第4話 新作は甘いお菓子で!?

「殿下…?今、何とおっしゃいました…?」


 殿下の執務室で、いつものように午後の休憩時間を過ごしていた時に。

 なんだかあり得ない言葉を殿下の口から聞いたような気がして、思わずそう問いかけたけれど。


「甘い菓子を作って欲しいのだ。出来れば女性が好むような物がいいのだが、出来るだろうか?」


 新作は甘いお菓子で!?


 え、本当にそれ、今殿下が言ったんですか…!?

 甘いものが苦手な殿下が…!?

 え、何!?どんな心境の変化なんですか!?!?


「妃殿下。実は先日、新しい茶葉が献上されまして」


 そう言いながらこちらです、と。テーブルの上に置かれた一つの茶缶。

 銀色のそれは、表面に見事な模様が彫られていて。とてもとても、普通では手が出ないだろうなと思わせるような高級感を漂わせていた。


「これ、は…?」

「ジェルソミーノと言うらしい。私も初めて飲んだが、何とも不思議な香りのする茶だった」


 なるほど。献上された時点で、既に試飲済みということですね。

 で。


「このお茶に合うお菓子を、ということですね?」

「そうだ。何せ誰もかれもが初めて飲む味と香りでな。ただ茶会で出しただけでは、なかなかに浸透しない可能性が高い」

「ちなみに……どなたのお茶会で、お披露目されるつもりですか…?」


 なんとなく。そう、なんとな~く。予想は、ついているんだけれども。

 それでも一応、確認はしておかないといけないから。

 だから。


「王妃陛下の今度のお茶会に、このお茶をお出ししようかとのお話が上がっているそうです」


 セルジオ様のその言葉に、私が驚くことはなかったけれど。

 その代わり。


「ベルティーニ侯爵、一つお聞きしてよろしいですか?」

「はい。何なりと」


 私はあくまで優雅に、穏やかに、ちゃんと笑顔に見えるように唇の両端を意識して引き上げて。

 目の前にいる殿下の従者兼乳兄弟に問いかけた。


「そのお茶会、私も参加が決定しているなどということは……ありませんよね?」


 そもそも献上されたのが先日という事は、お茶会にこれを出そうと決まったのがきっとつい最近の話。

 という事は、だ。

 まだその詳細も、招待客どころか王妃様以外の出席者も決まってないはずだ。


 そう思ったから、聞いたのに。


「いいえ。王妃陛下がぜひ妃殿下も共に、と。共同でのお茶会開催にしたいと仰っているそうです」


 私も出席することがほぼほぼ決定していました…!!


「私は止めたのだがな……義姉上が、それはそれは強く望んでおられると聞かされて……」


 目を逸らす殿下は、確かに止めてはくれたんだろうけど。

 それが言われたのかを考えれば……。


「陛下より、大勢の臣下達の前で押されたんですね…」


 仕方がないというよりは、もう既に決定事項に等しかったわけだ。

 それでも断ってほしいなんて、流石の私もそこまでは言えない。


「すまぬ、カリーナ。無理に茶会になど出なくていいと言ったのに……」

「決まってしまったことは仕方がありませんし、何より王妃陛下がお望みなら構いません。あの方は私に意地悪をしたくてそんなことを口にしたわけではないので」

「そう、だが……」

「ただ、私はお茶会を開いたことがありませんから。主催者側の振舞も、それに見合うドレスも分かりません」


 そう、一番困るのはそこなのだ。


 別にお茶会に出るのはいい。特に王妃様のお茶会なら、変な人が呼ばれるわけはないから。

 何より私にとっても義理の姉だし、定期的に会ってお茶をしながらお話している相手なのだ。今更緊張はしない。


 でも主催者側となれば、話は別。

 今までの経験にないことなので、新しく覚えていかないといけないことが必ずあるはず。

 それを今からちゃんと頭に叩き込めるかということと…。


「茶会までの間に、必要な教師はつける。ドレスも義姉上の物と同時に作り始めている。だが、その……」



 聞 い て い な い 。



 いつの間にそんな所まで話が進んでいたのか。

 いや、違うな。

 私が逃げ出さないようにと、そこまで準備してから告げられたんだろう。


 おそらくこれは陛下の仕返しだ。前に王妃様に悪知恵を教えた私への。


「要するに、このお茶を使って王妃陛下がお茶会を開くことまでは決定していて準備も整っているけれど、肝心なお茶に合うお菓子がない、と。そういうことですね?」


 でもだからと言って、悪辣な仕返しでもないし。

 本当は自分で蒔いた種だったはずなんですけれどね。相手は陛下なので、そこは黙っておきますよ。


 それよりも考えないといけないのは、どうやらそのお菓子についてらしい。

 殿下ですら一番の悩みどころだったんだろう。だから私に聞いて来たんだろうし。


「折角の機会だから、茶も菓子も新作をと言われているのだが……そう簡単に、出来ることではないだろう?」


 一緒にレシピ集の再現をしているから、新しいものを作りだすことがどれだけ大変なのかを殿下はよく知っている。だからこそ、こうして心配してくれているんだろう。

 でも。


「できるかできないかは、まだ分かりません。そもそも私自身、そのお茶を飲んだことがないので」


 何も知らないまま判断なんて下せない。

 もしかしたら一発で思いつくかもしれないし、もしかしたら何も思いつかないかもしれない。

 そんなこと、今この段階で分かるわけがなく。


「そう、だな。セルジオ」

「少々お待ちください」


 当然のように殿下が呼びかければ、心得たとばかりに動き出すセルジオ様。



 こうしてこの日、私もジェルソミーノというお茶を初めて飲んだわけだけれど。


 正直個人的にはとても好きな味と香りだったけれど、これに合うお菓子をと言われると……。


 確かに難しいなと、思わざるを得なかった。













―――ちょっとしたあとがき―――


 ジェルソミーノは、ジャスミン。つまりジャスミンティーの事です。


 中国茶なので、本当は杏仁豆腐やマンゴープリン、月餅などの中国菓子と合わせるのが一番だと思います。というか、合います。

 次点で餡の入ったお菓子でしょうかね?


 ただこの世界、西洋風なので……。残念ながら、上記のお菓子が一切ありません。

 なのでカリーナは難しいと思っているわけです。


 ちなみに何を合わせたら一番美味しいと思いますか?

 物語的な答えはありますが、実際に一番美味しい合わせ方って人それぞれですからね。

 何なら作者個人としては、点心を合わせるのが一番好きかもしれません。甘い系じゃないですけど。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る