第47話

 ***


 シャロンに、ラトレル第一王子が無事であることを伝えるチャンスがやってきたのは、それから数日後のことだった。カヴァネルの言う通り、女王は晩餐会の準備を念入りに行った後、豪華な馬車に乗って王宮を後にした。


 その姿を見送ってから、ジゼルは部屋で休むと侍女たちに伝えて、ローガンと裏庭で合流した。カヴァネルは女王のいない間にも、業務が山積みだということで、そちらにつきっきりとなって行けないと残念がっていた。


 二人で離れの裏庭で落ち合うと、誰も周りに人がいないことを確かめる。そしてから、ひっそりとたたずんでいる温室へと向かった。


「罠も仕掛けられていない、人が通った後もほとんどない。でも、誰も通っていないわけじゃない」


 ローガンが草の具合を見ながら、人が定期的に通っている痕跡を見つける。木々に覆われて、さらにその奥に温室が姿を現す。ガラスでできているそれは、表面を蔦が覆っており、昼間でもほんの少し薄暗い。


 入り口をローガンが素早く見つけると、そこには特大の鍵がかけられていた。ジゼルは用意しておいた合鍵の中の一つを取り出し、慎重に鍵穴へと差し込む。今朝仕上がったばかりだというその鍵は、カチンという音をもって、開いた。


 ローガンと顔を見合わせ、錠を外すと一歩中へと踏み込む。むわっとした空気が広がっており、その暑さに一瞬肌の表面がビックリする。


「ジゼル、こっちだ」


 ローガンが人の歩いた跡をたどり、二人でそこを歩く。温室の端っこに、煉瓦造りの小さな小屋があった。近づいていき、扉に手をかける。そこには別の錠がかけられていた。


「……ここにも鍵があるなんて……」


 ジゼルは最初に使った鍵を差し込むが、開かない。もう一つの鍵を差し込むと、カチン、と開いた。ローガンと今一度顔を見合わせて、扉を押して中に入る。


「……誰も、いない?」


 ジゼルがきょろきょろすると、ローガンの指先がジゼルの唇に当てられた。


「何か聞こえる……こっちだ」


 ローガンは巧みに音の聞こえてくる方を特定し、床に耳を当てた。そして、にやりと口の端が上がる。辺りに視線を動かして、床に、痕跡を発見する。床の木の板の一部を踏みつけると、底がずれた。


 板を外すと、地下へと続く石でできた階段が現れる。


「この下だ」


 ローガンが先に中へと入り、ジゼルもその後に続く。石は滑りやすかったので、ゆっくりと降りていく。暗闇に目が慣れる頃には階段は終わっていて、さらに奥へと行くと、そこには地下牢と呼べるような、鉄格子がはめられた巨大な空間が現れた。


「ここ……地下牢?」


 広い空間の鉄格子の最奥から、聞こえてきていた鼻歌が止まる。そのうちに、ゆっくりと足音が近づいて来た。


 ジゼルは、ゴクリと唾を飲み込む。心臓が早鐘のように鳴り響いた。


 暗闇がぬう、と動く。闇をまとわりつかせながら、それが人の形に切り取られる。天井近くの通気口から差し込む僅かな光に、闇が途切れた。


 ぽつん、と一人の人物がそこから現れる。


 ずいぶんと長い髪の毛をしているが、金髪碧眼の小柄な人物だった。


「誰かな、君たちは――?」


 その声音や物言いに、貴族らしさをジゼルは感じた。凛とした高い声音。耳によく聞こえるそれに応えるために、ジゼルが唇を開けた。


「探していました、ラトレル王子」


 ジゼルは、その場にひざまずくと、頭を下げた。

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