おまけ④ ~旧ヴェレッツァ城にて~

第1話 民を守るのが王族の務め

 山の上の聖地に通っていたある日。突然、アグレシオンの兵士が子供を人質に取って剣を突きつけてきた。

 こういう時、王族としてはきっと子供を見捨てるのが正しいんだと思う。護衛に守られている身分というのは、つまりはそういうことだから。何があっても生き残れ、と。


 けど。


(見捨てられるわけ、ないでしょうっ!?)


 男に抱えられて泣きじゃくる幼い男の子は、ついさっきも挨拶をしてくれて。毎回私がここに来ると、嬉しそうに話しかけてくれる。

 そんな子供たちの姿に、ついつい自分が孤児院にいた頃の子たちを思い出して、懐かしくなっていたのに。

 ここでこの子を見捨てて自分だけ逃げようだなんて、思えるわけがない。


「妃殿下……」

「ダメですよ。それに、民を守るのが王族の務めでしょう?」


 私が何をしようとしているのか、きっとこの護衛の女性は気づいている。だから声をかけてくれたんだろう。

 殿下から、護衛も含めて身の回りのお世話をする人は全員女性にした方がいいと言われてから、私についてくれた女性騎士は。本来であれば職務上、見逃すわけにはいかないのだと理解はしている。

 それでも。


「あなたたちに従いましょう。ですからその子を解放して下さいませんか?」


 今この場で、あの子の命を守れるのは私しかいない。


 それに、ね。

 ここはずっと、ヴェレッツァの王族が守ってきた大切な場所だから。

 ドゥリチェーラの民である彼らは、元々はヴェレッツァの民。

 それなら私が守らなくて、誰が守るの。


「いけませんっ!!民一人の命よりも、御身おんみを大切にしていただかなければ!!」

「いいえ。民一人守れないような王族など、無意味ですよ。あなた方はそのことを、よくご存じのはずですよね?」


 だってここを守るために。ヴェレッツァの民の命を、無駄に散らさないために。

 ヴェレッツァの王族は、抵抗をしなかったのだから。


「っ……」


 悔しそうに唇を噛んで俯くお爺様は、誰よりもそれをよく知っている。

 そのために、私のお母様を逃がしたのだということも。


(その娘が、王族最後の生き残りが。こうして目の前で捕まってしまうのは凄く悔しいだろうし、私としても申し訳ないとは思うけれど……)


 それでもどうしても、見過ごせないから。

 それにこの場で私を殺すのではなく、捕まえて連れていこうということは。少なくともまだ、すぐに命の危険があるわけじゃないだろうし。


「約束は、守ってくださいますよね?」

「あぁ、もちろんだ。それにドゥリチェーラにちゃぁんと知らせてもらわなきゃ困るからな。この場にいる人間は、誰一人傷つけないでおいてやる」


 それはつまり、わざと護衛も逃がしてやろうということ。

 そしてきっと彼らの目的は、私を人質にしてドゥリチェーラに戦争を仕掛けようということなんだろう。確かに王族が人質だと、手が出しにくいし抵抗されない可能性が高い。

 悔しいけれど、さすが侵略国を名乗るだけはある。手段を選ばないあたりは、一貫していると思う。


(でも、ね……)


 私が自分の足で彼らの側に歩いていけば、約束通り解放される男の子。

 一目散に母親に駆け寄っていく姿を見て、安心するのと同時に。

 山の上の高い高い空の上から、高い声で鳴く肉食の大型の鳥の声。そのひと鳴きは、驚くほど遠くまで響いて。


(毎回あの子が、空を旋回しているのを見ていたから)


 きっとあの子は、陛下が用意してくれていた護衛。

 その証拠に私の方をじっと見つめていたかと思えば、すぐにドゥリチェーラのお城へと方向転換して飛んでいったから。


(動物たちと会話が出来る陛下らしい、護衛のつけ方だなと思っていたけれどね)



 だから心配ない。


 アグレシオンが思っているよりもずっと早く、ドゥリチェーラは動くから。



(それに……)



 ずるいとは思っているけれど、私は殿下を信じているから。

 必ず、助けてくれるって。


 山を下りるときにも時折聞こえてくる小鳥たちの囀りさえ、今は心強い。


 だってここは、ドゥリチェーラとヴェレッツァの聖地。

 どこよりも私たちの味方が多い場所だから。



















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