第19話 さぁ、お茶会を始めましょう!

 ようやく暑さもひと段落して、日中の風も爽やかに涼しくなってきたころ。

 予定されていたお茶会が、開催されることになった。


 居並ぶ女性たちは、貴族の間ではそうそうたる顔ぶれ。

 けれど私はそれに気後れするわけにはいかないから。



 にっこりと、余裕を見せて微笑んで。


 さぁ、お茶会を始めましょう!



「ようこそおいで下さいました」

「お招きありがとうございます、王弟妃殿下」


 今日の招待客は私や殿下、それにセルジオ様が候補を出しつつ、時には王妃様のアドバイスもいただきながら決定した、流行に敏感かつ影響力の大きい女性たち。

 何せこのお茶会は、新しい王都名物を作るのが目的だから。そのために必要な人選と言うわけだ。


 なおかつ。

 最初に王弟妃わたしのお茶会に招かれるのに相応しい、それなりに身分の高い女性たち。


 何せ王弟妃が単独でお茶会を開くなど、初めての事なのだ。その最初に招かれたというのは、かなりの自慢であり信頼の証でもある。

 正直、どの女性もその名誉を手に入れたがるのだと言われて、震えあがったものだけれど。


 でもそんな最初でつまずくわけにはいかなかったし、何より。


「まぁ…!こちらが例の…?」

「えぇ。殿下も執務の間の休憩時間に、癒しが欲しいとのことでしたので」


 私が血の奇跡だという、動かぬ証拠を提示する場所でもあったから。


「妃殿下お手製のお菓子を召し上がられているのですか…!?」

「えぇ。殿下が喜んでくださるので、つい張り切ってしまいますの」


 それともう一つは、これ。

 私は殿下に必要とされているんですよー、愛されているんですよーという、アピール。


 以前殿下に薬を盛ろうとした貴族がいたことを考えて、もしかしたら私が血の奇跡だから仕方なく殿下が娶ったのではないかと、密かに囁かれていたりもするらしい。

 当然それは、今までの殿下の私に対する態度をパフォーマンスの一環だと捉えての事らしく。

 だからただ人前で仲睦まじい姿を見せるだけでは、抑止力にはならないかもしれないとセルジオ様にそっと教えられた。


 殿下は何も言わなかったけれど、それは無理に私に公務をさせないためだったのかもしれない。

 でもやると決めた以上、出来る事は全てやっておくべきだ、と。

 そうして考えられたのが、私の口から殿下に愛されているという証拠を提示するというものだった。



 いや、いいんですよ?

 実際愛されてますからね?

 いいんです、けど……。



「素敵ですわねぇ……」

「えぇ、本当に…」


 ほぅ、とため息をつきつつ、うっとりした顔で私の話に相槌を打つ彼女たちを目の前にして。


 恥ずかしくないわけじゃあ、ない。


「まぁ…妃殿下はお可愛らしい方ですこと」

「そのように素直に顔を赤らめる所を、殿下は殊の外お気に召していらっしゃるのかもしれませんね」


 なんて。

 ちょっと年齢が上の方たちに、微笑ましそうな顔でそう言われるし。


「あまりからかわないで下さいませ…」

「まぁまぁ…!」

「み、皆さまは旦那様とはどんな風に過ごされているのですか?」


 とはいえ、ここはあえてこれでいいと言われた。

 本来であれば表情は崩さない方がいいのが貴族社会だけれど、影響力のある上の世代の女性たちに可愛がられるのも必要な事だと、王妃様が教えて下さった。


 いくら私たちは国の中で位が高いとはいえ、彼女たち貴族は家同士の繋がり合いがある分直接的に噂を広められる。

 つまり嫌われればそれだけで不利になるが、好かれれば好かれるだけ今後有利に物事を運べるのだ、と。


 その上で私が気に入られそうな要素は、その素直さだと教えられて。

 人間味が垣間見れた方が、人はより身近に感じるのだとか。


 正直、そんな事を考えながらお茶会や夜会などで人と接している王妃様が凄すぎると、思わないでもなかったけれど。


 ただ助言は大変ありがたく受け取ることにして。

 更にその先を促しつつ、出来る事なら何か情報を仕入れられるような話題を振ってみるのはどうかと提案されたけど。

 それは流石に私にはまだ難しいような気がしたので、無難な質問をしてみた。



 そう、無難な。


 無難な質問だと、私は思っていたのだけれど……。



「私の夫は、アップルパイがお気に入りですの」

「甘いものがお好きなんですね」

「えぇ。でも先日招かれたガーデンパーティーで、妃殿下の考案されたというグラタンのプチキッシュにいたく感動しておりましたわ」

「まぁ…!嬉しいです」

「私の夫は、チーズとベーコンのマフィンを気に入りすぎて、家のシェフに作らせるようになってしまったんですのよ」

「まぁ素敵…!」

「マフィンと言えば、サワークリーム…!あちらも妃殿下が考案されたものだとか?」

「えぇ。殿下に普段のマフィンも新鮮な気持ちで食べていただきたいと思って出来たものなのです」

「素敵ですわねぇ……」

「マフィンにつけるのはジャムやハチミツばかりと思っておりましたけれど、甘くないマフィンも確かに新鮮でしたわ…!」

「夫がお茶の時間を一緒に過ごしてくれるようになったのも、あのサワークリームを知ってからですの。それまでは甘いものは苦手だからと、紅茶だけで済ませてしまわれて…」

「あぁ、分かりますわ…!!」


 なんて。


 ちょっと違う方向で、情報を手に入れられてしまった。

 しかもいい意味で。



 結局、このお茶会で分かったことは。


 私の提案したお菓子たちが、夫婦間の時間を取り戻すきっかけになっていたり。

 新しい好物になっていたり。


 そうして誰もかれもが、それを笑顔で話せるような効果をもたらしていたのだと。



 思っていた以上に、私のお菓子は浸透しているのだという嬉しい事実だった。




 ちなみに。



 ここで出した新しいお菓子、ドライフルーツのチョコレートがけは、瞬く間に貴族間に広がって。


 狙い通り流行の最先端となり、王都の新しい名物になるのだけれど。



 それ以上に、このお茶会に参加したご婦人方や令嬢方と、思った以上に仲良くなってしまって。


 今後も長い間交流が続いていくことになったのが、私にとっては一番の収穫だったのかもしれない。










―――ちょっとしたあとがき―――


 新作のお菓子の詳細が、最後にちょろっと出るだけで終わってしまった(汗)


 庶民にはちょっとだけ高級な辺りが王侯貴族御用達感が出ていて、より特別に見えるとかなんとか。

 庶民寄り過ぎると威厳がなくなるので、丁度いい塩梅なのです。

 カリーナがそれを狙ってやっていたのかどうかは、また別問題ですが(笑)


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