第46話

 結局、家までローガンが画材を運んで、さらには台車を戻してくれることになった。マチルダには突然現れた美女が、実は女装した男性であることは告げなかった。代わりに、画材屋に通ううちに友達ができたんだと伝えると、ローガンの美女っぷりにあっさりとそれを信じ切った。


 ローガンの変装は完ぺきで、さらに言えば、人好きのする笑顔に、美女であるにもかかわらず気さくな性格なので、すぐに人と打ち解けて仲良くなれるようだった。


「あのね、マチルダ。今夜うちにネロ泊って行ってもいい?」


「珍しいね。ジゼルがそんなこと言うなんて」


「同じ年頃の女の子の友達いなかったから、楽しくて」


 ジゼルはマチルダに申し訳ないと思いつつも、嘘をついた。本当はローガンと離れると恐怖が襲ってくるため、ローガンに、夜に来てほしいとお願いしたのだった。


「じゃあジゼルの部屋で、夜は一緒に寝ておくれ。椅子で寝られるように、布団出しておくから」


「ありがとう!」


 ジゼルは意気込むと、すぐさまオーバーオールに着替えて、王宮内のスケッチを始めた。集中すると時間はすぐに過ぎ去り、気がつけばマチルダに夕食の時間だと大声で呼ばれた。


 夕飯を食べてだいぶ夜も過ぎてから、女装したローガンがやってきた。マチルダとしばらく三人でしゃべりこんでしまい、そして星々がだいぶきらめく頃に、マチルダにお休みと挨拶をしてから部屋へと入った。


「ふう、疲れたな。マチルダっておばさん、めちゃくちゃおしゃべりだな」


「うん、昔っからあんな感じなの。ローガン、来てくれてありがとう」


 ウィッグを外したローガンは、髪を掻きながらジゼルへと振り返った。


「いやに素直だな?」


「だって、本当に来てくれるとは思ってなくて……って、服脱ぐならそう言ってよ!」


「うるせーな、毎日見てんだから、今さらぎゃあぎゃあ騒ぐな」


「ここは私の部屋よ!」


「怖くて寝れないから一緒に居てって、半べそかいたのはどこのジゼルだ?」


 言われてジゼルは口をつぐんだ。それを見てローガンがふふふと笑う。


「安心しろよ。守ってやるって言ったからな」


 ローガンはジゼルのベッドに腰を下ろすと、ふてくされた顔をしているジゼルにほほ笑んだ。


「あれ、ローガンそんなペンダントつけていたっけ?」


 ジゼルは、ローガンが首から下げているペンダントを見た。それにローガンが「ああ」と言いながらトップの赤い宝石を手に持つ。


「いつもつけているぞ。見たもの記憶できるわりには、ジゼル本人は抜けてる性格だよな」


「私の意思とは反して、見たものを勝手に脳が記憶しているだけだからね」


 そこまで言ってから、そういえば勝手にローガンの裸体を描いた時にも、首から何かを下げているのを描いたなと思い出した。


「父親の形見だそうだ。顔見たの一回きりだけどな。死んだ母親に、これだけは無くすなって言われて」


「そうだったんだ……」


 ジゼルは少しだけ気まずく思いながらも、ローガンのかけているペンダントをどこかで見たような気がしていた。


「そうだ……シャロンも、ラトレル様から預かったペンダント持ってて――」


 シャロンは大丈夫だろうか、とジゼルは思いを寄せる。早く、シャロンにラトレル様が無事であると伝えてあげたい。ジゼルはぎゅっとこぶしを握り締めた。

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