第67話

 シャロンの父親の家に招かれて、出されたお茶をすすりながら待っていると、紙とペンを父親が持ってやってくる。


【何から話していいのやら……】


 書き始めた流麗な文字は、何を言えばいいのかを迷いながら進められた。


「何でもいいです。知っている事を教えて下さい」


【私たち夫婦には、二人子供がいました。その一人がシャロンで、もう一人は男の子。シャロンの兄です】


 紡がれる言葉を読み、ローガンと顔を合わせた。


【ある日、私たち夫婦の元に、どこからともなくとある人物が現れて、そして、生まれたての男の子を譲ってほしいと言ったのです】


「子どもを……?」


【お子様が亡くなった方がいて、その人のためにも私たち夫婦の子どもを譲ってほしいと言われました。理由を聞くと、金髪に青い目の子どもがいいとのことでした】


 ローガンはなるほど、と低く呟いた。


「貴族に金髪碧眼は多いが、平民では少ない。どちらかを持っている場合は多いけれど、たいがいが大人になると髪や瞳は茶色くなることも多い。けれど、親父さんは金髪碧眼。おそらく、奥さんもそうだったんだろう?」


 シャロンも、美しい金髪に青色の瞳だった。ジゼルはそれを思い出して、父親に向き直ると彼はうなずいた。


【もちろん反対しました。子どもを売るようなことをできるわけがありません。しかし、その時妻はすでに持病が悪化しており、治療費が払えるか分からない状態でした】


「それで、仕方なく……?」


【はい。彼らが誰であったのか、一体私たちの子どもが誰に育てられたのか、私たちは知ることが許されませんでした。そして、子どもを売ったことを人に言えないように……】


 そこまで言って、父親は口を開けた。それを見て、ジゼルは絶句し、ローガンもため息をはいた。シャロンの父親の口の中には、あるべきはずの舌がなく、無残にも切り取られていた。


「ひどい……」


【私は、声と子どもを失った代わりに、妻の治療費として莫大なお金をもらいました。妻は高い薬や治療を受けることができ、そのかいもあって病気はいったん良くなり、シャロンが生まれたのです】


 ジゼルはぶるると寒気が背中を伝った。


【その後、妻の病気は再発しましたが、いただいたお金の残りはあとわずか。そんな時に、シャロンが王宮へと出稼ぎに行くことに決まったのです】


 生まれつき、喉に異常があり声が出せなかったシャロンは、余計なことを話せないからと気に入られて、すぐに側室付きの侍女へとなった。


【王宮で働くようになってしばらくして、シャロンは文字を覚えてきたと、私にこっそり教えてくれました。教えてくれたのはラトレル王子。だから、内緒だと言っていました】


 ジゼルもローガンも、震えながらに紡がれる文字を追い、心臓を高鳴らせた。


【ラトレル王子が、なぜシャロンに文字を教えてくれたのかを聞いたことがあります】


「……シャロンは、なんて?」


 ジゼルの切迫した問い返しに、父親は瞳を揺らした。


【自分と似ているからだと、おっしゃっていたそうです。そして、自分の身に何かあったときにはと、あのネックレスを預かったのだと言っていました】


 ジゼルは机の上に広げられたデッサンを見つめる。そこには、家族と呼べるにふさわしい面影が揃っていた。


【私が知っていることは以上です】


 父親がペンを置き、両手を膝の上に戻した。しばらく重苦しい沈黙が流れていたが、ジゼルはふと気になることがあった。


「あの……シャロンの遺品はありませんか? 差し支えなければ、見せてほしいんですが」


 おずおずと言ったジゼルに、話し終わってすっきりしたのか、父親が見たことがないような穏やかな笑顔っを向けてうなずいた。その顔は、ラトレルにそっくりだった。

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