第41話
懇意にしている伯爵邸にて、晩餐会が執り行われるのが、ちょうど十日後だという。出席するために、昼過ぎから深夜にかけて女王は王宮を留守にする。
鍵がそれまでに出来上がっていなければ、このチャンスを逃す。そうすると、女王が次にいつ王宮を抜けるかは、今のところ未定だとカヴァネルは唇を引き結んだ。
「ローガン、鍵出来上がるかな……?」
三人での会議を終えて、カヴァネルが去ってからジゼルは男装を解いた。ベッドに横になるころには、すっかりと疲れが押し寄せてきている。
「出来上がんなかったらあいつ、蹴り上げて縛り上げて海にドボンだな」
「ちょ……そういう、物騒なことはやめてよね」
未だにランプの明かりを手元に、何やら書物に目を走らせているローガンに向かって、ジゼルは慌てて半身をベッドから起こした。
「しないけど、それくらいの気持ちだってことだ」
「早く、ラトレル様見つけないとね……無事であることが分かったら、シャロンに伝えてあげたい」
「まあな。ひとまずは、鍵ができるまでは別のことを調べておくか、目を光らせておくしかできない。女王の動きで、怪しいことはないのか?」
それにジゼルは背もたれに半身を起こして、首を振った。
「まったく無いのよ。隙が無いの、あの人。完璧だし、すごく美しいし……ああ、でも、ちょっとびっくりするくらいに咳き込むことも多いかな」
「喉でも弱いのか?」
「うーん。分かんないけど、たまに苦しそうに咳き込んでる。そういう時は具合悪そうなのを隠しているかな」
気丈にふるまう彼女の姿には、女王としての威厳が常にある。咳き込んだとしても、その後平気そうにしているのは、誰かに裏をかかれないためなのだということは、ジゼルにでも分かった。
「持病でもあるんだかなんだか。息子だって病弱だしな。もしかしたら、女王自身が元が弱いのかもしれない」
女王とその侍女たちと過ごしてだいぶ経過するが、ジゼルが第二王子であるジェフリー王子を見たことはいまだに無い。病弱で寝込みがちだというのは、あながち大ウソではないようだった。
「ひとまず、私は明日家に帰るね」
「は? なんでだ?」
「だって、王宮で必要な時は過ごすって言ったけど、そうじゃない時は家にだって帰らないと……さすがに作品も途中だし」
「すぐ戻ってこいよ」
「絵具の買い足しもしたいし、二日間はあっちにいるから」
それにローガンはため息を吐く。
「恋人だろう。あんまり俺と離れる行動をとるな。バレるし、危ない」
「設定上の恋人ね。誤解を生むような言い方しないでよね」
ローガンが眉を吊り上げたので、ジゼルはちょっとだけ委縮したのだが、その後すぐに口を尖らせた。
「あのね、記憶がたまり過ぎてきているの。だから、二日間、アトリエにこもって吐き出しておきたい……」
それにローガンは、ああ、と驚いた顔をした。それもそのはずで、ジゼルは夜になると、大量の絵を描いているからだ。それでも吐き出し足りないのか、とローガンは眉をしかめる。
「頭が、こんがらがりそうなのよ。いいでしょ?」
「……分かった。ひとまず気を付けろ。出歩くときは、ナイフか何か持ってけ」
「うん、そうする」
ジゼルはほんの少し心配になりながらも、布団に入るとすぐに寝息を立てた。その姿を見て、ローガンはやれやれと息を吐く。
「天才っていうのも、なかなかに大変なもんだな」
ジゼルの寝顔を見つめて、頬に触れると、ローガンはジゼルに掛布団をかけてランプを消した。
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