第75話

「考え事しながら廊下を歩くの止めとけ。遠くから見てたけどな、みんなが避けて歩く羽目になっていたぞ?」


「ローガン、紙……」


 ジゼルの声音に、ローガンは慌てて部屋へと引っ張りこむと、椅子に座らせて紙と木炭を出して持たせた。


「そう、絶対におかしい……あんなの……」


 ぶつぶつ言いながらジゼルは、今しがたの女王の様子を描いて行く。


「何だ、女王は具合悪いのか?」


「うん。具合悪いというか……」


 ジゼルは描き上げてから、歯茎を指さした。


「歯茎が、黒ずんでいたの。女王は、表情を人に見せないために口元を隠していると言っていたけれども、これを隠しているんじゃないかな?」


 それに、とジゼルはさらに紙を取り出して、女王の部屋に置いてある備品類をさらさらと描き始める。ローガンは黙ってその様子を見ていて、しばらくしてジゼルが描き上げた数枚のデッサンを手に持った。


「それに、肌が白すぎるんだよね。何か塗っているのかな?」


「白粉だろ」


「白粉?」


 そうだ、とローガンは髪を掻き上げて、デッサンをめくっていった。


「そう、これだこれ」


 そのうちの一枚から、白粉の入っている缶を見つけて、ジゼルに指さした。


「これを肌に塗るんだよ。白く見せるのが、流行だそうだ」


「そうなんだ。十分白いけど」


「よりきめ細やかに、美しく見せたいんだろ?」


 くだらない、とローガンははき捨ててから、じっと一点を見つめるジゼルへと向き直った。


「何だよ、止まって」


「ううん。でも何か、パズルがハマりそうな気がするの……今夜、家に帰ってもいい?」


「好きにしろ。吐き出すんだろ?」


 ローガンもついてきて、と言うと嫌そうな顔もせずに分かった、とすぐに返事をした。王宮に来て二カ月半を過ぎている。今夜は眠れない夜になる、とジゼルの直感が告げていた。

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