第34話 『聖都の影』

 キラ達がカルロの故郷で彼の罪を知り、改めて仲間に加えることを決めたちょうどその頃。

 ユーリの後を追う弓兵ヘイスもまた、痕跡を辿り教皇領に入ったばかりの町に到着していた。

 数日前、キラ達が羽を休めていた町だった。

 ギャングに追われて教皇領に逃げ込んだなら、真っ先にこの町に着くはずであり、確実にここで休憩を取っていたはずだと考えたヘイスは、入念に町内の宿で聞き込みを行っていく。

「灰色マントの弓使い、ねぇ……。しばらく泊まって行ったお客のパーティに、そんな人も居たかも知れないな」

「それは本当か?! どこへ向かったか、聞いていないか?!」

 宿の店主の言葉に食いつくヘイスだが、行き先については彼も知らないと言う。

「ただ、本当に仕事中に耳に入った程度なんだが……確か、北のドラグマがどうとか言っていたような気がするな。もう数日前に出発して行ったよ」

 確証のない話ではあったが、ここに来てヘイスはひとつ腑に落ちた。

(そうか、奴は北方ドラグマを目指していたのか。通りで真っ直ぐに北上するわけだ)

 キラ達が北へ向かったとは聞いていたが、具体的に目的地がどこかは知らずにここまで追ってきた。

 北国のドラグマ帝国に入るつもりなら、今までの道筋も納得がいく。

 ひとつ大きな手掛かりを掴んだヘイスは、ついでにキラ達と同じ宿に泊まることに決めた。

 町でも結構いい宿のため宿泊料は高くついたが、その分ベッドは質がよく、料理も望みのものを食べ放題という待遇だ。

 ヘイスは魚料理をメインに思う存分舌鼓を打ったが、やはりどこか物足りない。

(こういう高い宿でも、やはりまだ駄目だ。高級料理店にでも行かないと無理だな)

 食事を終えたヘイスは、ふと店主に尋ねてみた。

「この辺りに、フルコースを振る舞ってくれる店はないか?」

「うん? フルコース、ねぇ……。もっと都会の方へ行けば無いことは無いだろうけど、如何せんそういう店はお客を選ぶんだよ」

 店主の言う通り、フルコースが出るような高級な店は貴族や金持ちを相手に商売をするもので、傍目に見ても平民のヘイスでは門前払いを食らうだろう。

「仮に財布の中身が足りていても、やはり駄目か?」

「そういう格式高い店は、身なりでお客を選り好みするからねぇ。まず店に行くための服と、ある程度名が通っている必要もあるだろうな」

 ヘイスも一応、傭兵業界では名の知れたスナイパーなのだが、店主が言っているのはそういう意味ではない。

 貴族や富豪としての格、すなわち家名のことだ。

 身なりがよく、財布の中身が詰まっていても、無名の家の者はやはり店に入れて貰えないことの方が多い。

「そんなにフルコース料理が食べたいのかい? ありゃ、俺達みたいな庶民には縁のない食べ物だよ」

「だろうな」

 ひとつため息をつくと、ヘイスは話題を切り替える。

「ところで、何か仕事はないか? 路銀が必要なんだが」

「そういうことなら、力になれるだろう。依頼は何件か入っているよ」

 一言にユーリを追うと言っても、その経費は全て自腹だ。

 しかもこの追跡自体、仕事ではなく単なる個人の私怨に過ぎない。

 例え『一匹狼』を仕留めたところで、報酬が入るわけでもなかった。

 ヘイスはユーリの追跡に執念を燃やしていたが、その一方で路銀や生活費の工面など現実的なところをちゃんと見ていた。

 先を急ぎたいのは山々だが、途中で金が尽きてしまえば追跡はそこまでで終わってしまう。

(これが、傭兵の辛いところだな……)

 逸る気持ちを抑え、ヘイスはしばしこの町で資金稼ぎをすることに決める。

 獲物を追う方角は間違っておらず、着実に距離を詰めていることは確かだ。

 ヘイスがキラ一行に追いつくまで、後少し。


 カルロの故郷の村を出発して四日目。

 追手が居ること知らずに、キラ達は何事もない平穏無事な旅を進めていた。

 ただ荷台に座りながらうつむいて、何かを思い詰めている様子のルークのことが、キラは気がかりだった。

(ルークさん、この前からずっと悩んでるみたい。どうすればいいのかな……?)

 いつも世話になっている身で深く追及するわけにもいかず、キラもやはり考え込んでいた。

 対するルークは、心配そうなキラの視線にも気付かない程、深刻に思い悩んでいた。

(ようやく怪我は完治したが……私の負傷で、どれだけ時間を無駄にしてしまっただろうか。やはり私では力不足なのか? 所詮私では、足を引っ張ることしかできないのだろうか)

 自分なりにキラの役に立とうと努力していても、思うように結果が出せないルークは内心焦っていた。

 自分は実は役立たずで、キラや仲間の足手まといになっているだけなのでは。

 お情けでパーティに置いてもらっているだけで、本当は自分の席などないのではないか。

 よくない思考がルークの脳裏を埋め尽くす。

 二人の若者の悩みを乗せたまま、馬車は教皇領の中心部、聖都ヴェンデッタへと到着した。

 街に入り、馬車を降りた一行を待っていたのは、芸術と呼べる程に整った建物の並ぶ街並みだった。

 それもそのはず、聖都ヴェンデッタはこの大陸中の都市で一番美しい都とも呼ばれる、芸術の街でもある。

「すっげぇ……」

 初めて聖都の景色を眺めるディックは、思わず圧倒されて口をぽかんと開けて見入っていた。

「この街並みは昔と変わらんのう。何度見ても美しい街じゃ」

 かつてヴェンデッタを訪れたことがあるのか、ギルバートは感慨深そうに呟く。

「こ、これが教会の総本山……! 素晴らしいですね! 僕、感動しちゃいましたよ!」

 片田舎の修道院から出たことがないというヤンは、聖地に足を踏み入れたことを大いに喜んではしゃいでいた。

 そんなキラ達に、一人の僧侶が声をかけた。

 人の良さそうな笑みを浮かべた、温厚そうな中年の男だった。

「やあ皆さん、旅のお方々ですかな?」

「ええ。数日程、聖都に立ち寄らせてもらう予定よ」

 ソフィアが答えると、中年の僧侶は嬉しそうに顔をほころばせる。

「そうでしたか。よろしければ、街を案内しましょうか? 初めて訪れる方は、広くて宿を探すだけでも一苦労なさるようですし……」

 僧侶はこの街をよく知っている様子だ。

 恐らく、聖都を訪れる旅人を歓迎して案内するのが役割なのだろう。

 ヴェンデッタは教会の聖地としてだけでなく、その景観の美しさから観光地としても名高い。

「では、案内を頼むとしようかのう。まずは宿を取りたいところじゃが」

「お任せください。いい宿を知っておりますよ」

 そのまま一行は僧侶の案内で宿を取り、その日はゆっくり観光することとなった。

 鬱屈した様子のルークの気晴らしになるかも知れないと、キラもそれを望んだからだ。

 綺麗に整えられた大通り、宗教的な工芸品なども扱っている市場、観光名所の噴水など、僧侶は丁寧に聖都を案内してくれた。

 やがてキラ達は街の中心部、一際美しい城が見える場所までやってきた。

「でっけー城だなぁ!」

 城塞としての防御力だけでなく、芸術的な造形美を追求したその佇まいに、思わず声を上げるディック。

 キラも何とかルークを励まそうと、手を引いて城を指差す。

「ほらルークさん、綺麗なお城ですよ!」

「あれが聖都ヴェンデッタの中枢、サンジェルマン城です。教皇様のおられるお城ですな。外から眺めるのはいいのですが、中に入るには許可証が必要です。お気をつけください」

 キラ達の反応に気を良くしてか、僧侶は少し自慢気に語った。

 教会の最高指導者である歴代教皇が住まう城がサンジェルマン城であり、あの城は教会の信者達の誉れでもある。

「わぁ! 本物をこの目で見られるなんて、思ってもみませんでしたよ! 本の挿絵よりずっと綺麗で迫力あるなぁ!」

 ヤンも右手で眼鏡の位置を直しながら、じっくりと城の景色を目に焼き付ける。

「そうでしょうとも! この街の住民、そして教会の一信徒として、サンジェルマン城は大陸で一番美しいお城だと自負しております」

 しばらく城を眺めた後、一行は次の観光名所へ移るべく移動を始める。

「次に立ち寄る大聖堂は、旅人や観光客の方々にも一般開放されておりまして、誰でも中に入って祈りを捧げることができる場所です。疲れてはおりませんか? 大聖堂ではゆっくり座って休めますので……」

 楽しそうにキラ達を案内する僧侶だが、突如何の変哲もない通行人が行く手を塞ぎ、一行を取り囲む。

 外套の裏にはメイスや棘付き鉄球を取り付けた棍棒のモーニングスターを隠し持っており、彼らは一斉にその武器を抜いた。

 急にキラ達を取り囲んだ謎の集団は、数にしておよそ30人近くにのぼる。

「な、何だ何だぁ?! サプライズイベントってわけじゃねぇよなこれ?!」

 ディックはあくまで観光だからと、槍や鉄の胸当ては宿に置いてきてしまっていた。丸腰の状態だ。

「チッ……! 円周防御だ、囲まれている!」

 奇襲に気付けなかったユーリは舌打ちしつつも、いつもなら使わない剣を抜いて前に出る。

 敵は一般人に擬態して紛れ込み、キラ達を完全に包囲してから武器を構えた。

 全方位に敵が居る状態で組める陣形など限られており、普段は後方から弓で援護しているユーリも、キラやカルロ、ヤンなどの非戦闘員を庇うために前に出ざるを得ない状況だった。

 ルークもすかさず抜刀し、ギルバートはいつも通り体術の構えを取る。

 メイもちゃんと戦斧は携帯しており、すぐに臨戦態勢に入った。

 エドガーも武装は忘れておらず、大盾を構えて最前列に立つ。

 ディックは最初慌てたが、すっかり存在を忘れており、宿に置いてくることすら忘れていた予備の短剣に手が当たり、取り急ぎそれを構える。

「な、何ですかあなた達は?!」

 いきなりのことで困惑しつつも、抗議する案内の僧侶。

 するとキラ達を取り囲む集団の中の一人が、ソフィアを指差して叫んだ。

「魔女だ! 邪悪な魔女が聖地に入り込んでいる! 忌まわしきその名は、ソフィア・カーリン・リリェホルム!! 外法を振りまく悪の権化よ!」

 他の者達もそれに続き、口々に罵声を浴びせる。

「悪魔とまぐわった淫売の魔女だ!」

「貴様のような汚らわしい存在が聖都の土を踏むなど言語道断! 成敗すべし!」

「魔女に魅入られた信奉者も同罪だ! 断罪、断罪せよ!」

 一行を取り囲んだのは、他でもない教会の信者達だった。

 僧兵の中でも魔術師を激しく敵視する集団で、賢者として名の知れているソフィアを付け狙っているようである。

「ま、待ってください! 彼女は確かに魔女ですが、暴力はよくありませんよ! 行いを悔い改めるよう、説得している最中ですから!」

 相手も同じ僧侶と知ったヤンは、矢面に立って止めようとするが、目を血走らせた集団が耳を貸すはずもなかった。

「貴様! 信徒でありながら魔女に与するか! この異端者め!」

 先頭の一人が、ヤンの顔面にメリケンサックをはめた拳を叩きつける。

 悲鳴もあげられず、呻きながら尻もちをつくヤン。

 眼鏡は割れて地面に落ち、折れた鼻からは鼻血が吹き出す。

「ヤンさん、大丈夫ですか?!」

 キラは慌ててヤンに駆け寄り助け起こそうとするが、彼はすっかり目を回していた。

(な、何て乱暴な人達だ! まるで話が通じない。本当に僕と同じ僧なのか?!)

 対話は無理と判断したルークは、庇うように二人と敵との間に割って入る。

「キラさん、下がってください。この相手は危険です」

 明らかに常軌を逸した狂気の集団に、ルークは警戒心を強める。

「ヴェンデッタに足を踏み入れたのが間違いだったな! ここは神の聖地、貴様のような魔女が居ていい場所ではない!」

 ヤンを殴り倒した先頭の男の一声により、街の大通りのど真ん中、大勢の通行人を巻き込みながら、待ったなしの戦いの火蓋が切って落とされた。

「やめてください! 市民も大勢居るんですよ!」

 真っ先に、止めに入ろうとした案内役の僧侶が牙にかかった。

 彼は容赦なく鈍器で撲殺され、頭から血を流してそのまま倒れ込む。

 その様子を見てしまったキラは、パニックを起こしてその場から動けなくなってしまう。

「魔女に与する者も同罪だ! 汚れた魂は地獄の炎で浄化されるべし!」

 一切の聞く耳を持たない集団は、民間人を巻き込むこともお構いなしにキラ達に襲いかかった。

 ソフィアは魔導書と杖を取り出して詠唱を始め、魔法障壁で仲間を守ろうとするが、そんな時に敵の僧兵が放った祈りの言葉がソフィアから声を奪う。

「…………っ!! …………?!」

 いくら叫ぼうとしても声が出ず、困惑するソフィア。

 魔術師は基本的に呪文を唱えて戦う。

 それ故、声を封じて呪文を詠唱できなくしてしまえば、安全に無力化することができた。

 僧兵が放った術は、かつて魔女狩りの際に多用された、通称『魔術師殺し』と呼ばれる発声を封じてしまう術だった。

(『魔術師殺し』の術を使うということは……彼らは、魔女狩りの残党か!)

 ルークも話で聞いただけで、実物を目にするのは今日が初めてだった。

 今の教皇が魔女狩りを禁じてからというもの、それまで魔女狩りを行っていた僧兵部隊は解体となった。

 表向きはそのはずだが、今でも裏で魔術師の殺戮を繰り返している、魔女狩り時代の亡霊が居ると耳にしたことがある。

 人はそう簡単に変われないものだ。

 真っ先に狙われたソフィアは、仲間の援護ができなくなった。

 魔女狩り集団ももう一人の魔術師であるレアのことは勘定に入れていないようだが、当のレアは恐ろしくて呪文の詠唱すら行えないでいた。

(もう最悪! やっぱり教皇領なんて来るんじゃなかったわ! ボクも魔術師だって分かったら殺される! それも最優先で、徹底的に!)

 震え上がったレアは、短剣を握り締めたまま、どうすることもできず立ち尽くしてしまう。

 ソフィアが魔法を封じられ、レアも戦意喪失状態になり、残る前衛だけでキラ達非戦闘員を守らなくてはいけない。

 おまけに敵のように一般市民を巻き添えにすることもできず、一行は苦しい戦いを強いられた。

 ギルバートは闘気の衝撃波で敵集団を纏めて薙ぎ払うことができず、硬質化のおかげで傷こそ受けていないが一人一人を順番に体術のみで倒していくしかなかった。

 メイも同様に、民間人に当たることを警戒して斧を大振りに振り回せず、本来の火力を発揮できずにいる。

 大盾で敵を押し止めるエドガーも、右手の槍を使って反撃していても数に圧され、徐々に後退を余儀なくされていた。

(このままではまずい。だが敵は私が魔術師だと気付いてはいない、ここがチャンスだ!)

 魔法を温存し、剣のみでの接近戦に移るルーク。

 だが敵が手にする鈍器はどれも一撃が重く、下手に受け止めれば剣が折れてしまう可能性もある。

 剣の傷みに注意しながら攻撃を受け流すルークだが、やはり剣術のみでは分が悪い。

 一方、反対側で同じく剣で応戦していたユーリは、左腕のガントレットから放たれる下位呪文を剣術に交えて戦うことで、本来不得意な接近戦をカバーしていた。

 僧兵は何度もユーリに発声を封じる術をかけたが、元より道具に封じられた魔法を起動しているだけで詠唱不要な彼に、『魔術師殺し』の術は効き目がない。

 下位呪文なので威力は低いものの、詠唱無しで瞬時に放てることを強みとし、時に電撃で感電させて動きを封じ、時に氷の針を飛ばして関節を凍結させ、その間に剣でとどめを刺す戦法で、この苦境を何とか凌いでいた。

 一番の穴はディックだった。

 槍を置いてきてしまった彼の得物は短剣一本。

 いつもと勝手の違う武器に戸惑いながら振り回すも、メイスやモーニングスター相手ではリーチで完全に負けていた。

 前衛の中で一番弱いと知られ、集中攻撃を受けるディック。

 ギリギリで避け続けていたが、とうとう一人の魔女狩りの握るメイスがディックを打撲し、後方に弾き飛ばす。

「ぐあっ……!」

 呻き声をあげ、そのままディックは動けなくなってしまった。

「そんな! ディックさん!」

 恐怖で涙を流しながらも、倒れたディックを案じてキラは駆け寄った。

 これで円陣を組んでいた前衛の一角が崩れた。

 敵はそこからなだれ込むように、ソフィアを始め非戦闘員の仲間を狙う。

「魔女と信奉者は粛清すべし! 地獄の業火に焼かれるがいい!」

 敵は無抵抗なキラや、同胞であるはずのヤンにまで攻撃を加えようとした。

(キラ、今動いては駄目よ!)

 ソフィアは叫ぼうとするが声が出せず、魔女狩りの牙にかかりそうなキラを身を挺して庇った。

「きゃあああ?!」

 キラの悲鳴を聞きつけたルークは、捨て身の体当たりで先頭の男を突き飛ばそうとする。

(駄目だ、浅い!)

 元々筋力が剣士としてはそう高くなく、力押しが苦手なルークは、体当たりでも屈強な僧兵を転倒させられなかった。

 すかさず至近距離から剣を突き刺し、それでとどめとする。

 まだまだ敵は大勢残っている。

 ルークは休む間もなく、次の相手へ剣を向けた。

(私が戦わなければ! キラさんを守ると約束したんだ!)

 使命感に駆られたルークはがむしゃらに剣を振り回し、並み居る僧兵を斬り倒しながら前進する。

 このまま包囲網に穴を開け、突破口を開こうと彼は考えていた。

「ルーク、出過ぎじゃ! いったん戻れ!」

 らしくもなく突出したルークに、ギルバートが警告する。

 しかしこれこそ、ルークが待ち望んだ瞬間。

 周りは敵ばかりで、味方も民間人も居ない。

「……封印術式、限定解除!」

 ここに来て初めて、ルークは魔法を行使する。

 ファゴットの街やギャング団相手に見舞った、強力な大魔法だ。

 右手の剣で宙に印を描き、魔術言語で素早く詠唱を開始する。

 それに合わせて増大する魔力に、一瞬敵も浮足立った。

「あいつも魔女か?!」

「魔女から外法を授けられた信奉者に違いない!」

 今まで魔法を使わず戦ったのは、この致命の一撃を相手に食らわせるまで、自分が魔術師であることを隠すためだ。

 一度魔法を使えば、敵は必ず発声を封じに来る。

 だからこそ、勝負の決め手となる大魔法を撃ち込むまでは、ただの剣士だと思わせておく必要があった。

(時間との勝負だ、急げ……急げ!)

 内心焦りながらも、正確に呪文を唱え続けるルーク。

 彼は左手を頭上に掲げ、そこにどす黒い魔力の塊を作り出していく。

 魔力の球体が発する放電が術者であるルークの身を引き裂くが、苦悶の声すら封じ込めて詠唱を続ける。

 パニックを起こしながらも、ルークが危険な魔法を行使しようとしている瞬間を目にしたキラは、悲鳴にも近い声で叫んだ。

「ルークさん、駄目ー!!」

 キラは以前、ギャング団との戦いの際にルークが術の反動で大怪我を負ったことを知っている。

 そして今また、我が身を犠牲に自分達仲間を救うため、大魔法を放とうとしている。

 何とか止めようとするキラだが、何の力も持たない彼女にはどうすることもできなかった。

 ルークの耳にもキラの叫びは聞こえていたが、後ろ髪を引かれつつもルークは大魔法の詠唱を止めなかった。

(すみません、キラさん。あなたを救うにはこれしか……!)

 反動で身を裂かれ苦痛に顔を歪めながらも、ルークは術の完成まであと一歩まで辿り着く。

 これを撃てば勝負は決まる、そう思ったルークだが、無常にも魔女狩りの術の方が一瞬だけ早かった。

 大魔法を放つ直前、『魔術師殺し』の術で発声を封じられたルークは、最後の完成の一節が唱えきれず、術はそこで崩壊してしまう。

 中途半端な状態の魔力の塊は風船のように空中で破裂し、周囲に破壊を撒き散らした。

 だが完成に至らなかったせいで威力は不十分で全ての敵は倒しきれておらず、何より一番の被害を被ったのは爆心地に居た術者のルーク本人だった。

「…………! …………!!」

 膝から崩れ落ちながらも、ルークは背後のキラに振り返って何かを叫ぼうとするが、声が封印されているため言葉にならなかった。

(あなただけでも逃げて欲しいのに……! こんな時に声すら出せないとは、自分が情けない……)

 守ると誓ったキラを、最期に逃がすことすらできない歯痒さに、ルークは絶望した。

 再び大切な人を失うという現実にでも、どうあがいても救われない現状にでもなく、己の無力さへの絶望感だった。

「よくもやってくれたな! 死ね、悪魔崇拝者め!」

 キラや仲間達の目の前で、魔女狩りにとどめを刺されそうになるルーク。

 彼は自分に失望しながら、静かに目を閉じた。

 だが次に聞こえてきたのは、自分の骨が砕かれる音ではなく、周囲の僧兵達の断末魔だった。

「ぎゃあああ!!」

「な、何だこいつ?!」

 間一髪でルークを救ったのは、マントを羽織った一人の小柄なシスターだった。


To be continued

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