第5話 試行錯誤

 あれから色々と試してみたけれど、これだというお菓子は作れていなくて。

 そもそも私は殿下の好みを第一に考えてきたから、甘いお菓子を作る事なんてここ最近ではなくなっていたから。


「う~~ん……」


 今日の殿下の休憩時間が終わって、宮殿の夫婦の部屋に帰ってきて。

 自分でもう一度ジェルソミーノを淹れてみて、それを飲みながら夕食の時間まで色々と考える。

 これが最近の私の日課になっていた。


「紅茶と違って、砂糖もミルクもジャムも入れないのが一番美味しい。私の好みかもしれないけど、それでもこれは……」


 何も入れないのが一番美味しい、なんて。

 そうなったらもう、一緒に食べるものがかなり重要になってしまう。


「クッキーだとありきたりだしなぁ…。でもバターをたくさん使ったら結構合う気がするんだよなぁ……」


 あえて一人きりにしてもらっているのは、こうやって一人で考え事をしたいから。

 あと、この盛大な独り言を聞かれたくないからっていうのもある。


「しょっぱいものも合いそうだから、個人的に殿下と一緒に飲むのはありだけど……女性が多いお茶会に、ねぇ……」


 正直今回のこのお茶こそ、殿下に出しているお菓子との相性が良さそうなのに。

 今度は逆に甘いものを、なんて言われたら。


「…………ドーナツ、とか……?」


 油を大量に使うから、孤児院にいた頃は作れなかった。

 でも実はちょっと考えていることがあって、殿下のために甘くないドーナツが作れないかと思っていたのだ。そのための材料も、当然用意してある。


「……でも手で食べるのは、流石に殿下じゃないんだからご令嬢方は嫌厭けんえんしそうなんだよなぁ…」


 とはいえナイフとフォークを使って食べるのも、なんだか違う気がするし。


「いっそ……丸くする?」


 生地自体を小さく丸く成型して、一口大にすれば。

 貴族の女性たちでも、きっと手軽に食べられるはず。


「そこに粉砂糖とか、かけたら可愛いんじゃ……」


 いや、ジェルソミーノならいっそチョコレートドーナツとか合うかもしれない。

 彩りを考えたら、プレーンとチョコの二種類あってもいいかも?


「あとはショートブレッドとかもいいかも…。材料も少なくて済むし、ドーナツより重くないし」


 油を使っている以上、どうしてもドーナツは数食べられないかもしれないから。

 それに新しいお茶だからこそ、定番に近いものを用意して安心してもらいたい。

 ちょっとした口直しとかに使ってもらってもいいし。お茶が苦手だった場合でも、あれならくどくなく食べやすい。


「うん。いいかも」


 とはいえどういう配分で作るのか。本当にドーナツが合うのか。

 色々試行錯誤を繰り返さないといけないなと、気合を入れ直していると。


「悩ませてしまっているか?」

「殿下…!!」


 いつの間にかお城から戻ってきていたらしい殿下が、心配そうな顔で立っていた。


「お帰りなさいませ…!!すみません。気づかずお迎えに出られなくて……」

「いや、構わぬ。今日の仕事が全て片付いたので、早めに切り上げてきたのだ」

「はい。いつもよりとてもお早いお帰りで、驚きました」

「君に早く会いたかったからな」


 ふんわりと淡いブルーの瞳を緩めて、立ち上がった私を優しく抱きしめてくれる殿下。

 まだ使用人が部屋の中にいるので、ちょっと恥ずかしいけれど。


「殿下……」


 それでも嬉しい事に変わりはない。

 何よりこの時間なら、今日は夕食を一緒にとれるから。


「戻ってきてからずっと、一人で部屋に籠っていたと聞いた。それほどまでに、ジェルソミーノに合わせる菓子は難しかったか?」

「難しい、と言いますか……。この国で初めて振舞われるものなので、私もどう合わせれば最適なのかがまだ分かっていないんです」

「なるほど」

「候補だけは、今しがた決まったところですが……。まだ作ってみない事には何とも言えないので、本番はこれからと言ったところでしょうか」

「ではカリーナが無理をしないように、今度からは必ず城の専用部屋を確認してから帰ってくることにしよう」

「流石に殿下よりも遅くなるつもりはありませんよ?」

「どうだろうな?だが、まぁ……カリーナが菓子を作る姿を見てみるのも、楽しそうではあるな」


 そう言われて、初めて気が付いた。

 確かに私、自分がお菓子作りをしているところを侍女や料理人以外に見られていたことはないな、と。


「一人で動き回る姿なんて、見ていても楽しくはないと思いますが…?」


 でも、そんなもの見ていても退屈でしかないだろう。

 そう思って問いかけたのに。


「いいや?私はカリーナが楽しそうにしているだけで、その姿を見ているだけで十分だ」


 なぜか愛おしそうな視線を向けてくる殿下。


 あ、あら…?これってそういうお話でしたっけ……?

 なぜか私のお菓子作りを、殿下が見学する話になってませんか…?


「一度見てみたいと思っていたのだ。ダメか?」

「い、いえっ。ダメというわけではありませんが……」

「最近ようやく城の改革が進んで、仕事の分散が出来るようになったのだ。おかげで私も陛下も、随分と執務が楽になった」


 私がジェルソミーノに合うお菓子を考えるよりもずっと前から、殿下はひたすらにお城の内部の改革を行っていた。

 それは本当に、一時期忙しすぎて宮殿に帰ってくることすら出来ないくらい必死に。


 その努力がようやく最近実ってきて、能力のある人たちが正しくそれを発揮できる地位につけるようになってきたと、今日の休憩時間にも仰っていたけれど。

 まさかその恩恵が、こんなにも早く殿下や陛下にもたらされるなんて。


「良かったです。お疲れさまでした、殿下」

「まだ完全には終わっておらぬがな。何よりここからだ。地位に縋る貴族たちは、こういう事には敏感ですぐに気付く」

「殿下……」


 それはつまり、逆恨みをされる可能性があるという事なのだろうか。

 最近ようやく少しずつ、貴族言葉の裏を察せるようにはなってきたけれど。

 それでも私はまだまだ、政治的な部分は分からない。


「命までは狙われぬ。そこまでしては反逆罪になってしまうからな。だが……妨害は、あるだろうな」


 それでも進めなければいけないのだという、強い意志がその淡い色の瞳から読み取れるから。

 だから私は、決して殿下の歩みを止めてはいけないのだと理解している。その代わり。


「いつでも、いらっしゃってください。しばらくは甘い匂いが充満してしまっているかもしれませんが……」

「構わぬ。カリーナが作っているのであれば、毒も媚薬も入っていないと信じられるからな」


 口から出てくるのは物騒な単語ばかりなのに、表情だけはそれに似合わないほど優しくて。

 少しでも殿下の頑張りに報いることが出来るのであれば、お菓子作りの見学なんていくらでもしてくれて構わない。



 まだまだ私も殿下も、試行錯誤しながらだけど。


 分野は違えど少しずつ、一歩ずつ前に進むのは一緒だから。


 その合間にこうやって穏やかに時間を過ごしながら寄り添う事が出来るのなら、もうそれだけで私は幸せだった。




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