第17話 『刺客』

 レジスタンスの東部拠点が警備隊に襲撃されてから、数日が経過した。

 失った物も多いが、エリックとエレンという新人も仲間に加わり、民兵達は着実に領主への反撃の手筈を整えていた。

 先の戦闘で負傷したルークは、来るべき決戦に備えて傷を治療しつつ、本拠地から指揮を執りレジスタンスの活動を強力にバックアップする。

 ルークは日夜続く警備隊の摘発をかわしながら、知らせを待ち続けていた。

 この戦いの大局を決めるであろう、盗賊団『黒蜘蛛』の動向と、東部拠点を見つけ出した指揮官について、ユーリに情報収集を頼んである。

 今後どう動くかは、全て彼が持ち帰ってくる情報にかかっている。

 そうして頭脳労働を続けるルークの元へ、ユーリが途中経過の報告に戻ってきたという知らせがもたらされた。

 早速、ルークは傷ついた身体を起こして会議室へと向かう。

「どうですか?何か分かったことは」

 ルークの問いに、ユーリは淡々と答えた。

「黒蜘蛛の連中はまだ様子見をしている。動くのはまだ先だろう」

 魔法剣を欲して領主を裏切るつもりでいる盗賊団だが、やはり領主相手とあってはそうそう簡単に攻撃を仕掛けられない。

 機を見計らうのは向こうも同じのようだ。

「そして、腕利きの隊長についてだが、やはり領主は傭兵を雇ったらしい。だがどうも腑に落ちない点がある」

「予想通り傭兵でしたか。ところで疑問点というのは?」

「人数はたった一人、女というところまで分かっている。だが雇われる数週間前から、既に街で目撃情報があったようだ」

 ユーリは更に、その女傭兵が街を訪れてから間もなく、黒蜘蛛一党もこの街に来て、そしてすぐに南のフォレス共和国を目指していることを付け加えた。

「あの剣を奪うため、ですね」

 ルークの言葉に、ユーリは黙って頷いた。

 黒蜘蛛の構成員の立ち話を盗聴したユーリの話では、珍しく領主自らが黒蜘蛛を呼びつけ、『宝剣を奪え』と依頼を出したらしい。

 ちょうどその時期と、女傭兵が現れたタイミングが重なる。

「状況から推測するに、その女が領主に剣の情報をもたらした可能性がありますね」

「どうやら、その当時は領主の食客だったらしいからな。領主に雇われている、というのは体面的なもののようだ」

 ルーク達が剣を取り戻そうとレジスタンスと協力を結んだことに対抗すべく、その傭兵が前線に出てくるまでは分かる。

 だが、その傭兵はどこで剣のことを知ったのか?何故それを領主に話したのか?そもそも領主とはどういう関係なのか?謎だらけだった。

「この件については更に調べてみる。後は、これが領主の屋敷とその周辺の警備兵の配置図だ」

 そう言ってユーリはメモを書き加えた地図をテーブルの上に広げた。

 そこには、番兵の配置から巡回ルートまで事細かに記されていた。

 彼が怪しまれないギリギリの距離から観察を続けて完成させたものだ。

「……確かに、全く隙がありませんね」

 ルークも思わず眉をしかめた。

 この街の領主は、敵が多いことをよく分かっているようだ。

 黒蜘蛛の裏切りはまだ領主側は知らない。味方のふりをして付け入る隙はあるだろう。

 だがいざ事を構える際、これだけの警備の中で行うのは自殺行為だ。

「黒蜘蛛は屋上の弓兵を密かに倒して、部下と入れ替える計画を立てている」

「弓兵を……。確かに屋上を取れば戦いは有利になります。我々はそこへ更に便乗するというのは?」

 ルークは、盗賊が警備兵と入れ替わろうとする瞬間を狙ってその盗賊を倒し、レジスタンスの民兵と入れ替える作戦を考案した。

 領主は自分の部下だと思い込み、黒蜘蛛の首領もやはり入れ替わった部下だと信じ切っている、その油断に付け込んで奇襲を行う。

 幸い、ユーリという凄腕のスナイパーもいることだ。弓矢による援護は十分期待できる。

「使えそうだ。だが、まだ決行日は決まっていない。引き続き奴らを監視する」

「頼みます」

 ある程度、戦術のビジョンは見えてきた。後は、どのタイミングで仕掛けるかの問題だ。

 黒蜘蛛はまだいつ実行に移すかを決め兼ねている。彼らが動かないことには、漁夫の利を狙うレジスタンスも動きようがない。

(とにかく、それまでに体調を万全にしておかないと)

 自室に戻ったルークは、いつものように医者から治療を受ける。

 傷は浅かったが、貴重な戦力を案じたレオナルドがアルベールに頼み、錬成した治療薬を優先的に回してくれるよう、手配してくれたのだ。

 アルベール特製の治療薬の効果もあり、傷の回復は順調で、決戦までには完治できそうな見込みだと医者は話していた。

 ルークの身を案じるキラは、医者の手伝いをしていた。

 戦うことができない分、それ以外で少しでも役に立とうと、彼女なりに努力している。

「…………」

 傷薬の軟膏を交換し終え、キラに包帯を巻いてもらう最中、ルークはうつむいて深刻な表情で黙り込んでいた。

「ルークさん?どこか痛みますか?」

 心配そうに彼の顔を覗き込むキラに、ルークはすぐに表情を取り繕って答える。

「いえ、ただ少し考え事を……」

「よかったら、聞かせてもらえませんか?」

 包帯を巻き終えて服の袖を戻すと、キラはルークの隣りに座ってそう言った。

「そうですね……。ユーリさんから情報を貰いましたが、やはり領主は傭兵を雇っています。東部拠点の場所を見抜いたところから察するに、恐らく凄腕の」

 あれ以来は妙に大人しくしており、ダミー以外の重要拠点が襲われたという知らせは来ない。

 だが、ルークはむしろそれが怪しく思えてならなかった。

「ルークさんなら大丈夫です。強いし、頭もいいんですから」

 キラにとっては精一杯の賛辞だった。

 お世辞などではなく、本心から彼に憧れていた。

 素早い剣さばきと華麗な魔法のコンビネーション、瞬時に的確な判断を下して実行に移す頭脳。

 どれも戦えないキラにとっては羨ましいものばかりだった。

「いえ、私はそんな大それた人間ではないですよ」

 自嘲気味な笑みを浮かべつつ、ルークは答えた。

 これもまた謙遜などではなく、本心から自分など大したことはないと考えていた。

 確かに戦闘訓練や兵法の勉強はしてきたが、常に上には上が居たものだ。

 それと比べれば自分など矮小なものだと、ルークは内心でそう感じていた。

「ルークさん……」

 そんな彼の心中を察したのか、キラは少し悲しそうな顔をして言葉が途切れた。

 何故そんなに自分を卑下するのか、どうして自分をいじめるのか、その理由を知りたかったが、深入りすべきではないのかもと思い、言い出せずにいた。

「これでいい。薬のおかげで傷の治りは早いから、後は無理をしないようにしてくださいよ」

 処置を終えた医者は、そう言い残してルークの部屋を後にした。

 しばし、二人の間に沈黙が流れる。

 その静寂を打ち破ったのは、部屋の外から聞こえる剣戟の音だった。

 剣と剣、金属同士がぶつかり合う甲高い音。戦場に身を置いた者ならばすぐに聞き分け、臨戦態勢に入る音だ。

 ルークが反射的に立ち上がると同時に、部屋にリカルドが駆け込んでくる。

「緊急事態だ!本拠地が敵にバレたらしい!すぐに脱出してくれ!」

 いよいよ恐れていた事態が起こった。

 十中八九、本拠地を嗅ぎ当てたのは件の女傭兵だろう。

 今まで大人しくしていたのは、本丸を叩き潰すための準備だったのだ。

「敵の規模は?女傭兵は居ますか?」

 革製の戦闘服を着込みながら、ルークは冷静に状況を把握しようとする。

「かなりの団体様だ!だが女は見当たらねぇ。とにかく、ブレインのあんたに何かあったら困る。裏口から逃げてくれ!その間の時間稼ぎは俺達でする!」

「分かりました。無理はしないでください」

 魔法剣をベルトに帯びて武装を終えたルークは、このまま前線に出て指揮を執りたいのを抑えて、リカルドの言葉に従った。

 歯がゆいが、今はキラの安全確保が第一だ。

 下手な者に任せるわけにはいかないので、ルークを含む旅の仲間達で別のアジトまで移動させなくてはならない。

「キラさん、私から離れないでください」

 キラを庇うようにリカルドと共に部屋を出たルークは、仲間達と合流する。

 戦いの音はもうすぐそこまで迫ってきていた。

「リカルド!早く来てくれ!手が足らねぇ!!」

 前線からフランツの叫び声が響いてくる。

 向こうにはアルベールも居るはずだが、どうも数で押されているらしい。

 リカルドはルーク達と別れ、激戦の続く正面へと駆けていった。

「どうしたルーク、俺達も戦わねぇのか?」

「今はキラさんの安全が最優先です。皆さん一緒に来てください」

 逸るディックを抑えながら、ルークは撤収するレジスタンス兵の後について裏口へと向かう。

「リカルドさん達、大丈夫なんでしょうか……?」

 心配そうなキラに、ルークは微笑みかけながら答えた。

「彼らの腕なら大丈夫です。それに、今回は時間稼ぎが目的です。撤収が完了すれば、リカルドさん達も退いて後で合流できます」

 そう話しているうちに、道は狭い地下道へと変わり、行き止まりには地上へ出るための梯子がかかっていた。

 民兵に続いて地下から出たルーク達だが、そこへ物陰に隠れていた番兵達が一斉に飛び出し、包囲する。

「はい残念。逃げ道があることくらい、お見通しよ」

 警備隊の中から一人、装備が他と違う人影が現れる。

 地味な色のフード付きマントを被っているが、声で女だと分かった。

 細身だが長身な体格のせいで、一見しただけでは性別は分からなかっただろう。

(これが例の、女傭兵……!)

 ルークは経験上の勘から、予想していた通りこの傭兵が只者でないことを感じ取った。

 ただ立っているように見えて、全く隙がない。

「あなたが小汚い民兵の参謀さんね?名前は確か……ルーク、だったかしら。ここで死んでもらうわ」

 フードの下から不敵に笑う女。

 ルークは剣を構え、彼女と対峙する。

「狙いは私ですか。男爵に雇われた傭兵と聞きましたが」

「そうね、死に行く者には名乗ることにしているわ。私はセレーナ。訳あって、殺し屋よ」

 セレーナと名乗った女は、そう言いながらマントを脱ぎ捨てた。

 マントの下の装備は軽装で、戦闘服の上から鉄の胸当てを着た程度で留めてある。

 金色の髪は邪魔にならないよう後ろで結わえ、手には帯電したレイピアを構えていた。

「ほら、ちゃっちゃと周りの雑魚を片付けなさい。この男は私が殺るわ」

 セレーナの指示により、ルーク達を取り囲んでいた番兵達が一斉に攻撃を開始する。

 レジスタンス兵はひとたまりもなく次々と倒れていくが、今まで修羅場を潜ってきた旅の仲間達は違った。

 ギルバートとメイが盾代わりとなり、ディックが槍を振り回して反撃する。

 そうやってキラに攻撃が及ばないよう必死で守っていた。

「私達で守るからね!」

 怯えるキラに、メイはそう宣言しつつ敵を近寄せないよう戦う。

 同じくして、ルークとセレーナの戦いも火蓋を切った。

 まず先手を打ったのはセレーナ。信じられない程のスピードで躊躇いなく踏み込み、鋭い突きを見舞う。

 辛うじて剣で攻撃を逸らしたルーク。

 普通の剣ならば、雷の魔力を帯びた攻撃に触れればそのまま感電してしまうところだが、ルークの魔法剣はそういった魔力から所有者を守る働きがあった。

 初手を防いだところを起点にルークは反撃を試みる。

 素早く剣で切り返すが、驚くべきことにセレーナは最低限の動きでギリギリのところでルークの攻撃をかわした。

 それから何度か攻防が続いたが、スピードでルークは圧倒されていた。

 ルークにとって速さは武器のひとつだったのだが、セレーナは更にその上を行っている。

(この動き……間違いない、相手も『燕の型(スパロー)』の使い手か!)

 機動力に特化した流派、『燕(スパロー)』。

 その構えや動きは、二大基礎の型と呼ばれる『獅子(ライガー)』とも『犀(ライノ)』とも異なり、起源がよく分からないとされる。

 それを極めた者は、宙を舞う木の葉のように敵の攻撃を避け、目にも留まらぬ剣技を繰り出すと言う。

 ルークもパワー不足を補うために『燕の型』を習って立ち回りに組み込んでいたが、セレーナと名乗る剣士はそれを専門にしているようだ。

 防具が軽装備なのも、敢えて折れやすいレイピアを使うのも、全ては速さを求めた結果である。

 同じ『燕の型』使いでも、にわか仕込みのルークと、ひとつの型を極めたセレーナとでは、スピード勝負で歴然とした差が出てしまう。

(この動き、ただの『燕(スパロー)』ではない?!)

 セレーナの動きはまさに変幻自在で、予測不能だった。

 スラム街の建物や障害物を逆に足場として利用し、立体的な動きでルークを追い詰めにかかる。

 普通ならば戦い辛いはずの起伏の激しい地形を逆手に取った、まさに軽業師のような動きだった。

 本来の『燕の型』では、こんな立ち回りは教えていない。恐らくは、セレーナが独自に編み出したオリジナルの動きだ。

『燕(スパロー)』の本領は、側面や背後に回り込んでの死角からの攻撃にある。

 軽業師の技との組み合わせは、まさにベストパートナーと言えるだろう。

 まだ致命打は貰っていないが、ルークの側は細かい傷が見る見る増えている。

 ルークは理解していた。

 確実に殺すために、弱らせて動きが鈍ってから大振りのトドメを入れるつもりなのだと。

 そもそも先の戦いの傷すら完治しておらず、本調子ではないルークにとってはあまりにも分が悪過ぎた。

 おまけに、攻撃呪文を迂闊に使うとスラムの脆い建物が崩れてキラが下敷きになる恐れがあるため、魔法も撃てない。

 見る見る追い詰められるルーク。

 セレーナは頃合いと見て、一気に建物の壁を駆け上ると、頭上から急所狙いの突きを繰り出す。

「おしまいね、Mr.ルーク!」

「させるかっ!!」

 そこへ割って入ったのは、番兵の包囲を蹴散らして駆けつけたディックだった。

 突然の横槍にセレーナは反射的に回避行動を取り、攻撃を中断する。

 それをいいことにディックは猛攻を仕掛けようとするが、彼の技量で追いつけるスピードではない。

「このっ、ちょこまかしやがって!」

「ディックさん、危険です!」

 ルークの制止も虚しく、ディックを障害と判断したセレーナは、まず先に彼から排除しようと矛先を変える。

 ディックがいつものように槍を突き出した途端、何と彼女は壁を蹴って飛び上がり、槍の柄を足で押さえつけた。

「えぇっ?!」

 予想外の展開に困惑するディック。

 そのままセレーナはディックの槍の上を伝って一気に距離を詰め、帯電したレイピアで彼の胸を突き刺す。

 鉄の胸当てが容易く貫かれ、ディックは激しい痛みと同時に感電し、痺れて動けなくなった。

 そこへトドメとばかりに二連続の回し蹴りが頭部へ直撃する。

「ディックさん!くっ……!」

 弾き飛ばされた彼の安否も気がかりだが、今はまず目の前の強敵を倒さなくては全滅する。

 ルークはセレーナの気が逸れている間に背後に回り、まず投げナイフを投擲する。

 後ろに目でもついているのか、セレーナは平然とそれを回避しつつ向き直るが、投げナイフはあくまで牽制。こうなることは想定の範囲内だ。

 本命は、セレーナの回避運動を読んで先回りしての攻撃にある。

 ルークは半ば無茶な踏み込みをして、セレーナに刺突を行う。

 ようやく彼の剣がセレーナの胸部を捉えるが、浅い。

 彼女の身に着けている鉄の胸当てが切先を逸らし、火花を散らす。

 有効打にはならなかったが、セレーナの体勢が一瞬崩れた。

 この好機を見逃すルークではない。

 地形上魔法が使えないならばと、左手で投げナイフを抜き逆手に構え、直接セレーナに突き刺す。

 胸当てで覆い切れていない脇腹に命中し、初めてセレーナが顔を歪めた。

 だがまだ決定打ではない。

 ルークは更なる追撃を行い、ついにセレーナを壁際まで追い詰めた。

 これ以上後ろに下がる空間はない。

 もうひと押しと踏み込みながら剣を横薙ぎに振るうルークだが、何とセレーナは彼の目の前で壁を駆け上がり、そのまま跳躍、ルークの頭上で宙返りをして背後に着地した。

 ルークは咄嗟に振り向きざまに剣を振るが、セレーナの方が早かった。

 ルークの刃先が届く直前に鋭い蹴りがルークの脇腹を捉え、弾き飛ばす。

 そのままセレーナは一旦距離を置き、体勢を仕切り直した。

(チィ……。流石に一筋縄ではいかないわね。ん?あの娘は……)

 部下の兵士はどうしているかと目をやったセレーナは、残ったルークの仲間達がキラを庇うように戦っていることに気付いた。

(ふーん、どうりで一人も逃げようとしないわけね)

 形勢不利なら逃げてしまえばいい。戦いの常識である。だが彼らはそれをしない。

 何があるかセレーナは知りようがなかったが、とにかくキラはとても大切な人物のようだ。

「お前達、奥の娘を捕らえなさい!年寄りと着ぶくれは私が足止めするわ!」

 指示を飛ばすと同時に、セレーナは壁を蹴って一気にギルバートに肉薄した。

 ギルバートもまた、建物が崩れる危険を考えて闘気の衝撃波を放てず、本領発揮といかない状態だった。

 すぐに反応して防御の構えを取るギルバートだったが、闘気で硬化しているはずの彼の両腕を、セレーナのレイピアは容易く突き刺した。

「何じゃと?!」

 セレーナの攻撃の恐ろしさは速さだけではない。

 その直後に襲い来る電撃で、ギルバートは動きが鈍ってしまう。

 そこへ間髪入れずにセレーナは、連続で高速の突きを繰り出す。

 今までどんな武器に対しても無敵のような頑強さを誇っていたギルバートが、今回は為す術なく倒れた。

 トドメを入れようとしたセレーナだが、横からメイの戦斧が迫っていることを察知し、すぐに飛び退く。

「このっ!」

「ふん、次はあなたね」

 感電で動けないギルバートはもう十分と判断したセレーナは、今度はメイを標的にする。

 メイは戦斧のリーチを活かして牽制しようとするが、セレーナは障害物を足場に素早く背後へと回り込み、ご自慢のレイピアで攻撃を繰り出した。

 だがメイは間一髪で反応して見せ、体勢を崩し転倒しながらでもセレーナの死角からの攻撃を避け切った。

(勘の鋭い奴ね……)

 最初の攻撃は避けられたが、体勢を立て直す猶予を与える程セレーナは甘くなかった。

 無理な回避でバランスを崩し倒れたメイを、容赦なく突き刺す。しかし手応えが軽い。

 メイが着込んでいる白い毛皮の戦闘服が、レイピアの刃を受け流していたのだ。

 おまけに感電していないのか、メイはすぐに蹴りで牽制を行い起き上がる。

 セレーナは最初、ただの革の服だと思っていたが、どうやら想像以上に丈夫な防具のようだ。

 予想以上の強敵かも知れないとセレーナが警戒を強めたその矢先、相対する二人にキラの悲鳴が横槍を入れる。

 兵士達が、とうとうキラに手をかけようとしたのだ。

「させないっ!!」

 今から走っても間に合わないと判断したメイは、捨て身を覚悟の上で何と手にしていた長柄戦斧を投げ槍のように番兵に投擲した。

 穂先は槍と違って突き刺さるようには出来ていないため、鎧の上から兵士にぶつかっただけだが、ただでさえ重い両手持ちの斧は純粋な質量兵器であり、鈍い打撃音と共に直撃した敵は弾き飛ばされ倒れる。

「馬鹿なことをしたわね、着ぶくれ!」

 キラは延命されたが、メイもまたセレーナという強敵との戦闘中。

 余所見をした上に武器を自ら捨てたとあっては、まさしくいいマトである。

 大きくできた隙を突いてレイピアによる刺突を繰り出すセレーナだが、メイも眼前の敵を忘れているわけではない。

 通電させない毛皮の服で覆われた両腕ですかさずガード姿勢を取り、初手の突きを受け流す。

 そして何と、膝蹴りを入れてからの左フックという体術での反撃に出た。

 予備のサブウェポンとして短剣も所持していたが、下手に鉄製の武器でセレーナのレイピアを受け止めると感電する危険があるため、メイはギルバートさながらに敢えての格闘戦を挑んだのだった。

 キラを助けるために斧を捨てたことと言い、わざと武器を使わず体術で反撃したことと言い、思い切りの良さだけではない戦士としての判断力があると、セレーナは敵ながらにメイの評価を改める。

 しかも格闘のキレもやけに鋭く、セレーナはキックとパンチの連撃を何とかかわしてリーチ外へと逃れるも、無策に接近するのはまずいと考えた。

 だがセレーナとて、正面から切り込むだけが能の剣士ではない。

 すぐに壁を蹴って狭い空間内を跳ね回り、メイの視覚外へと回り込もうとする。

 背後を取ったと判断して直線の動きで踏み込んだセレーナだったが、メイは一度ならず二度までも反応した。

 振り向きざまに片腕でレイピアの刃を逸らし、そのままの勢いで回し蹴りを繰り出す。

(こいつ、後ろに目でもついてるの?!)

 重い回し蹴りをバックステップを踏んでギリギリで避けたセレーナだが、蹴りの直後の隙を見逃してやる程甘くはない。

 レイピアの刃先が通らないならばと、魔力で強化してある脚力でセレーナもキックで反撃する。

 目には目を、蹴りには蹴りを、という理屈だ。

 回し蹴りを行う際の軸に使う、接地してある方の足を狙ったローキックでメイの体勢を崩そうとするセレーナだったが、メイはよろけるその瞬間に重心をコントロールし、わざとセレーナ目掛けて倒れ込む。

「仲間は……やらせない!」

 しかも転倒する最中、セレーナの左腕を掴んで道連れにし、共に地面に倒れた。

 セレーナも何度かやられた経験のある、傭兵や殺し屋などの体術使いが体勢を崩された時に行う、時間稼ぎのテクニックのひとつだ。

 自分が転んでピンチになろうと、敵も巻き添えに倒れれば味方にチャンスを与えるきっかけになり、もし味方が居なくとも対等の条件に持っていくことができる。

 自分一人だけ不利な状況を作らないための、地味ながら高等技術である。

 揃って転んだ二人は密着したままの揉み合いとなり、どちらが先に距離を取って起き上がるかの勝負にもつれ込む。

 この至近距離ではセレーナもレイピアが使えず、仕方なく一度手放して予備の短剣を抜く機会を伺っていた。

 メイはセレーナの足止めができればいいと割り切り、相手に張り付いて徹底的に妨害を行う。

 本来ならば寝技からの関節技を決めてしまいたいところだったが、それを許すような敵ではないと知っていたからだ。

(誰か……早く……!)

 メイは内心焦っていた。

 何とか敵の指揮官であるセレーナを足止めするところまでは持っていったものの、ディックもギルバートも倒れた今、キラを守れるのは消耗したルークだけだ。

 それに対して、セレーナの側は少数とは言え部下の番兵が居る。

 レジスタンスの友軍が駆けつけてくれなければ、キラの身が危うい。

 かと言ってメイはセレーナ相手では時間稼ぎをするのが精一杯で、退けるまでは無理だと自分自身が一番良く理解していた。

 そしてメイが一番恐れていた瞬間は、すぐにやって来た。

 キラの悲鳴が聞こえ、彼女は条件反射で振り向いてしまう。

 この隙を見逃すセレーナではない。

 鋭い蹴りをメイの腹部に見舞って強引に引き剥がすと、素早い身のこなしで立ち上がる。

 これ以上の足止めは無理だと判断したメイもまた、同時に起き上がった。

 対峙する二人はまだ何も手に持たず立ち上がっただけの状態で、使える可能性のある武器は短剣一本という条件も同じだった。

 ここから互角の条件で第二ラウンドが始まるかと思われたが、運は僅かにセレーナに味方した。

 セレーナのすぐそばに、揉み合いになった際に手放した、帯電したままのレイピアが地面に刺さっていたのだ。

 セレーナは即座にレイピアを手に取り、メイは感電を避けるために素手で構えを取る。

 やはり障害物を足場に立体的な動きで相手を追い詰めにかかるセレーナだが、もうメイの毛皮の服に電撃が通じないことは学習済みだ。

 再び背後を取ってレイピアで仕掛けると思いきや、直感で反応したはいいものの武器の方に気を取られていたメイに対し、セレーナは左手によるジャブを顔面に打ち込むことで牽制する。

 顔面も人体の急所のひとつだが、それでも怯まずに掴みかかろうとするメイ。

 だが続けて魔力で強化されたセレーナの左足からミドルキックが繰り出され、メイの右脇腹を直撃する。

 確かな手応えを確信したセレーナは、更にキックを終えた左足を今度は軸に、右足による回し蹴りをメイの頭部目掛けて放つ。

 息つく間もなく繰り出された連撃にメイも反応が追いつかず、強烈な蹴りを頭部に貰ってしまった。

「キラ……ご、めん……!」

 毛皮の服は刃物や電撃には強くとも、やはり打撃ばかりは防ぎようがない。

 強化魔法で脚力を上げているのなら、尚更だった。

(しぶとい相手だったわ……。ただの冒険者のくせに、あんな体術、どこで習ったんだか)

 何とかメイを倒したセレーナは、状況を確認すべくキラの方を振り向く。

 すると、メイがセレーナの足止めをしている間に、キラと番兵の間にルークが割って入り身を挺して庇っていた。

 10人近い番兵の絶え間ない攻撃からキラを庇いつつ、それでいながらルークは敵を殺傷しようとはしなかった。

 剣を武器に絡めて弾き飛ばしたり、体術で気絶させるなど、この状況においては非効率的な戦いをしている。

 当然、そんな戦い方をしていてはルークにどんどんダメージが蓄積していくが、それでもルークは退こうとしなかった。

「ルークさん、もういいんです!私を置いて逃げて!」

 目の前で傷ついていくルークを前に、キラは悲鳴にも似た叫びを上げる。

「ぐっ……!キラさんに、手出しはさせません!」

(何て、愚かなのかしら)

 セレーナは無自覚のうちに、その光景を棒立ちで眺めていた。

 ルークの行為を内心愚行と断じつつも、更にもっと深い部分では懐かしさにも似た感情が渦巻いていることに、彼女自身すら気付いていなかった。

 かつてそっくりな光景を目の当たりにしたことがある。その時は俯瞰ではなく、主観として。

 非力で何もできず、ただ見ていることしかできない小娘が、自分だ。

 一瞬、感傷的になっていたことに気付いたセレーナは、仕事に邪魔な雑念を振り払うと、ルークではなくキラに向けて攻撃を仕掛けた。

 ルークは残る兵隊を倒しており、セレーナ側も自分一人となる。

 振り向いたキラが悲鳴を上げ、傷だらけのルークは条件反射のような速さで彼女を庇う。

 剣で受け流す猶予はなく、自身を盾にしての行動だった。

 ルークの右肩にレイピアの刃が食い込む。感電して痺れた右手から、愛用の剣が落ちた。

 だがルークも一歩も引かず、残る左手でレイピアの刃を掴み返した。

「ルークさん!もう逃げて!死んじゃう!」

 後ろからキラが泣きながら声を張り上げるが、ルークは痛みに歯を食いしばりながら決死の形相でセレーナを睨みつける。

「……その女の子が、そんなに大事?」

「彼女は傷つけさせません……!この、命に替えても!」

 その満身創痍の身体でこれ以上どう守ると言うのか。

 馬鹿馬鹿しいと内心思いつつも、セレーナは睨み合ったまま動かなかった。

 やがてセレーナは深いため息をつくと、ルークを突き放すようにして右肩からレイピアを引き抜いた。

 力なく膝をつき、肩で息をするルークを無言で見下ろすセレーナ。

 その光景をただ眺めていることしかできなかったキラの脳裏に、アルベールに言われた言葉が浮かぶ。

『自分の記憶を探す自分のための旅でありながら、本人が戦わないとは何事だ?仲間だけに戦わせて、姫にでもなったつもりか?』

 まだ血を見ることは怖い。

 理由は分からないが、ただただ恐ろしく、身体が震えて言うことを聞かなくなってしまう。

 今もそうだ。

(駄目……!ここで私が怖がってるだけじゃ、ルークさんは死んじゃう!)

 キラは恐怖でパニックを起こしつつも、震える手で倒れた民兵の剣を握り、立ち上がりながら切っ先をセレーナに向ける。

「あら、今度はあなたが相手をしてくれると言うの?まるで生まれたての子鹿じゃない」

 震えで今にも倒れ込みそうになりながらも、キラは両手で握った剣を離さない。

「ル、ルークさんから、は、離れてください……!」

 腰が引けながらも、拾った剣を向けてにじり寄るキラ。

「キラさん、だ、駄目です……!この相手は、危険……」

 意識朦朧としたルークは止めようとするも、その体力はもう残されていない。

 そんな二人を見たセレーナは歯牙にも掛けない様子で、鼻で笑っていた。

「ふん……。正直言ってね、不愉快なのよ」

「えっ?」

 青ざめて恐怖に震えながらも武器を取るキラに、彼女は苛立ちのこもった視線を向ける。

「あなたみたいな、無力でただ殺されるのを待つだけの弱者って、私、本当に大っきらい。死んで貰える?」

 セレーナが突き刺すような鋭い視線を向け、殺気を放つ。

 素人でも分かる殺意の渦、キラは今度こそ死を覚悟した。

 その時、キラとセレーナとの間に、何かが投げ込まれた。

「……っ?!」

 それが爆弾だと分かったセレーナは反射的に飛び退くが、派手な音と光を放つばかりで爆風は襲ってこない。

 火薬を使った武器は同じでも、牽制用の爆竹だった。

 だがキラやルークから離れた彼女に向けて、続く投げナイフが足元に打ち込まれる。

 投げナイフは地面に刺さった直後に次々と爆発し、避けきれなかったセレーナに軽傷だが傷を負わせる。

「戦場での躊躇は命取りになるぞ、女」

 硬直したままキラが後ろを振り向くと、剣を抜いたアルベールが左手に次の爆弾ナイフを構えていた。

(あれが、『鴉(レイヴン)』……!最悪の増援が来たわね)

 手傷を負ったセレーナは、レイピアを構え直す。

 最初に放った爆竹は彼女をキラから引き離すためのもので、次に飛来した投げナイフこそが本命だった。

 爆弾である以上、味方のそばで爆発させれば巻き込んでしまうからだ。

 それにアルベールは、セレーナがルークやキラを相手にトドメを刺すことを一瞬躊躇したことを見抜いていた。

「正面から警備隊をぶつけての陽動作戦まではよかったが……囮がああも弱兵揃いではな!」

 陽動だと気付いたアルベールは、数で押される乱戦の中をいち早く抜け出し、敵の本当の狙いであるルーク達の救援に駆けつけたのだった。

 アルベールは続けざまに投げナイフを放つと、自らも剣を構えて一気に踏み込み、セレーナとの距離を詰める。

 最初にナイフの爆発を警戒したセレーナだったが、今回の投げナイフには爆薬は仕込まれていなかったのか、突き刺さっても爆発しない。

 だがその空振りに終わった警戒が、踏み込んでくるアルベール本体への対応を遅らせる原因となる。

「くっ……!」

 彼の突きはセレーナの想像以上に早く、初動が遅れたせいもあって避けきれなかった。

 急所は避けたものの、防具の脇腹部分に切れ込みが入る。

(こいつの動き、読めない?!どの流派にこんなデタラメな動きが……!)

 アルベールはそもそも、”構え”を取っていなかった。

 どんな流派でも、予備動作として構えがある。

 達人同士ともなれば、構えから次の動きを予見できる程だ。

 だが彼は、何の予備動作も無しに突然技だけを繰り出してくる。余分な動きが無いだけ、動作そのものも速い。

 セレーナもやられるばかりではなく、帯電したレイピアでアルベールへ反撃するが、剣で受け流されてしまう。

 しかも、どういうわけか金属製の剣に触れたのに感電しない。

(どういうこと?!)

 アルベールの剣は一見普通の片手剣で、ルークの持つような魔法剣でもない。

 雷の魔力が通じない理由が分からず、セレーナは困惑した。

 その僅かな隙に、アルベールはセレーナのレイピアの柄の部分を狙って蹴り上げる。

 何とか手から武器を弾き飛ばされる事態は防いだものの、セレーナの構えは大きく崩れてしまう。

 すかさず大振りの一撃が襲い来るが、セレーナは無理をしながらのバックステップで、致命打に繋がりかねない攻撃をかわした。

 だが何と、後ろに退いた場所にはアルベールが投げて、爆発しなかったナイフが地面や壁に刺さっており、セレーナが来ることを待ち兼ねていたかのように、一斉に起爆する。

(これは、時限式……!!)

 最初のナイフが突き刺さると同時に爆発するものだったため、まさか時間差で爆発するとはセレーナも想像していなかった。

 アルベールは最初から、これを狙って剣を振るタイミングを図っていたのだ。

 剣による攻撃は避けたものの、避けた先でナイフの爆発をもろに食らってしまったセレーナ。

 今回ばかりは軽傷では済まなかった。

 一度はルークを追い詰めたセレーナだったが、ここに来て『鴉』の異名を持つアルベールと、彼の操る錬金術の恐ろしさを身に沁みて痛感する。

「……やるじゃない。けどね、地の利はこっちにあるのよ!」

 狭い場所で、遮蔽物を足場に俊敏な立ち回りを得意とするセレーナは、負傷しながらも地形を活かして食い下がる。

 だが恐るべきことに、アルベールは変則的なセレーナの動きに追随し、怒涛の連続攻撃を全て捌いて見せた。

(『鴉』……噂以上のバケモノね。こっちは強化魔法までかけているのに!)

 セレーナも扱う術のジャンルは違うが、ルークと同じ魔法剣士だった。

 ただの剣士が、錬金術を付け焼き刃でかじったところで魔法剣士に敵うはずがない、そう考えていた彼女だったが、認識を改めざるを得なかった。

 自分に強化の術をかけ、有利な地形で戦ってこの状態ということは、純粋な剣術の技量ではアルベールの方が上だ。

 アルベールもセレーナの攻撃を受け止めるだけではなく、次の動きを予測して次々と反撃の刃を繰り出す。

 時に突き、時に袈裟斬りと、変幻自在な剣捌きでセレーナに切り返していく。

 やはり予備動作は無く、次に何をしてくるのかが読めない。

 セレーナを不利にさせる要因がもうひとつ。アルベールの使う爆弾だった。

 ルークや仲間達は、狭いスラムの路地裏で建物を破壊しないよう、火力を抑えて戦っていたが、アルベールにそんな遠慮は微塵もない。

 味方に当たらなければいいと、爆風で民家が崩れてもお構いなしだった。

 まるで貧民街を更地にするかのような勢いで爆弾を爆発させるアルベールの戦法の前に、セレーナは徐々に跳ね回るための足場を失っていく。

(何て爆発力……こんなの、普通の火薬じゃ考えられないわ!)

 一般的な物は黒色火薬だが、投げナイフに詰められる量での威力などたかが知れている。

 だがアルベールの放つ投げナイフの爆発力は、既存の爆薬の破壊力を遥かに超えていた。

 ほんの少量にも関わらず、貧民街の民家を倒壊させる程の威力。

 疑うまでもなく、錬金術によって作られた特殊な高性能爆薬によるものだ。

 その爆発力は、直撃を避けたとしても爆風で瓦礫などの破片を周囲に撒き散らし、それが爆弾ナイフを使った攻撃の第二波としてセレーナに襲いかかる。

 飛んでくる破片を避ける程度ならセレーナの反応速度からすれば余裕のはずだが、彼女は徐々に追い詰められていく。

 爆弾ナイフは脅威だが、爆風が及ぶ範囲から逃げること自体は簡単だ。

 だが避けた先には飛び散る破片や、崩れ落ちてくる民家の瓦礫が待ち受けており、それらから離れようとするとアルベール本体の剣の間合いに自分から飛び込んでしまう。

 アルベールは一瞬一瞬の間に、セレーナに選択肢を突きつけていた。

 しかも、徐々に追い込む形で選択肢の幅は狭まっていく。

 今となっては、攻撃を完全に避け切る選択肢は無く、爆発で木っ端微塵になるか、アルベールに剣で斬られるか、爆風で飛んでくる破片に自ら突っ込むか、その三択を迫られていた。

 仕方なく一番マシと思われる破片による被弾を選んだセレーナだが、それで攻撃の手を緩めるアルベールではない。

(これ全部、計算ずくだと言うの?!『鴉』と言うより、蜘蛛じゃない!)

 セレーナは、まるで粘着性の糸で張られた蜘蛛の巣に捕まった虫のような感覚を覚えた。

 本人の剣術の技量は達人級で、真っ向から挑んでも勝ち目は無い。

 だが剣の間合いの外は投げナイフの射程で、爆発するタイミングから飛び散る破片まで、全てがアルベールの計算の元にコントロールされている。

 そして一歩でも動きを間違えれば、アルベール本体による致命的な一撃が待ち受ける。

 まさにベテラン傭兵の張った”蜘蛛の巣”、死の罠だった。

「さて、地の利が何だったかな?」

 次の爆弾ナイフを構えつつ言ったアルベールの台詞に、セレーナは思わず顔をしかめる。

(こっちの弱点がもう読まれている……!これは、まずいわね)

 足場をほとんど失ったセレーナに、慎重ににじり寄るアルベール。

 やむなく破片を浴びることを選んだセレーナは傷だらけになっていたが、対するアルベールは無傷も同然だった。

 更に、激しく動き回ったセレーナと違い、アルベールは初期位置からほとんど移動していない。

 爆弾ナイフと、爆風で飛ばした破片でこの場を完全に掌握し、その時々で最も有効的な位置に陣取るだけで済ませており、体力も十分に温存してある。

 足場にする遮蔽物をほとんど失った今、セレーナにとって不利な環境で、格上の剣士であるアルベールと切り結ばなければならなくなった。

「『鴉』、あなたには負けるわ。私も命が惜しいし、退かせてもらいましょうか」

 彼女がそう言うが早いか、レイピアの刀身で帯電していた魔力が切っ先に集まり、眩い稲光を発する。

 アルベールは咄嗟に左腕で目を覆うが、閃光が収まった頃にはセレーナはまだ崩れていない建物の屋上へ跳び上がり、そのまま姿を消した。

「目眩ましか……逃げ足の早い女め」

 そう吐き捨てるアルベールの背中を、硬直したキラは呆然と眺めていた。

 事が終わった直後、何とか正面の警備隊を退けたリカルド達や他のレジスタンスが遅れて駆けつける。

「おいルーク!大丈夫か?!」

 到着したリカルドが目にしたのは、民兵の死体とボロボロになり倒れた仲間達。

 そして及び腰で剣を握ったまま動けないでいるキラと、ほとんど更地になった中で仁王立ちするアルベールの姿だった。

「遅かったな。敵は逃げて行ったぞ」

 軽くあしらったように言うアルベールだったが、周囲の民家が至る所で倒壊している状況から、相当な激戦だったのだとリカルドは考える。

「……やはり、俺の異名を知っていたということは、同業者か」

 セレーナが姿を消した建物の屋根を見つめながら、アルベールはそう呟いた。

 リカルド達やレジスタンスの到着で緊張の糸が解けたことで、途端にキラは腰を抜かして剣を落とし、その場にへたり込んでしまう。

(ほう、全く戦う気がないわけではないらしいな。それに、腰が引けていても基本の構えはちゃんとできていた)

 口には出さないが、剣の素養はあるのかも知れないとキラを横目に思うアルベール。

 だが気が抜けたのはキラだけではなく、敵が退いたことを確認したルークは、とうとう意識を保てずに倒れ込んでしまう。

「ルーク!」

「おい、しっかりしろルーク!」

 仲間達が駆け寄り、次々に声をかけるが、ルークは意識が遠のき受け答えもままならない。

 朦朧とする中、そこで彼の記憶は途切れた。


 再びルークが目を覚ました時、既に彼は新たなアジトのベッドに寝かされていた。

 治療も済んだ後で、身体中あちこちに包帯が巻かれている。

「よかった……!目を覚ましたんですね!」

 振り向くと、そこにはキラの姿があった。

 ルークの意識が戻ったことに安堵し、感極まって涙を流していた。

「私は……?」

 セレーナとの戦いに破れたが、アルベール達が救援に来てくれたところまでは覚えている。そこから先は記憶が飛んでいた。

 ルークは状況を把握しようと上体を起こそうとするが、瞬間に激痛が走り身体を思うように動かせない。

「待て、動かない方がいい」

 自らルークの応急手当てを行ったアルベールが、キラの後ろから彼を制する。

 横になったまま周囲を見渡すと、至る所負傷者だらけだった。

 重傷な者は寝かせて、そうでない者は壁に寄りかかって座り込んでいた。

 レジスタンスに協力する医者達は慌ただしく負傷者の間を行ったり来たりしては、容態を診て治療を行っていた。

「かなりの重傷だ。治るまでしばらくかかるだろう。……今回ばかりは、彼女のおかげで命拾いしたな。つきっきりの看病なしでは、お前はとっくに死んでいた」

 本拠地を襲撃され、甚大な被害を被ったレジスタンスでは、死傷者多数で医者も手が足りていない状態であり、アルベールも優先してルークの治療に当たったがキラは寝ずに看病を行っていた。

 その甲斐あってルークは一命を取り留め、意識も取り戻した。

 念の為改めてルークの容態を確認し、安定したことを確認したアルベールは、自ら錬成した軟膏と飲み薬をルークに与え、当時の状況を聞き出す。

「……あの女傭兵は、セレーナと名乗っていました。アルベールさん、心当たりは?」

「あの動き、通りで……。領主が雇ったのは『疾風のセレーナ』で間違いないだろう。見たまんま、俊敏な動きを武器とする魔法剣士だ」

 あの立体的かつ変則的な立ち回りの恐ろしさは、一度敗北したルークがよく知っている。

「『疾風のセレーナ』……恐ろしい相手でした」

「だが、弱点がないわけでもない」

 それからしばしの間、ルークとアルベールは件の『疾風のセレーナ』への対抗策について話し合った。

「……大体の弱点は分かりました。セレーナは私が引き付けて時間稼ぎをします」

「お前には荷が重いだろう」

 アルベールの指摘通り、ルークにとっては一度敗北した相手だ。

「途中までは俺がアシストしてやる。”切り札”には味方が邪魔になるんだろう?」

「邪魔と言うと語弊がありますが……途中まで手を貸して頂けるのなら、助かります。その後は、レジスタンスの指揮に回ってください」

 話が決まった直後、アルベールはルークにひとつ問いかける。

「何故、敵兵を殺さなかった?後始末が面倒だったぞ」

 ルークが意識を失った後、殺さずに気絶させるだけだった兵隊達が動き出したため、余裕のない現状で捕虜にするわけにもいかず、アルベールやリカルド達がトドメを刺して回ったのだった。

「それは……」

 思わず返答に困るルーク。

 理由は流血に怯えるキラに血を見せないようにするためだったが、結局、自分が多くの血を流して最後はキラに剣まで握らせてしまった。

「彼女のため、か」

 アルベールは横目で、キラを見やる。

「何があったかは知らんが、あんな敵を舐め腐ったような戦い方で、乱世を渡っていけるとは思わないことだな」

「………………」

 彼の指摘も図星で、それに加えてキラを守り切れなかった自分への不甲斐なさが重なり、ルークは押し黙ったまま唇を噛み締めた。

「まあいい、しばらく休んでいろ」

 そう言うと、アルベールは錬成したばかりの治療薬を手に、医者に混ざって他の負傷者のところへと向かっていく。

 何とか替わりのアジトへ避難し、一応は安全を確保できたものの、レジスタンスはボロボロで、いつ次の襲撃を受けて壊滅するか分からないような状態だった。

 アルベールを見送ったルークは、ぽつりと言葉を口にした。

「……すみません、キラさん。私はあなたを守りきれなかった」

 アルベールの到着が間に合わなければ、あの場で二人共やられていただろう。

 それに、あれ程血を怖がっていたキラに、無理をして剣を手に取らせるまで追い込んでしまった。

 ルークの声には自嘲気味な色が混ざっていた。

「そんな!私のせいで、ルークさんはこんなに傷ついて、ボロボロになって……!」

 キラはキラで、戦力になれない自分を恨めしく思った。

 いくら雑用や医者の手伝いで必死に貢献しようとしても、いざとなると何も出来ない自分が、どうしようもなく腹立たしかった。

 そして、そんな自分を庇っていつも傷ついていくルークを見るのが、とても悲しかった。

「やっぱり、私……アルベールさんの言う通り、駄目なんだと思います」

「キラさん、それは……」

 ルークが反論しようとしたところで、様子を見に来たギルバートが、意識を取り戻したルークを見て声をかけた。

「意識が戻ったか。一時はどうなることかと思ったぞ」

 彼自身も全身に傷を負っていたが、それ程深くなかったのか比較的元気そうだった。

「ご迷惑をおかけしました」

 ルークは申し訳なさそうに顔を曇らせる。

 するとそこへ、続々と仲間達が集まってきた。

「うおおお!ルーク、目を覚ましたかぁ!お前が倒れた時はもう駄目かと思ったぞー!」

 一際やかましいのがディックなのはいつも通りだった。

 彼もセレーナの突きを食らったはずだが、大声で走り回れるところを見ると、運良く急所は外れていたようだ

 その対極に、メイは静かにキラの側に寄り添った。

「キラは大丈夫?そろそろちゃんと休んで」

 ルークが意識不明の間、キラは不眠不休で彼の看護をしていた。表情からも、かなり疲れが見える。

「うん。ごめんね、心配かけて……」

 メイがそばに居てくれるだけでキラは安心するようで、ルークにとっては有難かった。

「よう、参謀殿。ちゃんと生きてるな?途中で死なれると困る」

 傷の手当てを終えたリカルドもそこに混ざってきた。

 フランツとディンゴも一緒だが、エドガーは姿が見えなかった。

 三人もやはり負傷している様子だったが、セレーナと直接ぶつからなかったおかげで、重傷は負っていない。

「リカルドさん、あの後一体何が……?」

「アルベールの奴が陽動だって気付いてな、一足先に向かったはいいんだが……こっちはこっちで敵の数が多くて、見ての通りレジスタンスはボロボロだ。どっちを向いても負傷者だらけさ」

 セレーナはルークの命が目的だと言っていた。

 最初から、レジスタンスの参謀を潰して弱体化させることが目的だったのだろうが、それはそれとして陽動部隊でもレジスタンス側に打撃を与える算段だったようだ。

 リカルドの話では、チームメンバーの三人だけでなく、エリックとエレンの新人二人がかなり奮闘してくれたおかげで、何とか陽動部隊を退けてキラ達の救援に駆けつけたらしい。

「んで、倒れたあんたらを担いで、生き残りと一緒に第二の拠点へ避難したってわけだ。レオナルドも無事だぜ。雇い主に死なれちゃ商売にならねぇ」

 リカルドは肩をすくめながら、冗談めかしてそう言った。

「けどよぉ、あの女剣士は何モンなんだ?あんたらがあそこまでこっ酷くやられるなんざ、相当な奴だぞ」

 フランツもルーク達の実力は認めていた。

 そんな彼らを、兵隊を率いての待ち伏せとは言え、圧倒するとは予想外だった。

「アルベールさんが言うには、『疾風のセレーナ』という傭兵のようです。正直、あれ程の使い手とは想像していませんでした」

 ユーリから領主が傭兵を雇ったという情報は聞いていたが、予想を上回る強敵だった。

 そのセレーナがどうしてキラの剣に絡んでくるのかは分からないが、剣を巡っての決戦には確実に参戦してくるだろう。

「マジかよ……よりにもよって『疾風』を連れてくるとはなぁ。あんな奴相手にどうにかなると思うか?俺はどうにもならねぇと思うけどな」

「……やりようはある」

 フランツの言葉に、無口なディンゴが口を挟んだ。

「少なくともアルベールは圧倒していた」

 ルークもディンゴの言葉に頷く。

「彼と、セレーナの対策について話し合いました。今回は陽動や地形をうまく利用された形ですが、こちらの戦力が整った状態で、開けた場所で戦えば勝機はあります」

 セレーナの恐ろしさは何と言ってもあの速さと変則的な動きだが、それは足場となる遮蔽物や壁があってこそ威力を発揮できるものだ。

 周囲の建物を爆薬で更地にしたアルベールは、いち早くその弱点に気付いていた。

 戦う場所さえ選べば、後は数の問題になってくる。

「……セレーナの相手は、私が引き受けます」

「オイオイオイ、大丈夫かよ?」

 ディックの言葉ももっともで、一度ルークは敗れたばかりだ。

 今彼が生きているのも、アルベールが間に合ったからに過ぎない。

「こんなこと言うのも難だが、アルベールに任せた方がよくねぇか?あいつなら何とかしてくれるだろ」

 実際、彼は爆弾で地形を変えるという荒業を使いつつも、純粋な剣技などでセレーナを圧倒している。

 普通に考えるなら、ぶつけるならアルベールの方が適任だろう。

「次は、私が陽動に回ります。時間稼ぎをしている間、皆さんで警備隊と盗賊団を倒してください。セレーナの相手には、アルベールさんにも手を貸してもらう予定です」

「でも……!」

 心配するキラをなだめるように、ルークは続ける。

「相手も馬鹿ではないでしょう。戦局が決したと見れば、今回のように退くはずです。それに、アルベールさんの助けもあります」

 実際、傭兵であるセレーナに領主と心中するような義理はない。

 セオドアがもう落ち目だと分かれば、我が身優先で身を引くだろうとルークは考えていた。

 それにルークにも、セレーナと同じ魔法剣士としての意地があった。

 アルベールの手を借りるとは言え、一度してやられた名誉挽回も理由のひとつだ。

「確かに、奴は不利だと判断した途端に逃げたからのう。じゃが、時間稼ぎと言っても本当に大丈夫なのか?」

 ギルバートは楽観視してはいなかった。

 対策は取ると言っても、決定打に欠けているのが現状だ。

「……私に、考えがあります」

 決意を秘めたような表情で、ルークはそう言った。

「剣が目的ならば、無理をしてでも踏み止まる可能性も否定できんじゃろう?」

 ユーリの情報から察するに、領主に剣を手に入れるよう働きかけたのはセレーナだ。

 最終的に我が物にするつもりならば、逃げるにしても剣だけは是が非でも奪うだろう。

「しかし、魔法剣の情報を持ってくるとか『疾風』の奴、何が目的なんだろうな?ひょっとしてバックに誰かいて、そいつの差し金で来てるとか?」

 リカルドの言葉に、ギルバートも続く。

「可能性はあるのう。傭兵だとしても、何者かが送り込んできた、”刺客”という線は無きにしもあらずじゃ」

「何者かって、誰だよ?」

 ディックの問いに答えられる者はいなかった。今は情報が少なすぎる。

「とにかく、今は傷の治療に専念して、ユーリが情報を持ち帰ってくるのを待つしかなかろう。いざ決戦の時に万全の体勢でなければ、勝てる戦も勝てんからのう」

 ギルバートのその一言で各々頷き、束の間の休息を取ることにした。

 全員が負傷し、今はまともに戦える状態ではない。

 それから数日、また本拠地が襲撃されるのではないかという緊張感の中、レジスタンスは何とか体勢を持ち直そうとしていた。

 失った人員や物資は多く、水、食糧の補給もままならないままスラム街の一角に身を潜める日々が続く。

 そんな中、負傷者の治療だけはスムーズに進んでいたのは、ひとえにアルベールがどこにでもあるような材料から、貴重な治療薬を錬成できるおかげでもあった。

 状況が大きく動いたのは、情報収集に向かっていたユーリが戻ってきてからだった。

 彼の帰還と共に各部隊長や傭兵達に緊急招集がかかり、狭い会議室に押しくらまんじゅうでもするようにレジスタンスの幹部が集まった。

「皆、聞いてくれ!盗賊団がトムソンを襲う日が分かった」

 ユーリの報告を元に、レオナルドがその日にちを告げる。

「奴らの決行は三日後!これから詳しい作戦内容を説明する」

 ルークの頭脳を借りて練られた計画は、こうだった。

 黒蜘蛛の首領は新しい取引を持ちかけるふりをして、領主を人目につかない小屋に誘い出すつもりだ。

 レジスタンスは街の各所に潜伏し、合図と共に一斉に攻撃を開始する。

 盗賊団と領主を小屋から追い立て、退路を塞いで戦闘に適した広場へ誘導する。

 屋上を警備する弓兵は盗賊が成り代わっているが、それを更に始末してレジスタンスの民兵が入れ替わる。

 その弓兵隊と合わせて、広場を全戦力を動員して取り囲み、領主も盗賊の首領も同時に仕留める。

 合図は、弓兵の始末を兼ねてユーリが屋上に登り、高台から花火を上げて行う。

 ユーリはそのまま高所から援護射撃、仲間達は民兵を指揮して領主の私兵と盗賊団を相手取る。

「トムソンの雇った『疾風のセレーナ』に関しては、ルークさんに一任する」

 ルークはセレーナを相手取り、時間稼ぎを行うのが役目だった。

 ルーク自身、前回の戦闘の負傷が治りきっておらず、万全な状態とは言い難いが、勝利条件はセレーナの撃破ではない。

 あくまでも、三つ巴の乱戦で領主を討ち取ることが目的だ。

 ルークとアルベールがセレーナを食い止めている間に、旅の仲間やリカルドチームが指揮するレジスタンス部隊で警備隊と盗賊団の両方を倒すことが、今回の作戦の要となる。

 貴重な戦力二人をセレーナ一人のために割いてしまうことになるが、もし今回の作戦を覆す一番の要因があるとすれば、それがセレーナだ。

 二人がかりで最大の脅威を抑え込み、その間に仲間が領主を倒す算段だ。

「以上が、今回の作戦だ。何か質問は?」

 しばし、会議室に沈黙が流れた。

「よし、作戦の準備にかかれ!この戦いに、街の未来がかかっている!」

 民兵の部隊長達は奮起し、各々の部隊の配置と役割分担の確認を行った。

「ルークさん、助かりました。私は兵法には疎いもので……」

「いえ、怪我人の身では、これくらいしかお役に立てませんからね」

 レジスタンスの指導者とは言え、元々ただの市民に過ぎないレオナルドにとっては、実戦で指揮を執った経験のあるルークの頭脳は貴重だった。

 ベテランの傭兵であるアルベールとユーリの助言も、重宝したことは言うまでもない。

 後は三日の期限内に、どれだけ体勢を立て直せるかにかかっている。

 本拠地を奪われたことでレジスタンスは甚大な被害を被っており、兵力もかなり削られてしまった。

 残っている民兵を総動員しても、果たして三つ巴の乱戦を制することができるかは、五分といったところだ。

 領主に恐怖で支配されている市民が決起するとは考え難く、新たな兵力を補充することは難しいと考えられる。

 となれば、後は今残された兵力を強化するしかないと、傷が治った者から順番に戦闘訓練が実施された。

 セレーナと戦わなかったおかげで重傷を負わずに済んだエリックとエレンは、真っ先に訓練を開始した。

「よーし、いい打ち込みだ。お前さん、片手剣が向いてるみたいだな」

 同じく軽傷で済んだリカルド達は、指南役として他の民兵達も含め、稽古をつけてやっていた。

「そうかな?まあ、確かに扱いやすい感じはするんだけど」

「素人にはまず槍を勧めるんだが、お前さん筋がいいからな。片手剣の立ち回りの飲み込みが早い。盾もうまく活用してる」

 長いリーチを活かせる槍は、練度が低くともそこそこの戦力になる武器として、正規軍でも下っ端の兵士向けに多用されている武器だ。

 戦闘訓練を受けていない農民などでも、槍を持たせて半月も訓練すれば騎士を殺せる立派な農兵になれる。

 だがエリックは根っからの天才肌なのか、射程で槍に劣る片手剣で身軽に立ち回って見せた。

 まずは基礎の型と呼ばれる『獅子(ライガー)』と『犀(ライノ)』を教えたが、どうもエリックは剣と盾をそれぞれの手に持つ『犀の型』が合っているようだった。

 練習用の木剣の振り方も日に日に上達し、つい数日前までただの一般市民だったのが嘘のような状態である。

「何か納得いかないんですけどー」

 一緒にレジスタンスに加入したエレンは、それを見て不服そうだった。

 彼女も元々狩人をしていただけあって弓の扱いはそこそこ上手いのだが、訓練しても中々それ以上の伸びがなく、行き詰まっている最中だったからだ。

「やっぱり俺の方が戦士としての素質があったってことだな!ふっふーん」

「うっさい。剣なんて弓で射ればイチコロなんだから、そこんとこ忘れないでよね!」

 そんな二人のやり取りを、リカルド達は微笑ましく眺めていた。

「いや、若いねぇ」

「へへっ、こんなしみったれた戦いの最中でなきゃ、もっと気分がよかったのによ」

 そう言って笑っていたフランツだが、急に神妙な面持ちになると声を潜める。

「リカルド、もうここでの仕事も終わりが近いよな。勝つにしろ負けるにしろ……。この後、どうするつもりなんだよ、え?」

「それなんだが、俺にちょいと考えがあってな……」

 リカルドがフランツに耳打ちする声は、訓練に励んでいる周囲のレジスタンスには聞こえなかった。

 慌ただしいうちに、三日間は過ぎ去っていった。

 いよいよ作戦決行日、仮の本拠地に集まったレジスタンスは、作戦の手順を再確認する。

「時間は足りなかったが、できる限りのことはやってきた。今日、この街の命運が別れる。自由をこの手に!」

 レオナルドが振り上げた拳に続くように、レジスタンスの隊長達も拳を天井向けて掲げた。

「「自由をこの手に!」」

 改めて一丸となったレジスタンスは、領主との決着をつけるべく、それぞれの持ち場へと赴いていく。

 ユーリは弓兵隊を率いて建物の屋根へ。既に盗賊と入れ替わっている弓兵と更にすり替わる予定だ。

 リカルド達四人組は地図を見ながら部隊を率い、領主と盗賊の首領を目的地に追い込むべく、逃げ道を塞ぐ場所に潜伏して待機する。

 メイは万が一に備え、キラとアジトに残る役目を任されていた。

 もし作戦が失敗した場合、メイはキラを連れて街から脱出する手筈だが、これは最後の手段だ。

 ルークは他の仲間達やアルベールと一緒に本隊に加わり、指揮を執りつつセレーナの出現に備える。

 ここでセレーナを抑え込めるかどうかで、今回の勝敗が決まる。

 アルベールと二人がかりでセレーナ一人を相手取ることになるが、この際卑怯だの何だのとは言っていられない。

 この戦いに決着をつけるべく、戦士達は昂然と立ち上がった。


To be continued

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