第7話 『祝宴』

 帝国軍の将軍カイザー・ハルトマンが起こした『アルバトロス革命』。

 これにより皇帝は倒れ、悪政の限りを尽くした政権は転覆となる。

 革命戦での大勝利の後、帝都では革命軍の祝宴が開かれた。

 帝国領の各地から増援として集ったカイザーの支持者や反乱軍の民兵など、その顔ぶれは多種多様である。

 彼らは圧政からの解放と国の新時代を喜び、同時に革命戦で散っていった多くの命に哀悼の意を捧げた。

 宴の中では、革命戦の功労者への表彰も行われた。

 戦場で目覚ましい戦果を挙げた者や、反乱軍や地方領主などの代表者が次々と段上に上がり、カイザーとサイラス二人の指導者から勲章を手渡された。

 その中には類稀な武勇で帝国軍増援に立ちはだかったジョイス、そして工作部隊の指揮官として皇帝暗殺という大役を成し遂げたルークもいた。

 ルークは当初表彰されることに乗り気ではなかったが、『貰えるものは貰っておけ』とカイザーに言われ、半ば強引に表彰台へと上げられた。

 彼らが新たな指導者である二人から勲章を授与されると、会場に集った兵士達から歓声が上がる。

 だがルークは落ち着かなかった。

 カイザーはまだいい。

 恐らく次の皇帝としてこの大国を統治することになるのだろうが、彼は軍人としてだけでなく国の指導者としての手腕も高いとルークは評価していた。

 恐らく名君として帝国を治め、その間は平和な時代が続くに違いない。

 だがサイラスというあの男は、果たしてどうなのだろうか。

 カイザーすら押し退けるような圧倒的存在感、カリスマを持つ彼は果たしてこの後どう動くつもりなのか。

 事と次第によっては、最大の敵となるかも知れないとルークは感じていた。

 確固たる理由があるわけではない、ただ直感的にそう感じたのだ。

 複雑な思いを抱えたまま表彰式は幕を下ろし、ルークが段上から降りて宴の席に戻るとキラが待っていた。

「おめでとうございます、ルークさん。一躍ヒーローですね!」

 おどけたように無邪気な笑顔を見せるキラに、ルークも軽く笑って返した。

 今はパーティ用の華やかな衣装に身を包み、まるで貴族の令嬢のような出で立ちだ。

 これまでは高価なドレスなど着せてやれなかったが、意外と着こなして見せるものだとルークは内心感心していた。

「それより、キラさんが無事でよかったです。城内でのあの状況、かなり危険なものでした」

 仕方のないこととは言え、ショックで動けないキラを庇って撤退が遅れてしまった。

 そして帝国軍と突入部隊との戦闘に巻き込まれてしまい、窮地に陥ったのは確かだ。

 今は亡き突入部隊の将、そしてユーリが駆けつけてくれなければ、二人ともこの世にはいなかっただろう。

 今思えば、キラを強引にでも移動させて、撤収した方が良かったのかも知れない。

 そうすれば侵入に使った地下道を通って敵と出くわすこともなく、無事に城を抜け出せた可能性はある。

「すみません。私が及ばないばかりに、あなたを危険な目に遭わせてしまって」

 自分の落ち度と考え深刻な表情を浮かべて頭を下げるルークに、キラは慌てて首を横に振った。

「いえ、そんな! ルークさんが来てくれなかったら私、今頃どうなっていたか……。あ、そうだ! ルークさんは強いんですね。私、びっくりしちゃいました」

 暗い雰囲気を払拭しようと苦し紛れに話題を変えたキラだが、すぐにはっとして両手で口を覆い慌てて訂正する。

「あ、びっくりしたってその、ルークさんが弱そうだと思ってたとか、そういうことじゃないんですよ?」

「わかっています。ですが……私はとても強いとは言えません。本当に強いのなら、国が焼かれた時に大切な人を守れていたでしょうから」

 ルークの表情に陰りが見えた。

(また、この顔……)

 平和に暮らしていた時も、時々ルークはこんな表情を見せていた。

 過去のことを語る時、決まってルークは俯いて影を纏う。

 一体何があったかキラは知る由もないが、今はそれ以上触れずにいることにした。

 不用意にルークの心に踏み込んだら、彼が壊れていなくなってしまいそうな気がしたからだ。

「ようお二人さん、楽しくやってるか」

 二人が顔を上げると、テーブルの側にカイザーが来ていた。

 二人の様子を見に来たようだ。

 普段は将校用の上等な甲冑に見を包んでいた彼だが、今日ばかりは式典用の礼服を着用している。

 こう言っては難だが、あまり似合わないとルークは思った。

「ええ、お陰様で。今日は大勝利でしたね」

 慣れているルークは何気なく接するが、キラは大物軍人相手に圧倒されて、軽く会釈する程度で言葉が出ないようだ。

「民兵だけでなく、地方領主も計画に賛同してくれたからな。それだけ皇帝への不満が、各地に溜まってたんだろう。日頃の行いってのは大事だな?」

 彼は皮肉っぽく笑うと、隣の席から椅子を引っ張ってきてルーク達と同じテーブルにつく。

 その姿はこれから大帝国のトップを担う指導者と言うよりも、気さくな兄貴分に見えた。

「ま、色々とあったが……これでようやく帝国も変わる」

「これから、帝国をどうするつもりです?」

 ここに来て初めて、ルークは革命後のビジョンについてカイザーに尋ねた。

 これまで彼とは皇帝を打倒することばかり考えて話し合ってきたが、皇帝を倒した後どうするのかは特に話題に上らなかった。

 恐らく次の皇帝にカイザーがなるのだろうとルークは予想していたが、返ってきた答えは意外なものだった。

「そうだな、まず専制君主制は撤廃だ。新しい体制を布く」

 つまり皇帝になるつもりはないのか、とルークが問うとカイザーは力強く頷いた。

「ああ。俺は皇帝にはならない。その代わり、民主制に制度を変える」

 カイザーは今後の方針について語り出した。

 まず各地で民衆によって代表者を選び、議員として帝都に集め評議会を打ち立てる。

 国政はその議員達で話し合った末、最終的に多数決という形で決定する。

 ここ数年で帝国が侵略し属領として飲み込んだ各国も望むのならば独立させ、更にその意思があれば評議会に議員を選出させてアルバトロスの連合体の一員として迎え入れる。

 民衆の代表が国政に直接参加し方針を決める、民衆のための政治なのだとカイザーは語った。

 その昔、都市規模の国が点在していた時代では、いくつかの国家で実施されていたらしく、それをモデルにしたと言う。

「これが、サイラス率いる反乱軍と協力する上での約束でもあったんだ。民兵達も政治を民衆の手に委ねると言ったら最初は半信半疑だったんだが、最終的に支持してくれてな」

 カイザーの今回の革命は、民兵から成る反乱軍に支えられるところも大きい。

 民衆との約束を反故にすれば、たちまち彼らは敵に回るだろう。

 反乱軍の多くは、祖国の独立を願って戦っていた。

 カイザーが例え名君だとしても、新たな皇帝が生まれて喜ぶ彼らではない。

「確かに、民衆を味方につけるにはいい謳い文句でしょうが。そもそも何故そんなややこしい方法を?」

「仮に俺が皇帝になって、うまく国を治められたとしてもだ。それは俺が生きている間しか続かないんだよ。俺だって不老不死の怪物じゃない、数十年でくたばって次に交代するだろう。その時、次の皇帝になる奴が暴君でないと誰が保証できる?」

 二度とメイナード六世のような暴君の登場を許さないためにも、一人の君主に舵取りを委ねる政治は変える必要がある、とカイザーは語る。

 この新しい民主制度がうまく回り出せば、カイザー亡き後も民衆によって国はコントロールされ続ける。

 彼は自分が死んだ後のことまで考えていたのだ。

「そこまで考えていたとは驚きです。しかし、民衆による政治など貴族が黙ってはいないでしょう」

「黙らせるさ、ここは力尽くでもな。これ以上の血は流したくないが、あくまで旧体制にしがみつくと言うのなら、容赦なく討伐するつもりだ。そうやって徹底的に、この国を根底から変える」

 それがカイザーの唱える『連合国家計画』だった。

 アルバトロスは帝国から名を変え、新たに『アルバトロス連合国』となり、首都アディンセルを中心とした周辺諸国との共同体として生まれ変わる。

 大改革となるため、少なからず争いも生じることはカイザーも承知の上だ。

 その上で民衆のための国、システムを完成させるべく、戦い続ける覚悟があると彼は宣言した。

「で、そう言うお前はどうするつもりだ? 他にアテがないなら、非公式じゃなく正式に俺の軍に仕官してくれてもいいんだぞ? 俺達はもちろん歓迎する」

 今までカイザーと共にやってきて、ルークに不満な点はなかった。

 部下の命を大切にし、評価するべきところはきちんと評価する有能な上官だ。

 それにルークは今回の革命戦で、作戦の要を担った英雄でもある。

 兵士達からの支持は間違いなく得られるだろうし、いきなり将校に採り立ててもらうことも不可能ではない。

 カイザー率いる新生アルバトロス軍でなら、うまくやっていけるだろう。

 もし仮に帝都でキラを養いながら彼女の記憶探しを行うなら、恐らくこれ以上ない最良の道となるに違いない。

「そうですね、考えておきます。私達は明日にでも、帝都の鑑定家を訪ねてみるつもりです。キラさんの所持品を調べてもらって、身元が分かるかどうか……。その結果次第でしょう」

 それを聞いたカイザーは、顎に手を当てて少し考えた。

 彼女が装飾された宝剣を抱き抱えていたことはルークから聞いており、恐らく名のある剣であろうそれを手掛かりにキラの記憶を探すつもりだとルークは以前言っていた。

「鑑定家か。実はいい人物に、心当たりがある。帝都からは少し遠いんだが、腕は確かだと聞いてる。何なら紹介状を書いてやろうか?」

「距離があるんですね。その人物とは?」

 革命戦の混乱の直後だ、帝都の鑑定家は店を閉めていることも考えられる。

 多少遠くとも、腕がいいのなら距離次第で候補のうちに入るだろう。

 それにカイザーの耳に届く程の鑑定家とは一体何者なのかと、ルークは少し気になっていた。

「魔術師なら聞いたことあるんじゃないか? 賢者ソフィア・カーリン・リリェホルム、彼女が魔法工房を開いて、珍しい品物の鑑定も請け負ってるそうだ」

「賢者リリェホルム……確か、若くして賢者の称号を得た秀才でしたね?」

 その名にはルークも、魔術師の一人として聞き覚えがあった。

 20代で賢者の称号を得た才女として、業界ではちょっとした有名人だ。

『賢者』とは、大陸全土の各国に支部を持つ魔術師ギルドが認定している称号で、最上級の魔術師に対して与えられる。

 保有する魔力、豊富な知識、研究の実績、もちろん扱う術のレパートリーまで幅広い分野で審査され、それを通ったほんの一握りの者だけが手にする称号だ。

 ルーク含め、魔道を志す者にとっては憧れの魔術師の頂点である。

 おおよそは熟練の年配魔術師が賢者を名乗るものだが、話題に上ったリリェホルムは20代半ばの若さで試験を通ったということで、数年前に話題になったことを覚えている。

「そんな大物と面識がおありで?」

「工房があるのはここから北に行った、フォレス共和国という小さな国だ。…‥そこが俺の故郷だ。顔が利く」

 フォレス共和国は、アルバトロスと長年の友好関係にある属国のひとつだ。

 場所は少々遠く、帝都から真っ直ぐに北上しても徒歩だと1~2週間はかかる。

 それと気にかかった言葉があり、ルークは思わず聞き返した。

「故郷? 将軍の?」

「ああ、親父はフォレスの軍の武将だった。属国なだけに将兵の募集は頻繁にあってな、もっと都会の帝都で、一旗揚げようと思って帝国に仕官したんだが」

 あれから色々あってな、と過去を振り返りつつカイザーは賢者に向けた書状を書いていく。

 力強くもきれいに整った字だ。

「ほら、簡単なものだが。持って行け」

 礼を言って、ルークは紹介状を受け取った。

 これがあれば、二人が突然押し掛けても高名な賢者は取り合ってくれるだろう。

「ありがとうございます」

 ルークはカイザーに頭を下げると、紹介状を懐に仕舞う。

「では私達はそろそろ失礼します。お疲れ様でした、ハルトマン将軍」

 徐々に夜も更け、辺りは暗くなってきた。

 慌ただしかった激動の一日が過ぎ去り、終わりを告げる。

 疲労を感じたルークはキラと共に席を立った。

「ああ、お疲れ。今日は大活躍だったな。安心してゆっくり寝ろ」

「あ、あの……ありがとうございました」

 今まで黙って二人の話を聞いていたキラは、最後にそう言って頭を下げ、宴の場を立ち去った。


 革命の祝宴も終わり夜の帳が下りた頃、月に照らされながらカイザーとジョイスは馬車の近くでユーリと話していた。

「今回の活躍、よくやってくれた」

 そう言ってカイザーは、金貨の詰まった袋をユーリに手渡す。

 傭兵契約の報酬であり、公にできない裏方仕事を引き受けてきた彼の報酬額はかなりのものだ。

 そこには作戦内容を口外しないようにという、口止め料も含まれている。

「これで全額だが、本当にいいのか?別に勲章で報酬が減るわけでもない、素直に受け取っておけばいいものを」

 カイザーはルークと同じく、皇帝を仕留めた革命戦の立役者としてユーリを表彰台に立たせたがったが、彼は断固としてそれを受け入れなかった。

「興味が無いな」

 無愛想にそう答えながらユーリは袋の中の金貨を数え、問題無いと判断するとそれを懐に仕舞い込んだ。

 そのまま馬車に乗ろうとするユーリに、カイザーは食い下がる。

「その気があれば仕官の道もあるし、契約の更新だけでも、俺としてはありがたいんだが」

 カイザーもこれまで多くの傭兵を雇い、そこから優秀な者は正規兵として部隊に組み込んできた。

 その中でもこのユーリという傭兵は逸材であり、本人さえ承諾するなら裏の戦力として置いておきたいのが本音だった。

 革命の準備はもとより、その間に隣国ロイースに邪魔をされないようにと侵攻作戦を進める部隊への破壊工作など、諜報や暗殺分野で彼は突出した能力を発揮した。

 革命を裏で支えた、陰の功労者と言っても過言ではない。

 だが彼は勲章すら受け取らず、報酬だけ貰ってこの地を去ると言う。

 傭兵の中には、功績を立てて正規軍にスカウトされることを狙って、契約する者も少なくない。

 そうでなくとも、功績を讃えられれば名が売れるので普通は食いつくものだが、彼はかなり変わり者のようだった。

(名が売れることを嫌う……やはり、何か”曰く付き”か)

 何とかユーリを説得しこの場に留めようとするカイザーに、ジョイスもまた続く。

「これまでの活躍を、我々はとても高く評価している。優秀な工作員が不足している今、我々としては是非とも契約更新を行ってもらいたいのだが」

 何も言わず黙っているユーリに、ジョイスは続ける。

「その腕に相応しいだけの、契約条件を約束しよう。今回の仕事よりも更に良い条件だ。どうかな? 裏での仕事が多いとは言え、正規軍人の地位が与えられる。国内での特権も利くのだが。動きやすいよう、単独行動のライセンスも発行しよう」

 生まれが商家であるジョイスは次々と条件を提示し、ユーリを引き込もうと交渉するが、結局彼は首を縦に振ろうとはしなかった。

「ここでの仕事は終わりだ。じゃあな、世話になった」

「ああ、またな」

 別れの挨拶を手短に済ませると、今度こそユーリは馬車に乗り込み、その場を後にする。

 馬車に揺られカイザーの前から遠ざかるその後姿には、未練など微塵もなかった。

「惜しい人材を逃しましたな。もっとも、一人の主に長く仕えるような男ではなかったのでしょうが」

 ジョイスの経験上、ああいう根無し草はあまりひとつどころに長居することを好まないと知っていた。

 そこで培った地位も名声も捨てて、また誰も自分を知らない離れた土地を転々とするのだ。

 そういう人物は引き止めても中々留まってはくれないものだが、駄目で元々ながら交渉してみるだけの価値がある人材だと、ジョイスもまたユーリを評価していた。

「なに、また縁があるさ。そんな気がする」

 ユーリの馬車を見送ったカイザーとジョイスの二人は、そう言い残すとそこから離れて砦へと戻っていった。

 二人は、ユーリが次にどこへ行くかまでは聞かなかった。

 ただ、馬車は北の方角へと消えていった。


 翌日、疲れを綺麗さっぱり落としたキラとルークの二人は早速、北のフォレス共和国を目指すための準備を始めた。

 馬車を使えば数日で着くが、今は革命戦の影響もあって乗り合い馬車も運休しており、専用に借りるとなると路銀が足りない。

 カイザーに頼み込めば馬車の一台くらい出してくれただろうが、これ以上世話になるわけにもいかないだろうと、ルークはその選択肢を除外した。

 馬車を使わないとなると、徒歩での旅となる。

 道中の村々に立ち寄り食糧や水を補給しつつ、およそ10日程かけて北を目指す。

 まず最初の村を目指すための携帯食料や野営のための毛布など、必要な物を二人は帝都の商店街で買い出ししていた。

「何だかドキドキしますね、旅人になるなんて。まるで冒険物語みたいで」

 準備を整えつつ、キラは目を輝かせていた。

 彼女はルークの家に保護されてから、まだ一度も帝都の外へは出ていない。

 それまでは放浪を続けていたようだが、とても旅と呼べるような道筋ではなかったはずだ。

「旅と言っても、一週間ちょっとのものですけどね。しかし備えはきちんとしておきましょう」

 前日の夜、宛てがわれた部屋でルークは何度もキラに問うた。

 フォレス共和国自体は平和な国だが、それまでの道のりは平坦とは言い切れないだろう。

 他の旅人がそうであるように、野盗や動物に襲われるといった危険がつきまとう。

 それでも賢者の下へ行く覚悟はあるか、と。

 すると彼女は、ルークの目を見てはっきりと答えた。

『はい。私、自分を知りたいんです。でも私一人じゃとても……だから、その、ルークさんに一緒に来て欲しいんです。厚かましいかも知れないけど、他に信頼できる強い人がいないんです』

 その時のキラの決意に満ちた表情は、今でも覚えている。

 改めて頼まれたルークは、頷いてそれを快諾した。

『もちろん、一人で危険な旅に行かせるわけにはいきませんからね。私もご一緒しますよ。必ずあなたを守ります』

 その直後、舞い上がったキラに抱きつかれたことも覚えていた。

 よほど嬉しかったのだろうが、若干宴の席で酒が入っていたこともあるだろう。

 この先にどんな辛い苦難が待ち受けようとも、賢者に会って自分の記憶を取り戻すという希望が不安を上回り、キラを突き動かしていた。

 皇帝への復讐という悲願を達成したルークは、そんな彼女を支えて守ることこそが、自分の新たな使命だと感じていた。

 二人が商店街でしばらく買い物を続けていると、建物が崩れた一画で見知った顔を発見する。

 瓦礫の撤去と壊れた壁の補修の作業の指示を出していた彼も二人に気付き、近付いてきて軽く会釈した。

「どうも、ルーク殿。それにキラ殿でしたな。お二人でお買い物ですかな?」

 戦闘で壊された建物の後始末を指揮していたのは、他でもないジョイスだった。

 意外な場所で出会ったことに驚きながらも、キラとルークはそれぞれ挨拶を返した。

 その上でルークは事情を説明する。

「実はハルトマン将軍の紹介で、北のフォレス共和国を目指すことになったんです。そこで旅の準備を」

「ほうほう、旅ですか。どれ、そういうことでしたら私が準備をお手伝い致しましょう」

 そう言うとジョイスは部下の兵士に現場を任せ、二人の買い物に同行した。

 突然のことに最初は戸惑った二人だが、意外と旅慣れているのかジョイスは何が最低限必要なのかメモに書き出し、お勧めの店に連れて行っては物資を集めていった。

 軍人ということで最初のうちは少し怖がっていたキラだったが、戦場にいる時とはまるで別人のような洗練され落ち着いた物腰からすぐに慣れ、やがて三人で世間話をしながら買い物を進めるまでになった。

「干し肉と乾パンは、この店のものが品質が高くてよろしいのです。値段も適正な額ですし、革命軍の一員だと言えば、ある程度まけて貰えるでしょうな」

 ルークはここにきて気付いたが、このジョイスという男は非常に世話好きだった。

 恐らくは軍の野営経験などで培ったノウハウを惜しみなく二人に伝え、少しでも品質が高くかつ安く物資を購入できる店を紹介して回っている。

 思うに、部下の兵士達にも同じ様に世話を焼いているのだろう。

(軍隊は人が作り上げる以上、それを纏めるのもまた人……人徳ということでしょうか)

 カイザーの率いる部隊は、他の帝国軍部隊と比べてもよく統率されており、主将であるカイザーとその副将ジョイスへの信頼も厚い。

 ジョイスはカイザーの右腕として重用されていたが、その割には気位の高い様子はなく、どちらかと言うと兵士とよく接している印象をルークは受けていた。

 カイザーのカリスマ性もさることながら、ジョイスが副将として末端の兵士一人一人の面倒を見ていることで、指揮官と兵士との間の溝を埋めて堅い信頼関係を築いているのだろう。

「まあ物資の買い出しは、こんなところでしょうかな。あまり物を持ち過ぎてもいけません。荷物が重くなりますので」

 一行はほぼ一日を旅の準備に費やし、日は傾きかけている。

 だが不慣れな二人だけでは、準備だけでもう2~3日かかったかも知れない。

 偶然とは言えジョイスの助力があって助かったと、二人は感謝の意を伝えた。

「二人共、お疲れ様でしたな。そうそう、忘れないうちにこれを渡しておきましょう」

 ジョイスがルークに手渡したのは、一切れのメモだった。

 そこには村の地名と人の名前が書かれていた。

「これは?」

「フォレスまでの道中にある、田舎村です。そこに一人、力になってくそうな人物がおります。万が一のため、彼に護衛を頼むとよろしいでしょう」

 ジョイスからの紹介ということで、怪しい人物でないことは確かだった。

 だが、その人物とは何者なのかとルークは問う。

 仮に傭兵や便利屋だったとして、護衛を雇い入れるような資金はない。

 それとも、無償で協力してくれるとでも言うのだろうか。

「私の格闘術の師です。なにぶん、暇を持て余しておりますからな。うまく話が進めば、見返り無しで助力を貰えるでしょう」

 報酬が払えなくとも協力してくれる上、ジョイスの師となれば信用できるだろう。

 あのジョイスに格闘術を仕込んだという人物だ。

 腕の方も、十分過ぎて余り有るに違いない。

 ルークは改めて礼を言った。

「ありがとうございます、色々として頂いて」

「いえ、これが今の私にできる精一杯ですからな。後は無事を祈るばかりです」

 一時期革命軍に加わったに過ぎない関係だが、それでもジョイスはルークと、そしてキラのことを気にかけてくれているようだった。

「ひとつ、気になっていました」

「何でしょう?」

 こうしてジョイスと個人的に話す機会も、もうないかも知れない。

 そう思ったルークは、疑問に思っていたことを口にした。

「あなたの武勇、統率力共に帝国の武将でも抜きん出ているものがあります。それでいて、なぜ主将にならず副将を?」

 戦闘能力の高さは言わずもがな、指揮の方も策士とまではいかずとも防衛に長けており、何より兵士からの信頼が厚くうまく統率している。

 そんな優秀な人材ならば、旧政権下であろうとも昇進の話はあったはずだ。

 カイザーに抑えられて出世できなかった、ということはあの将軍の性格からして有り得ないだろう。

「地位にはあまり興味がございませんので。それに、昇進して兵と離れていくのが嫌でしてな。将軍閣下に頼んで、敢えて副将をやらせて頂いていたのです」

 武将の中には、偉くなってデスクワークに移行することを嫌い、敢えて現場に留まるために昇進を断る人物もいるとルークも聞いたことがある。

 本当に一部の変わり者だけだと聞いていたが、目の前の大男がまさしくそれだった。

「しかしまあ、これからはそうも言っていられないでしょうな。閣下が国家元首になられたからには、私も主将になってそれを支えねばなりますまい」

「確かに」

 カイザーももう、一介の軍人ではない。

 ジョイスも『将軍の副将』という立場にはいられなくなるだろう。

 だがカイザーも『相棒』と呼ぶジョイスのことを、よくわかっている。

 彼の希望に沿えるよう、人事を行うはずだ。

 昇進しても内勤で書類に追われる日々にならぬよう、うまく取り計らうだろう。

「ジョイスさんって、本当はとても偉い人だったんですね……」

 二人のやり取りを聞いていたキラは、驚いて思わずそう呟く。

 彼は下っ端の兵士と一緒になって野良仕事をこなし、実際に話してみても威張るような素振りは全く見せなかった。

 キラは強い軍人というものは、もっと威圧的で偉そうにしているものという印象があっただけに、ジョイスの人柄は意外だったようだ。

「それはもう、非常にお強いです。試合では私が一本も取れずに敗北しましたし、革命戦の時も4万の帝国軍を押し返してましたし」

「いやぁ、それ程でも」

 照れて笑みを浮かべ、糸目を更に細くするジョイスからは、戦場での鬼神の如き戦いぶりは微塵も感じられない。

『鉄壁のジョイス』と恐れられた猛将の、もうひとつの顔だった。

 しばしジョイスと談笑した後、旅の準備を終えた二人は部屋に戻った。

 その翌日は逸る気持ちを抑えて一日休憩して体力を蓄え、その次の日に二人は出発の予定とした。

 そしてついに出発の日、キラとルークは旅に出る前にカイザーに別れを告げに来ていた。

 ジョイスだけでなくカイザーも二人のことを気にかけ応援してくれており、多忙な日々の中こうして時間を作ってくれていた。

「とうとう出発か。少しばかり寂しくなるな」

 面会用の部屋で旅人用の外套に身を包んだ二人を見て、カイザーは感慨深そうな表情を浮かべる。

 まるで子供の独り立ちを見送る親のようだった。

「永遠の別れではありませんよ、将軍。キラさんの記憶が戻ったら、またここに戻ります。仕官するかどうかは、その時返答させて貰います」

「あの、本当にありがとうございました。実を言うと、最初はちょっと怖かったんです。でも話してみると、何だかお兄さんみたいで……」

 キラもルークに続き、そう感謝の言葉を述べて、おずおずと頭を下げた。

 最初は軍人に抵抗感のあった彼女も、ジョイスと打ち解けたことを皮切りに、カイザーとも距離が縮まったようだ。

 その様子にカイザーは口元を緩めた。

「そう言われると照れるな。そうだ、ジョイスは今日首都を離れていて来れなかったんだが、伝言を預かってきている。『お二人ともお幸せに』とのことだ」

 それを聞いたキラは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 ここに来て、あの世話好きな大男のジョークが炸裂するとは、ルークも予想していなかった。

 恐らく帝都に戻ってきてルークが仕官するとなれば、またジョイスの世話になるのだろう。

「さてと、そろそろ時間だな。知り合いとゆっくり話もできない身分というのも、中々辛いもんだ。お前達も、日が高いうちに出発しておいた方がいいだろう。気をつけるんだぞ!」

 革命からほんと数日とは言え、戦後処理に改革の実行と仕事は山積みだ。

 面会に割ける時間が過ぎてしまったカイザーは、やれやれと肩をすくめながら席を立つ。

 キラとルークも同じく立ち上がり、改めてカイザーに頭を下げた。

「ハルトマン将軍、あなたには何から何までお世話になりました。では行ってきます」

 別れの挨拶を済ませると、キラ達はカイザーの砦を後にした。

 荷物を持った二人はそのまま帝都の正門をくぐり、街道に足を踏み出した。

 ここは革命戦の際、ジョイスが帝国軍増援を食い止めていた場所だ。

 激しい戦闘の爪痕が、各所に残されている。

 街に近いこの付近の道は警備隊の監視も行き届いており、行き交う人通りも多い。

 まだまだ安全な地域だ。

 ここから目指すのは、北にあるフォレス共和国。

 これがキラの長い旅路の始まりだった。


To be continued

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