第53話 『性能テスト』
来たるべきロイース王国との戦いに備え、ドラグマ魔法大学の鍛冶屋で装備を整えた一行。
ソフィアが学長のセルゲイと今後の方針について話し合う間、キラは特別に敷地内の訓練場を借りて、聖剣の扱いを練習していた。
「うーん……。どうやったら、光が出るようになるんだろう?」
大臣の刺客に追われた際、無我夢中で抜刀して聖剣を起動したはいいものの、その強大な力故に反動で一度記憶を失ってしまったキラ。
安全かつ、安定して力を引き出すにはどうしたものかと、握った聖剣とにらめっこを続けていた。
「えーっと、えーっと……。出ろ、光の剣! ……違うかぁ」
適当に振り回してみて駄目だったので、今度は握る手に力を込めて念じてみる。
「聖剣、起動!! ……カッコつけてるだけだよねこれ」
中々うまく行かないキラの下へ、様子を見に来たルークが歩み寄る。
「どうですか?」
「駄目みたい……。一度は自力で起動できたのになぁ。私はこれだけが強みなのに。はぁー……」
そう言ってキラは深いため息をついた。
何か自分にしてやれることはないかと思索していたルークは、不意に練習用に刃を潰した剣を手に取った。
「実戦に近い形で、力が引き出せるかどうか、試してみましょう」
ルークも古代に製造された聖剣の扱いなどは知らない。
現代の技術で作れる魔法剣はずっと使い続けてきたが、古代の魔剣はそれとはレベルが雲泥の差だ。
今の常識は通用しないと考えた方がいい。
「いいかも。それじゃあ、よろしくお願いします!」
互いに剣を構え、向かい合うキラとルーク。
ルークは練習用の剣を右手に構えて左手を空け、キラは聖剣を両手で握る。
ゆっくりとした動作で片方が打ち込み、それをもう片方が受け止めてから切り返す。
そんな基本的な動作を繰り返し、キラは少しずつ取り戻した記憶から剣術の感覚を引き出していく。
(『獅子の型』の基本はできているが、経験不足が完全に動きに出ている。聖剣の力を引き出すためにも、少し揺さぶってみるか……)
ただの練習では聖剣は反応しないと考えたルークは直線的な打ち込みだけでなく、フェイントなどの搦め手を織り交ぜて攻撃に出た。
「少し、強く行きますよ」
「うわっ! わ、わ、わぁっ?!」
ルークもベテランと言う程の技量は無いものの、キラに比べれば実戦経験は積んでおり、何なら修羅場も何度か潜っている。
彼が少し本気を出すだけで、一対一の模擬戦ではキラは圧倒されるばかりだった。
(これでも、やはり駄目か?)
何だかキラを一方的に虐めているような気になり、罪悪感が勝ってきたルークは一旦休憩を提案しようかと考えた、その瞬間。
聖剣が突然純白に輝き出し、ルークの突きが跳ね返される。
「こ、これは……!」
剣で捌かれたとも、甲冑に弾かれたとも違う手応えにルークも息を呑む。
それは確かに、大学の研究室で彼も目にした聖剣本来の光だった。
「やった! やったよルーク! ようやく起動したみたい……って、あぁっ、消えないで消えないで!」
キラが安心した途端、聖剣の光が弱まっていく。
まるで湿気た薪の火が消えそうになるのを、必死で息を吹いたり枯れ草を追加したりして燃やそうとするように、キラは剣を振り回した。
「どうやら、この方法がいいようですね。もう少し、模擬戦を続けましょう」
「うん」
せっかく起動した聖剣をまた休眠状態にしないためにも、二人は再び各々の構えを取る。
今度はキラが積極的に先手を取り、ルーク目掛けて打ち込んだ。
それを受け流そうとしたルークだったが、今まで感じたことのない手応えと共に、刃を潰しているとは言え鉄で出来た剣はバターか粘土細工のように砕け散った。
あまりの衝撃に、ルークは体勢を崩して尻餅をつく。
「ええっ?! ご、ごめんルーク! 大丈夫?」
これには彼だけでなく当の本人であるキラも戸惑い、咄嗟に聖剣を引っ込めてこけたルークに手を伸ばした。
「ええ、無事です。ですが、これは……」
ルークはまだ右手に握っていた、刀身が粉砕された剣に目をやる。
鉄の武器同士で打ち合って折れたものとは全く違う断面で、言うなれば本当に”砕けた”様子だった。
製鉄技術が上がる前の昔の剣は、柔らかいせいで強い衝撃が加わると折れるのではなくへしゃげてしまった、と彼も話には聞いたことがある。
しかし、まさか粘土のように砕かれるとは思ってもみなかった。
「古代技術の片鱗がこれ、ということでしょうか」
伝説では古代の魔剣は一度力を発揮すると山をかち割り、大地を引き裂くとまで言われている。
今の今まで昔話特有の誇張表現だと思っていたルークだったが、微弱な力で打ち込んだだけで鉄の武器が粉砕されるとなれば、あながち眉唾ではないのかも知れないと考えた。
「今度はどうしよう……。練習のために、毎回剣を潰すわけにもいかないよね……」
今ではもうすっかり刀身の発光も収まり、元の待機状態に戻りつつある聖剣。
それを見てキラは安定して起動させるコツを掴みたいのは山々ながら、その度に大学の備品を壊すのはまずいと考えて頭を悩ませる。
(オリハルコンで出来ているとは言っても、触れただけで鉄を粉砕するような力は無いはず。物理的な破壊力でないとするなら……答えは、魔力か)
そう考えれば、起動していない間に打ち合ってもただの鉄の剣と変わらないことにも納得がいく。
「キラさん、よく聞いてください。恐らくその聖剣は、キラさんの魔力で起動して力を解放しています。鉄の剣が砕けたのも、恐らく魔力が原因でしょう」
「その魔力を込める感覚が、いまひとつ掴めなくって……。もうちょっとで、コツが分かりそうなんだけどなぁ」
困り顔のキラに、ルークは腰に帯びていた新品の魔法剣を抜刀して見せる。
「私の憶測ですが、魔力を帯びた武器ならば、聖剣とも打ち合えるかも知れません」
技術的には遥かに劣っているとは言え、ルークの剣も刀身に魔力を与えられた魔法剣。
目には目を、魔力には魔力を、という理屈だった。
(いくら訓練とは言え、キラさんに真剣を向けるような真似はしたくなかったが……)
かつて悪徳領主と戦ったファゴットの街で、キラの力を確かめようとアルベールがいきなり剣を抜いた時も、彼は気が気でなかった。
それに近いことをまさか自分がすることになろうとは、ルークとしても不本意だが今はこれ以外に方法が無い。
「大丈夫? せっかく新調した魔法剣、砕けちゃったらどうしよう」
「その時は、また作り直して貰います。鍛冶屋さんには悪いですが……」
奪われた前の魔法剣と違い、今の剣に愛着は無かった。
もし折れたなら同じ物をまた用意すればいいだけのこと。
二度目は無償とは行かないだろうが、、それでも払えるだけの手持ちはあった。
「その聖剣は、使い方次第で戦況を一変させます。ロイースへ向かう前に、出来る限り扱い方を覚えておかないといけません」
練習で打ち合っただけで相手側の剣が砕けるのは確かに問題だが、裏を返せば実戦でその力を引き出せれば、並の兵士など相手にならないということだ。
今のキラの技量でも、聖剣の性能に任せた力押しでそのまま押し込んでしまえるかも知れない。
「そうだね、私も頑張らないと。出来るだけ加減するから、もう一戦、お願いします!」
そう言ってキラは、もう光を失った聖剣を両手で持ち、構える。
ルークも新調したばかりの魔法剣を手に慣らすくらいの気持ちで、構えるや否や切り込んだ。
今回は刃を潰していない真剣のため、少しでもコントロールが狂えばキラに怪我を負わせてしまうかも知れない。
彼はゆっくりした動作で、それでいて教本通りの動きしかできないキラを揺さぶる。
早速防戦一方になってしまうキラだが、まださっきのように聖剣は反応しない。
(真剣を意識して、手緩過ぎたか?)
キラを傷つけてはいけないという考えが、どうしてもルークの太刀筋を鈍らせてしまう。
だがこのままでは、聖剣起動のコツを掴むという本来の目的を達せない。
彼は心を鬼にして動きを早めた。
「強く行きます。注意してください」
ルークの本来の武器は、そのスピードだ。
彼が本気の速さで切り込めば、動きが鈍い上に教わった通りのことしかできない生兵法のキラは一方的に切り刻まれてしまうだろう。
キラに怪我をさせないよう慎重に、どのくらいまでなら反応できるかを推し量りながら、ルークは徐々にスピードを上げていく。
「うっ! くぅっ……!」
キラが反応できるギリギリまで来た時、ようやく聖剣は応えた。
刀身からあの白い光が溢れ出し、打ち合った時の感触がこれまでとは全く別のものに変わる。
(持ち主の危機に反応するようできているのか? ピンチにならないと起動しないなら、それはそれで問題だが……)
そう考えつつ、ルークは手を休めなかった。
「起動した状態を維持できるよう、もうしばらく訓練を続けましょう」
「うん。ルークの剣、折っちゃったらごめん!」
ようやく起動して本来の姿を現した聖剣の力を確かめるように、二人は打ち合う。
キラの動きは格段に強化されており、スピードや反射もさることながら、魔力による補助があるのか女の細腕とは思えないパワーの打ち込みだった。
ルークの仮説も正しかったようで、魔力を帯びた魔法剣なら聖剣に砕かれることなくある程度互角に対抗できる。
(しかし、まるで別人と稽古しているようだ。あの聖剣、持ち主とかなり深く繋がっているのか?)
実戦経験の無い素人の動きであることに違いはないのだが、今ではルークのスピードにもついてきている。
技量はそのままでも、身体能力が大幅に底上げされているのだ。
どれだけの力なのか試すべく、ルークは実戦ではまずやらない鍔迫り合いを挑む。
力押しは苦手と言えど、キラ相手であればルークの方が筋力は上のはず。
だが鍔迫り合いは拮抗し、挙げ句にルークは力負けして弾き飛ばされた。
剣士としては筋力は弱い方だが、少なくともほとんど鍛えていないキラに負けるような彼ではないはず。
これはやはり魔力が関係しているとルークは確信した。
「一度休憩して、待機状態に戻してからまた起動してみましょう。感覚が掴めてくるかも知れません」
「そうだね。はい、休憩ー。休憩だよー」
一度起動した聖剣をどう戻していいかも分からないキラは、人間にそうするかのように聖剣に話しかける。
彼女の言葉が届いたのか、それとも単に脅威を感知しなくなったためか、聖剣の光は見る見る弱まって元に戻った。
休憩に入った二人の下へ、それまで話し合いを続けていたソフィアとセルゲイがやってくる。
「どうかしら、聖剣の調子は?」
「ちょっと起動するくらいはできるんですけど、まだまだ……」
苦笑いを浮かべるキラに、ソフィアとセルゲイの二人は深刻な表情で話を切り出す。
「すまない、キラ君。ここで亡命政権を擁立することは、できなくなりそうだ」
セルゲイとしては、いくら粒揃いとは言え少人数で大国であるロイースに挑むのはかなり苦しいだろうと、ドラグマ魔法大学でキラを女王として擁立することを考えていたのだが、その要求はドラグマ帝国側の関係者から突っぱねられてしまったと言う。
「私も学長とは言っても、所詮は単なる魔術師の一人だ。これ以上、政治に介入する権限は持っていない」
もし魔法大学で潰えたはずのロイース王家を擁立したとして、ジョルジオはそれを見逃すはずがない。
そしてこの魔法大学は国際機関とは言え、ドラグマ帝国の管轄内ということになっている。
つまり、ドラグマ帝国とロイース王国の戦争は避けられなくなる、というのが政府関係者の言い分だった。
ファゴットの街の時のように相手が一介の領主程度であれば、貴族であるソフィアの政治力を使って周辺諸侯を抱き込むという戦法も使えたのだが、今回の相手は大国の実権を握る暴君。
いくら名家の出とは言え、ソフィア一人で他の貴族を説得できるようなレベルではない。
「魔法大学が無理ならば、一度アディンセルに戻ってアルバトロスの助力を得るのは? カイザーさんなら、確実に協力してくれるはずです」
ルークはそう提案したが、キラは首を横に振った。
「頼りたいのは山々だけど、それをしたら今度は……アルバトロスと、ロイースで戦争になっちゃう。せっかく、カイザーさんは革命を成功させて、国民の人達は戦乱から解放されたのに……」
それにキラはかつて受けた教育で、ロイースと国境を接するアルバトロスは帝国時代からかなりの不仲で、最大の仮想敵国だということを知っていた。
互いに相手を強く敵視し、いつ全面戦争が勃発してもおかしくない状態が、少なくともカイザーの革命以前までずっと続いていたらしい。
カイザーは元軍人の指導者だが決して好戦的なわけではなく、むしろ和平が結べるならそれに越したことはないと考えているはず。
国民も帝国時代の悪政と戦乱で疲れ切っており、ようやく訪れた平和を謳歌している頃だろう。
キラがカイザーを頼って転がり込めば、彼の性格的に拒むことはないだろうが、確実に新しい戦争という厄介事を持ち込んでしまう。
記憶を失っている間に色々と世話になっただけあって、そんなことはしたくないとキラは考えていた。
滞在期間の短いドラグマ帝国に対しても同じで、仮に帝国で亡命政権を擁立して貰えることになったとしても、断るつもりでいた。
「やっぱり、戦争だけは駄目です……。他の方法を考えないと」
普通の王族ならばすぐ話に飛びつくところだが、キラは甘かった。
そんな彼女だからこそ、支えようとルーク達仲間が集まったのだが。
「そうなると、私達だけで乗り込むことになるわね。正面から行くのは自殺行為になるわ」
考え込むソフィアに、セルゲイが声をかける。
「そう言えば、ロイース出身の魔術師達とも話してみたんだが、一人が解決策が見つかるかも知れないと言っていたよ。正確には、彼の護衛が言い出したことなんだがね」
「聞かせて貰えませんか?」
「いいとも。ここへ呼んでこよう、少しだけ待っていてくれ」
そう言ってセルゲイは一度席を外した。
その間に、ソフィアは少し起動することに成功したという聖剣について、キラに尋ねる。
「聖剣について、何か分かったことはあるかしら?」
「うーん……私がピンチになると、反応するみたいです。そうなる前に自力で起動したいんですけど、うまく行かなくて……」
キラの言葉に、ルークが説明を付け加える。
「一度起動すると、微量の力でも鉄の武器を粉砕する破壊力を発揮します。また、持ち主であるキラさんの身体能力の底上げも行うようですね」
「鉄の武器を粉砕?! 想像していた以上ね。砕けた武器、見せて貰えるかしら」
ルークは使い物にならなくなった砕けた剣を拾い上げ、ソフィアに見せた。
剣の断面を見たソフィアは、珍しいことにぎょっとした表情を一瞬浮かべる。
「これは……! 物理的にではなく、高密度の魔力で破壊されたものね」
「ソフィさん、よく分かりますね」
見てすぐそう言い切るソフィアに、キラは驚いた。
「破壊呪文で壊された鎧と、断面がよく似ているのよ。書物で読んではいたけれど、いざ実物を見ると恐怖すら感じるわ。こんな破損のし方、上級の呪文でもぶつけないと無理だもの」
鉄の武具を粉砕できる強力な呪文の習得難易度を知っているだけあって、ソフィアは内心引いていた。
キラの話によれば、使い方がよく分からず中途半端に起動して、勢い余ってこれである。
魔術師が長年かけてたどり着く破壊力に、いとも簡単に到達している。
しかも聖剣はただ叩きつけただけであり、そこに詠唱などの技術は介入していない。
飛び道具にならない代わり、上級の破壊呪文と同等クラスの魔力をぶつける兵器、それこそが古代の魔剣の正体なのかも知れないと、ソフィアは考えた。
もしキラが聖剣の扱いをマスターして全力を出せばどんな現象が発生するかは、危険過ぎて実験はできないだろう。
「それって、そんなに凄いんでしょうか? ソフィさんの使うような、魔法の方が凄いんじゃ?」
起動すら不安定な古代兵器より、同レベル以上の威力を自由自在に操れる魔術師の方が強いのではないか、とキラは素朴な疑問をぶつけた。
「一長一短かも知れないわ。一概に、聖剣と魔法どちらが優れているとは言えないわね」
魔法は現代でも普及した技術ではあるが、扱うには素質と知識、訓練が必要で、その上戦闘で扱うには呪文の詠唱による遅さが常に問題となる。
一方キラの聖剣を始めとする古代の魔剣は、謎が多く扱い方もよく分かっていないものの、呪文を唱えることなく魔力を込めるだけで強力な破壊力を発揮できる。
また、ただ相手を攻撃するだけでなく使用者本人の身体能力の底上げも行ってくれるので、攻撃と自分の強化を同時に行うと考えると、魔法剣士でも難しい芸当を武器のみで行えるということになる。
ただし汎用性という点においては、聖剣はロイース王家専用の武器のようで他の人間では反応しないらしい。
担い手を選ぶ替わり、奪われて悪用される心配もなさそうなので、良し悪しといったところだ。
「少なくとも、白兵戦での破壊力と速攻性は目を見張るものがあります。ある程度模擬戦で打ち合った感想として、これを使いこなす人間を敵にはしたくないですね」
わずかな時間ながら模擬戦の相手役を努めた、ルークの視点からの感想だった。
彼は魔法剣を持っていたからある程度拮抗できたものの、ただの鉄の剣しか装備していなければ、例え技量で上回っていても勝ち目がなかっただろう。
三人が話し合っている間に、セルゲイはロイースから出張してきているという魔術師と、もう一人甲冑を着込んだ若い男を連れてきた。
「待たせてしまって、すまないね。彼らが、ロイース出身の魔術師と、その護衛だ」
二人は、キラを見ると深々と頭を下げる。
「宮廷魔術師の、ベンジャミン・オールドソンと申します。よもや、殿下が生きておられたとは……!」
「護衛を務める騎士の、オーウェン・ハミルトンです。王国は今、危機に瀕しています。どうか、殿下のお力を」
オーウェンと名乗った騎士の言葉に、キラも深刻な表情を浮かべた。
「二人共、はじめまして。今、国で何が起こっているか、聞かせて貰えますか?」
キラの問いに、オーウェンは沈痛な面持ちで答える。
「もうご存知かと思われますが、クーデターでバルバリーゴが実権を握っており、それ以来王国は荒廃の一途を辿っています。全てはバルバリーゴの悪政が原因です」
彼の話によれば、ジョルジオが政権を掌握してからと言うもの、税は無理なレベルに引き上げられ、払えない国民は次々と投獄か処刑。
貴族なども自分に従順でなければ土地を取り上げたり、罪をなすりつけて追放したりと、やりたい放題らしい。
民衆はかつては信頼していた王国軍を恐れるようになり、大臣の息のかかった士官で固められた軍もあっという間に腐敗し規律が乱れている。
アルバトロスを含む周辺国に対しても非常に好戦的で一触即発の緊張状態が続き、開戦は時間の問題。
そして誰も、暴走する大臣を止められない。
「想像はしていたけれど、事態は深刻ね……」
「このまま放置すれば、世界中を巻き込んだ大戦争になりかねません」
ソフィアとルークは顔を見合わせた。
ロイース王国程の大国が四方に戦争を仕掛ければ、ただでさえ乱れた世は更に混迷を深めるだろう。
ジョルジオの野心がために多くの血が流され、戦争のために物資は次々と食い潰される。
相手国もロイース王国自体も、どんどん痩せ細っていくに違いない。
(どの道戦争になるなら、やはりカイザーさんのアルバトロス連合に助力を求めた方が……)
キラは戦争を回避したいがために亡命政権を建てることに消極的だが、こうなっては四の五の言っていられない。
ルークはアルバトロスへ身を寄せることを再び提案しようとするも、それより先にキラが口を開いた。
「ところで、解決策とは?」
これにもオーウェンが答えた。
「はい。殿下は、王家に伝わる聖剣をお持ちだとか。うまく王都まで潜入し、城の議会で貴族達にまだロイース王家が健在であることを証明できれば……逆転のチャンスはあります」
ジョルジオが国を牛耳る口実は、王家が絶えたのでその代理で、という体だった。
つまり正当な王族がまだ生き残っていたならば、ジョルジオの権力の正当性は失われる。
「殿下の存在と、聖剣が鍵です。聖剣を携えて議会に乗り込めば、バルバリーゴめも『影武者だ』などと誤魔化せないでしょう。今度こそ、奴は終わりです」
「作戦は分かりました。でも、どうやって王都まで……」
ロイースの国土は広大で、北から王都を目指すにはかなりの距離がある。
王都の位置はアルバトロスとの国境に近く、ギリギリまでアルバトロス領内を移動すれば危険は回避できるだろうが、ロイースに入った途端に大臣の手先の王国軍が待ち構えている。
「ご安心を、殿下。自分が王都までの抜け道を案内できます。実は軍の中にもバルバリーゴをよく思わない者はまだ残っていて、彼らと密かに協力すれば、見つからずに王国領を通れるはずです」
ロイース出身の騎士であるオーウェンならば土地勘もあり、現地の兵士の誰が味方か見分けることもできるだろう。
「ゲリラ戦をするよりも、現実味はありそうね」
そう言いつつ、ソフィアは生真面目そうな若い騎士に目をやる。
(もっとも、この騎士が信用できれば、の話なのだけれど……)
ルークと目が合うと、彼も口に出さずに同じことを考えている様子だった。
「案内して貰えるのは助かりますけど、オーウェンさんは護衛のお仕事があるんじゃ……」
「他にも私の護衛はおりますので、問題ありません」
キラの質問にベンジャミンはそう答えたが、一方で不安そうにオーウェンへと目を向ける。
「むしろ、道案内がハミルトン一人で大丈夫かどうか……」
「隠密行動を取るならば、少人数の方が見つかりにくいでしょう。現地のことは、自分にお任せを」
ベンジャミンとオーウェンの間で話はまとまった。
残るは、張本人のキラとその仲間の合意が得られるかどうかだ。
「恐らくこの作戦で問題ないと思いますが、仲間と相談させてください」
念の為に仲間と話し合って方針を決めようと、ルークはそう言った。
「ぜひそうして貰いたい。別の作戦を取るにせよ、何らかの形で協力すると約束しよう。これも忠義を誓った祖国のためだ」
オーウェンは、ルークを真っ直ぐに見据えて答える。
その場はいったんお開きとし、夕方に大学の客室に戻った。
キラはこのオーウェンという騎士を信じるべきか否か、選択を迫られることになる。
To be continued
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます