第21話

「エスター王子を、玉座へ。それが、私の願いでもあり、先王の確固たる願いです」


 カヴァネルは真剣な瞳で、ジゼルを見つめた。そこには、嘘偽りはない。本当に国のためを思っている、という信念が見えた。


「はい」


「エスター王子は、二十歳。それに、正式な王の直系です。そして、先王はエスター王子が玉座に就くことを、心底望んでおられました」


 志半ばで逝去しましたが、とカヴァネルはゆっくりとまばたきをする。


「現在、王の逝去と共にうやむやになって、実権は女王が握っています。ですが、大きな声では言えませんが、先王の願いはエスター王子の玉座だったんです。分かってくれますね?」


 伝えてくるカヴァネルは真剣だ。ジゼルはそれに深くうなずいた。


「彼を玉座に据えるには、今の王宮はあまりにも危険すぎます。暗殺がはびこり、女王陛下となった女王派閥が大きな顔をして闊歩している。側室陣営は、側室の謎の失踪によって撤退。この混乱下で、エスター王子が玉座についたとしても、まともに王宮が動かせるとは思えません」


「確かに……安心して寝れないですね」


「それに加えて、エスター王子は異国の血の混じる王子だと言われています。王族と貴族間の間で生まれていないエスター王子が玉座につくことに、貴族たちは、そうすんなりと首を縦に振らないのです。王が生きていれば、それもできたんですが」


 カヴァネルは残念そうに、息を長く吐いた。


「何はともあれ、必ず、不審死の連続殺人の犯人を見つけなければ。ジェラルド、犯人逮捕に至れば、あなたを王宮の永久名誉画家、アカデミーの永久学長にします。ローガンが、それ相応の報酬をと言っていたのですが、これで足りますか?」


 それにジゼルはハッと顔を上げた。それは、画家としてはこの上ない幸せなことで、なろうと思ってなれるものではない。それに、それは歴史に自分の名前を刻むこととなる。


 もしそうなったとしたら、アカデミーにも口出す権限が生まれる。そうなれば、性別による壁を取っ払うことも容易にできるのは明白だった。


「頑張ります、私……王宮名誉画家になるためにも、犯人を見つけ出しますね」


 意気込んで、カヴァネルをしっかりと見つめて、うなずき合った。握られた手のひらから、力がどんどんと湧き上がってくるようだ。


「しかし、それにしても……」


 カヴァネルは一旦そこで話を区切り、そしてローガンとジゼルを交互に見比べた。


「恋人役ということですが……本当に大丈夫ですか?」


「何か不満でもあんのかよ?」


「不満はありませんが、ジェラルドは、ローガンと一緒の部屋でもいいのですか?」


 嫌だと言ったら代わってくれるかもしれないと、ジゼルが声を発しかけた瞬間、後ろから思いきり、腕がジゼルの首に巻き付いた。おかげで、踏み潰してしまったカエルの鳴き声のような、無様な声がジゼルの口から出る。


「ちょ……ローガン!」


「一緒でいいに決まってる。面倒ごと起こされても困るしな」


 バラすぞ、と耳元でジゼルにだけ聞こえる声で言い、ジゼルは身を固くした。先ほどのカヴァネルの様子からして、法律重視なのは見て取れた。もしそうであれば、アカデミーの規約を違反しているジゼルは、一瞬にしてカヴァネルから見放されるに違いなかった。


「あ、ええ、まあ……嫌だけど、大丈夫です」


「ああ?」


「いえ、大歓迎です、一緒の部屋! 嬉しいな! あは、あはははは!」


 引きつるジゼルを心配そうに見たカヴァネルは、大きくため息を吐いた。


「ローガン。ジェラルドが嫌がることを、決してしないように」


「りょーかい、宰相」


 カヴァネルはそれに肩をすくめたのだが、その後に仕方ないとほほ笑んだ。


「今年こそ決着をつけましょう。必ず、連続殺人の犯人を見つけ出して、死者を増やさないようにします。そして、先王の願いを現実にしなくては……」


 カヴァネルの低く響く声に、ローガンもジゼルも、口をひき結んで決意した。

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