第5話 聞かせられない真実 ー国王視点ー

「結局、アグレシオンは滅んだか」


 偵察に出していた鳥たちから、全ての顛末を聞き終えて。あの時の私は一人そう呟いて、ソファへと身を沈めていた。

 感慨深さも何も無いが、動けぬ身であるのなら仕方が無いと。そう自らを納得させていたが。


 ヴェレッツァの王族が所有していた、優秀な二頭の馬たちを弟夫婦に紹介した際に。フレッティに言われた正論が、存外効いた。


 自室で報告を受けた際には、虚無感すら覚えるような嫌な感覚だったというのに。

 だからこそ、あの時呟いた言葉は事実でしかなかったのだと、今はハッキリと思い知らされて。


「陛下。アルフレッド殿下がおいでですが、いかがなさいますか?」

「あぁ。通せ」


 約束をしていた訳では無い。

 が。

 おそらくフレッティならば訪ねて来るだろうと、予想は出来ていた。

 訪ねて来るのであれば、夜も更けた遅いこの時間だろう、とも。


「兄上、このような遅い時分に失礼いたします」

「いや。むしろお前が来るのを待っていた」

「……です、よね」


 苦笑を返すフレッティの後ろで、執事が部屋を出ていく姿が見えた。

 ここから先は、兄弟二人だけの時間。そう理解しているからこそ、言葉にせずともすべき事を間違えはしない。

 だからこそフレッティも当然のように茶の準備をしてから、私の向かい側に座るのだ。


「才のないものが上に立つ国は、滅びる他道はないな」


 互いに一口ずつ茶を口に含んでから、ゆっくりとそれを味わって喉を潤して。

 そうして改めて開いた私の口から出てきた言葉に、フレッティは驚くでもなく静かに頷いて見せた。


「国を治める才も、戦いの才も。何一つ、王を名乗る男にはありませんでした」

「才無し、か。あの国が侵略国を名乗り出したのは、ほんの数代前だったな」

「大きくなり過ぎたのでしょうね。それも、急激に」


 本来であれば、知るべき事を知る暇も無く。ただ土地だけが増えるだけの国に、民はとっくに愛想を尽かせていた。

 今回動物たちの力を借りたのは事実だが、それが無くとも遅かれ早かれ潰れていた事だろう。

 おそらくは、王を名乗っていた男が国に帰る事も出来ぬまま。


「元々の民ですら、反乱を企てていたと言うのだからな。救いようのない国だった」

「恨みも、買いすぎましたね」

「当然だろう。王族や貴族のみならず有識者や、果ては一般の市民の命まで惨たらしく奪い去ったのだ。同じ事をしてやりたいと思うのは、当然の結果だろう?」

「死して尚、その頭部を蹴り転がされ。四肢は切断されたというのに、元の形が分からなくなる程刺し貫かれ踏みにじられ……」

「そうして打ち捨てられた体は、動物たちですら近寄らなかったからな。あぁ。確か目玉はくり抜かれ潰されて、舌は引きちぎられたのだったか?」

「そのようですね。国にいた王子は爪を一枚ずつ剝がされた後に、指を一本ずつ切り落とされたとか」

「国の歴史を背負うのが王族だが、同時に罪も背負うのだと体現してみせたな」


 ヴェレッツァの王族と同じように、目玉をくり抜かれたと。それを聞いた時には実行者に良くやったと言いたくなった。

 他の国を侵略した際にも、王族や貴族を拷問にかけたり惨たらしく死に至らしめていたと聞いている。


 その、全てが。


 まさに我が身に返って来た、という事なのだろう。


「だが、まぁ……」

「くり抜いた片方の目玉を、まだもう片方が残っている状態で目の前で踏み潰したのだと聞いた時には、流石に貴族たちも顔を顰めていましたね」


 我が国の王族を攫った国だ。当然詳細は貴族たちもいる前で報告される。

 それがたまたま議会の場だったからこそ、アグレシオンという国の最期は瞬く間に広がった。


「恨んではいたが、流石の私もそこまでは考えていなかったな」

「アグレシオンの王は発狂したのだとか?」

「もう元には戻らぬというのに、自らの体の一部が目の前で踏み潰される光景は耐えられなかったようだ」

「すぐに命も刈り取られるというのに、随分と余裕だったのですね」


 冷静にそう返して、自らが淹れた紅茶を口に運ぶフレッティは。まるでそこに、何の感慨も無いようで。

 いや、むしろ。ただ事実を述べているだけで、同情も嫌悪も哀れみも無く。


「……何も、思う所は無いのか?」

「特にはありませんね。兄上を悲しませカリーナの家族を奪った相手ではありますが、その死に関しては喜びも悲しみもありません」


 赤の他人と言われてしまえば、その通りではあるのだが。だからと言って、この関心の無さは。


(時折、心配になる。私の可愛い弟は、どこかに感情を置き去りにしてきてしまっているのではないかと)


 無論それは、軍人としての訓練を受けてきた事の証明でもあるが。

 私とて、帝王学を学んだ身。他者の死に、そこまで大きく心を動かす事は無いが。


「この手で命を奪わぬと決めた以上、簡単には死ねぬだろうと思っていましたから。その先には、興味がないのです」

「自らの妃を攫われておきながら、か?」

「取り返しましたし、怪我はありませんでしたから。その時点で手を下さなかったのであれば、処遇を決める権利の放棄と同じですよ」


 冷静にこちらを見返してくるその瞳は、私と同じ色をしているはずだというのに。

 一瞬その冷たさに、恐ろしささえ感じて。


(あぁ、成程……。きっとこれが、英雄の血か)


 私はようやく、この瞳が恐れられるその一端を見た気がした。


「むしろ兄上は、私怨があるからこそ心動かされているだけかと。これが全く関りの無い国の王族の話であれば、そこまで考えてはいらっしゃらなかったでしょう?」


 言われて、確かにと思ってしまった私も。

 弟と同じように英雄の血を継いだ、冷たい瞳の持ち主なのだろう。


「所詮は他人の死です。……が」

「が、何だ?」

「……兄上も同じようにお考えだったからこそ、詳細は語らなかったのではありませんか?」


 それは、つまり。


「妃達には聞かせられない真実だ、と」



 アグレシオンという名の国の王族の最期は、あまりにも壮絶過ぎて。

 とてもではないが、女性達に聞かせられるような内容では無い。


 知らせぬままで良い。このままで良い。


 だからこそ、フレッティもこんな夜更けに私を訪ねて来たのだから。



「そう、だな。そして全ての真実を知っているのは、私とお前だけで良い」

「えぇ。その通りです、兄上」



 何故、アグレシオンの敗退がこんなにも早く伝わったのか。


 何故、丁度良く馬車から落ちたのか。


 そして彼らの最期は、どんなものだったのか。



 全ての真相は、やがて闇へと葬られれば良い。



 残るべきは、アグレシオンの滅亡という事実のみ。


 後世に伝えられるべきは、その悪行と顛末だけで十分なのだから。























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