らに頭上から落下していく氷塊に向けて雷の一撃を放った。
雷撃で氷塊は砕け散り、鋭く尖ったつぶてとなってまるで弓兵隊の一斉射のように一行の上空から降り注ぐ。
氷と雷の呪文を組み合わせた、範囲攻撃とも言うべきコンビネーションだ。
(駄目、間に合わない!)
詠唱を短縮する技術を持っているにも関わらず、ソフィアは詠唱速度で男に二歩も三歩も遅れていた。
仮にも賢者である彼女ですら魔術師のスピードには追いつけず、頭上への防壁の展開が間に合わなかった。
完全に先手を打たれ、敵の攻撃をもろに受けることになったキラ達。
キラとレアの二人は何とかソフィアが小さな簡易の防壁を張って守ったが、前衛は各々守りを固めて耐えるしかない。
エドガーはディックとメイを庇うように大盾を構え、オーウェンもカイトシールドと呼ばれる騎士がよく使うひし形の盾で何とか氷のつぶてを防ぐ。
ルークは魔法剣で切り払って何とか急所への直撃は避けたが、魔法による攻撃には硬質化の効き目がないギルバートはかなりのダメージを負った。
「ふむ……。やはり、拡散では威力不足か。もう少し改良が必要だな」
初手で致命打を与えられなかったということで、魔術師は戦闘中にも関わらず悠長にメモを書き始める。
「隙ありだぜ!」
好機と見たディックは、エドガーの大盾の下から抜け出すと再び一直線に突撃した。
「つまらん獲物だ。それしかできんのか?」
相手は歯牙にも掛けないといった様子で、右手から電撃の魔法を放ってディックを一蹴する。
電撃の威力はかなりのもので、直撃を食らってしまったディックは痺れて動けなくなってしまった。
だがそれ以上にソフィアが驚いたのは、魔術師が詠唱を一切しなかった点だ。
ディックの早さに瞬時に対応できたのも、そのスピードあればこそである。
(あれはどう見ても中級の呪文……それを、短縮ではなく無詠唱で?! ありえないわ……!)
ソフィアのような賢者でも、中級以上の魔法の詠唱を完全に省略してしまう技術は持っていない。
研究はされていても成功例は無かった。
もし完成すれば詠唱という手間が省け、魔法の利便性は飛躍的に向上する。
目の前の敵は、その賢者ですら辿り着けない技術力を持っているということだ。
「研究途中の術ではどうも駄目だな。そろそろ、本気で行くか」
さっきの氷のつぶても、この男の本気ではなかった。
無詠唱なのをいいことに、魔術師は氷と雷の魔法を両手から次々と放ち、周囲一帯を埋め尽くすような弾幕を放つ。
それはまさに、破壊呪文の津波だった。
絶え間なく押し寄せる波が場を制圧、支配し、相手側に反撃を許さない。
(この魔術師、純粋に強い……!! スピードでも、パワーでも、圧倒されるなんて!)
最初、妙な魔法の使い方をしたので搦め手で来る相手かと思ったソフィアだったが、敵の本領は正面からの正攻法にあった。
高威力の中級呪文を無詠唱で連発し、圧倒的火力と早さ、そして手数でこちらの動きを完全に抑え込む。
敵の両手からは雷の閃光と氷のつぶてが絶え間なく連射され、弾幕が途切れることがない。
戦場一帯を覆い尽くすような密度の破壊呪文は前線の動きを完全に抑えてしまい、ルーク達もうかつにソフィアの展開した防壁より前へ出られなかった。
もし無策に飛び出せば、氷と雷の呪文を浴びせられて、たちまち蜂の巣にされてしまうからだ。
これだけの呪文を乱発すれば、並の魔術師ならあっという間に魔力切れを起こすところだが、謎の敵は余裕の表情で息切れする様子を見せない。
十分な破壊力と、それを無詠唱で連射するスピード、そして無尽蔵かと疑う魔力量。
武闘派の賢者でも、ここまでの戦闘能力を持った魔術師はソフィアの知る限りでは存在しない。
対するソフィアは、敵の火力の前に次々と破られるシールドを張り直すことで精一杯で、防戦一方になっている。
力押しと言うとディックのような考え無しの攻撃を思い浮かべがちだが、実力者の使う力押しはシンプル故に強く、かつ対処法が少ない。
純粋な”力”による正攻法は時に恐ろしい程合理的で、ソフィアですら為す術がなかった。
「レア、そっちはどう?!」
「今やってるとこよ!」
仲間を守ることで精一杯のソフィアは、パーティのもう一人の魔術師であるレアに攻撃を任せる。
詠唱短縮の技術を持っているソフィアでも追いつけない程のスピーディな魔法戦に、普通の詠唱速度のレアがついて行けるはずもない。
ソフィアの防壁を信じてレアは攻撃に集中し、詠唱を続けながら短剣の切っ先を謎の男に向ける。
吸収の術で魔力を吸い取って無力化しようと考えていたレアだったが、術が完成した途端、相手は自分とレアとの間に半透明の魔力のシールドを展開し、吸収の術を妨害した。
「嘘、マジで?!」
敵の魔術師は破壊呪文だけでなく、防壁の術も無詠唱で瞬時に展開できるようだった。
「な、何つーデタラメなおっさん! これじゃ、ボクの立つ瀬ないじゃん!」
思わずレアは頭を抱える。
レアに扱えるのは、吸収の術とスピード強化の術のみ。
発火の術はこの距離では届かず、威力も当然目眩ましになるかどうかという程度だ。
「ルークにスピード強化の術、かけられる?!」
「一回分なら、魔力あるわよ!」
絶え間なく押し寄せる攻撃の前に、前衛も攻めあぐねている。早急に打開策が必要だった。
レアは短剣を今度はルークに向け、呪文を唱え始める。
作戦を理解したルークは、ソフィアの張ったシールドに身を隠しながらレアの詠唱が終わるのを待った。
スピードを上げる術がかかり、更に速度を増したルークは、剣を構えた。
「突貫します! 援護してください!」
魔術師への対処法と言えば、接近して苦手とする肉弾戦に持ち込むのが定石。
ルークはそれを強行しようとしていた。
無詠唱で広範囲に弾幕を張る敵に、回り込める死角はほぼ無いと見ていい。
回り道をするだけ、時間の無駄だろう。
ならば、最短距離を一直線に突っ切った方が確実性はある。
幸い、ルークは元からスピードが武器であり、魔法を切り払える魔法剣と、魔法に魔法をぶつけて相殺するという戦法も身に着けている。
ソフィアも彼に逆転のチャンスを託してバックアップに回ろうとするが、そこで相手の魔術師は不敵に笑った。
「そろそろ頃合いか」
またも、魔術師はキラ達へ向けてではなく、今度は地面へ電撃の呪文を放つ。
狙いが外れたのかと思いきや、一行は感電により激しいショックを受けることになった。
(何故……?! 直撃はしていないはず! ……もしや、さっきの氷?!)
ルークは膝をつきながら、魔術師が行った初手の攻撃を思い出す。
最初に敵が放ってきた氷のつぶて。威力はそれ程高くなかったが、魔法で出来た氷は術者の制御によりすぐに溶かすこともできる。
キラ達の頭上から一帯に降り注いだ氷のつぶては溶けて水になり、濡れたキラ達は水を通して地面から感電したのだった。
これには、セレーナの電撃を通さなかったメイの毛皮の服も例外ではなく、濡れた上から雷を放たれるとダメージは免れない。
「理論通り、一定の有用性はあるな」
これも実験の一環なのか、またもメモを取り出す魔術師。
だが自らも電撃を浴びて追い詰められたキラは、聖剣が窮地に強く反応して起動していた。
聖剣の力でショックからいち早く立ち直ると、前に進み出るキラ。
「い、いけません……! この相手は、危険過ぎます……!」
何とか止めようとするルークだが、感電した身体は言うことを聞かない。
「今度は、私がルークを守るから! てやあああーっ!!」
雄叫びを上げ、キラは魔術師に切り込む。
「殿下、い、いけません!」
オーウェンも止めたいのは山々だったが、ルークと同じく感電のショックで動けなかった。
相手はそんなキラを鼻で笑いながら次々と呪文を叩き込むが、その時、キラの聖剣が一層強く輝き、彼女一人を覆うくらいの大きさの光の結界を展開した。
結界の守りは強固で、魔術師の放つ氷と雷の弾幕を尽く弾き返す。
防御を得意としていたソフィアのシールドですらすぐに割られる程の威力の破壊呪文の数々を、聖剣の結界は当然のように拒み、そして健在だった。
(よし、行ける!)
キラは守りを結界に任せ、一気に走り込んで距離を詰めると、逃げようともしない魔術師に聖剣の一撃を叩き込んだ。
だが動かないと思っていた魔術師は、いつの間にかよく出来た氷像と入れ替わっており、聖剣は囮(デコイ)である氷塊を切り裂いただけだった。
(何か来る?!)
斬ったのが囮だったと気付いた次の瞬間、攻撃が来ることを予知したキラは反射的にその場を飛び退く。
するとデコイの氷像が立っていた場所に、上から激しい雷が落ちた。
「きゃあああっ?!」
飛び退いたことで直撃を免れたキラだったが、攻撃のために結界を解いた瞬間を狙われては、ひとたまりもなかった。
鉄の鎧では電撃を防いではくれず、服と柔肌が焼け焦げ、キラは糸が切れた人形のようにその場に倒れた。
To be continued
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