第39話
***
「ローガン、ローガン!」
その日、部屋に入るなりジゼルは大慌てで、部屋の主の名前を呼んだ。
「何だようるせーな」
「ローガンやったよ!」
風呂から出て服を着ていたローガンが、部屋の隅から顔を出す。ジゼルは大慌てで駈け寄って、そして段差に躓いて思い切りこけそうになる。
「――っ!」
「あぶねーな。ちゃんと足元気をつけろって」
ごめん、と言いつつ顔を上げると、ローガンが上半身に何も纏っていないことに気がつき、ジゼルは慌てて離れようとした。
「おいこら、またこけるぞ!」
「わ、わ、わ、服着てよ!」
「着ているところに、飛び込んできたのはジゼルだろうが」
両手で顔を覆い隠したのだが、そのジゼルにかまわずにローガンが詰め寄ってきた。
「嫌、ちょっと待って。服着てから伝えるから!」
「気になるから今言え」
逃げようとすると腕を掴まれて、そのまま壁に押し付けられる。逃げられなくなってしまい、ジゼルはさらに慌てた。
「落ち着けよ、これなら見えないだろ。男の裸くらいで狼狽えるな。いい加減慣れろ。で、どうしたんだよ?」
見えないのは分かっているのだけれども、壁に押し付けられてローガンがあまりにも近くにいるために、ジゼルは冷や汗をかいた。
「話すから、離れてよ」
「早く言えって」
しびれを切らしたローガンの声が耳の近くで聞こえて、ジゼルは悲鳴を飲み込んだ。
「……あのね、鍵、多分分かった」
やっとの思いで伝えると、ローガンは握っていたジゼルの手首を解放する。ほっとしたのもつかの間、くるりと前を向かされたかと思うと、ぎゅっと抱きしめられた。
「なっ――!」
「でかしたジゼル!」
きついくらいに抱きしめられて、ジゼルの息が止まる。ローガンの背中をバシバシと叩きながら、ジゼルは抗議した。
「放して、ローガン、苦しい!」
「ああ悪い悪い」
ローガンが手を離すと、ジゼルはネズミのように素早くその場から退散した。それにローガンが笑いながら、タオルで濡れた髪の毛を拭きつつ出てくる。
「だから服着てってば!」
「暑いんだよ。で、どの鍵だよ?」
ムッとしながらローガンをにらみつつ、ジゼルはデッサンを終えた紙を机に広げた。
「ローガンの言う通り、鍵は毎日いくつか並び替えられていたわ。動かしていないものを除いて、この二日間で動かされた鍵は三つ。これと、これと、これ」
描いた鍵を指さして、それからジゼルはそのうちの一つに指の先の照準を合わせる。
「そして、この鍵だけ、鍵の向きが変わっていた……これは確実に使ったから、向きが変わったんだと思う」
「なるほどな。まあ念のため、三つとも怪しいとして……これを移動させないで持ち出して、どうやって入るかだ」
「持ち出さなければいいのよ」
「持ち出さなきゃ、鍵開けらんねーだろ?」
「合鍵を作るの」
ジゼルは、真剣な瞳でローガンを見つめた。
「どうやって作るんだ?」
見てて、と言って、ジゼルは紙を取り出すと、そこに鍵の拡大図を描き始める。それをローガンが怪訝そうに見つめて、そのうちに、まさかと唇を動かした。
「まさかジゼル、これは本物の鍵と同じ大きさ……」
「そう。壁紙一マス分の大きさを計っておいたの。それで計算すると、この大きさ、これが、実物と同じ大きさの鍵」
精密機器によって描き出したかのような鍵の絵を見て、ローガンは絶句した。
「誤差はあっても二ミリ。私の記憶能力と技術を信じてくれるなら」
ローガンは唇を舐めとると、ニヤリと笑う。
「でも問題は、この図を基に、鍵を作ってくれる鍵屋さんがいるかどうかなんだけどね。それは、私にはお手上げよ」
「それは、俺に任しておけ」
ジゼルが見上げると、ローガンが見たこともないような妖艶な笑顔で瞳を輝かせていた。
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