第20話 『ファースト・コンタクト』

 キラ達がファゴットの街で悪徳領主と戦っている頃、アルバトロス首都のカイザーもまた、新たな危機に直面していた。

 帝国軍残党がかつてない規模で纏まり、首都アディンセルの南西にある砦を占拠、そこに他の残党軍も続々と集結して首都襲撃の計画を練っているというのだ。

 ようやく落ち着きを取り戻し始めた首都が再び戦火に焼かれる危険があるとして、カイザーは革命戦以来久々に陣頭指揮を執ることを決意する。

 今日は砦に集まった残党軍の掃討作戦の戦術を議論するための、作戦会議が開かれる。

 舞台はかつて帝国時代の王城として使われていた建物の奥で行われる。

 以前と違い、広大な敷地の多くは一般人も出入りできるように開放されているが、城の中央部は将軍や官僚が集まる連合国の中枢として機能していた。

 この日の緊急会議も連合国軍の主要な将校達が集まり、来る大規模作戦に向けて備えている。

 広い会議室の中央には長テーブルが置かれ、その上には今回の戦場となる南西砦周辺の地図と、敵味方を意味する赤と青の駒が置かれていた。

「遅いですな……」

 カイザーの右腕として隣の席に座るジョイスは、唯一空いている空席を見てそう呟いた。

「新人が来ると聞いていたが、何かあったのか?」

 カイザーは事前に、南部の地方からの推薦で新しい人材が来ると聞いていた。

 何でも変わり者だが相当優秀な人物だとかで、地方勤務で終わらせるには勿体無いと中央へ送られてくる予定だった。

 残党軍の集結もあり、到着早々に大規模作戦へと参加させられることになるその新人なのだが、会議を始める時間になってもまだ来ない。

 移動の途中で残党軍にでも襲われたのかとカイザーは心配になったが、新人一人のために緊急会議を遅らせるわけにもいかない。

「……仕方ない、今から作戦会議を始める」

 そう宣言し、カイザーは集まった将校達に今置かれている現状の再確認と、早急な掃討作戦の必要性を改めて説明するところから始めた。

「斥候からの情報によれば、敵は砦に立て籠もって守りを固めていると見られる。ジョイス」

 名を呼ばれたジョイスが、ここからカイザーに代わって詳しい説明を始める。

 敵を示す赤の駒が、地図上の砦のある位置に集められた。

「この砦はちょうど10日前、残党軍によって奪われたものです。南北と西を山脈に囲まれた強固な砦で、攻め入るには東側から攻撃するしかありません」

 これには集まった将校達も唸った。

 油断していたとは言え、厄介な拠点を奪われたものだ。

 一般的に城攻めには敵の三倍の兵力が必要になるとも言われ、砦に立て籠もる残党軍を攻めるには相当に骨が折れそうだ。

「敵の規模は?」

 将校の一人が質問の言葉を投げかける。

「正確な数はまだ不明ですが、およそ2万。他の残党もこの砦に集まってきているようでして、敵に時間を与えれば更に膨れ上がる可能性は大いにあります」

 残党軍とは思えない程の規模である。

 元々はそう大した兵力でもなかったものが、砦を占拠して首都攻撃の足掛かりを得たという情報を聞きつけ、どこからともなく潜伏していた残党が次々と集まり、まさに雪だるまのように一気に増大したのだ。

 推定2万以上の敵軍に対し、今すぐ動かせる連合軍側の兵力はありったけを動員しても3万人だった。

 全戦力をこの砦に投入すれば倍は増やせるが、そうなると首都やその近辺の守りががら空きになり、逆に他の残党軍に留守を狙われる危険性が出てくる。

「放っておけば敵は増長する一方だ。今、この戦力で敵をどうにかするしかない。まずは砦の東側に集結し……」

 カイザーは身を乗り出すと、味方を表す青の駒を配置し、作戦の説明を行おうとしたその時だった。

「どうも、遅れました」

 会議室のドアを開けて入ってきたのは、紙袋を抱えた一人の女だった。

 長身ですらりとした体格だが、顔は眠たそうな表情で目は気怠げ、ショートボブに切り揃えられた黒髪はところどころ寝癖がついていた。

「城下町の屋台に並んでいたら時間がかかってしまって。構わず続けてください」

 そう言いながら女は紙袋いっぱいに詰まったサンドイッチを次々と口へ運びながら、のろのろと空いている自分の席に腰掛けた。

 そう、彼女こそが今日到着する予定だった、期待の新人である。

「………………」

 カイザー始め、その場に居た将校全員が口をぽかんと開けたまま呆然とした。

 事前に重要な軍議であることを知らせていたにも関わらず、平気で遅刻をして謝りもなし。

 しかも遅刻の理由は買い食いをするためである。

「……はぁ。ジョイス、今回のは駄目らしいな」

 新人のプロフィールが書かれた書類を改めて見直しながら、カイザーは大きなため息をつき、小声で隣にいるジョイスに話しかけた。

 書類には、『ヴェロニカ・ヨハンソン』と名前が記されている。

「あれに構っていても仕方ありませんぞ。続けましょう」

 ジョイスの言葉に気を持ち直し、カイザーはひとつ咳払いをすると再び作戦の説明に入る。

「まず砦の東側に集結し、部隊を第一陣と第二陣に分割する。第一陣は敵主力を砦から誘い出すのが目的だ。敵の誘導に成功したら、隠れていた第二陣が両翼に展開して敵側面を突く」

 カイザーが駒を動かしながら、昨夜ジョイスと打ち合わせした戦術を話す。

「第一陣は不利を装うため、兵力は8000とする。厳しいが、うまく敵の攻撃を誘ってくれ」

 危険な第一陣部隊の指揮はジョイスが担う予定だ。

 危険ではあるが、砦に篭もる敵をそのまま普通に攻めてもいたずらに被害を出すだけだ。

”餌”でうまく釣って、敵を砦の外に誘い出して決戦に持ち込むのが上策と二人は結論づけた。

「何か質問、提案はあるか?」

 そのカイザーの言葉に、真っ先に手を上げたのは意外にも、遅刻してきて席でぼんやりとしていたヴェロニカだった。

 彼女の態度を見るに、今の話を聞いていたのかすらも怪しい。

 だがこの変人が一体何を言い出すのかと、カイザーは聞いてみるだけ聞くことにした。

「どうした?」

「今回の残党軍の副将ジェラルドは行軍中の敵に伏兵を仕掛け、合戦前に兵力を削ぎ落とす戦術を得意としています。過去に何度もこの戦法で帝国軍を勝利させてきました」

 意外にも、話し始めれば饒舌な女だった。

 どこか呆けたような外見とは裏腹に、半ば早口でヴェロニカは言葉を続ける。

「そして今回の行軍ルート上には、南北を雑木林に挟まれた地点があり……ここと、ここです。伏兵を隠すにはうってつけの地形です」

 そう言いながらヴェロニカは、戦場の手前にある地点を指す。

 確かに彼女の言う通り、そこには林があることを示す記号がつけられていた。

 北に一箇所、南に二箇所、計三箇所が道を挟むように位置している。

「なるほどな。では、代案はあるか?」

 大抵、代わりのプランがあるかと聞かれると、ほとんどの人間は黙るものだ。

 ヴェロニカはどうなのかと、カイザーは問いかける。

 するとまた意外なことに、ヴェロニカは考える素振りもなく即座に答えた。

「雑木林のある地点より前に、北側へ分岐する道があります。回り道になりますが、このルートで迂回すれば敵の計略を受ける心配はないでしょう」

 ヴェロニカの指す通り、今は使われていない古い道があった。

 当初予定していた道よりも細く、大軍を移動させるには少々難があるが、敵の裏をかけるのであれば安いリスクだ。

 これでヴェロニカからの提案は終わりと思っていたカイザーだが、彼女は更に青の駒を動かし始める。

「この迂回路を進むと、更に北西側に細道があり、この先は捨てられた廃坑に通じています」

 ヴェロニカが言う場所には、地図上では何も記されていない。

「本当なのか?」

「すぐ調べます」

 カイザーは小声でジョイスに問い、ジョイスは駆け足で一度会議室を出ていった。

 そうしている間にも、我関せずといった様子でヴェロニカは話を続ける。

「この廃坑は一本道で、山脈内を通り最終的に……ここに出ます」

 そう言ってヴェロニカが指したのは、三方を山に囲まれた砦の西側、言わば今回の合戦の真後ろだった。

 早足で戻ってきたジョイスが、今使われている地図の横に古い地図を広げる。

「坑道は確かにありましたぞ。廃坑になって久しいので、最新の地図からは除外されておりました」

「ああ、これです、これ」

 ジョイスの広げた地図には、確かに山脈の北西を通る坑道が記されていた。

 これで、ヴェロニカの言っている戦術が実行可能だということが証明された。

「これはつまり……」

 カイザーは瞬時に、これからヴェロニカが言おうとしていることを理解する。

「はい。少数の別働隊を編成し、この廃坑を通って敵本陣である砦を奇襲します。砦を制圧した後は、東側の本隊とで敵軍を挟撃できます」

「おぉ……!」

 最初はヴェロニカの奇行に呆れていた将校達も、思わず息を呑む。

 わざと少数の兵力をぶつけて敵を誘い出すカイザーの策に合わせて、ヴェロニカは忘れられた坑道を使って敵本陣の砦を奪い返す気でいるのだ。

 当然、敵の主力が誘い出された後の砦はもぬけの殻であり、少数の部隊でも制圧可能と見られる。

 そして一度取ってしまえば、強固な砦は敵の背後を突く強力な兵器に変わる。

 自軍にとっての驚異が、逆に味方となって残党軍を追い詰める算段だ。

 本陣を取られた敵の動揺も期待できる。

「ふむ……。俺はこの作戦を採用しようと思うが、異論のある者は?」

 今度は全員が黙った。

 ヴェロニカの作戦に替わる、新たな戦術を提案できる将校は他に居なかった。

「よし、決まりだ。行軍ルートの変更は直前まで伏せておき、別働隊は極秘任務として扱う。各自、作戦準備にかかれ!」

「はっ!」

 彗星のように現れた新人の提案により、作戦の変更が決まった。

 カイザーもまさかこういう展開になるとは思ってもおらず面食らったのだが、当のヴェロニカ本人は何を考えているか分からない顔で、遅刻してまで買ってきたというサンドイッチをモグモグと食べ続けていた。

 そんなヴェロニカを他所に、将校達は新たな作戦を遂行する準備に取り掛かるべく、続々と会議室を後にしていく。

 その最後尾にヴェロニカもついて行くが、カイザーはジョイスと共に彼女を呼び止めた。

「さっきは見事だったぞ。名はヴェロニカ・ヨハンソンだったな?」

「はい、そうです」

 相変わらず眠たそうな半目で、ヴェロニカが振り向く。

 最初に部屋に入ってきた時から、本当に何を考えているか分からない、ぼーっとした気の抜けた顔である。

 軍人的な緊張感はかけらも感じられない。

「買い食いをするために遅刻したなんて言っていたが、本当はあの策を練るために時間が必要だったんじゃないか?あんな古い坑道、今じゃ誰も覚えていない」

 能ある鷹は爪を隠すと言う。

 彼女も恐らく、自分の能力を隠すためにわざと最初、道化を演じていたに違いないと考えたカイザーだが、ヴェロニカは真っ向からそれを否定した。

「いえ、本当に屋台に並んでいたんですが」

「隠さなくていい」

「だから本当なんですって。信じてくださいよ」

 そのやり取りの間も、ヴェロニカはサンドイッチを口に運んでいる。

 しばしの沈黙の後、カイザーは改めて問う。

「……本当に、買い食いしてただけなのか?」

「最初からそう言ってるじゃありませんか」

 本日、二度目のため息をカイザーが吐き出す。

 天才と変人は紙一重というがこの女、本当に正真正銘、策を考えるためでなく買い食いをするためだけに作戦会議に遅刻してきたのだ。

 だが逆に取れば、事前の下調べも何も無しにいきなり忘れ去られた廃坑の位置を割り出し、さっきの計略を立案したということになる。

 紙一重どころか、変人でありながら同時に天才と言えた。

(頭いいのか悪いのか、分からんな)

 今まで見たことのない人種に思わず困惑したカイザーを他所に、ヴェロニカは軽く会釈するとそのまま会議室を出ていった。

 唖然としつつも、取り残されたカイザーとジョイスの二人も、執務室へと戻ることにする。

 ジョイスと共に執務室へと戻ったカイザーは、デスクに座りつつ改めて新人のヴェロニカについて尋ねてみた。

「あの新人、どう思う?」

 変人のようで天才、大うつけのようでいて策士。

 敵の副将の計略を見破ったことと言い、廃坑を知っていたことと言い、どこにそんな情報を持っていると言うのか。

 だがジョイスは途端に鼻の下を伸ばし始める。

「いや、変人ですが結構いいのではないですかな?体格はスレンダーでスタイルもよく胸は張りがありそうで……」

「ジョイス」

 彼の最大の難点、それは女好きであることだった。

 帝国時代から軍きっての武勇を誇り、面倒見がよく部下からの人望も厚く、こと防衛戦における指揮能力は卓越している。

 が、それでも女に弱いのがジョイスだった。

「ロングスカートに隠れていますが、おみ足も中々すらりとしていて……」

「ジョイス」

「ああ、尻の形も中々によろしいですな。許されるものなら一度撫でてみたいもので……」

「ジョイス」

「顔立ちもああ見えて素材は悪くなさそうですぞ。化粧をちゃんとすればもっとこう、見栄えのする……」

「ジョイス」

 するとジョイスは、途端にニヤけた顔を引き締めると、デスクに両手をついて身を乗り出した。

「閣下、何を迷うことがありましょう?十年に一度の天才ですぞ!」

「お前もそう思うか」

 ようやく話が噛み合い、意見も合致した。

 確かにヴェロニカは規格外の変人だが、同時に規格外の天才でもあるとカイザーは見ていた。

 これから先、恐らく彼女は更に凄い潜在能力を発揮してくれるに違いないと、確信にも似た期待を持っていた。

「今すぐにでも重用すべきです。部隊の軍師に当てるのがよろしいかと思われますが」

「そうだな、そう思う。だがまずは、実戦で使い物になるかどうかだが……」

 会議室では堂々と作戦立案ができても、いざ現場で指揮を執るとなると、急に力を発揮できなくなってしまう将校も少なくない。

 自分の部隊の軍師とするならば、現場で臨機応変に思考を回せる人物であってもらわないと意味がない。

 後日、大規模作戦に向けての準備が進む中、城内でようやくヴェロニカを発見したカイザーは、呼び出す手間が省けたと呼び止めた。

「ヴェロニカ、今いいか?」

「はい、構いませんが」

 この時もヴェロニカは、恐らく城下町で買ってきたと思われるジャンクフードを大きな紙袋にありったけ詰め込んで抱え、絶えず口に運んでいた。

 初日と相変わらずである。

 今日食べていたのは、濃い味のタレで焼いた串焼きだった。

 これに限らず、城下町の屋台などで安く売られている庶民向けのジャンクフードというものは、大体が味付けの濃いものが多かった。

 ジャンクと言うだけあって見るからに安物で健康に悪そうな料理ばかりだが、グルメとしてこういった庶民食を好む者も居ると聞く。

「今度の作戦なんだが、君にも副将として俺の部隊に加わって欲しい」

「はい、分かりました。……えっ?今、何と?」

 いつものように気怠そうに一度は答えたヴェロニカだが、意表を突かれたように眠たそうな半目を大きく見開き、聞き返す。

「副将として作戦に参加して欲しいと言ったんだが、聞いてたか?」

「えっ、えっ……それってつまり、私に戦場に出ろって言うこと、ですか?」

 露骨に嫌そうな顔を浮かべるヴェロニカに、カイザーは頷いた。

 ヴェロニカは途端に狼狽えた様子で、目を上下左右へと泳がせる。

 その様子から、カイザーは彼女が一度も戦場に出た経験がないのだと察した。

「えーっとですね、その日は、その、グルメ愛好会の集まりがあるのでお休みということで……」

「駄目だ」

 どうも嘘をつくのは下手な人間らしい。

 カイザーは心を鬼にしてバッサリと却下した。

「そ、そんなぁ……どうしても戦場に出ないといけないんですか?何が何でも?」

「戦場の空気を感じるだけでいい。もちろん、最前線で武器を振れとは言わない。安全な自軍本陣で、俺の指揮を補佐してもらいたいだけだ」

 作戦立案時には全く考える素振りすら見せなかったヴェロニカが、今回は激しく動揺して悩んでいる。

 どれくらいかと言うと、串焼きを口に運ぶ手が激しく震え、顔色が青くなっている程だった。

「あの……本当の本当に戦わなくていいんですよね?私、剣も槍も弓も全部まるで駄目でして、魔法も魔力が皆無と言われてまして……」

 ようするに、指揮は執れても個人の武力は全く持ち合わせていないということだ。

 元々、カイザーも彼女に武勇など期待していない。

 とにかく、今回は現場での指揮能力を確かめたいだけだ。

 だが、素人でもしばらく訓練すればある程度モノになる槍ですら駄目と言われるとは、余程の武術音痴らしい。

「ああ、部下達が守ってくれる。安心しろ」

「ででで、では泥舟に乗ったつもりで、せせ、戦場に……やっぱりやめません?」

 この期に及んでヴェロニカは視線を右往左往させながら逃れようとするが、ここまで来てカイザーがそれを許すわけもなかった。

「腹をくくれ」

「私は正直、腹を切る覚悟ですよ……」

 そう言う彼女の目は死んでいた。

 将来カイザーお抱えの軍師となるかも知れない期待の新人は、極端に臆病で、武器の扱いが致命的に下手で、おまけに珍妙な人物であった。

 本人の反応はともかくとして、補佐役の副将として戦場に連れ出す約束は取り付けた。

 後は、あそこまで動揺して怯えていた彼女が、現場でどう動くかだ。

 死刑宣告でも受けたかのような表情のヴェロニカを他所に、出陣の準備は着々と動いていく。


 ヴェロニカ・ヨハンソンは、帝国領南東部の辺境の田舎の生まれである。

 かつては小さな国だったが、皇帝メイナード六世による領土拡大によってアルバトロス帝国の領地として取り込まれたのだ。

 戦争と呼べる程のことすら置きなかった。

 弱小国に過ぎない彼女の祖国は、組織的な抵抗もままならず帝国の植民地と化した。

 この当時、ヴェロニカはまだ10代の娘で、将来のことについてもあまり考えてはいなかった。

 ヴェロニカの父は軍人で、あまりの変人ぶりにどこにも行き場のない娘を、軍で引き取る形で仕官させた。

 何とか仕事にはありつけたヴェロニカだったが、彼女は常に孤独だった。

 若い頃から既に策略家としての頭角を現していたが、逆にその頭脳故に周りの人間と話が噛み合わなかったのだ。

 そして『出る杭は打たれる』という諺通り、妙に突出したヴェロニカは不遇な扱いを受けていた。

 昼行灯として除け者扱いが続いたヴェロニカだが、一人だけ例外がいた。

 彼女の父にかつて世話になっていた、ベルニッツという士官である。

 彼は恩師に報いるためにその娘の面倒を見ていたが、その中で彼女の類まれな才に気付く。

 何とかヴェロニカの才能を発揮させてやりたいと思うベルニッツ。

 しかし当時の帝国軍に売り込んだとて、変人女として余計邪険に扱われるのは目に見えていた。

 そんな折に、転機は訪れる。首都で起きた、カイザーの革命騒ぎである。

 革命により政権は覆り、帝国は解体、連合国として生まれ変わった。

 その中心人物であるカイザーは、身分を問わず優秀な人材を採用する実力主義だと知ったベルニッツは、一か八かと連合国中央へヴェロニカを推薦し、送り出すことに決める。

 ヴェロニカは乗り気でなかった。

 この僻地で、変人と蔑まれながら細々と一生を終える。

 それでいいと、ある種諦めにも似た心境でいたからだ。

 ベルニッツはそんな彼女を熱心に説得し、何とか首都へ向かわせた。

 その途端に緊急で帝国軍残党の掃討作戦が行われることが決まり、ちょうどタイミングが重なったヴェロニカはその会議の場に引きずり出される形となった。

 皮肉にも、それがカイザーを始めとした連合軍首脳に、彼女の才を認めさせるきっかけとなる。

 今回の異動と掃討作戦が、ヴェロニカ個人に留まらず連合国全体にとっての大きな転機になるということは、彼女自身も、カイザー達もまだ気付いていない。


 作戦当日、カイザーが直々に率いる連合国軍3万の兵は残党軍が占拠した砦へ向けて出発した。

 ヴェロニカの提案通り、直前になって行軍ルートを変更して北側へ迂回する道を通る。

 鎧馬に騎乗したカイザーは、すぐ横の馬車の荷台で揺られているヴェロニカに声をかけた。

「今のところは作戦通りだ。気分はどうだ?」

「は、吐きそうです」

 青い顔でそう言いつつも、ヴェロニカは今日も袋いっぱいに詰め込んだジャンクフードを食べ続けていた。

 しかしその手は緊張で震え、時々食べ物をこぼしそうになっている。

(初陣の新兵でもここまで怯えないものだが……)

 田舎とは言え本当に軍人だったのか、怪しく思えてきた。

 今まで数多くの若者の初陣を見届けてきたカイザーだが、これ程臆病な将兵は初めて見る。

「確かにあまり気分はよくなさそうだな」

「ははは……明日死ぬかも知れないと思うと、昨夜眠れず徹夜してしまいまして……。一応、遺書は書いてきました」

 どうりで目にクマができているのだとカイザーは納得した。

「死にやせん。現に今の所君の見込み通りだろう」

 そう言いつつ、カイザーは南側の道に目をやる。

 本来ならば、今頃はあの道を通っていたはずだ。

 道はちょうど南北を林で囲まれ、ヴェロニカの予想が正しければそこには敵の伏兵隊が、いつまでもやって来ない連合軍を今か今かと待ちぼうけしているところだ。

 うまく敵の目を欺けているのか、伏兵に襲われる気配は現在無い。

 このまま進めば、次の分岐路があるはずだ。

「よし、ここで別働隊と別れる。戦場で会おう」

 カイザーの指示通り、およそ500人からなる奇襲部隊が北西に向かう細道へと分け入っていく。

 使われなくなって久しいため、まるで獣道のような場所だった。

 彼らはそこから廃坑を通って敵本陣の真後ろへつく。

 そこから敵主力部隊が誘引されるタイミングを見計らう手筈だ。

(ヴェロニカの計略が上手く運べばいいが)

 カイザーは、戦場とは巨大な生き物だと考えていた。

 その時々で様相を変化させ、思い通りに策がはまることもあれば、予想外の出来事で何もかもぶち壊しになることもある。

 想定外の事態が起きた時、ヴェロニカはどういう反応を現地で見せるのか。

 カイザーはそれを見たいのだ。

 戦場という名の怪物に、彼女がどう立ち向かうのかを。

「よし、もうすぐ砦が見えてくる。第二陣はここで待機、第一陣を前に出すぞ」

 カイザー率いる本隊は第二陣として敵から見えない位置に隠れ、兵力を温存する。

 代わりにジョイス率いる第一陣の部隊8000人が前に出て、砦の残党軍をつついて誘い出す予定だ。

「ジョイス、気をつけろよ」

「お任せください」

 互いに馬上で手をタッチしたカイザーとジョイスは、それを合図にして部隊の位置を入れ替える。

 それまで先頭に立っていたカイザーは後ろに下がり、ジョイスが第一陣部隊を引き連れて前進する。

 この部隊の中心はジョイスが主将となって纏める護衛部隊の精鋭が固めており、防御力に関しては疑う余地もなく最強クラスだ。

 本隊から離れて砦の前まで進んだジョイスは、予定通り部隊に攻撃を命じる。

「攻撃開始だ!砦へ向け突撃せよ!」

 いよいよ戦の火蓋が切って落とされた。

 誘引部隊は残党軍の立て籠もる砦を強襲し、敵は最初様子を見るかのように砦内から固定兵器や弓を使って反撃する。

 しかし連合軍の数が少なく、大した攻撃能力がないことが分かると残党軍は砦の門を開け放ち、主力部隊を出して連合軍を殲滅せんと動き出した。

 砦を押さえて首都攻撃作戦の足掛かりを得て、各地に散らばっていた残党軍もそこへ集まり、かつてない戦力にまで膨れ上がった。

 そこへ、やぶれかぶれで攻撃を仕掛けてきた連合軍を返り討ちにすれば、より首都攻撃が有利になると踏んだのだ。

 皇帝が倒れてから散り散りになり、連合軍に追われる日々を送っていた残党軍が、ようやく正面から殴り合える規模にまで成長できた。

 目の前に餌をぶら下げられて、それに食いつかない彼らではなかった。

 すぐに第一陣部隊と敵主力との激突が始まり、戦場は怒号と金属のぶつかり合う音で満たされる。

「よし、戦線を後退させろ!踏みとどまりながら、少しずつ、ゆっくりとだ!」

 陣頭指揮を執るジョイスは、慎重にそう命じる。

 一口に敵をおびき出すと言っても、そう簡単なことではない。

 あからさま過ぎれば敵に計略だと見抜かれ、追撃をやめられてしまう。

 あたかも負け戦のように、押し返そうと踏ん張りながらも追い詰められて下がるしか無いかのように見せかけるのが、指揮官の腕の見せ所である。

「右翼側が崩れ始めました!」

「兵を回して立て直せ!まだだ、まだ主力を引きずり出せていない」

 調子に乗った敵部隊が砦をもぬけの殻にして総攻撃を仕掛けてくるまで、あと少し。

 ジョイスはジリジリと戦線を下げつつ、その細い目で敵軍の動向を見守る。

 今の所、敵はこちらの策に気付いていない様子だ。

 たかが残党軍と侮り、迂闊にも1万にも満たない兵力で攻撃を仕掛け、無様に返り討ちにされる運命にあると、敵将は思い込んでいる。

 連合軍側の主将があの『鉄壁のジョイス』という点も、餌として敵には魅力的だ。

「更に敵増援!」

 部下の言葉が示す通り、敵は砦から打って出て一気に畳み掛けるつもりのようだ。

 このタイミングだと判断したジョイスは、すぐさま撤退命令を下す。

「反転だ!この場から撤退せよ!」

 ジョイスの部下の護衛部隊も中々の役者で、どうにもならなくなって敗走する様を名演している。

 それでいて、うまい具合に味方にいたずらに被害を出さないよう立ち回る辺りが、精鋭の精鋭たる所以だ。

 残党軍はまんまと釣られ、尻尾を巻いて逃げ出そうとする連合軍を、ここぞとばかりに追撃にかかる。

「隊長、ありゃ2万どころじゃありませんよ。2000人は多い!」

 後ろを振り向いた兵士が、あまりの敵の多さに声を上げる。

「……いや、25000だ」

 同じく振り返ったジョイスはそう判断した。

 わずか数日の間に、敵は更に膨張して数を増やしている。

 作戦決行が遅れていたら、もっと手のつけられない状態になっていただろう。

 敗退を装いつつ撤退した第一陣だが、ある程度の距離まで逃げたところで、ジョイスは再び部隊に反転を命じる。

「よし、反転せよ!ここからが本番だぞ!」

 情けなく逃げていくように見えた連合軍が突然反撃の様子を見せ、残党軍は一瞬たじろいだが構わず攻撃を続けようとする。

 だが、そんな敵軍の前に現れたのは、森林や山脈の影に隠れていた連合軍本隊2万強の軍勢。

 合計で3万の軍となり、連合軍は反転攻勢に出る。

 最初はそのままの勢いで押し切ろうとした残党軍だが、やはり兵力で劣って分が悪いと判断するや、すぐに後方の砦へ退こうとする。

 だが廃坑の出口から戦場を伺っていた別働隊は素早く主力が出払った砦を奪還し、門を閉じて旗を連合国のものと入れ替えた。

 砦に戻ろうとした帝国残党は突如閉め出された形となり、そこへ更に城壁の固定兵器による攻撃が容赦なく降り注ぐ。

「上手く行ったな!ヴェロニカ、君の思惑通りだ」

 砦と主力部隊による、見事な挟み撃ちが決まった。

 自分の提案した策がうまくはまり、どんな顔をしているかとカイザーは本陣ですぐ横に立っているヴェロニカへ目をやる。

「そそそそうですね、けけ計画通り……!」

 彼女は今でも視線を右往左往させながら、滝のように冷や汗をかいていた。

 それでも食べ物を口に運ぶ手は止めない。

 戦局もこれで雌雄を決するかと思いきや、残党軍は早々に砦を諦めて背を向け、対峙する連合軍本隊に向けて全面攻勢を仕掛ける。

 数で若干劣ると言っても大所帯、敵軍もかなり気が大きくなっていた。

 目の前の本隊を叩き潰した後、改めて本陣を取り戻せばいいと、帝国残党の主将はまだ冷静さを欠いていなかった。

 追い詰められた敵の思わぬ反撃に、カイザーはすぐさまジョイスに防御陣形を取るよう指示を出す。

「敵の攻勢を受け止めろ!これを凌げば勝ちだ!」

「しかし閣下、戦線が広すぎます!護衛部隊で守りを固められる箇所は限られますが」

 守りきれない箇所は仕方なく捨てることになる。

 そして万が一そこに敵の攻撃が集中した場合、戦線を崩されて突破した敵に回り込まれる恐れがある。

 どこを重点的に守るべきか、カイザーは考える。

 そんな時、さっきまで震えていたヴェロニカの声が響いた。

「右翼です!敵は右翼側から来ます!」

 どんな根拠があって言っているのか、そんなことを確認している猶予はない。

 カイザーは即断でヴェロニカの進言を聞き入れ、ジョイスに自軍の右翼側を守るよう命じる。

「聞いたな?右翼へ向かえ!」

「了解しましたぞ!」

 ジョイスは部下の重装兵を引き連れて右翼へ回り、すぐさま防御を固める。

 するとそこへ、帝国軍残党の猛攻撃が押し寄せた。

 ジョイスと彼の部隊は命令通りその猛攻を食い止め、見事に押し返す。

 敵の攻撃はヴェロニカの予想通り右翼側に集中しており、中央や左翼はあまり被害を受けていない。

 攻勢を跳ね返され、勢いをくじかれた残党軍の隙を見逃すカイザーではない。

 今度はこちらの番だと、即座に反撃を命じる。

「今だ!敵を砦前まで押し戻せ!攻撃開始!!」

 カイザーの号令と共に、連合軍が一斉に動き出す。

 その勢いに押された残党軍は、別働隊が占拠している砦まで追い詰められていく。

 正面からは勢いに乗った主力部隊が、後方からは砦の固定兵器が、残党部隊へ襲いかかる。

 左右は山に囲まれ、逃げるに逃げられない。

 ここに来て、守りやすい地形が敵軍にとって仇となった。

 ついに戦局が決する。

 二正面戦法が上手くいくはずもなく、戦線が瓦解した帝国軍残党は統率を失い、大損害を出した末に逃げることもできず、あえなく降伏した。

「……勝ったな」

 残党の白旗を確認したカイザーは、攻撃の停止と捕虜の受け入れをすぐに命じる。

 一方、初陣を生き残ったヴェロニカは緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込んだ。

「し、死ぬかと思った……」

 そんな彼女に手を差し伸べつつ、カイザーは問いかける。

「どうだ?何てことなかっただろう?」

「何てことあります」

 カイザーの太い腕に掴まり、身を起こすヴェロニカ。

 カイザーはふと疑問に思っていたことを、彼女に聞いてみることにした。

「ところで、さっきはどうして敵が右翼側から攻めると分かった?」

「ああ、それですか。敵の総大将のブリストーという男は、総攻撃を仕掛ける際に左側から攻める癖があるんですよ」

 敵にとっての左翼側、つまり向かい合う連合軍にとっての右翼側ということになる。

「癖?よくそんなことが分かるな」

「戦歴を見れば一目瞭然です。東のロイース王国との戦争でも、やはり左翼側から攻めて回り込む戦法が決め手でしたし、西方諸国への侵攻戦の時もやはり同じく」

 ようやく落ち着いて調子が戻ってきたのか、ヴェロニカは雄弁に喋り始めた。

(戦歴、か……。よくそんなものを調べ上げて分析できるものだ)

 作戦会議の場で、もう地図からも消されている廃坑を見つけたことと言い、ヴェロニカはいつの間にか情報を仕入れて分析し、戦術に組み込んでくる。

 昨晩は眠れずに遺書を書いていたという彼女に、いつ敵将の戦歴を調べる時間があったと言うのか。

 それは置いておくとしても、カイザーは今回の作戦で確かな手応えを感じていた。

 ヴェロニカは戦場における指揮能力でも、十分に力を発揮することが証明された。

 作戦後の後始末を終え、後日カイザーはヴェロニカを改めて自分の執務室へと呼び出した。

 部屋ではカイザーとジョイスの二人が彼女を待っている。

「ど、どうも……」

 呼び出しを受けて何事かと緊張しながらも、やはり紙袋を抱えて何か食べ続けているのは相変わらずだ。

「取り敢えず、かけてくれ。……それも、屋台で買って来たのか?」

「ええ、まあ。揚げパンは今人気でして、早く並ばないと無くなってしまうんですよ」

 そう言いながら、城下町で屋台の列に並んで買い占めてきたであろう、油でコテコテのパンを口に運ぶヴェロニカ。

 今日もまた眠たそうな彼女に、カイザーは改めて告げる。

「早速だが本題に入ろう。単刀直入に言うが、君の頭脳を見込んで、俺の部隊に軍師としてついてもらいたい」

 こういう時、回りくどい世間話などするのはカイザーの性分ではなかった。

 それを聞いたヴェロニカは、一瞬パンを食べる手が止まる。

「……は?私を、軍師に、ですか?」

 事態が飲み込めず目を白黒させるヴェロニカに、ジョイスがゆっくりと説明する。

「今までは私が副官を務めていたのですが、私は軍師になれる程知略に長けた人間ではありません。我々は部隊の頭脳となってくれる人材を探していたのです」

 長らくカイザーとジョイスは二人で支え合ってやってきたが、主に作戦を考案するのは知略にも強いカイザーだった。

 そのことをジョイスは百も承知で、副将から主将になった今だからこそ、カイザーの新たな副官を求めていた。

「そ、それってつまり、また戦場に出るっていうことですよね……?」

「俺が直々に戦場に出ることはあまりないだろうが、いざという時はそうなるな」

 恐る恐る尋ねるヴェロニカに、カイザーが頷く。

「お断りします。この間の作戦だって、寿命が5年は縮んだんですよ?」

 顔を引きつらせながら引くヴェロニカ。

 こういう反応をすることは、二人は予想済みだ。

 すかさずジョイスが畳み掛ける。

「もちろん、デメリットだけではありませんぞ。将軍の参謀ということで、それ相応の高い地位と給与は保証します」

「い、いいですよそんなの。死んだら意味ないじゃないですか」

 普通は地位や名声に心動かされるものなのだが、ヴェロニカの場合それよりも恐怖の方が先に立つようだ。

 しかしもうひと押しと、ジョイスは続ける。

「昇格に伴い、権限も広がります。部下を持って動かせるようになりますし、彼らに護衛を任せることも当然可能ですぞ」

「部下に、任せる……?」

 それを聞いたヴェロニカは、俯いてしばし考え込んだ末、顔を上げた。

「それってつまり、人気の屋台へ代わりに並んでもらって、料理を買ってきてもらうことも可能なんでしょうか?」

「えぇ?まあ、できないことはないでしょう」

 予想外の問いに、ジョイスは首を傾げながらも答えた。

「やります」

 ジョイスの言葉を聞いた途端、ヴェロニカはあれ程嫌がっていた軍師を引き受けることを即決する。

「それでいいのか……?いや、俺達は構わないんだが」

 地位や金でも揺るがなかった恐怖心が、思わぬところで手のひらを返した。

 カイザーから見れば『そんなことでいいのか』と言いたくなるようなポイントだが、ヴェロニカにとっては非常に重要らしい。

 何はともあれ、ヴェロニカは了承した。

 これからカイザー直属の軍師として、その頭脳を遺憾なく発揮してくれることだろう。

「こほん。では改めて、歓迎するぞ、ヴェロニカ・ヨハンソン。これから君の力を、俺達に貸してくれ」

 カイザーはひとつ咳払いして席を立つと、彼女の前まで歩み寄り、今までそうしてきたように右手を差し出した。

「……?」

 その意味が分からずぽかんと疑問符を浮かべるヴェロニカに、ジョイスが小声で合図する。

「握手ですぞ、握手」

「あ、ああ、はい」

 そこに来てようやく、ヴェロニカは揚げパンの油のついた手でカイザーと握手を交わした。

(変人なのは相変わらずだな……。承知の上で任命したが、やはり調子狂うな)

 どうにもヴェロニカと居ると、テンポがズレて締まらない。

 彼女自身、今や国家元首であるカイザーの直属の軍師という立場に出世したのだが、そんな自覚は全く無い様子で、やはり緊張感の欠片もないような眠そうな半目で宙を見ているのだった。

「ところで、ひとついいか?」

「何でしょう?」

 せっかくなので、カイザーはこの機会に疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

「何でいつも、何か食べてるんだ?」

 他にも色々と疑問点と言うか、問い詰めたい箇所はあるのだが、まずはそこから始めることにした。

「食べていないと頭がボーッとして、判断力が鈍るので……」

 それを聞いて、カイザーは合戦の1~2時間前に部隊を休憩させる際、軽くでも食事を摂らせていたことを思い出した。

 これも同じような理由で、食べた栄養が消化されて全身に回るまでのおおよその時間である。

 疲れて腹を空かせた将兵は力が出ず、判断力も落ちる。

 だからこそ軽食でいいので食事をさせる。

 考えてみれば理に適ったことだった。

 更に、以前どこかで『脳は人間の臓器の中で一番栄養を食う』と聞いたことがある。

 ヴェロニカ程頭の回転の早い人間ならば、常時大量の栄養を脳が食ってしまっているのかも知れない。

 だとすれば、あれだけ味の濃いジャンクフードばかりを食べ続けていて、まるで太らないのも納得がいく。

 体質もあるのだろうが、贅肉がつく前に全部消費してしまっているのだ。主に脳味噌が。

「ああ、凄くよく分かった……」

 右手にまだ残っている油のぬめりを感じながら、カイザーは呆れたような納得したような表情を浮かべた。

「いけませんか?」

「いや、悪いとは言わんが……。せめて、食べながら喋るのはやめないか?」

 そう言われて、ヴェロニカは半目を横に逸らしつつ答える。

「……善処します」

(あ、これは駄目な反応だな)

 非常にリアクションが分かりやすい彼女のこと、カイザーは早くもパターンを覚えつつあった。

「まあ、何はともあれ、これで私も一安心できますぞ。これからは我々三人で、連合国軍の中核を担いましょうぞ」

 ジョイスは何とか話を纏めようとするも、ここに来てヴェロニカはぶち壊しにかかった。

「大丈夫なんですかね、それ?」

「不安になるようなこと言うな……。三人の中に君も入ってるんだぞ?」

 国家元首であるカイザーに才を見出され、直属の軍師に指名されたヴェロニカ。

 だが当の彼女は、そんな自覚があるのかないのか、平常運転を続けるのだった。

 その変人ぶりに早くも不安を覚えずにはいられないカイザーだが、後から振り返ってみればこの時、ヴェロニカを起用したことが国家運営の大きな転機であった。

 まだこの時は、当人達ですらそれを理解していない。


To be continued

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る