第89話

 ***


「――ったく、何であんなことになるかなジゼルは」


 ローガンにずいぶんと口うるさく言われながら、全財産を消失して無一文になってしまったジゼルは、王宮へと向かうことになった。


「だって、マチルダが……」


「そのマチルダだよ、王宮に飛び込んできて助けてくれって言ったのは」


 頭をポンポンと撫でられて、ローガンを見上げる。ほほ笑んでからローガンが視線を前に向けたので、ジゼルもそっちを見た。


「マチルダ!」


 慌てて馬から降りて、すぐさまマチルダに駆け寄ると、しょんぼりしたマチルダはジゼルの顔も見れずにうなだれていた。


「マチルダ……」


「すまないね、あたしがバカだったばっかりに……」


「ううん、いいの。ごめん、私もっとマチルダのこと理解していればよかった。寂しかったんだよね、きっと」


 ジゼルが言うと、マチルダはボロボロと泣いた。抱きしめると懐かしい匂いに包まれる。


「お金は返すよ。ちゃんと働くからさ」


「って言っても、家焼けちゃったし、私も商売道具一つもないし……一からやり直しなの。マチルダも、もう一回一緒に居てくれる?」


 それにマチルダはうなずいた。ジゼルはほっとして、やっと、えへへと笑いながら涙を袖口でごしごしとぬぐった。


「こんにちは、ジェラルド」


 その声を聞いて、ジゼルはパッと顔を上げた。


「カヴァネル様!」


「お元気そうで何よりです。ずいぶんと女性らしくなって……」


 水色の穏やかな瞳に覗き込まれて、ジゼルは男装していないことに気がついた。大慌てで顔に手を当ててしどろもどろ言い訳をするが、しばらくそれを見ていたカヴァネルが、ぷっとおかしそうに吹き出した。


「え、笑うところじゃ……」


「いえ、笑うところですよ。ああおかしい、本当に、私を騙しているつもりだったんですか? それは、とんだ誤算ですねジェラルド……いえ、ジゼル」


 顎をすくわれて、ジゼルはカヴァネルのきれいな顔立ちに思わず顔を赤くした。すると突然、後ろから強い力で引っ張られて抱きとめられる。


「おいこら、カヴァネル。このチビは俺のだからな」


「ちょっとローガン、痛いってば!」


「分かっていますよ」


 思わずカヴァネルはくすくすと笑う。不機嫌なローガンは後ろから強くジゼルを抱きしめた。


「驚いたでしょう、ローガンのこと」


「え、ええ、まあ……あ、っていうか王様なんだよね? 申し訳ございませんが、放していただけませんか?」


「何だよ今さら。あんなにいっぱいキスしただろうが」


 それにジゼルは顔を真っ赤にしてローガンの腕をバシバシと叩いたが、びくともしない。それにカヴァネルは穏やかにほほ笑み、中へと招待した。


「カヴァネル様、ローガンが跡継ぎでエスター王子って、本当なんですか?」


「本当ですよ。見つけ出してからはローガンには、私の護衛のふりをしてもらっていました。ごたごたが片付き、きちんと態勢を整えてから、玉座についてほしかったので」


「その割りには、ゴタゴタを解決するのに、ずいぶんとこき使ってくれたけどな」


「社会勉強ですよ」


 カヴァネルは悪びれもせずに返事をした。そして、ローガンの隣の部屋へとジゼルを案内する。中に入って、ジゼルは思わず感嘆の声を上げた。


「あなたを王宮の永久名誉画家、アカデミーの永久学長にします。どうぞ、このお部屋を自由に使って下さい。ここが新しいアトリエです」


 そこには、今さっき失った画材が一式そろえられていて、ジゼルは嬉しさのあまり声が出せない。


「ありがとう、ございます……!」


 カヴァネルはふふふと微笑んだ。


「マチルダも、王宮へ招待しました。あなたのお世話係は、慣れた人の方がいいと思って」


 何から何まで、とジゼルは深々と頭を下げた。

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